走って転んで、初めて「自分の望み」を知った話。
「それで、明日、出れる?よね?」
私は唖然として言葉がでなかった。
面接の時に見た、
白いセットアップをつけた
あのすてきな姿の社長を思った。
…本当に同じ人物?

私の体は過労骨折により、
今すぐ休息を必要としていた。
(しかも数本折れていた)
ただ呼吸するだけでも辛くて、
病院へ行った帰り、
ベッドに仰向けになって、会社へ電話。
休職について今まで話していたのに、
突然、彼女は気を取り直したかのように
明るく言ったのだった(今までの話は?)。
信じられなかった。
私はもう体力がついていかなくて、
話すのもやっとな状況で、
電話はすでに2時間が経過していた。
いったいいつまでこの人は話すのだろう。
もう休ませてーー
何度も休ませて欲しいと訴えたけど、
彼女は話し続けるので、
私は意を決して、
「すみません」と遮って電話を切り、
申し訳ないけど携帯の電源もOFFにした。
人生で大事にしなきゃならないのは、
「身体」だ。誰に何を言われようと。
特に、今は。
とにかく、今すぐ、休みたかった。
まぶたも限界で、
視界はすぐにブラックアウトした。

私は今までに色々な仕事をした。
でも、どれも長く続かなかった。
仕事自体は好きだったが、
人間関係についてはストレスばかりで、
方向性を合わせることが難しかった。
私は生まれた時の経緯もあり、
体力が人並み以下だと思われる。
どちらかというと昔から頭脳派で、
例えば、体育のバスケの試合で、
シュートをキメる敵の頭の後ろから
ヒョイっとボールを取り、
味方の上手い人にパスするー
そんな人物だった。
体力を使うのも、チーム戦も得意ではない。
その代わり、
一人で静かになにかを考えたり、
絵を描いたり、なにかを造ったり、
効率よく進めることや
頭を使うことが好きだし得意だ。
体力を酷使する系は初めから向いていなかった。
そもそも就職や労働には興味がなかった。

世間知らず、
学生時代の初めてのアルバイトはコンビニ。
19時からの出勤だったから
こんばんは!って挨拶したら、
「おはようございます」だよって笑われた。
なぜ?夜なのにオハヨウ?
どの時間に出勤しても、
挨拶はオハヨウゴザイマス一択らしい。
日本特有の変なルールだ。
なぜコンバンワじゃダメなの?
納得する解説を求めたかったけど、
誰も答えられないような気がした。
答えどころか、誰もそんなことを
疑問にすら思ったことがないようだったし、
ルールはルールって考えを信じていた。
ヘンなのーー。
私の目に、教科書には載っていない
「社会」が見えた瞬間だった。

周りの大人を見ても、
働くことは楽しくなさそうだった。
むしろ青白い顔と生気のない瞳で、
みんな疲れ果てているように見えた。
なぜ働かなくてはならないの?
働くことが人生じゃないのに。
って、ずっと思ってた。
私は働くことよりも、
お金を稼ぐことよりも、
人生を豊かに幸せにすることに興味があった。
働くとは何だろう。
生気を吸い取られることなの?
我慢とストレスに耐える行為なの?
何のために、人は働くの?
周りを見ても、
やはり納得する答えを持っていそうな人は
見当たらなかった。
とはいえ、青っぽい若造の頭で
そんな問いに答えがサッと出るわけでもなく、
奨学金を返さなければならないし、
一人暮らしで生活費を支払う必要があったから、
とりあえず社会で働いた。
あぁ、そういえばあんなこともあった。
毎日、上司同士のバトルの間に挟まれて
監視したり報告しなければならないことに、
ストレスで呼吸困難になって、
自分で救急車を呼んだこともあった
(心因性だった)。
仕事の環境は色々あった、思い返せば。

当時、過労で休職した期間、
私は振り出しに戻っていた。
私は、何のために、働くのだろう?
働くことでイヤなことを
頭の中でリストアップしていく。
❌人のルールに従うこと
❌人として扱われないこと
❌環境にストレスがあること
私は人生で「我慢」をしたくなかった。
長い間、我慢してきたから。
一生分は我慢したから、これからはしたくなかった。
ということは、
リストの真逆に見ればいいわけだ。
私の本望は、
⭕️自分のルールに従うこと
⭕️自分を大切にすること
⭕️自分が幸せで自然体でいられること
思えばストレスというのは
自分が自分に何かした行為よりも、
「他者」によってもたらされたものの方が多かった。
でも、他者が悪いわけではない。
他者の言動の「自分の反応」が
自分にとって悪かっただけだ。
自分がラクになる反応へと変えればいい。
もちろん、簡単ではないけれど。
やってみる価値はあるはずだ。

私はその後、紆余曲折あり、起業した。
・・・今までで一番長続きしている(笑)。
それだけじゃない。
精神的にも強くなり、健康で前向きな、
HAPPYな人生へと転換した。

結局、例の会社は、
給料の一部と交通費が未払いのままだし、
私だけ資格証明書も発行されなかった。
(同期はもらっていた)
(後に聞けば、300人くらいが
私と今まで同じような理由で辞めていたらしい)
あの会社を辞めて本当に良かったと思っている。
今では感謝している。
過労で倒れなければ、
「自分を大事にすること」が
「一番の自分の望み」であることも、
自分が労働よりも頭脳戦に向いていることに
気づくことはできなかったかもしれない。
その後、本当に色々あったのだけれど・・
やはり、どのプロセスも
本当の望みに向かっているのだ。

日本では「我慢」「労働」「人に合わせること」
が美徳だとされ、常識だと思われている。
私はそのどれもに疑問を持っているし、
そのどれもが
美徳だとも常識だとも思っていない。
ぜんぶ、自分らしさから遠のく行為だし、
それでは幸せになれない。
日本社会は、「責任」というワードが大好きだ。
何かにつけて、責任、責任、と
相手や自分を追い込んでいく。
どんより、重くのしかかる、
鉄のおもりをつけられた
罪人のような気持ちにさせる。
何が責任だ、そんなのは責任じゃないと私は思う。
それはただの「正当化」だ。
正当化と責任はまるで違うものだ。
「責任」は一つしかない。
「自分の人生を生きる責任」だ。
「自分の人生を生きる責任」とは、
自分を大切にし、愛し、幸せにする
「楽しい使命」のようなもの✨
人生をトキメかせるものはどこだろう?🩷
何が私をホッとさせるのだろう?🩷
感動・・・胸がふるふるする🩷
大好き!大好き!愛してる!🩷
世界はなんて優しさに溢れているのだろう🩷
あぁぁぁ〜今日も幸せだなぁ🩷
そういう日々を生きることの責任しか、
私たちは持っていない。
そう、責任とは本来ポジティブなものだ!

私は自分の本音に気づき、
軌道修正し、Happyな人生を手に入れた。
でも、自分だけそうありたいとは思っていない。
知ったからには、経験したからには、
誰かに、どこかの誰かに、
役立つ時があるかもしれない。
人生の迷子に、ヒカリはココにあるよ。
と希望を。
泣き虫さんに、さぁ涙を拭いてあげよう。
と優しさを。
愛に飢えた人に、愛はあなたの中にあるのよ。
と真実を。
私だから伝えられることがきっとあると思う。
だから、私は書き続ける。
それが、愛に生きるということだと思うから。

👇人生の課題を「転機」にする記事✨
👇私の人生ストーリーはコチラ✨
この話を読んで、ちょっとでも、
「読んでよかった」「幸せになろう!」
と思っていただけた方は、ぜひ♪
「スキ」やコメント待っています♡
あなたのその優しさが、
人生の励みになります・・・♪
いつもありがとうございます✨
いいなと思ったら応援しよう!
言葉を通してつながれた「奇跡」に心より感謝します🥰🌈「なんだか元気が出た❣️」「読んでよかった🩷」そう感じていただけたら、すべてが報われます✨頂いたエールは「とびきりのしあわせ」として、また循環させていただきます٩(๑❛ᴗ❛๑)۶☆🌈✨