【コラム】AIを一通りやってみて、悟ったこと。
鳥肌が立つ言葉に、マニュアルなんていらない。
かつて人気の頂点にいた「Google先生」は、
今やフェードアウト気味になっている。
現代は、ChatGPTをはじめとしたAIが、
検索よりもはるかにスマートに、
あらゆる問いに即座に答えてくれる時代。
もはや、検索さえ必要ない。
歌を作りたいなと思ったら、
スグにAIで歌詞を書いてもらい、楽曲を制作できる。
詩を書きたいなと思ったら、
スグにAIがリズミカルな詩を書いてくれる。
小説も、SNS投稿だって、
すべて数秒で出力してくれる。
自分が手を動かさなくても、
言葉を尽くさなくても、
AIが人の代わりにやってくれる。

私たちは、なんにでもなれる。
そのことをAIは証明してくれた。
でも、だからと言って、
「自分が持つ才能」や「培ってきたスキル」を、
無下にする必要はないし、
むしろ、今こそ、
本当の意味で、まぶしい輝きを放つのは
人間の手によって生み出されたもの、
心を込めてつくられたものだと思う。
確かにAIで書くのは効率がいいし、速いし、
SEOも整って、自分で考えるよりずっといい
魅力的なタイトルだって考案してくれる。
スゴイ!本当に凄いことだと感動した。
今まで何時間も、時に何日もかけて頭を絞って、
スクイーズしてようやく練って出してきたものが、
一瞬で目の前に現れるんだから。
まるで魔法じゃないか!
でも、でも・・・感動はそこで終わった。
多分、これからも
AIによる感動は「一時的なもの」だと思う。
わたしは気づいてしまったのだ。
いや、正確には、
多くの人がもうとっくに気づいていたこと。
Q. AIになくて、「人間にあるもの」は何か?
ここからは以下を中心に、
私の考えをまとめていく。
✅どうやってAIを人生に使うのがベストなのか?
✅どうやって「AIが書いた文章」と
「人が書いた文章」を見分けるのか?
✅見分けなくてもいいときは?
✅見分けた方がいい時はどんな時なのか?
これからの表現方法やAI使用について考えながら、
コラムとしてサクサク読むことができます⭕️
たどり着いた答えとは・・・
それは・・・
「熱量」だ。
熱量とは何か?
パッションが含まれたエネルギーのことだ。
パッションは、ハートから溢れ出るもの。
ハートが動いてパッションは溢れ出す。
熱量とは、ただ情報を伝えるだけではなく、
心の込められたエネルギー。
その中には、
「好き」「情熱」「疑問」「希望」「勇気」「愛」、
さらに「祈り」のようなものまで、
あらゆる“強い感情”が含まれている。

ハートが動いて初めて、
パッションは生まれる。
ハートが動いたときにしか生まれないもの。
例えば、愛し、愛されることー真実の愛。
例えば、喜び。ハートからほと走るような熱い気持ち。
例えば、感動。とめどなく溢れる感激の涙。
例えば、達成感。頑張った先でたどり着いたゴール。
例えば、胸が詰まるほどの悲しさ。
例えば、どうか、どうか..と誰かのために祈る夜。
私たちは、
人生でハートを動かしたいと願っている❣️
このような体験は、一時的というよりは、
一度味わうと、「永続的なもの」に変わる。
私たちが生まれてきた理由は、
この人生の喜びを体験するためだ。
「本気で生きた記憶」から生まれた
熱を帯びた言葉は、
あれよこれよと今や世界中でシェアされる。
「心を動かされたことがある人」だけが持つ、
パッションに、人々は強く共感するのだ。
その熱は、言葉の行間から、
余白から、匂いのように立ち上がってくる。
私たち人間は、
ハートを動かすことでしか、
本当の意味で「伝える」ことができない。
そして、受け取る側もまた、
ハートが動いたときに「受け取った」と感じるものだ。

AI文章への違和感と対策
私は最近、少し疲れている。
AIの方がうまい。速い。効率がいい。
わかってる。だけど…
心が動かない。
インターネットページでも、noteでも、
どれも似たような言葉、
似たようなテンプレート、似たような感情表現…。
気づけば、「またか」「これもか!」と、
「読むこと」がつまらなくなっていた。
ある日ふと感じた。
「AIユーザーは、書きたいんじゃなくて、
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