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自分は何者なのか?giver/matcher/taker?

前にnoteで「Give & Take」を読んだ話をしました。
先週本八幡の駅歩いていたら平積みになってました。
10年前の本ですが、売れ続けているんですね。

本を読みながら、自分はgiver / matcher / takerのどれなのだろうと考えました。
※詳細は書籍、またはTED talksに著者のgiverに対する話があるのでそちらを確認ください


齋藤は◯◯だ

結論的にいうと、giverとmacherの間くらい、な感じです。

私は人に物をお願いするのが苦手です。
それは、matcherの気質が関係していると思います。

「人にお願いをする」=「自分も何かをしなければ、という義務感が出る」
→自分はなるべく人に気づかれないでいたい→お願いするのが嫌だ

という流れで、人に物事をお願いするが嫌、億劫なのだと思います。

一方で、社会人になってから20年近く、アフリカの子供のチャイルドスポンサーをずっと続けています。初任給が17万4000円だった頃からですw

大学3年の時に、友人と共に訪れたインドで、生まれながらにして教育も受けられない、自分の人生を変えるきっかけすら与えられない子供たちがたくさんいることを突きつけられました。

自分が働くことで、1人でもそのような子供が救われれば、という思いで始めたものです。

また、旅行で行ったエッフェル塔では係の人からアンケートされ、それに答えたらお土産タダでもらいました。
すぐ横にいた女の子が欲しそうにしていたのであげようとしちゃう。

子供達にはお小遣いあげているのに、お小遣いとは別で色々買っちゃう(これは本当に良くない、、、)

自分が持っているもので、少しでも人の役に立てれば、という思いはそれなりにあるのだなと思います。

giverについての理解を深めた

これは、Mi6の川元と話をしていて理解できてきました。

うちの祖母は、遊びに行くといつもお小遣いをくれていました。
それも、満面の笑みで、「よく来てくれたね。持っておいき」と言って持たせてくれます。

相手が何に使うか、意味のあるものにしてくれるか、自分に何か得があるのか、とか何にも気にせず。

祖母はどんな気持ちで私にお小遣いを渡していたのか。
それはただ、相手に幸せでいて欲しいという祈りだったと思います。

相手が幸せでいることが自分の幸せです。

祖母は、私にお小遣いを渡していたわけではなかったのです。
祖母は祈りを捧げ、幸せを願っていただけなのです。

この感覚は、自分でもなんとなくわかるところがあります。

Matcherの感覚からすると、自分も相手も「I」と「I」なので、それぞれがwin-winでいたいと思います。

だから、相手にお願いをする時には、自分がwinになる分相手にもwinさせてあげないと、、、う〜ん、何をしたらwinになるのだろう?とか色々と考えてしまって、なかなか切り出せない。
相手のwinがわかっているとお願いしやすいのですが、そうでない人にお願いするのはすごい嫌になる。

一方、おばあちゃんのお小遣いは「I」と「I」でなく、「We」なんですね。
相手は自分であり、自分が相手である。
単に、相手の幸せを願い、それが自分の幸せである。
だから相手に求めることも、相手から求められることも当たり前のことであり気にしない。

ちなみに、Marche代表の水島は根っからの「We」の範囲の広い人間です。
私は彼がいろんな人にいきなりびっくりするようなお願いをしたりするので、いつもヒヤヒヤしますw

これは、彼の中では「We」の範囲が広く、自分が求められれば当たり前のように貢献するので、人に対して、自分も当たり前のように求めているだけなのだなと。

最初は理解できなかったのですが、最近ようやくわかってきましたw

この「We」を広げていくことこそが、これからの自分に必要なことなのだと、そう思っています。

よって、これからいかにgiveしていくか、がとても重要。

何が相手にとってのgiveになるか、を考えて、行動量にこだわっていきます。

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