「ガザにおける小児救急看護:紛争地域からの課題、適応、そして教訓」
Zina Smadi, Abdullah Ghali, Jamla Rizek, Ayman AL-Zubi, Bilal Irfan, Dana Awad, Curtis Wentz, Dalia Koujah, Abeerah Muhammad 著
”Pediatric Emergency Nursing in Gaza: Challenges, Adaptations, and Lessons from a Conflict Zone”
SAGE Open Nurs. 誌, 2025 Jun 4;11:23779608251349070. doi: 10.1177/23779608251349070
原著論文(英語)はこちら:
原著および本日本語訳はCC BY-NCライセンスに基づきます。Both the original work and this Japanese translation are licensed under CC BY-NC. 日本語訳:川端望海(Japanese translation by Nozomi Kawabata)
この記事は約13900字です。
なお、文中の[ ]は、訳者による補足であることを申し添えます。
要旨
ガザのような長期にわたる紛争の影響を受けている地域で、小児救急医療は数多くの課題に直面する。ガザの看護師たちは、小児専用の医療物資や医薬品へのアクセスが得られない中、過密状態の救急部門で働いている。しかしそのような状況下でも、彼らは驚くべきレジリエンスと適応力を示し、命を救うケアを続けるために、革新的な対応策を編み出してきている。このような背景から、紛争下で働く小児看護師は、小児の特性に応じた外傷ケア、トリアージ、および緊急処置について訓練を受ける必要がある。また、効果的なコミュニケーション、資源を柔軟に活用する力、ストレスに向き合う知恵、そしてチームワークが不可欠となる。これらに加え、災害への備えに関する継続的な研修や、子どもたちの医療ニーズを支える資源や政策の改善を求めていくことも同様に重要である。本稿では、ガザの小児救急看護が直面するシステミックな課題、限られた資源のなかで看護師たちが生み出してきた創意工夫(resourceful strategies)、そしてそこから得られる重要な教訓について考察する。
キーワード
救急看護、紛争地帯、ガザ、小児救急、交戦地帯、小児看護、災害看護
はじめに
ガザ地区は200万人を超える人々が暮らす人口密集地域であり、長年にわたる紛争によって、その医療システムは大きな打撃を受けてきた。ガザの人口のほぼ半数は18歳未満であり、子どもたちはとりわけ脆弱な立場に置かれている (20240201_ACAPS_thematic_report_Palestine_-_impact_of_conflict_on_children_in_the_Gaza_strip.Pdf, 2024)。直近の紛争激化以前でさえ、約110万人の子どもたちが人道支援を必要としていた。状況はその後さらに悪化している(Muthumani, 2024)。紛争地域における小児救急看護師は、急性・慢性を問わず多様な健康課題に応答する主要なケア提供者としての役割を担うことが少なくない。ガザにおける小児救急看護は、空爆や度重なる避難という脅威の下で行われており、重要な医療資材やインフラへのアクセスは極めて限られている(Brook, 2024)。このように戦闘が続く環境で、必要な物資を十分に確保できないままケアを提供すること自体が、深刻な保健医療上の危機となっている(Waterston & Nasser, 2017)。さらに、地域内や近隣諸国への医療目的の移動が制限されていることに加え、インフラの脆弱化による医療従事者や物資の不足が重なり、もともと逼迫していた医療システムは、患者と医療提供者の双方にとって一層深刻な負担を強いる結果となっている(Mosleh et al., 2018, Olatunji et al., 2024)。
本稿では、こうした高リスク環境下で直面する課題(challenges)を検証し、看護師たちがケアを提供するために用いている創意工夫に富んだ戦略を紹介するとともに、世界各地の災害被災地・紛争地域における看護実践をより豊かにするための示唆を提供する。
考察
年齢に応じた診断ツールの不足
ガザ地区には特有の課題が存在する。子どもたちは紛争の影響を最も強く受ける集団の一つであり、小児特有の医療資源を必要とする。しかし、そうした資源は紛争地帯での活動に備える際、見過ごされがちである。小児用の血圧計カフ、直腸体温計、乳幼児用パルスオキシメーターといった基本的な診断機器でさえ、しばしば利用できなかった。また、救急看護師たちは、カテーテルや尿検査用の採尿バッグ、さらには輸液や救命薬の投与に不可欠な静脈内留置カテーテルなど、小児専用の医療資材の不足にも直面した。さらに、携帯型X線装置や超音波診断装置が不足していたため、幼い子どもの画像診断にはCT検査を用いざるを得なかった。しかし、ガザで使用されているCTスキャナーの多くには低線量の設定がなく、子どもたちは高線量の電離放射線を浴びる結果となっている。その結果、生涯にわたる悪性腫瘍発症リスクが高まり、子どもたちの将来の健康がさらに脅かされている(Brenner et al., 2001)。
医療資材へのアクセス不足
ガザにおいて小児医療を行ううえでの重大な課題は、治療に必要な医療資材が極度に不足していることである。平時であればありふれた疾患や健康課題
で済むはずのものが、紛争下では子どもたちにばかり不釣り合いに降りかかる。国境なき医師団の報告書は、治療用栄養食品、輸液製剤、小児集中治療に不可欠な各種医療機器の不足を浮き彫りにしている(Gaza: Maternal and Child Health Suffer under a Decimated System | Doctors Without Borders - USA, 2024)。こうした物資の供給不足により、必要な検査や診断を十分に行うことが難しくなり、医療従事者はしばしば臨床所見と自らの専門知識のみに頼らざるを得なくなっている。
医療物資の供給網が寸断されていることに加え、[封鎖などの]継続的な制限によって、新生児用保育器や、子どもたちの敗血症治療に不可欠な抗菌薬を含む主要な小児向け医療資材は著しく入手困難となっている(Moscatelli et al., 2024)。また、外科手術に不可欠な器具の不足は、負傷した子どもたちへの適時かつ効果的な治療を困難にし、合併症や長期的な障害のリスクを高めている(Qandil, 2024)。世界保健機関(WHO)は、基本的な医療資材の不足が罹患率および死亡率の上昇に直接つながっていると報告している(Children's Lives Threatened by Rising Malnutrition in the Gaza Strip, 2024)。ガザの小児救急医療従事者は、限られた資源と救命処置を最も重症の患者に優先的に振り向けなければならないという困難なトリアージ判断を迫られている。その結果、多くの子どもたちが必要な救急医療を受けられないでいる。命を繋ぐための医療そのものが、深刻な機能不全に陥っているのである(Muthumani, 2024)。
年齢に応じた薬剤の不足
麻酔
[患者の]年齢に適した医薬品の不足は、ガザにおける小児救急看護に深刻な課題を突きつけている。なかでも麻酔薬や抗菌薬の投与は大きな困難を伴っている。継続する紛争と医薬品供給網への制限により、シロップ剤、懸濁液、体重別用量製剤といった小児向け製剤がしばしば入手できない状況にある(Karageorgos et al., 2023;Shenoi et al., 2020)。その結果、医療従事者は成人用医薬品を小児向けに調整して使用せざるを得ないことが少なくない。こうした対応は、投与量の誤りや副作用のリスクを高めるおそれがある(Nasser et al., 2024)。さらに、子どもの安全を確保するために必要な正確な投与量管理機器やモニタリング機器が不足しているため、鎮静が不十分となる過少投与のリスクと、重篤な合併症を引き起こす過量投与のリスクの双方が高まっている(Ahmed,2023;Nasser et al., 2024)。
抗菌薬(Antibiotics)
抗菌薬は最も頻繁に処方される医薬品の一つであるが、子ども向けの製剤が入手できないことがよくある。これにより、医療従事者は必ずしも最適とは言えない代替手段に頼らざるを得ないことが多く、その結果、投与量の誤りや治療失敗のリスクが高まる(Nasser et al., 2024)。さらに、こうした環境下での広域スペクトル抗菌薬の過剰使用や不適切な投与は、世界的に増加している薬剤耐性問題の一因となりうる(Krockow et al., 2023)。したがって、ガザにおいて抗菌薬適正使用プログラムを実施することは、限られた資源と脆弱なインフラのため、依然として大きな課題となっている(Ahmed,2023)。これらの障壁に対処するためには、年齢に適した医薬品を供給するための国際支援の拡充や、緊急時における小児医療を最適化できるよう医療従事者を支援する研修プログラムの実施を含む、多面的なアプローチが必要である。
同意の倫理(Consent Ethics)
現に戦闘が続く紛争地域において、小児医療に関する同意を得ることは大きな課題となる。とりわけ、子どもたちの負傷が緊急手術を必要とする場合には、その困難さが一層増す。多くの子どもたちは、瓦礫の中から救出された後に病院へ搬送されるが、その際には家族と離ればなれになっていることが少なくない。このような状況では、たとえ家族が生存していたとしても、避難、通信遮断、さらには空爆や救助活動による家族の離散によって、病院職員が家族と連絡を取る手段を持たないことがある(Irfan et al., 2024)。控えめな推計であっても、現在進行中の紛争のなかで、少なくとも2万5千人の子どもたちが父母のいずれか、あるいは両方を失ったとされている(More Women and Children Killed in Gaza by Israeli Military than Any Other Recent Conflict in a Single Year – Oxfam, 2025)。その結果、医療従事者はしばしば、[その子どもの]「最善の利益(best interest)」という基準に基づいて行動せざるを得なくなっている。法的後見人が不在のなかで、患者ケアに関する判断をチームとして下さなければならないのである。しかもその判断は、患者が幼少であること、状況や提案された医療介入を十分に理解できないこと、さらには負傷によって意思疎通が妨げられていることによって、いっそう困難なものとなっている。
空間の不足(Lack of Space)
ガザにおいて医療を提供するうえでの重大な課題の一つは、患者を治療し、急性疾患や外傷からの回復を支えるための空間が著しく不足していることである。空爆や地上侵攻を含む継続的な軍事行動は、病院、道路、上下水道システム、住宅などの重要インフラに甚大な被害をもたらしている(“Covered in Blisters”: Chickenpox and Other Skin Diseases Spread among Palestinian Children in Gaza amid Israeli Genocide | Defense for Children Palestine, 2024)。こうした破壊は、過密化、不衛生な環境、そして感染症の拡大を引き起こしている。ラファでは、避難民の流入によってわずか4ヶ月で人口が500%急増した(Mohammed et al.,2024)。少なくとも30の病院と150の医療施設がもはや稼働していない(Sah,2024)。10月7日以降、医療施設に対する攻撃は440件を超えており、その結果、唯一のがん専門病院も閉鎖に追い込まれた(Mohammed et al., 2024)。医療従事者たちは、病院の廊下に横たわる遺体や切断された四肢をまたぎながら移動しなければならない現実を語っている。また、病床不足のため患者を床に寝かせざるを得ず、使用可能な手術室がないため廊下で手術を行っているという(Khan,2024)。
現時点で得られている洞察と解釈
多数の小児外傷患者を同時に受け入れなければならない大量傷病者発生時に備え、小児看護師には年齢に応じた適切な外傷ケアを提供するための訓練が求められる。そのため、小児医療に関する専門的な教育に加え、外傷トリアージや子どもに特化した緊急処置について学んでおく必要がある。さらに、小児救急看護師は、慢性疾患の急性増悪への対応や、小児に多くみられる疾患への対応にも習熟していることが求められる。とりわけ物資が不足している状況下においては、長期的な医療ニーズを持つ子どもたちへの継続的なケアを確保するため、小児科専門医との連携が不可欠である。加えて、感染症対策の面では、早期発見や隔離プロトコル、そして感染管理対策に関する十分な知識と技能を備えておく必要がある。
紛争地域では資源が限られているため、小児看護師には、患者にとって可能な限り最善のアウトカムをもたらすため、創意工夫を凝らしてケアを実践する能力が求められる。また、家族との信頼関係や協力関係を築くためには、優れたコミュニケーション・スキルが不可欠である。家族の多くは深刻なトラウマを経験している可能性があるからである。小児に特化した災害対応を含む災害準備教育を継続的に受けることも重要である。これには、現場でのトリアージ、小児救急ケアのプロトコル、避難手順に習熟することが含まれる。また、小児トリアージや多数の負傷児への同時対応を含む災害シミュレーション訓練は、看護師がプレッシャーのかかる状況に備えるのに役立つ。
さらに、小児看護師にはストレスと向き合い、レジリエンスを維持するための方策も必要となる。そのためには、メンタルヘルス支援、ピア・ネットワーク、セルフケア教育へのアクセスが欠かせない。個人としてのレジリエンスを育むことは、情緒的ウェルビーイングと質の高いケアの双方を維持するうえで重要である。また看護師は、より広い人道的文脈を理解し、政府機関や国際機関と連携しながら子どもたちの権利を擁護しなければならない。さらに、ガザの子どもたちが抱える医療ニーズへの社会的関心を高めるとともに、ワークショップや学会・会議などを通じて、現場が直面している課題やそれに対する工夫を共有し、より良い資源、施設、政策の実現を提唱していくことも求められる。
最後に、効果的なチームワークと協働が不可欠である。未来の小児看護師には、多職種・多組織から成るチームのなかで働くための高い対人関係スキルが求められる。これには、小児科医や外科医、人道支援団体などと連携しながら、子どもたちにより包括的なケアを提供していくことも含まれる。
結論
結論として、ガザの小児救急看護師たちは、資源不足と圧倒的な困難に直面しながらも、極限状況のなかで命を救うために欠かせないケアを続けている。こうした過酷な環境にもかかわらず、彼らのレジリエンスと献身的な努力によって、重篤な状態にある子どもたちは緊急医療を受け続けることができている。必要な資源と支援が拡充されれば、ケアの質は大幅に向上し、より多くの命が救われ、また緊急の支援を必要とする子どもたちの健康状態が改善されるだろう。
倫理審査およびインフォームド・コンセントに関する声明
本稿は、人間または動物を対象とした直接的な研究を含まないため、倫理審査の対象外である。
利益相反の申告
著者らは、本研究、執筆、および/または本論文の公表に関して、開示すべき利益相反はないことを表明する。
資金提供
著者らは、本研究、執筆、および/または本論文の公表に関して、いかなる資金的支援も受けていない。
参考文献
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原著の著作権表示:
© The Author(s) 2025, CC BY-NC 4.0
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著者らの所属先:
Zina Smadi 1, Abdullah Ghali 2, Jamla Rizek 3, Ayman AL-Zubi 4, Bilal Irfan 5,6,7, Dana Awad 4, Curtis Wentz 2, Dalia Koujah 8, and Abeerah Muhammad 9
1 School of Medicine, The University of Jordan, Amman, Jordan
2 Baylor College of Medicine, Houston, TX, USA
3 Department of Health and Human Services, Washington, DC, USA
4 University of Houston College of Medicine, Houston, TX, USA
5 Center for Bioethics, Harvard Medical School, Boston, MA, USA
6 Center for Surgery & Public Health, Brigham & Women's Hospital, Boston, MA, USA
7 Department of Neurology, University of Michigan Medical School, Ann Arbor, MI, USA
8 University of Arizona College of Medicine-Phoenix, Phoenix, AZ, USA
9 Baylor Scott and White Health, Dallas, TX, USA
この記事の引用の仕方(原著の表示):
Smadi Z, Ghali A, Rizek J, et al. Pediatric Emergency Nursing in Gaza: Challenges, Adaptations, and Lessons from a Conflict Zone. Sage Open Nursing. 2025;11. doi:10.1177/23779608251349070
訳者あとがき
私事で恐縮ですが、幼稚園時代を過ごしたメキシコで、あるパレスチナ系の一家と家族ぐるみでとても親しくしていただいた記憶があります。母が多忙な折には、その家のお母さんが私を預かり、我が子と一緒に夕食を食べさせ、お風呂に入れてくれました。
後に、地方に住むその家のおばあ様を訪ねた際、パレスチナに残った家族の男性はみな亡くなってしまったという、凄絶な歴史を聞かされました。
幼心に深く刻まれたその一家の温もりと、彼らが背負っていた不条理な痛みの記憶は、今も私のなかに残っています。
私がハンセン病療養所に勤務していた頃、受け持たせていただいた患者さんの中に、篤い信仰を持つ方がおられました。その方は、病気や怪我、いじめなどによって学校へ通うことのできない子どもたちが、一日でも早く元気になり、学校へ戻れるようにと病床で祈っておられました。
本論文を訳しながら、私は何度もその方の祈りを思い出していました。私自身もまた、その祈りに静かに心を重ねながら本稿と向き合いました。
紛争下のガザで、小児救急看護師たちは限られた資源のなかで子どもたちの命を守ろうとしています。本稿は、その厳しい現実と、そこで育まれた看護の知を伝えるものです。
本訳が、その現実に目を向ける小さなきっかけとなれば幸いです。
参考資料
ガザにおける医療・教育についての現状は以下の動画でより詳しく知ることができます。
「清田明宏・国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)保健局長 会見 2025.11.6」YouTube 日本記者クラブチャンネル(会見動画配信)
