インスタ映えを気にしなかったら本当に楽しめる旅行になった
「ニジゲンノモリ」の
ナルトエリアがある兵庫県・淡路島。
修学旅行で一度訪れたことはあったものの、
ほとんど記憶に残っておらず、
今回は"初めて行く場所"のような感覚でした。
今住んでいるところからは車で約3時間半。
ちょっとした小旅行です。
「淡路島って、どんなところなんだろう?」
そう思って
Instagramで「淡路島 観光」と
検索してみると、
海に囲まれた開放的な景色や、
おしゃれなカフェ、
自然を感じられるスポットが
たくさん出てきて。
最初は"ナルト目的"で
行くつもりだったのに、
気づけば淡路島そのものにも、
どんどん興味が湧いていきました。
実際に島を車で走らせてみると、
インスタ映えするおしゃれなカフェや
フォトスポット、グランピング施設、
海沿いのハンバーガーショップなど、
「ここも素敵」「あ、ここも気になる」
と思うお店が次々と目に入ってきました。
島全体が、どこか洗練された
おしゃれな雰囲気に
包まれているように感じました。
でも、そんな景色の中で、
ふと旅行の少し前に
読んでいた本の一節が頭に浮かんできました。
「ちょっと想像してみてもらいたい。
もし、写真を撮って人に見せることが
できないとしたら、それを買うだろうか?
それを食べにいくだろうか?
その場所へ出掛けて行くだろうか?」
そしてこう続きます。
「いや、それならしません、
と答える人は、
自分が本当にしたいことを
見失っているように思われる。
自分が満足できるもの、
つまり自分にとって価値のあるものに、
自分のお金を使っていないことになるからだ。」
その言葉を思い出したとき、
私は少しだけ立ち止まりました。
「私はどうだろう?」
おしゃれなカフェに行きたいのか、
写真を撮りたいのか、
それとも、"誰かに見せたい"から選んでいるのか。
淡路島には魅力的な場所がたくさんある。
でもその中で、
今の自分が本当に行きたい場所は
どこなんだろうと、
改めて考えさせられました。
私は、フォロワーが何万人もいるような
インスタグラマーではありません。
TikTokもXも、ほとんどのSNSは鍵アカウントで、
見ているのは限られた友人だけです。
それでもやっぱり、
おしゃれなカフェを
ランチで選んで写真を撮って
ストーリーにあげたり、
インスタ映えしそうな撮り方を意識したり、
景色のいい場所で写真を残したりしています。
もちろん、大切な思い出として
残したい気持ちもある。
特に家族写真は、
その瞬間の記憶を閉じ込めておける、
かけがえのないものです。
でも一方で、
「インスタ映えするから」と選んだ観光地は、
どこか心に残っていない気もしていました。
子どもが本当に楽しめる場所。
家族で心から笑える時間。
今回訪れたニジゲンノモリのナルトゾーンは、
きっと一生思い出に残る場所になると思います。
その一方で、おしゃれなカフェに
子どもを連れて行っても、
正直そこまで喜ぶわけではない。
そしてふと考えました。
数百人いるフォロワーの中で、
今も連絡を取り合っている友人はほんの数人。
片手で足りるくらいです。
"友人ともいえない知人"に見せるための
家族旅行には、したくない。
もちろん、それが目的じゃなくても、
SNSがこれだけ身近にある時代、
「映え」を全く気にせずに生きるのは、
正直難しいと思います。
実際、小学生の息子ですら、
写真の角度や映えそうな背景を気にしています。
一般公開していなくても、です。
だからこそ今回は、あえて決めました。
「本当に行きたい場所だけに行く」
「本当にしたいことだけをする」
「本当に食べたいものだけを楽しむ」
誰かに見せるためじゃなく、
自分たちが満足できる時間を過ごすために。
そう決めて、今回の旅に向かいました。
1日目は、ナルト三昧。
ニジゲンノモリで、
ナルトの世界にどっぷり浸かって、
思いきり満喫しました。
そのあとはホテルへ移動。
子どもたちはパパと一緒に、
室内プールで思いきり遊び尽くし、
私は部屋のベランダで、
オーシャンビューを眺めながら読書。
コーヒーを片手に、ただぼーっとする時間。
それだけで、十分に満たされる感覚がありました。
プールから戻ってきた子どもたちは
ゲームをしたりしてリラックス。
その間に、夫婦でシャンパンを開けて、
ゆっくりと話す時間。
特別高価なものではなかったけれど、
シャンパングラスに注ぐだけで、
少しだけ"特別な夜"になる。
それから部屋のお風呂で泡風呂を楽しみ、
夕食はバイキングで、
それぞれが好きなものを好きなだけ。
"誰かのおすすめ"じゃなくて、
"自分が食べたいもの"を選ぶ、
シンプルな幸せでした。
2日目の朝は、
時間に追われることなく、
近くのカフェでゆっくりモーニングをいただき、
もう一度プールへ。
最後はホテルのラウンジでコーヒーを飲みながら、
「そろそろ帰ろうか」と、名残を惜しむ時間。
帰り道、
ふと気になったお店に立ち寄って食べた海鮮丼も、
きっとこの旅のひとつの
思い出になるんだろうなと思いました。
今回の旅を振り返ってみると、
どの時間もちゃんと
「楽しかった」と思えるものでした。
ナルトの世界に夢中になった時間も、
プールではしゃぐ子どもたちの笑い声も、
ベランダでぼんやり海を眺めた静かな時間も、
夫婦でゆっくり話した夜も。
どれも、"誰かの評価"ではなく、
自分たちの感覚で選んで、
過ごした時間でした。
きっとそれが、
心に残る理由なんだと思います。
映えるかどうかではなく、
誰かにどう見られるかでもなく、
「自分たちがどう感じるか」。
それを大切にして過ごした今回の旅は、
だからこそ"自分たちのための旅"だったと、
胸を張って言えます。
今の世の中は、
情報がとても気軽に手に入る時代になりました。
発信者の方たちのリアルな意見に触れることができて、
新商品や新スポット、期間限定の情報など、
最先端の情報をどこにいてもすぐに知ることができます。
それはきっと、
発信者の方たちが時間や手間をかけて
丁寧に情報を届けてくれているからこそ。
本当にありがたいことだと思います。
でもその一方で、
情報があふれているからこそ、
「どこに行くか」「何を選ぶか」を、
つい"誰かのおすすめ"に
委ねてしまいそうになる自分もいます。
便利であることと、
満たされることは、
必ずしも同じではない。
だからこそ、「映えるかどうか」ではなく
「自分がどうしたいか」を少しだけ基準にしてみる。
そんな時間をつくることが、
ひとつの"デトックス"になるかもしれません。
