タイ語/日本語通訳の仕事が向いてないと思った理由
「できる」ことと「向いている」ことは違う
タイでよく見かけるお仕事のひとつに「日タイ通訳」があります。私もかつて、短期や単発で通訳業務を経験したことがありました。けれど、しばらくして気づきました。
「あ、これ、私には全然向いてないかもしれない…。」
言葉ができる=通訳をしたらいい、とは限らないんですよね。
今日は、私が通訳の仕事を離れることにした2つの理由を、記録として残しておこうと思います。
理由① 感情の矢印が、自分に向いてくる感覚がつらい
通訳の現場は、いつも和やかとは限りません。
交渉・トラブル対応・意見の食い違い。時には感情的なやり取りに立ち会うことも多々ありました。
私は通訳者であり当事者ではないはずなのに、当事者の間にいる身として存在している自分が、怒りや苛立ちの矢印を受け取ってしまう感覚になることが多くて。
「あれ? 私が刺されてる?」
「いや、そうじゃないのは分かってる。でも、しんどい…。」
仕事と割り切ればいいと分かっていても、気持ちの中まで完全にシャットダウンできるわけではありませんでした。終わった後は、どっと疲れてしまう。
人によっては「慣れ」で乗り越えられる部分なのかもしれませんが、私にはちょっと荷が重かった。
理由② どちらの文化も分かるからこそ、心が揺れる
もう一つの理由は、通訳しながら両者の気持ちが分かりすぎて、心が苦しくなること。
通訳者に自己はいらないと思っています。そこに個人的な意見や感情は不要。でも私は、通訳しながら内心でついこんなことを考えてしまいます。
いやそれ、日本人に言うと誤解されるやつ…。
タイ人側の言い分もわかるけど、その言い方だと日本人からの信頼が…。
え? いま、それ聞く?タイ人には失礼なような…?
本来は、心の声を押し殺して、淡々と訳すだけでいいはずなんです。でも、両国の文化や感情表現の違いを知っているからこそ、通訳しながらも勝手に板挟みになってしまう。
「わたし、誰の立場にも立つことができない」
そんな混沌とした感覚に毎回襲われるようになって、やっぱりこれは、自分の得意分野じゃないなと実感しました。
通訳として雇われていなくても、通訳っぽくなる瞬間
とはいえ、「日本語もタイ語もできる」とバレてしまうと(笑)、業務外でもちょこちょこ通訳役に駆り出されることはあります。これは言語ができる人あるあるなのではないでしょうか。
頼ってもらえるのは嬉しいし、自分のスキルでチームや現場に貢献できるのはありがたい。だけど、背景も用語もゼロの状態で突然振られるのは、やっぱり厳しい!
いきなり「ダイカスト」って言われても…???
金型?えっ、鋳造?そんな単語、何語でも聞いたことないんですけど〜!
専門用語オンパレードの現場で通訳される方、改めて本当に尊敬します。
事前に専門用語や背景など、最低限の情報共有があるだけでも、全然違ったりはするけどね。ぶっつけ本番は本当にしんどかった思い出。
学び
この経験から学んだのは、そのスキルがあるからといって、必ずしも職業としての適性があるとは限らないということ。語学が得意でも、すべての言語関連の仕事が合うとは限らない。むしろ、自分の特性に合った使い方を見つけることが、長く続けるための鍵なのかもしれません。
また、タイと日本二つの文化の狭間で生きてきた自分が、その文化の境界で板挟みになるとどんな気持ちになるのかというのも実体験できたのは大きな収穫でした。
mari.
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