『ワーママ』という響きに頬を染めていたあの頃の自分へ—専業主婦で見つけた本当の適性
「ワーママ」という肩書きに誇らしさと少しの虚勢を込めていた私。
まさかその後、専業主婦という未来を選ぶことになるなんて──想像もしなかった。
それが、私のキャリアにおける大きな分岐点だった。
約2年半前のこと。
私は出産の2週間前まで働き、娘を出産してから2か月半で職場に復帰した。タイの法律では、産休は出産前後合わせて約3か月取得することができる。
出産ぎりぎりまで働いて産後すぐに仕事に戻るのは、ここでは特別なことではない。育休制度は存在しない。だから私も、自然な流れでさっと仕事に戻ったのだった。
勤務時間中はベビーシッターに子守をお願いし、終業後は母親業に励む。なかなかハードな毎日。それでも、「子育てしているだけじゃない自分」が誇らしかった。
…そのはずだったのに、間もなくガタが来る。
「キャリア」も「子供との時間」も「良き妻」も、何もかも捨てられず、自分を追い込んでしまったのだ。
日中はシッターがいるとはいえ、17時まで仕事をして、その後は子守。夜は3時間ごとの授乳や夜泣きに起きる生活。娘はあまり寝ない子だった。寝不足で体も心も削られていった。
疲れがたまると、つい夫に八つ当たりしてしまうこともあった。
「私だって働いているのに、どうして子どもの面倒を見るのは私ばかりなの?」
そう不満をぶちまけながらも自分が嫌になる。夫の方が仕事が忙しくストレスも多いのは分かっていた。でもぶちまけずにはいられない、そんながんじがらめな心情。
夫婦関係は、言うまでもなく悪化するばかりであった。
住み込みのシッターを雇うという手もあったが、それだと私は全く子育てをしないに等しくなる。自分の子だ。丸っきり他人任せも嫌だ。夜間はシッターの手を借りないと決めたのは、他の誰でもない私自身だった。
収入の方は家計の足しにはなっていたけれど、大黒柱になれるほどではなく、我が家は夫の収入に大きく依存していた。
なのに私は、働いていることを誇りにして、「ワーママ」という肩書きにこだわった。思えば、夫から産後も働き続けて欲しいと言われたことは一度もなかったのに。
如何に子育てや家事を外注するかはよく考えたのに、仕事を辞めるという発想は全くなかった。
ところが、娘が1歳数ヶ月になった頃。
そんな張り詰めた糸の上を歩くような生活にも、予期せず転機が訪れる。
勤めていた会社が閉所する運びとなり、私もそれに伴い退職することになったのだ。次の仕事をどうするか考えがてら、とりあえずで一時的に専業主婦をしてみることになった。
仕事を辞めたことでベビーシッターは不要になり、子育ての負担は一気に増えた。文字通り24時間、子供につきっきりであった。
けれど、不思議なことが起きた。
心がとても軽やかなのだ。
働いていた頃よりも子育て時間は確実に増えているのに、イライラしないし不満もない。私は子育てに疲れていたのが原因で色々上手くいかなくなり、夫婦関係にまで亀裂が入ったのではなかったのか。
これでは辻褄が合わない。
そんなある日、ふと頭に浮かんだのは大学3年生の春のこと。就職活動の話題が周りでざわつき始めた頃。
それまでのゆるいキャンパスライフから一転し、どことなくそわそわとし始めた空気感まで鮮明に思い出せた。
「何のために、わざわざ“この大学”に入ったの?」
別にバリバリ働かずともゆるく働ける職場と職種がいい、そう友達に話したらこんなふうに一喝された。
笑いながら放たれた一言なのに、私には鋭い刃のように突き刺さる。
この大学に入るために受験を頑張った。就職活動も同じように頑張るべきなのではないか。彼女の言うことが正しいような気がして、錯覚した。
…そっか。そうだったのか。私はあれ以来、錯覚し続けてきたのか。
元はと言えば、「ゆるく働いて、いずれは家庭に入る」未来を思い描いていたはずだったじゃないの。どうして忘れてしまっていたのだろう。
結局、「商社の営業」がキャリアのスタートとなり、いつの間にか「専業主婦になる未来を考えたことがない」にすっかり上書きされてしまっていた。15年の間に時代やトレンドの声に耳を澄ませすぎて、自分の声を聞き逃し続けてしまったようだ。
──仕事を辞めてからの私の機嫌はずっと良かった。
「私だって働いているのに」感が抜けたら、不思議と夫へのイライラも嘘のように消えていった。
夫は外で働き、私は家のことを担う。
役割が自然に分かれたことで、我が家には穏やかなリズムが戻ってきた。
専業主婦になって半年ほど経った頃、夫に聞かれた。
「仕事をしていない生活は、どう?」
周りにキャリア志向の女性が多い中で、しばらく専業主婦をしている私が実は仕事をしたいと思っていないだろうかと心配して聞いてくれたのだろう。
私は冗談まじりにこう答えた。
「仕事をしなくていい生活、最高。適性があるみたいだから、この先もよろしくお願いします!」
彼は、なんだかほっとしたようだった。
そんな彼の表情をみて、初めて気づいた「かもしれない」。
嗚呼、実はこの人、私に家庭に入って欲しいと思っていたんだ。でも、私が大事にしていた「キャリア」を尊重して、口には出さなかったんだ。
なぁんだ、そうならそうと早く言ってくれたらよかったのに。
忘れ去っていた自分の本心を選んだことで、私の人生はようやく軌道修正された。
人はときに、自分の声さえ聞き逃してしまうもの。
けれど、その声を拾い直した瞬間にこそ、人生はまた動き出すのだと思う。
mari.
あとがき もとい おしゃべり
「そうならそうと早く言ってくれたらよかったのに。」とは思ったものの。2年半前に夫にそう言われたら言われたで、「私のキャリアを尊重してくれないの?」と喧嘩の種が一つ増えることになるだけだったかもしれないですね。
辛い数年間だったけれど、起こるべくして起きた、試練のタイミングだったと、今はそう解釈しています。お陰でまたもう一回り、人として成長できたのではと思います。
…って、今穏やかな生活を送れているから、こんなふうに言えるけど、渦中は人生で一番しんどかったと言ってもいいくらい苦しい日々でした。(心療内科の門を叩こうかと真剣に考えたくらい。)
『自分に正直に。』よく聞く定番フレーズ。
本当は、本文の締めも「自分に正直にいることが大事」みたいなオチにしようと思っていたんです。
でも。いやそれは御もっともなんだけど、何か違うなぁと納得がいかなくなってしまって。いつ何時も自分で自分の本心がよく分かってる人なんて、そんなに居なくないですか?人間、自分自身に無自覚に嘘をつくことに長けているのかもしれない、そんなことを考え出してしまいまして。
自分に正直になったろ〜と言って、すぐに正直になれたら苦労しないんですよね。
とはいえ、正直になろうと心がけ努力する姿勢は大事だと思います。自分の声に耳を澄まそうとする努力。
それは自分にとっても、相手にとっても大切なこと。自分に正直でないと、本当の意味で相手を尊重することも難しいと思う今日この頃です。
『自分の声』──蓋をせずに拾っていこう。
あれ、結局『自分に正直に。』という締めになってしまいました。
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