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わたしのワンネス体験~散らかった部屋だからこそ万物にも意識があるを観た~

世界の見え方がガラリと変わって、目に映る全ては自分の内側の投影でありギフトだって身に染みてわかるんです。それらは圧倒的な美しさでわたしに愛を呼びかけてきて、その愛に自然と涙が溢れて人目もはばからず子供のように泣いしまう…そんな未だ嘗て経験したことのない感動的な日常なんです。


今ココの美しさは内側の投影

目の前に繰り広げられるいつもの景色、いつもの道路。
覚醒初期には、それがまるで切り取られた絵画のように見え、その芸術性に目覚めて「この道路を作ってくれた方はだれ?美しき芸術をありがとう😭‎」「あの揺れる木の葉から漏れる光を見ることができるのは…公園を作ってくれた方、維持して下さる方、そして気や太陽や空気さんも…まじで感謝しかない😭‎」のように、全てに勝手に感動しては有り難さに震える、そんな瞬間の連続になりました。
今は、歩いて暑いと感じた瞬間に頬を撫でる5月の爽やかな風に有り難すぎて感動し。目が疲れたなと思えば、その瞬間飛び込んでくる道端の花たち、誰にも気づかれない雑草とその中に咲く花のコントラストを見てはわたしの疲れた目を楽しませようとしてくれてると感慨深くなり。自動思考がうるさいなと気づけば、途端に鳥たちがさえずりはじめ、わたしの耳を美しい音色で震わせてくれると胸が熱くなり。そんなふうに絵画がストーリーとして立体的になっていくのを感じています。
ほんと、いつもの道を歩くだけで、そこには有り余る美しさやギフトが豊かに有り続け、いつでもわたしに惜しみなく愛を降り注いでいるのです。
覚醒とはこのような、まるで生まれ変わったような……いえもしかして純粋な魂に還ってきたような…真新しい瞬間瞬間に震え、その響きを周りの環境と共鳴し合うことなのだと思います。人でなくてもいいんです。いやむしろ人でないから味わえるのかもしれません。万物は純粋な意識で繋がっており、それを万物に神が宿るとか万物に仏心があるとかと表現するのだと思います。

万物との愛の対話

昨日など、面白いことがおきました。深い瞑想に漂っていて自然に目を開けると、いつもと変わりない散らかった部屋なのですが、意味不明に立てていたフォームローラーも、乱雑に積んである衣服も、壁にたてかけたままのフローリングワイパーも、壁にかかったままの冬の服たちも、なにもかも全てがわたしに優しく語りかけてくれているかのような「いのち」を感じたのです。途端に涙が溢れだし、モノたちは生きている!愛の周波数で振動している!今までモノは命がないと思い込んで決めつけてそのフィルターで世界を見ていただけだった、フィルターをはずしてあるがまま観てみれば「すべてに意識があるってほんとうだったんだ😭‎」と雷に打たれたような衝撃をうけました。部屋中がとても優しくて輝いていて、愛に満ち溢れわたしを守り続けていていてくれてるんだと身をもってわかったのです。世間的に言えば散らかった貧相な部屋かもしれないけれど、このような部屋にさえ、とてつもない愛しさが湧き溢れ、とまらない愛の振動にしばし身をゆだねていました。

あるがままが全てに宿る愛と繋がる

自分を整えるためには整理整頓と、部屋を整えていた時期もありますがわたしは続かなかった。いつしか義務や作業になり、そのうちやりたくなくなって、やらない選択を受け入れたのですが、そうしなければこの体感は訪れなかったかもしれません。綺麗に整理整頓された部屋はきれい、だから片付いた部屋だからきれいだと感じるという一般常識を超えることはできなかったはずです。
しかし整っていない散らかったままの部屋を受け入れ、そうだったからこそ、無造作に散らかっていることも全部全て完全完璧な美しさで、それを生み出したのはこのわたしと森羅万象全てとの共同創造なのだと気づけたのです。散らかっている中でこんなにも胸を震わせる美しさと愛に目覚めることができたのは、奇跡としかいいようがありません。
これは全てを象徴するたったひとつの事象でしかありません。あなたがもし世間的に美しくないと感じていて、その色眼鏡で自分を観察していたら、ずっと美しくない自分を主人公とした世界に居続けることになります。しかし、そのメガネをはずしてあるがままに観れば目が覚めるでしょう。そして今の自分は完全完璧な美しさであり愛なのだと震撼とともに気づくでしょう。曲がった足の小指のかすかすな爪ひとつにも、美しさと愛を感じ取れるのです。この小指が曲がっているのもその爪も曲がってかすかすしているのも、全て意味があり、それを美しいと自分が自分で愛しめるための個性でありパーツの表現です。それに気づいて貰えた時、わたしたちの独立したパーツが全て統合され全体性の調和に気づくのです。もう悦びの涙しかでません。言葉で表現するにはあまりにも人間の叡智が及ばないし、それらを凌駕する世界が真実なのだとわかるのです。しかし言葉ではなくその背後、つまりどんな思いでこれを書いているかのエネルギーの放出するツールがこれら文章なのです。上手く伝わらなくても構わない、ただこの数々の感動を表現したいという純粋な思いです。

あるがままが完全完璧の調和

わたしは現実を変えるために、自分を変えようとしてきました。今の現実を愛することより、先の未来に変わった自分が有るように、整えようと自分を律してみたりもしました。続かないことがいけないことと勘違いして、また元に戻ったのはコンフォートゾーンに戻る潜在意識のせいだから書き換えなきゃ!などと潜在意識を否定してきました。それら自己啓発メソッドを経て目覚めたのは、未来も過去も自我が作り出した幻で、今までココが全てという悟りの世界の真実です。
未来や過去は幻、今ココに意識を全て手向けると、そこには愛しかありません。それが魂であり、多次元宇宙の源そのものなのです。そうすると自我(思考)は滅して、こうなりたいやあんなふうに変わりたいも全てエゴの見せてくれる一部の浮かび上がりだとわかります。そこに没入し楽しんでいるんだなと。真実は全て今ココ完全完璧、現実も完全完璧。それをただ愛するのが悦びそのものだと。

覚醒の喜びは今ココの愛の拡大


変わりたいから変わるために頑張るというより、今を愛していれば愛が拡大し続け勝手に変化していくので、そのさまを観察している楽しみの連続なのです。現実を変えようとコントロールするエゴを手放すと、ぶわっと意識や世界が拡大します。その気持ちよさが生命誕生の根幹です。そしてあるがまま受け入れるのが着床し生命を育む根幹です。その営みが繰り返されているのが生命体の仕組みなのです。
エゴのフィルターをはずして、いろんなものを見ていく体験にどれほどワクワクするでしょう!
瞬間瞬間真新しい自分、過去の記憶を持たない自分であるがままに観ていく。まさに新たに生まれ変わった覚醒の世界です。

この記事の背景にある次元論の定義や、構造的解析の全データはGitHubにて公開・更新しています。https://github.com/marnakatani-bot/maria-dimension-map-

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意識の次元マッピング研究者|ORCID登録・論文著者|中谷まり亜 ありがとうをチップで伝える