「反省」に関する記事紹介④
いつも私の記事をご覧くださり、ありがとうございます。
今日は、大川隆法先生の説かれる幸福の原理、「愛・知・反省・発展」に関連して、皆さんの素敵な「反省」の記事をご紹介する企画dayです!
今回は、8名の方の記事をご紹介したいと思います♪
①りあさん
現実を受け入れられなくて、
できない自分を見られるのが嫌で、
やりたいのに出来ない
でも、10年経ったことは変わらないし
誰かに上手いと思われるために踊りたいわけじゃない。
だから、もうそんなプライド捨てよう。って思ったんです。
「できる自分として見られたい」
そんなものは捨てて
「踊ることが大好き」
ただそれだけでいいじゃんって思えたんですよね。
昔、バレエ講師をされていて、妊娠・出産などのブランクを経て、10年ぶりぐらいにバレエのレッスンを受けたと言うりあさん。
上手く見られたいとか、昔の上手だった自分、というプライドを捨てたときに、はじめて「ただ踊ることが好き」と言う気持ちで楽しめたと言います。
実は私も、3歳からバレエを習っており、受験や仕事などで何度かお休みしつつも、現在までバレエのレッスンを続けています。
ブランクがあると、次に踊る時に上手く踊れないかもしれない……というプライドが邪魔して再開しにくくなるんですよね💦
「上手い自分」で居続けたい、周りに「できる自分」として見られたい。
この気持ちを捨て去ったときに、はじめて純粋に踊ることができますし、踊ること自体に喜びを感じられると思います🥰
自分の「プライド」という仮面を捨てる、反省行のひとつなのかな、と思い、ご紹介させていただきました🌟
②りょーやんさん
言いたいことは、
「過去は変えられる」
ということです。
リフレーミングの真髄は、
過去の解釈を変えて、
その傷を癒すことができるということ。
リフレーミングとは、
物事の見方を変えること。
物事の見方を変えると意味が変わり、
意味が変わると反応や行動までもが変わっていきます。
コップに残っている半分の水を、
半分も残っていると捉えるのか、
半分しか残っていないと捉えるのでは、
意味がまるで違う。
安定のりょーやんさんの記事。
リフレーミングとは、人がもっていフィルター=視点を変えることで、
物事の捉え方を変え、自分への心理的な負担を軽減したり、エネルギーを増幅するなど、心をコントロールできる手段の1つだそうです。
これは、ある意味では「反省」に当たるのかな、と思い、ご紹介させていただきます。
・人の心は変えられないけれど、自分の心は変えられる。
・失敗や挫折をした時に、それを人や環境のせいにしているうちは成功を掴めない。自分の間違いを正しくを認め、過去を教訓とすることができて、はじめて成功への道が開ける。
私はこのような考え方を学んできた者ですけれど、過去への視点を正しく捉え直し、自己本位な視点の歪みを治していく、という作業にあたるのかな、と思います。
考え方によって、過去は変えられる。
まったくもって共感です🌟
心理学の視点を教えて下さり、本当にありがとうございます♪
③もってぃー@子育て教員さん
「わがまま」とは、
一時的な欲求や感情に基づく要求であり、
ときどき理由や論理的な根拠が不足している。
お菓子を食べたいという衝動的な要求や、
友達が持っているからという理由で
特定のおもちゃをほしがる場合がこれにあたるね。
一方で、「意見」とは、
子どもが自分の感情や考えをもとに形成した見解や
希望を表現することを指す。
なぜ特定の活動に参加したいのか、
あるいはなぜ特定のルールに反対なのかを説明する場合、
それは子どもの意見として考えられるね。
親としては、
子どもの「わがまま」に対しては適切な限界を設け、
一方で「意見」には耳を傾け、
理解と尊重を示すことが求められる。
子どもにおいての「反省」を考えさせられる記事でした!
子どもって、どこからが「わがまま」でどこからが「意見」になるかの判別が難しそうですよね💦
「わがまま」とは、一時的な感情にもとづく欲求で、理由や根拠が不足している。
「意見」とは、子どもが自分の考えをもとに見解や希望を表現すること。
という定義がなるほどな~!と納得でした🌟
行き過ぎたわがままに対しては、親側がピシっと限界を引いてあげて、反省すべきところは自分で振り返ることができるようになるのが理想なのかな、と思いました。
子どもの自発的な反省の流れ、つくっていきたいものですね🥰
④仲川光さん
元々、誰かのために何かをしてあげたい、という思いが強く、助けを求められたらいつでも飛んでいく。
そんなAの予定は常に他人のために使われていた。
恐らく唯一の癒しだった彼女のRまで、悩み相談の対象となってしまうと、Aの逃げ場がなくなってしまう。
重い悩み相談の対象者となってしまったRは、Aにとってはもはや恋愛の対象ではなく、救済対象となってしまっていた。
ついに、恋愛における反省点を語り始めた光さん。笑
エッセイを書くことは、自分をよく見せようと誇張してもいけないし、過去を教訓として見いだす難しい作業だそうです。
この回のポイントは、
・恋愛と救済は違う
・共感力が強すぎると、自分が支えてあげないと生きていけないタイプとの恋愛に走りやすいが、うまく行かないことが多い
・恋愛はお互いが自立した状態の方が上手くいく
だそう。
光さん本人も共感力が強すぎるあまり、相手の悩みに引きずられて自分が悩んでしまうことが多かったり、助けを求めている人を見捨てられない、ということに悩んだ時期があったそうです。
好きになった相手は、家庭環境に影を抱えつつも、自分のことをさておき、人助けに奔走してすり減っていくタイプ。
相手の悩みを解決してあげる前に、まずは自分の悩みを解決すること。
友情と恋愛、依存の違いを見極めることなどを反省点として実感。
本人曰く出血大サービスの企画だそうなので、頑張って書いた過去の教訓、しかと受け止めたいと思います。
⑤わたろうさん
嫉妬の源は
承認欲求です。
誰かに認めてほしい。
自分を特別扱いしてほしい。
生きていれば
誰もが持つ感情です。
昔の私は
嫉妬のあまり、心から相手をたたえることが
できていなかったでしょう。
嫉妬とは、自分より相手が輝いている時に湧いてくる感情です。
純粋に相手を祝福することができるか。
それとも、嫉妬の塊となり、相手を恨んだり、呪ったりしてしまうか。
意外にもその差は紙一重なのではないかと思います。
大川隆法先生からは、「嫉妬する相手は自分の理想像である」とも教えていただいております。
つまり、嫉妬するような相手からは、自分も学び取るべきことが沢山あるということ。
わたろうさんの記事でも、優れた自衛官は、自分よりも上の対象から素直に学ぼうとする姿勢を持っていた、と書かれています。
素直に学ぶ姿勢を持っている人は、どこまでも伸びていく可能性があります。
嫉妬という負の感情に気づいたなら、相手を嫉んだり羨むのではなく、良い部分を素直に学び取っていこうという姿勢が自分の成功に繋がっていくでしょう。
⑥はっぴー先生
しかし、やってしまったことが
事実であるならば
謝罪は必要になってきます
そして、その謝罪の姿が
子どもを育てるために必要だと
ぼくは思っています
子どもは自分がしたことによって
親が謝罪している姿を見て
ダメだったんだと感じることが多いです
子どもに反省の機会を与えるために、親が「謝罪」をしてみせるべき、というお話です。
子どもがダメなことをした時に、親が真剣に怒って、一緒に謝ること。
子どもはそんな親の姿を見て成長していくそうです。
確かに、たとえ学校で悪事を犯したとしても、お家で親が「特に気にしなくていい」と庇ってしまうと、子どもの反省の機会を奪ってしまうのかもしれません。
そうなった場合、一時はしのげても、子どもの根本的な改善にはならず、むしろ子供の成長にとってはマイナスなのかもしれません。
子供に謝罪するという形を見せるのは、人を教え導く「生かす愛」にあたるのかな、と思います。
本当の意味で相手を正しい方向に導くには、厳しさのなかの愛も必要だということですね。
⑦まるさん
私たちは、人生というストーリーの中で生きています。
主人公は自分。
脚本家も自分。
同じ服装で同じ場所に立っていても
『悲劇で生きる』と決めるか
『喜劇で生きる』と決めるかで
その後の展開が大きく変わっていきます。
それは今の自分の決断にかかっているし、
どちらを選択するかで
見えている世界も未来も変わっていきます。
「挫折や失敗をどのように捉えるかによって、その後の未来も変わってくる」、ということを分かりやすい言葉で語ってくれている、まるさん。
人生は一つのストーリーで、主人公も脚本家も自分、という表現が面白いですね🥰
私も人生は一冊の問題集であり、今世の人生という劇場を、それぞれの役割で生きていると思っています。
人生の節目において起きた事件も、自分の魂を磨くために起こるべくして起こったもの。
そう考えると、失敗への味方も変わってくるのかもしれません。
いつもまるさんの温かい雰囲気に、癒されています。
⑧せりざわさん
だから立場ある人は、自身を叱咤する厳しさと内観が必要ですね。
社員に「社長!それは違うのではないですか?」などと否定されても、ムッとしてはいけないのです。
相手を見下しているから、腹が立つのでしょう。
しかし『understand』 自分の立ち位置が下にあれば、相手のことを理解できます。
考え方は人それぞれ違いますし、自分だけが正しいなんてことは、そうそうありませんからね。
精神はメタで崇く、態度や心は低くなくてはいけないと思うのです。
『実るほど頭を垂れる稲穂かな』ですね。
『実るほど頭を垂れる稲穂かな』。
本当にその通りだと思います。
人は立場が上がるほど、図が高くなったり、威張ったりしてしまいますが、真に徳のある人であれば、どこまで上の立場でも、常に謙虚だと思います。
『先生』や『社長』と言われるようになった時こそ、高慢にならないように自分を戒めていく必要がありますね。
成功すればするほど、自分に厳しく、内観していく姿勢を忘れないようにしたいと思います。
素敵な気づきの記事を、ありがとうございました。
〈まとめ〉

いかがでしたでしょうか?
記事紹介をさせていただいた皆さん、本当にありがとうございます♪
素直に反省に関する記事を書かれている皆さん、とても素晴らしいと思います🥰
これからも皆さんの素敵な反省を学ばせていただく機会を、心より楽しみにしています♪
最後までご覧くださり、誠にありがとうございました。
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