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「人生を放棄してはならない」

いつも私の記事をご覧くださり、本当にありがとうございます。

大川隆法先生の法話・著書の中から、おすすめの作品を紹介しています。

今回は、「人生を放棄してはならない」をご紹介したいと思います🌷

こちらは、大川隆法著『信仰告白の時代』からの抜粋になります。

公式YouTubeに音声がアップされていましたので、文章で抜粋させていただきますね☆

余裕のある方はぜひ、音声にて味わってみてください。


※一部、「自殺」についてセンシティブな内容が入ります。
不快に思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、あくまで教えを伝える立場として掲載させていただく旨、ご理解いただけますと幸いです。


「人生を放棄してはならない」


会社のなかでも、仕事で苦しみをつくることも、ありましょうけれども、

そのときも、

「適材適所、自分には、自分の器に合った仕事があるだろう。

その器に合った仕事を、一生懸命やることによって、

自分の人生はまっとうされるのだ。

他の人にとっても幸福な生活ができるのだ」

ということを考えないで、

人の人生に取り替わろう、

人の人生と取って替えようと思うと、

そこに苦しみが生まれてきますね。



大工仕事にもいろいろありますね。

道具にも、鋸(のこぎり)もある、鑿(のみ)もある、

鉋(かんな)もある、いろんなものがあります。

しかし、それぞれが役割を持っているんですね。


鉋が鑿のことを羨ましく思い、

鑿が鋸のことを羨ましく思っても、

これは役割が違うんですね。

それを考え違いしてはいけないんですね。


だから持って生まれたものいろいろあります。

もちろん身体の大きい小さいもありますね。

太っている、痩せている、

これも食生活や運動とも関係がありますけれども、

生まれつきの傾向性も、ある程度はありましょう。

ある程度はそういうこともありましょうけれども。

親に似てきますから、

そういうこともあると思いますけれども。


ただ、これを、他人の身体と入れ替えることばかり考えたところで、

生産性はありませんね。


だから自分は自分、自分はこういうふうに生まれついた人間なんです。

男性か女性か、年齢、あるいは身体の大きい小さい、頭のよし悪し、

性格だっていろいろありましょう。


外向的な性格、内気な性格。

仕事だって、こういう仕事には向いているけど、

こういう事には向いていない。

いろいろありましょう。

それであってこその個性、

それであってこそ、これだけ大勢の人が、

同時代人の同期生で実は生きているんですね。



だから、他の人びとの存在を肯定するなら 、

自分自身の存在をも肯定しなさい。

「そのあなたでいいんですよ」と。


「そのあなたでいいんです。

他の人でなくていいんです。

あなたでいいんです。


その名前を持ったあなたでいいんです。

そのあなたの今世の人生を許しているんですよ」

と。


今世魂修行を許可されたんですから、あなたはあなたの生き方をしていったらいいんです。

そのなかで、自分としていま、与えられているなかでの、

最善の生き方をしていくことです。



そのためにはまず、自分のなかから出ているところの、

悪い思い、人に対する言葉や行動、あるいは自分自身に対してもそうですね。

自分自身に対しても、不当な思い、こういうことを持つということは、

やはり、よくないことですね。


いま言ったように、

「神仏の子としての自分」ですから、

その神仏の子としての自分というものを粗末に扱う、粗略に扱う、

そして自己卑下的になって、世の中の役に立たないような生き方をする。

こういう考え方も間違いですね。


なかには、思い悩んで自殺するような方だって出てきますね。

しかし、自殺して天国に行けるということは、ほとんどありません。

自殺者はほとんど地獄行きです。

地獄に行ってもなかなか”成仏”することも非常に難しいです。


今世の使命を放棄するということは、非常に大きな罪なんです。

だから、自殺して救われることはありません。(※例外はありうる)


「この世が空しいことを悟った。一切が空であることを悟った」と言って、

自殺したところで天国は行けないんですよ。

「空」じゃないんです。それがね。


実際は、霊界は霊界で厳然としてあって、この世でやってきたことがそのままストレートに、来世の結果に結びつくようになっているんです。

そういう法則の下に人間は生きているんです。


だから、人生を放棄してはならないんです。

どういう人生であっても、

ランナーとしてよき走り方をしつづけることです。


雨の日も、嵐の日も、風の日も、晴れの日も、暑い日も、寒い日も、

走りつづけることが大事なんですね。


「もっと長い脚があったら」とか、

「もっと強い脚があったら」とか言っても、

始まらないんですね。


その”人生マラソン”にみなさんは招待されて、今世生まれてきたんです。



〈感想・気づき〉

とてもセンシティブな内容ですし、自殺に関しては、出されているストレートな結論に対して、厳しすぎると感じる方もいらっしゃるかもしれません。

とにかく、今回の学びポイントとしては、


「そのままのあなたでいい。
あなたという個性が、今生きることを許されている。
与えられた中で、自分としての最善の生き方をしていきなさい
軽々しく人生を放棄してはならない。
どういう人生であったとしても、最後まで走り抜くことが大事である」

ということではないでしょうか。


「自殺」に関しては、状況や本人の心境によって、死後の行先は一概には言えないと思います。

ただ、一般的に、悩み苦しんで人生を放棄した場合は、そのままストレートに天国に上がるのは難しい、と教えていただいています。

それから、神仏の存在を理解しているか、というのも大きなポイントになる気がしています。

「死んだら終わりになる、楽になれる」、と思って人生を放棄するのか。

あの世の世界や神仏の存在を理解した上で、「今世はそろそろ終わりにしたいな」と思うのか。

この一つをとっても、死後の行先がそれぞれ異なるのではないでしょうか。


私たちは神仏より永遠の生命をいただいています。

「辛さゆえに人生を放棄しても、その先の意識もある」と知ってしまうと、踏みとどまれるものかもしれません。

そうした意味で、かなりドストレートな結論が出ていますが、「苦しみゆえに自殺しても、その先の世界でも楽にはならない」ということは覚えておいていただければ幸いです。


また、自殺したけれども天国に還られている例外として、大東亜戦争で自死した軍人や、繊細な感性を持つ作家・芸術家などのケースが挙げられます。

彼等の中には、自殺したけれども導きの光が臨んで、天国に還れている方々がいることも忘れずに明記しておきたいと思います。

彼等はおそらく、短絡的に苦しんで自殺したというよりは、

自分の死に際を心得ていた。

もしくは、

この世の肉体が不自由過ぎて、はやくあの世へと還って自由な表現者になりたかった。

という場合が多いのだと思います。

もちろん、普通の私たちの感覚とは大きく異なりますが、彼らなりの美学・思想があり、それが神仏から見ても許される範囲であれば、地獄行きにはならないようです。

(※自殺を推奨するわけでは決してありません。)


また、実際に自殺してしまった方が身近にいる場合には、その方に対して、

・あの世の存在や、天国・地獄について、残された者が語りかける
・供養をして、無事に天国に召されますように、と祈る

などの救いの光をこの世側から手向けることもできると伺っています。

自死遺族の方に置かれましては、

大切な方に対して、「今までありがとう。迷わずに天国へ還れますように」と祈ってあげることが、一番の供養になるということ、この場にてお伝えさせていただきます。


私たちはそのままの個性で、主から愛されています。

そのままの私たちでいい、と言われてるんです。

人生は苦しいことも沢山あるけれど、与えられていることも沢山あると思います。

その中から、今できる最善の生き方をしていきたいものですね。



〈まとめ〉

今回のポイントをまとめておきます。

「適材適所。自分には、自分の器に合った仕事がある。
その器に合った仕事を、一生懸命やることによって、
自分の人生はまっとうされ、他の人にとっても幸福な生活ができるのだ」
と考えること。

大工道具にもいろいろな種類がある。
鉋(かんな)が鑿(のみ)のことを羨ましく思い、
鑿(のみ)が鋸(のこぎり)のことを羨ましく思っても、
役割が違う。
これは人間も同じ。

自分は自分。こういう個性をもって生まれついた人間。
個性があるからこそ、これだけ大勢の人が、同時代に生きている。

他の人びとの存在を肯定するなら 、自分自身の存在をも肯定すること。

「そのあなたでいいんです。
他の人でなくていいんです。
あなたでいいんです。」

今世、そのあなたの個性で魂修行を許可されたのだから、与えられているなかでの、最善の生き方をしていくこと。

自分自身に対して、不当な思いを持たないこと。
神仏の子としての自分を粗末に扱ったり、自己卑下的になって、世の中の役に立たないような生き方をするのは間違い。

思い悩んで自殺する人もいるが、自殺して天国に行けることは、ほとんどない。
地獄に行ってもなかなか”成仏”することも非常に難しい。
今世の使命を放棄するということは、非常に大きな罪のため、自殺しても救われない。
(※戦争による自死や作家・アーティストなどの自殺で、ご本人の心境がよく、天上界に還られているケースもある)

霊界は霊界で厳然として存在する。
この世でやってきたことがそのままストレートに、来世の結果に結びつく法則の下に人間は生きている。

人生を放棄してはならない。
どういう人生であっても、ランナーとしてよき走り方をしつづけることが大切。


今回は非常にセンシティブな内容であるにもかかわらず、かなり直球勝負のお話でした。

宗教家として、はっきりと言わなければならない時がある大川隆法先生のお気持ちを汲んでいただければ幸いです。


最後までご覧くださり、誠にありがとうございました🌟


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