サナエのママは大きなお腹で全力疾走!!容疑者を追いかける伝説の妊婦警察官、、、アレッ?女性警察官て逮捕できたの?
1 臨月で走る女性警察官???
まず、プレジデントに掲載された、『高市早苗 安倍晋三の後継者となった初の女性首相の戦い』からの抜粋記事
(前略)
■熱血警察官だったパワフルな母
一方、母親の和子は、高市が物心ついた時には、奈良県警で「婦人少年補導員」として働いていた。
和子は、仕事はもちろん家庭のことにも熱心な母親であった。
育児や祖父の看病で大変な時期でも、重大な事件が発生した時には夜遅くまで働き、深夜に家事を完璧に片づけた。早朝から家族の弁当もつくってくれた。
職場には一番乗りで出勤し、同僚に気づかれることもなく、全員の机を拭いて花を生ける。それが「女性職業人」としての母親のこだわりであり、プライドだった。
弟の知嗣が生まれる臨月の時には、事件の容疑者を自ら追いかけて、大きなお腹で全力疾走していたことを、のちに母の同僚から聞くこともあった。
和子の活躍ぶりは、奈良県警において伝説として残るほどだった。
大休も高市も知嗣も、母親のことを「少しは手を抜けばいいのに」とぶつぶつ言いながらも、掃除や洗濯、食器洗い、祖父の世話などを手分けして、家族全員野球で頑張っていた。
大下英司の著書『高市早苗 安倍晋三の後継者となった初の女性首相の戦い』(宝島社文庫)を再編集した記事だ
著者は高市早苗にインタビューして書き上げたという
だから噂でもなんでもなく「高市早苗自らが語り、掲載においても確認した」という前提でこれからの文を書く
でっちあげでも憶測でもなく事実を中心にね
2 日本における女性警察官の歴史
まずここで日本における女性警察官の歴史を書いてみたい
女性警察官の誕生は戦争の傷跡も生々しい1946年
戦争で男手が減ったことが皮肉にも女性の社会進出を後押ししたと言われる
ちなみに女性が参政権を獲得したのも戦後である
だからみんな選挙に行こうね!
話を戻す
戦後復興まもない1946年2月に初の婦人警察官募集発表
4月27日、警視庁で婦人警察官第1期生63名が採用された
「婦人警察官」から「女性警察官」へと表記が変更されたのは2000年の男女雇用機会均等法から
それまでは「婦人警官」いわゆる「婦警さん」だった
3 奈良初の女性警官
警視庁の女性採用は戦後すぐ
でも、奈良県における県警の設立は首都圏に比べるとやや遅い
女性警察官の採用はもっと遅い
1946年4月 警視庁で婦人警察官第1期生63名採用
1954年7月 新警察法に基づく奈良県警察発足(県下に16警察署を設置)
1973年4月 交通巡視員(女性)初採用
1974年4月 女性警察官(23人)初採用
そして奈良県で女性警察官が採用されたのは1974年
奈良県に女性の警察官が登場したのは警視庁での採用からざっと20年後だ
1974年といえば、2026年現在、52歳の人が生まれた頃
芸能人で言えば草彅剛、華原朋美、千原ジュニアが生まれた年だ
繰り返すが
奈良県で女性警察官が採用されたのは1974年
このことをまず頭に置いてから、次の章を読んでほしい
4 高市家の歴史
ここで振り出しに戻って、高市和子の歴史を年表にしてみる
和子誕生 1932年
和子13歳 1945年終戦
和子29歳 1961年 03月07日 早苗誕生
和子35歳 1967年 知嗣誕生
和子86歳 2018年04月16日 和子死去
和子さん、時代的に高齢出産かな?とも思うがまあおかしいことはない
だが、ここに奈良県警の歴史を挟むと途端に違和感が生まれる
わかりやすく和子の年齢を一番左に並べてみる
和子誕生 1932年
和子13歳 1945年終戦
和子22歳 1954年 奈良県警察発足
和子29歳 1961年 早苗誕生
和子35歳 1967年 知嗣誕生
和子42歳 1974年 女性警察官(23人)初採用
和子86歳 2018年04月16日 和子死去
大下が高市早苗にインタビューして聞いたことが真実なら
「弟の知嗣が生まれる臨月の時には、事件の容疑者を自ら追いかけて、大きなお腹で全力疾走」
つまり高市の母は1966年または1967年に犯罪捜査で全力疾走した事になる
だが、奈良県警に女性警察官が登場するのは1974年
既に破綻しているのよ高市
また今では考えられないことだが女性警察官に実質的な捜査権はなかった
だから当時の女性警官が、高市の母のように「疾走して容疑者を追いかける」行動にも疑問が残る
まあ臨月って時点で嘘クサ!なんだけどさ
全国的に女性警察官の交番配備、拳銃携行が許可されたのは1970年代あたり
大阪では1950年に婦人警官射撃訓練の写真が存在しているので、女性の拳銃携帯にはやや地域差があるようだが、2001年に上毛新聞に「女性警官にも拳銃を常時携帯」というニュースがあり「常時携帯させているのは全国で七県」との記述がある
奈良に関しては不明だ
いずれにせよ
「弟の知嗣が生まれる臨月(1966年または1967年)には、事件の容疑者を自ら追いかけて、大きなお腹で全力疾走」
させるわけがない、拳銃も持ってない女性、しかも妊婦
そして
知嗣が生まれる臨月は、1966年または1967年
奈良県警における婦人警官採用、1974年
高市早苗の母親が妊婦として走ったの走らないの拳銃携行云々以前の問題で臨月の時と思われる1966年1967年に奈良に婦人警官は存在していない
「(高市早苗の)弟の知嗣が生まれる臨月の時には、事件の容疑者を自ら追いかけて、大きなお腹で全力疾走した」
というエピソード、あっちもこっちも綻びまくっているのだ
5 そもそも「警察官」と「警察職員」は異なる
高市の半生を綴った『高市早苗 安倍晋三の後継者となった初の女性首相の戦い』によれば高市の母親は「婦人少年補導員」だった
婦人少年補導員の歴史が正確にはいつからなのか見当たらないが今でも「補導員は警察官ではない」
「警察職員」である
採用基準は都道府県によって異なるようだがおおむね2年契約
2025年度の採用基準は以下の通りだ
少年補導員受験資格
採用時点で60歳以下
特定の年齢制限に基づき、平成3年(1991年)4月2日から平成12年(2000年)4月1日までに生まれた人、またはそれ以降の生まれで
学歴:大学(短大を除く)卒業
研修: 採用時教養を修了できる方
専門性: 子どもに関する一定の専門性(心理学、福祉、教育など)が求められ、臨床心理士や公認心理師などの資格を有する者が望ましい
大卒で可能なら教員資格という条件
今であれば珍しくないが1932年生まれの女性で該当する人は少ない
女に教育は不要と言われた世代の人
ましてや義務教育時代に第二次世界大戦に巻き込まれている
当時の「中学」への進学率は
昭和15年(1940年) 男子28.0%、女子22.0%
昭和20年(1945年) 男子46.9%、女子43.6%
昭和25年(1950年) 男子55.0%、女子38.0%
繰り返すが「中学への進学」が5割を切っている
1945年に13歳の高市和子さん
中卒どころか小学校卒業だと言われても違和感はないのだ
もちろん学歴そのものをとやかく言うつもりはない
いずれにせよ政治家になるにあたって母親のことは関係ない
ひょっとしたら高市早苗の母親が少年補導員だったのは本当かもしれない
臨月で追いかけたのは容疑者ではなく「非行少年」かもしれない
だがどう好意的に解釈してみても当時の奈良県警で女性警官の採用がないという「事実」にぶち当たる
母親のことですらこんな嘘をつく高市早苗
ご自身のことはどれだけ嘘をついているのか考えるとぞっとする
思春期のたあいもない嘘とは訳が違う
総理大臣になってから高市早苗自ら、ライターに語った嘘なのだ
だから私は高市早苗が信じられない
こんな人が「国家情報局」設立とかありえない、と思っているから抗いたい
とことん抗ってやるわ
令和弥栄!
