種を蒔くこと #未来のためにできること
未来のためにできることは何かと聞かれたら、迷うことなくわたしは言う。
種を蒔くこと。
わたしの初めての種蒔きは、小学校の理科の授業だったと思う。植木鉢に朝顔の種を植え、発芽して花が咲くまで観察日記をつけた時のワクワク感は、今でも記憶に残っている。
20代になってからは、父が緑化フェアでもらってきたマリーゴールドの種を蒔いたり、30代のひとり暮らしのアパートでは、スーパーで衝動買いした二十日大根の種を植えて、べランドのプランターでも野菜を育てられることの嬉しさに心を躍らせた。
カナダで1年間、有機農業を経験し帰国した後、自然食品を販売する会社に就職したときは、種をテーマにしたイベントを開催した。高価なイメージのある自然栽培の野菜を購入するのが難しい人にも、自分で育てれば、こんなにもおいしい野菜が食べられるということを体験して欲しかった。
イベント中に注目を集めたのは、意外にも、豆類の苗だった。レタスやバジルなどの苗は見かけることがあっても、豆類は珍しかったのかもしれない。
大豆や黒豆、またはとうもろこしや米など、わたしたちが普段食べているものが種だということを店頭で話すと、頭ではわかっていても、実際に目にすることは、お客さんたちにとって驚きのようだった。
特に発芽したばかりの豆類は、最初に丸っこくて肉厚の大きい双葉が一気にでて迫力があり、後からでてくる葉もハート型でかわいらしさがあったりして、種を祝うことをねらいにしたイベントは、大盛況を収めた。
仕入先の農家からは、野菜の原産地を知り、それに基づいた栽培法を学んだ。種は、わたしたちに食べられるものを与えてくれるだけでなく、その歴史をも教えてくれているようだった。
今は、3人の子どもを養うため、できるだけ家庭菜園をする毎日。種を自家採種することもある。
掛け合わされていない在来種や固定種を選び、収穫しなかった野菜をそのまま放置しておくと、花が咲き、種ができる。特にレタス、ケール、からし菜、ルッコラ、パクチーなどは、わざと苗を残し、成熟させ、さやが乾燥して茶色くなったら、さやをもみ、容器の中で息をふきかけて軽いさやを飛ばし、底に落ちた種を集めて保管する。
子どもたちが、いやいやながらも庭仕事を手伝い、作業の合間においしそうに収穫物をほおばっては、ふざけながら笑っている。
こうやって命がつながっていくんだな。
またひとつ、わたしの心に種が蒔かれた。

