短編小説【私の愛しい人達】 #一枚の写真から文芸賞
私の働くレストランには、毎月必ず、窓辺の特等席を予約するお客様がいました。
そのお客様は、長身で真っ黒なストレートのロングヘアが印象的な女性と、小柄でショートボブに緩やかなパーマをかけたヘアスタイルの、可愛らしい女性の二人組でした。
私は、お二人のお名前をどうしても知りたくて、オーナーの目を盗み、予約帳を見たことがあります。お二人の予約は、毎月交互に、お互いの名前を使い予約をされているようで、私には好都合でした。
ロングヘアの方は羽崎様、ショートボブの方は川嶋様というお名前でした。
お二人のご注文の仕方は、とても特徴的でした。コース料理を頼む事がほとんどでしたが、お二人は必ず別のコース料理を注文するのでした。しかしそれは、元々そうしよう、とお二人で決めた事ではないと私は思っています。
羽崎様は、いつも悩んでから、自分の食べたいコースを先に選んでいました。
そして川嶋様は、悩むことなく、すぐに羽崎様とは違うコースを選ぶのです。それは両方食べたい羽崎様への、川嶋様の愛情のように思えました。
お二人は、お食事をとても楽しんでおられました。羽崎様が色々と明るくお話になって、それを川嶋様が、静かに、うんうん、と聞いている、そんな様子でした。
デザートが終わると、お二人は必ずグレープジュースとオレンジジュースを追加でご注文されます。羽崎様がグレープジュースで、川嶋様がオレンジジュースでした。
そしてお二人は、ゆっくりと飲みながら、景色を眺めたり、内緒話のような小さな声でお話をして、時々クスクスと顔を見合わせて笑っておられました。
お二人の仲は、とても親密で、親友のようにも見えましたし、姉妹のようにも、恋人同士のようにも見えました。
蜜月の時をお過ごしになっている。そんな印象を私は抱いておりました。そして、そんなお二人の様子を見ていると、私もぽっと温かい気持ちになりました。
一度、羽崎様が、お手洗いで席を立った時、川嶋様は、給仕で忙しくしていた私を呼び止めました。川嶋様が、小さく手招きするので、私は川嶋様の口近くに耳を寄せました。きっとその時の私の顔は、恥ずかしさや嬉しさで林檎のように赤かったと思います。
川嶋様は、連れの者の誕生日が近いので、何かお祝いできるようなメニューはありますか? と、小さく、とても可愛らしい声で、私に聞いてきました。
私が、ご用意できます、とお答えした時の、川嶋様の月光のような笑顔は、私の脳裏に色濃く、完璧な形で焼き付けられました。
私がお二人にご提供したかったのは、クレープシュゼットでした。
私のレストランでは前もっての予約が必要でしたが、私はパティシエに懇願し、なんとかクレープシュゼットをお二人に、ご提供する事が叶いました。
グレープシュゼットの最後のフランベ、きっとお二人の記念にぴったりだと、私は思いました。
フランベの瞬間のお二人の表情は、今でも、昨日の事のように思い出すことができます。
淡い炎の後ろで肩をピッタリと寄せ合って、あんなに幸せそうな人達を、私は今まで見たことがありませんでした。
しかしそんな幸せも、長くは続きませんでした。
ある日、いつものように窓辺の席を予約したお二人は、コース料理のメインディッシュが来る前に、言い争いになり、羽崎様が先に帰ってしまいました。
言い争いの原因は私にはわかりません。ですが、その後の川嶋様の意気消沈した様子は、とても痛ましいものでした。
それから羽崎様は、当レストランに来店される事はありませんでした。しかし川嶋様だけは、変わらず、毎月欠かさず、同じ窓辺の席をご予約してくださいました。
そして二人分のコース料理を注文し、以前同様、まるでお二人で食事を楽しんでいるかのように、お一人で食事を楽しんでおられました。
デザートが終わった後、追加でドリンクを注文するのも変わりませんでした。
しかし川嶋様は、いつもオレンジジュースを頼んでいたのですが、グレープジュースに変わっていました。
そこに川嶋様の悲痛な想いが、集約されているように、私は思います。
そんな彼女の背中に、私は未だ声を掛けられずにいるのが、とても歯痒いのです。
(了)
本企画の写真を見た時、2つの物語を思いつきました。どちらを投稿するか悩んだのですが、複数の投稿が可能だとわかり、嬉しくなって2本投稿しようと思いました。
花澤薫様、とても素敵な企画ですね。
