御嶽山(奥多摩)と「おいぬ様」信仰
2026 年 2 月 22 日、御嶽山に行きました。
御嶽山の歴史は非常に古く、紀元前(崇神天皇の時代)に創建されたという伝説もありますが、歴史的に大きな意味を持つのは中世から近世にかけてです。
修験道の拠点(中世): 山岳信仰と仏教が結びついた「修験道」の修行場として発展しました。
徳川幕府の守護(近世): 江戸時代、家康が江戸幕府を開くと、御嶽山は「江戸の西の守り」として重要視されました。幕府の庇護を受けたことで、神社はさらに立派になり、現在のような豪華な社殿の基礎が築かれました。
「おいぬ様」信仰の広がり: 江戸時代中期以降、庶民の間で「御嶽講(みたけこう)」という参拝グループが爆発的に流行しました。

まずは、神社裏の登山道をひたすら下っていきます。
せっかくケーブルカーで標高を稼いだのにもったいないような?


七代の滝
下り切ったところに、美しい滝がありました。


七代の滝(ななよのたき)
その名の通り「七段」にわたって落ちる滝ですが、遊歩道から見えるのはその一部です。
古くから修験者の修行の場であり、今でも滝行が行われることがあります。
本道から大きく下った谷底にあるため、湿度が保たれ、周囲は常に青々とした苔に覆われています。
天狗岩
滝から登り返すと、天狗岩があります。登ってみました。



岩の上には天狗の像が祀られています。
ロックガーデン

「ロックガーデン」という横文字の名前がついているのには理由があります。
1935年(昭和10年)、東京都(当時は東京府)によって、日本で初めての「岩石園」として整備されました。
当時、奥多摩を訪れた海外の賓客がその美しさを「ロックガーデン」と呼んだことがきっかけとも言われています。自然の岩場を活かしつつ、散策路として整備された、いわば「自然の造形美を愛でるための公園」の先駆けです。
山頂の豪華な神社が「表」の顔だとしたら、ロックガーデンは「裏(内面)」の顔です。 険しい谷を下り、滝で清め、岩を登る。この一連の動きは、かつての山伏(修行者)たちが体験した修行そのものです。

綾広の滝
綾広の滝。水不足で水量は少なかったようです。


綾広の滝(あやひろのたき)
渇水だったとのことですが、水量が少ない時でもその端正な姿は美しいものです。
御嶽神社の「禊(みそぎ)」の場: この滝は現在も武蔵御嶽神社の神職や講の人々が身を清める聖域です。
滝の前に鳥居があるのは、ここが単なる景勝地ではなく「神域」であることを示しています。
奥の院峰(1,077m)
奥の院にも登ってみました。道中は急な登りでした。

奥の院峰、あそこは御嶽山の中でも一気に「登山の厳しさ」が増すエリアですよね。
神社の華やかさとは対照的な、厳しい修行の道の雰囲気を感じられたのではないでしょうか。
奥の院は、武蔵御嶽神社の「本来の神域」とも言える場所です。
標高1,077mの山頂には「男具那社(おぐなしゃ)」という小さな社がありますが、ここは日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を祀る、非常に格の高い聖域です。
山岳信仰において、険しい道を登ることはそれ自体が「修行」とされてきました。あの息が切れるような急坂は、神様に近づくための試練のような意味合いもあります。
奥の院からは下界が一望できます。


武蔵御嶽神社
最後に、神社にお参りしました。


武蔵御嶽神社には、立派な狛犬がいます。
拝殿前に鎮座するあの立派な「狛犬」たち、実はまさに「おいぬ様」そのものです!
普通の神社の狛犬は、想像上の生き物である「獅子(ライオン)」や「狛犬(犬に似た霊獣)」であることが一般的ですが、御嶽神社のものは明確に「ニホンオオカミ」をモデルにしています。
日本古来の信仰では、オオカミは「山の神の使い」とされてきました。
「オオカミ」は「大神(オオカミ)」に通じ、また「大口真神(おおくちのまがみ)」という神格化された名前を持っています。
拝殿前の狛犬(おいぬ様)の特徴
あなたがご覧になった狛犬は、よく見ると一般的な神社のものとは姿が異なっていたはずです。
モデル:ニホンオオカミ
体格:引き締まった体、鋭い四肢
表情:精悍で、野性味あふれる鋭い表情
耳・尾:ピンと立った耳、真っ直ぐな尾
特に、筋肉の筋(すじ)や肋骨が浮き出ているようなリアルな造形は、獲物を狩るオオカミの力強さを表現しています。
この「おいぬ様(オオカミ)」信仰があるため、現在、武蔵御嶽神社は「愛犬祈願」の聖地としても有名です。
ケーブルカーに犬と一緒に乗れたり、宿坊に犬と泊まれたりするのは、すべてこの「オオカミ(おいぬ様)」を祀っている歴史への敬意から始まっているんですよ。

御嶽神社の拝殿はカラフルで、多くの彫像で飾られています。




奥にある社も木製の彫像やレリーフがあって豪華でした。
なぜあんなに豪華なのか?
ご覧になった本殿や奥の社の豪華な彫刻は、当時の人々の信仰の厚さ(=経済力)の象徴です。
芸術性の高い彫刻: 江戸時代、神社仏閣への寄進はステータスでもありました。一流の職人を呼び寄せ、緻密なレリーフや彩色を施すことで、神威を高めようとしたのです。
武将たちの信仰: 実は、鎌倉時代の武将・畠山重忠が奉納した国宝の鎧(赤糸威大鎧)も伝わっており、古くから時の権力者たちが「勝負の神」として最高の品を奉納してきた歴史があります。
まとめ:御嶽山は「信仰が生きている山」
御嶽山が他の山と違うのは、今もなお宿坊に人が住み、講の人々が訪れ、「祈りの場」としての活気が失われていない点にあります。あの石碑の多さは、何百年も続いてきた人々の「願い」の積み重ねそのものです。
まとめ
自然と歴史を感じられる、よい山行になりました。
多くの人が犬を連れていましたが、「おいぬ様」の聖地だと知って、納得しました。
うちの犬も元気で長生きしてほしいものです。
