離婚届をお届けに
むわーっと、湿度のある風を感じて思い出した出来事。
...うそ。
本当は、春のあたたかい風を感じると思い出す。桜の時期、ずっと前に書き始めた。
春休み明けの初日は、どうしても行かなければならない日だった。履修についてのオリエンテーションだったかガイダンスだったか。
見慣れた大学の門をくぐったとき、何かいつもと違う感じがした。
ポケットの中の「あれ」のせいかな。
グレーの大きなスーツケースをガラガラとひき、成田空港からそのまま。スーツケースなんて宅急便で送っちゃえばいいのに、と思うのだけれど。
学生時代の私は、帰国ホヤホヤのお土産を渡したいのだ。スーツケースを開けたらどっさり、友人へのお土産がごちゃごちゃ。
肩にはカーキ色の斜め掛けバッグ、内側のポケットには茶封筒、そしてその中には折り畳まれた「あれ」が入っている。
母は常々「あなたが成人するまでは」と言っていた。「もう、いいんじゃない?」と私。だからきっと、その春休みはハタチになる前で、十代最後の春休みだろう。
いくつかの島々からなる亜熱帯の国。州都であるその土地までは途中、乗り換えがあった。到着したのは朝だったか夕だったか、思い出せない。
それまでも海外へ旅行に行ったことはあったけれど、家族と一緒であったり、学校の研修であったり、ひとりではなかった。
全くのひとり旅。
行かねば!という使命とも言える目的があったから、乗り換えの心細さも乗り越えた。
息苦しいほどむし暑い国。
でも、夜は気持ちが良かった。
周辺には何もなく、夕方からはのんびりとした時間が流れる。虫の音、サテを売る屋台の人の声。犬の吠える声。
さて本題。
勢いが大事だ。勢いがある内でないと、私の使命感の炎も消えてしまうかもしれない。
「これなんだけど、預かってきていて」
じっ...と、その紙を見つめ、父が泣いた。
一旦その紙を渡し、いつ返してもらったかは思い出せないけれど、帰国する私のバッグのポケットにはしっかりしまわれていた。
いつまで経っても書いてくれない離婚届。
娘である私がお届けし、母の本気を示した。
その本気は父に伝わり、サインとなって戻ってきた。
やっと母は自由になれる。
ただの紙切れはパスポートと同じ貴重品のように、バッグのポケットに大事に大事にしまわれて帰国した。
いつ離婚したのだろう。
正確な日付は知らないままだ。
きっと母も忘れている。真面目な性格の母のこと、結局その紙を提出したのは、私が成人する誕生日よりも後だったのではなかろうか。母ゆずりの真面目さが残る私には、わかる。
その離婚に、いいも悪いもないのだけれど。
離婚した元夫は元妻のことをずっと気にかけている様子。優しい性格の父のこと、申し訳なさやら情けなさやら、苦しんだりもしたのだろう。父ゆずりの優しさも持つ私には、わかる。
さて、その後の二人。
「夫婦じゃなくなったら、気が楽よ」と母。
母は母の姉妹を連れ、何度もその亜熱帯のむし暑い国へ行き、ゴルフをしたり、のんびりしたり。
「老後はあっちに住んでもいいかな。夫婦じゃなくなったからホント気が楽よ」と言う。
日本人の駐在家庭には、常駐のお手伝いさんがいて掃除や料理などの家事もしてくれる...というのが当時のよくある話なのだが、料理が得意な父は、訪問者をはじめお手伝いさん達にも日々料理を振る舞い、一緒に食卓を囲み、にぎやかに過ごしているようだった。
さみしくなさそうで、良かった。
日本で飼っている犬をあちらへ連れて行くと言った時には、母の「半移住」の決意を感じられた。
中型犬と小型犬。
出国前の検査や、飛行機で移動中に眠る薬などに堪えられるだけの身体でないという理由で、小型犬は私とともに日本に留まった。
心底ホッとしたよ、あの時は。
私だってさみしかったから。
中型犬はその後の人生を父とともに過ごし(父もとても可愛がっていて相思相愛)日本の我が家では考えられないほど、青々ときれいに手入れされた、みずみずしい芝生の庭でのびのびと過ごした。そして、犬の存在は、母がその国を訪れる一番の理由になっていた。
ゴルフでも、のんびりとした時間でも、夫婦じゃなくなったから気が楽よと言う元夫のことでもなく、一番の理由だ。
その後、その中型犬は何年も父と過ごし、その間何度も訪れる母との再会にしっぽを振り、なめ回し、老いた中型犬は人生の幕をとじた。
日本に残った小型犬は、母が移住をとどまる大きな理由になり、人生の最終章を母と私と過ごした。
時々、母がスーツケースに荷造りしていると、落ち着かない様子。相棒の中型犬に会いにいくことを、わかっているのかな。会いたいのかな。
あの離婚届は、母の人生を大きく変えた。
父の人生も変えたし、可愛がっていた犬2匹の人生も。私の人生も少し。
でも、誰もかなしくはなかった。
...うそ。
かなしかった。でも、必要だった。
それでよかった。
春のあたたかい風を感じると、あの日を思い出す。
そして、湿度のある夜の風にあたると、あの紙を思い出す。
カーキ色の斜め掛けバッグ、内側のポケットの茶封筒、折り畳まれた「あれ」は、家族みんなの人生を変えた。
その後も、ひとりで海外へ行くことは何度かあったけれど。あれほどの使命感は、あの時だけだ。
履修オリエンテーションを終え、大学近くの桜の名所をブラブラ歩いた。
スーツケースをガラガラとひきながら、「よくやった」と自分を労い「もうひと仕事」と自分を奮いたたせた。
離婚届をお届けに、母のところへ。
春に書き始めた文章。
あわただしい毎日で、ずっと放っておいたけれど。今日は父の日だから、父にまつわる出来事を。
