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「半袖の獣医師」

碧くんが膀胱炎になったとき、以前に出禁になった動物病院とは別の病院へ行った。

そこは近所でも評判がよく、やさしそうな夫婦の獣医師が二人でやっている、こじんまりとした動物病院だった。

その日は私が仕事だったため、夫が碧くんを連れて行った。
ただでさえ夫になれていない碧くん。診察室に入るなり、「シャーシャー」と威嚇したらしい。

触診しようとした獣医師は言った。

「お腹を触れば、命にかかわる症状かどうか分かります…でも、凶暴なので、触れないですね」

……そうか。
噛まれでもしたら大変だ。
命を扱う仕事だし、安全第一なのは分かる。分かるけど…。

次回は尿検査をするので尿を持って来て下さい、
暴れないように洗濯ネットに入れて来てください
と言われたそうだ。

私は仕事帰りに、一番大きな洗濯ネットを買って帰った。
処方された抗生剤を飲ませるのが、これまた大変だった。
どれだけ細かく砕いても飲まない。
鼻を押さえると息ができず、口を開ける。その隙に薬を放り込む。
ごっくんするまで口を押さえる。
毎回、暴れる碧くんと汗だくの勝負だ。
多少は体に入っているはず……たぶん。
解放後、そのへんに薬が落ちていることもある。

尿は、トイレにサランラップを敷いて採取した。

1週間後、薬が飲み終わり、採取した尿と、洗濯ネットに入れた碧くんを連れて再診へ向かった。
洗濯ネットのおかげか、車の中では比較的おとなしい。

診察室で尿検査の結果を聞く。
「砂が溜まっていますね」

「今日は、頑張って洗濯ネットに入れてきました」
これで触診してもらえると思った。

しかし獣医師は、あっさりこう言った。
「でも、触れないからね。尿があれば分かるから」


…えっ?

洗濯ネットに入れてきた意味は?
「落ち着くから触診できる」という話はどこへ?

そもそも、噛まれそうなら
手袋、ゴーグル、長袖。
完全武装という選択肢はないのだろうか。

「なぜ半袖なのか。」

ここはプライベートではなく、仕事の現場だよね?
そう思いながら、何も言えずに帰った。


しばらくして、妹猫・キャンディの避妊手術で、再びこの病院に来ることになる。

迎えに行くと、診察室の奥から
あの例の獣医師が出てきた。
しかも。
「がんばったね〜」
と、とてもやさしい声で言いながら、
キャンディを抱っこして。

……あれ?
碧くんのときは
「触れないからね」
「尿があれば分かるから」
だったよね?

兄は洗濯ネット。
妹は素手で抱っこ。
兄妹で、扱いがこうも違うのか。

このとき、私は妙に納得した。
この先生は、
病気を診る前に、性格を見ている。
そして、噛みそうな相手には、
獣医師としての装備よりも、
半袖を優先する人なのだ。

最後に、ひとつだけ。
私はこの病院の先生が嫌いなわけじゃない。
むしろ、動物が好きなのはよく分かるから、そこは好きだ。
キャンディに
「がんばったね〜」と言う声は、たぶん本物だった。

だからこそ思う。
碧くんみたいに、
強くて、気が荒くて、凶暴で、
それでも「この子も大丈夫」と
受け入れてくれる獣医師はいないのだろうか。

プロレスラーみたいに体が強くて、
長袖・手袋・覚悟フル装備で、
「はいはい、怖いね。でも診るよ」
そう言ってくれる人。

動物が好きなだけじゃなく、
動物に嫌われることも引き受けてくれる人。

碧くん、君は悪くない。
ただ相手が、
少しだけ“仕事着に本気じゃなかった”だけだ。

碧くんは触られませんでしたが、
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