「領収書は欲しい。でも明細は見られたくない。|現場で見つけた“ちょうどいい答え”」
昔、ほんの少しだけ手伝っていた薬局で、こんなことがあった。
領収書兼明細書をお渡ししたとき、患者さんにこう言われた。
「確定申告に使うから領収書はほしいけど、明細がついてるのは嫌なんです。こんなの出してる薬局、他にないですよ。別々にできませんか?」
――ああ、そういうことか。
飲んでいる薬を見られたくないのだろう。そう思った。
制度としては、今は領収書と明細が一体になっているのが主流だ。
むしろ、明細を出すことが当たり前の流れになっている。
だから正直、心の中では「いや、これ普通ですよ」と言いたくなった。
でも、現場で正論はだいたい役に立たない。
そのときの私は、ふと思いついてこう答えた。
「年間領収書なら出せますよ。年末までの分まとめて発行できますので、必要なときに声かけてくださいね。」
患者さんは少し安心した顔になって、その場はそれで収まった。
我ながら、よく年間領収書を思い出したものだ。
――ただ、あとから思った。
もっとシンプルな方法があったな、と。
領収書兼明細書って、下半分が明細になっていることが多い。 つまり、領収書だけ使いたいなら、切り取ればいい。
「明細が気になる場合は、下半分を切り取って使っていただいて大丈夫ですよ。」
そう一言添えれば、それでよかったのだ。
それだけで、その人の“見られたくない”は守れる。
制度は変えられない。
でも、使い方は少しだけ柔らかくできる。
現場にいると、「ルール通り」と「人に合わせる」の間で、毎日ちょっとした判断をする。 優しさって、全部を変えることじゃなくて、選択肢をそっと渡すことなのかもしれない。
ちなみに、「こんな薬局、他にない」と言われることは、珍しくない。
でもたいていの場合、それは“その人の経験の中にない”だけだったりする。
制度はどんどん新しくなる。
でも、受け取る側の感覚は人それぞれだ。
だから私は、正解を押しつけるより
「こういう使い方もできますよ」
とだけ伝えることにしている。
現場って、正解を出す場所じゃない。
“ちょうどいい答え”を探し続ける場所なんだと思う。
領収書兼明細書は制度上は当たり前になったけれど、受け取る側の気持ちは、いつも制度通りとは限らない。
