私も分かんないよ。
土曜日。
待合室は混み合っていた。
「どうやってやればいいの! 分かんないよ。」
大きな声が聞こえた。
入力の手を止めて見に行くと、一人のお婆さんがガラケーを握りしめて困っていた。
薬を受け取り、娘さんに迎えに来てもらいたい。
でも、電話のかけ方を忘れてしまったらしい。
お婆さんのところへ駆け寄った。
「はい。えっと……どうやるんだっけ。」
差し出されたガラケーを見て、私も固まった。
すると、後ろに座っていた男性が、
「矢印を押せば履歴が出ますよ。」
と教えてくれた。
ナイス!ありがとう🙏
矢印を押してみると、着信履歴も発信履歴も一人の男性の名前しかない。
「この人は?」
「息子。」
でも、迎えに来るのは娘さんだという。
娘さんの電話番号は履歴にない。
「娘さんの電話番号は分かりますか?」
「分かんない。」
「息子さんに電話しましょうか?」
「それはダメ。迎えに来るのは娘だから。」
「タクシーを呼びますか?」
「イヤ。呼ばないで。娘に来てもらう。」
どうすればいいんだ。
……私も分かんないよ。
薬局は土曜日で混雑していた。
私は受付もしなければならないし、入力もしなければならない。
でも、このお婆さんをそのままにして仕事へ戻るわけにはいかない。
助けも来ない。
…皆忙しい。
結局、私が何とかするしかない。
どうしよう。
その時、お婆さんのバッグからクシャクシャになったメモが見えた。
何気なく見ると、電話番号が書いてある。
「これ、娘さんの電話番号ですか?」
「そうだ。」
なんだ、あるじゃない。
私はガラケーで番号を押し、通話ボタンを押した。
……出ない。
「娘さん、出ませんね。また少ししたら、かけてみてください。」
そう伝えて受付へ戻った。
これ以上、私にできることはない。
入力をしながらも、お婆さんの様子が気になって何度も目を向ける。
すると、ガラケーが鳴った。
娘さんが不在着信を見て、折り返してくれたらしい。
よかった。
胸をなで下ろした。
そして、慌ただしく仕事を続けているうちに、お婆さんの姿はいつの間にかなくなっていた。
無事に帰れたなら、それでいい。
そう自分に言い聞かせながらも、
「ありがとう。」
その一言だけは、少しだけ聞きたかった。
※この様な話は、「現場メモ」にまとめています。
