「“薬がないんです”と言われた日|現場メモ」
「ついさっき薬を貰ったばかりなんですが、家に帰ったら薬がないんです。頓服はあるんですけど…」
……またか、と思った。 珍しい話ではない。薬局では、わりとよくある電話だ。
子どもの風邪薬。
一包化された粉薬と、頓服のカロナール。
投薬した薬剤師に電話を代わる。私は入力しながら、横で会話を聞いていた。
「お渡ししてると思うんですよ。説明もしてますし、頓服だけ渡すことはないので。」
そう言いながら、その薬剤師は雨の中へ出ていった。 「どの辺ですか……?」
どうやら外で子どもが転んだらしい。その時に落としたかもしれない、という話だった。
何かしらの心当たりはあるようだった。
もう一度、家でよく探してみてください。 そう伝えて電話は切れた。
大抵このあと、「ありました」と連絡が来る。 でも今回は、少し違う気がしていた。
午後になって、その薬剤師が薬の準備をしている。
「結局、なかったんですか?」
探しても見つからなかった、と連絡があったらしい。
正直、私は思ってしまう。
なくした薬を、もう一度薬局が出す必要ってあるんだろうか。
スーパーで買った物を落としたら、もう一度もらえるだろうか。 たぶん、そうはならない。
もちろん、本当に困って電話してきたのかもしれない。 でも現場には、現場の現実がある。
何錠か足りない、という話ではない。
袋ごとない、というのは、どうしても違和感が残る。
渡し忘れなら、在庫が合わなくなる。
薬袋も印刷されている。
向精神薬なら在庫で確認もできる。
でも今回は、風邪薬の一包化。 証拠は残らない。
そもそも、在庫が合うかどうかなんて、患者さんには関係ない。
「でも、ないんです。」 その一言で話は進んでいく。
そして結局、もう一度薬は渡されることになった。
納得しているわけではない。 でも、証明もできない。
現場って、こういうグレーのまま進むことがある。
私は言った。
「ブラックリスト入りだね。」
隣の事務が、間を置かずに言った。
「もうやったよ。」
誰も強くは言わない。
でも、気持ちはだいたい同じだ。
今日もまた、レセコンのメモ欄だけが、少し長くなった。
