📮仲良し郵便局という私の昔話🏫
30年ほど前、昭和末期生まれの人にとっては青春ど真ん中。
連絡手段は交換日記や電話ボックスで、今のようなネットも携帯もありませんでしたが、少年だった私は不便だと思ったことはありません。毎日が忙しく、考える暇もなかったのです。
友達と遊び、外を走り回り、ゲームやカード、ミニ四駆に夢中でした。漫画はジャンプの黄金期で、流行ればすぐ真似をする。夏休みの宿題は最後にまとめて片づけ、少しでも遊ぶ時間を増やしました。勉強はやった。体育も誰にも負けなかったが音楽と絵は苦手だった。
さて、今回の話題は、私の少年時代の思い出のひとつです。
小学二年生のころ、私は校長室の扉を一人でノックしました。
いじめられている子がいても、クラスが違えば分からない。学年が違えば、なおさらです。しかも多くの場合、誰にも相談されないまま隠れてしまう。親には特に知られたくないからです。子どもにとっては、ごく自然な気持ちだと思っていました。
「なぜ大人は気づけないのか」
そう感じた私は、力も立場もない子どもなりに、考えた策を紙に書き、校長先生に直接伝えに行きました。
私の提案は、学校の中庭の中央に本物の郵便ポストを設置し、小学二年生が運営する“郵便局”をつくることでした。名前を書いて学年をまたいで連絡し合ったり遊びの約束をしたり中には愛の告白の呼び出しもありました。匿名で、いじめのことなら「どう対応してほしいか」をはがきに書いて投函できる仕組みです。各クラスにもポストを置き、誰にも見られず投函できるようにします。
集まったはがきは、二年生が役割分担して回収・集計し、内容を相手に届ける。切手も色鉛筆で手作りです。はがきや切手材料のストックも配給します。二年生は一学年に百人以上いましたから、十分な人数がいました。
校長先生は私の話を最後まで真剣に聞いてくださり、涙を流しながら賛同してくれました。そしてこの提案は実際に形となり、「小学二年生のなかよし郵便局」として始まりました。
それなりの小さい問題も発生しましたが、いじめ問題が私宛に相談がくることもありました。その時は討伐しに現地へ向かったことも覚えています。
それは一過性の取り組みではなく、その後も受け継がれ、三十年近く今も続いていると聞いています。
当時の私は、正義感から動いただけで、見返りを求めたつもりはありません。ただ、困っている誰かの声が、きちんと届く場所をつくりたかった。それだけだったと思います。
月日が経ち、先週、とある求人の男性が私のところに来てくれました。
その人は私に対して半信半疑だったらしいですが、私と奇跡的に同郷だったため仲良し郵便局の話をしたら、当時の思い出と共に感動し、こちらに入社してくれました。
そして懸命に働いてくれています。善行が返ってくるって本当なんですね
『救われた人がいた』それを聞いて、なんというか・・・
感動してしまいました
という思い出話でした
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