【創作大賞2026年応募作品】想い出つづる
(あらすじ)
「死後の魂が過去を追体験する」というファンタジー要素と、誰もが経験するような「不器用で切ない恋愛のリアリティ」が融合した物語です。
主人公の翔太の不器用な半生を幽霊となったヒロインのユヅキの視点から紐解いていきます。
幽霊になったユヅキは、恋人の翔太の人生における「失恋の歴史」を小学校、中学校、浪人、専門学校、社会人と、それぞれの時代のエピソードを一つずつ紐解いていくことで、翔太の「恋に対しての不器用さ」を浮き彫りにしていきます。
2歳年上の女性に縁があるという「呪い(あるいは縁)」の繰り返しや、肝心なところで一歩踏み出せない弱さは、多くの読者が共感できる「リアリティのある痛み」として響きます。
ユヅキは、翔太のそれぞれの時代のエピソードを傍らで見守り、ツッコミを入れ、時には共感しながらユヅキが知らなかった翔太と出会っていきます。
二人の時空を超えた対話が繰り返されながらラストの再会と悲劇、そして数十年後の再会への重みにつながっていきます。
(プロローグ)
キラキラと輝く波が、砂浜で静かな音を奏
でていました。
海辺の夕日の光の中に、男の黒い影が浮き
上がっていました。
ユヅキは、その男にそっと近づいて行き、
男の横に腰掛けて男の横顔を見つめました。
男は、ユヅキの視線を感じて振り向いた
瞬間・・・
初老の男は、驚きと感動のあまり口をあけ
て固まってしまいました。
(スキ)
落ち着いた雰囲気のある店内の席は、若い
カップルで埋まっていました。
クリスマスツリーのオレンジ色の暖色の明
かりが、クリスマスイブのムードを盛り上
げていました。
ムードある曲が流れる中、翔太(ショウタ)
は、『スキ』とスマホの画面に表示されて
いる言葉をイタリアンレストランの席に座
って見ていました。
その『スキ』は、翔太が結月(ユヅキ)ち
ゃんからもらった初めての『スキ』でした。
いや、翔太にとってそれは人生で初めても
らった「スキ」でした。
翔太の顔が、スマホの光と相まって輝いて
いました。
翔太の人生は、この「スキ」という言葉を
追い続けて来たようなものでした。
翔太は、今日初めて「スキ」という言葉を
結月ちゃんに使おうと思っていたのに、
結月ちゃんに先を越されてしまいました。
翔太の椅子の横に赤いバラの花束が置いて
ありました。
結月は、翔太へのLINEのメッセージの最後
に、『スキ』と打ちました。
結月は、デパ地下を通り抜けてデパートの
裏道に出て行きました。
結月がまとっていた温もりが、急に冷えま
した。
雨が降り出した夕方の街は、光と闇が入り
混じる世界を醸し出して来ていました。
どこかでジングルベルの曲が流れているの
が聞こえて来ました。
結月は、ジングルベルの曲をハミングしな
がら翔太の待つ場所へ向かっていました。
結月が、最後に聞いたのは車の激しい
ブレーキの音だった。
「嘘、ブレーキの音がこの世の最後の音
なの?」
それが、結月の意識の最後でした。
氷のような病院の一室で翔太は、結月にす
がってただ泣くことしか出来ないでいまし
た。
翔太は、自分の周りから色が奪われていき、
まるで白黒の世界の中に自分が溶け込んで
いくような気がしていました。
その白黒の世界の中で、唯一バラの花だけ
が赤い色を放ってベッドの側の床に散らば
っていました。
「やっと恋が始まるところだったのに」
そんなことを思って泣いている翔太の横に、
ユヅキが立っていました。
翔太には、見えないユヅキが・・・
「俺の恋って、いつも儚なかった」
ユヅキに、翔太の心の声が聞こえて来まし
た。
『いったい翔太君は、どんな恋をしてきた
のよ?』と、ユヅキが思った瞬間・・・
ユヅキは、翔太の過去の世界に移っていま
した。
(ラブレター)
部屋の壁に女性アイドルのポスターが貼ら
れていました。
振り返るとユヅキが知っている翔太君より
若い翔太がいました。
『幼さが残ってる顔してるね』と、ユヅキ
は思いました。
翔太には見えないユヅキが、翔太の側に立
っていました。
翔太は、机に向かって何やら書いていまし
た。
『何を書いているのかしら』と、ユヅキは
気になってきました。
『勉強してると思ったら、手紙を書いてい
るみたい』
『なに、ラブレター書いているの?』
ユヅキは、そのラブレターを読んで見まし
た。
若者らしい、正直な気持ちを書いた
ラブレターでしたが、直球過ぎてユヅキに
は重い感じを受けました。
『もう少し柔らかい表現で好意を伝えな
きゃ』
『彼女のどこが好きなのか、一番大切な
ところが抜けているし』
ユヅキは、翔太のこの淡い恋の始まりの
ことが知りたくなってしまいました。
そう思った瞬間、ユヅキは、翔太の記憶
を覗き見できるようになりました。
ユヅキに、翔太の中学生時代の記憶が見え
て来ました。
僕が中学2年の時、朝倉さんと一緒の
クラスになりました。 清楚で爽やかな
女の子だなーというのが僕の第一印象で
した。
そんな、清楚で爽やかな女の子の朝倉さん
を僕はいつも遠くから憧れて見ていました。
自分の気持ちを朝倉さんに伝える勇気はと
てもありませんでした。
そんな僕でしたが、中間テストと期末テス
トの時だけは、彼女と話すことができまし
た。
なぜなら、その時だけは、男女が分かれて
出席名簿順の席替えになるため、僕の隣の
席に、朝倉さんがいつも座ることになって
いたからです。
テストとテストの休み時間に、些細な会話
が出来ることが、僕にとって最高の幸せな
時間となりました。
僕が、朝倉さんとの会話の中で、一番記憶
に残っていることは、ある映画について話
をした時のことです。
その映画は、とても悲しい物語の映画でし
た。
その映画の悲しさを朝倉さんと一緒に共感
出来たことが、僕にとっては最高の中学の
想い出となりました。
その時は、僕と朝倉さんとの距離がとても
近づいたような気になっていましたが、
残念ながらその後僕は、それ以上に朝倉さ
んの心に近づくことは出来ないでいました。
中間、期末のテストが来る日が楽しみの
僕の二年間が過ぎ、僕らは卒業していきま
した。
卒業して、僕と朝倉さんは別々の高校へと
進学していきました。
男子校に進学した僕は、三年間は女の子に
縁のない学生生活を過ごしました。
三年間、僕に彼女が出来なかったこともあ
り、朝倉さんへの僕の想いは、僕の心の奥
深くでくすぶり続けていました。
『こんなに翔太に想ってもらえて朝倉さん
幸せじゃん』と、ユヅキが羨ましそうに言
いました。
大学進学に失敗した僕は、一浪していまし
た。
そんな時、最寄りの地下鉄の始発駅で、僕
にとって運命的な再会がありました。
中学を卒業してから一度も会っていなかっ
た朝倉さんに出会えたのです。
朝倉さんは、昔と変わらず清楚で爽やかな
雰囲気を放っていました。
僕は、勇気を出して彼女に声をかけました。
最初は、懐かしさも手伝い、近況などの話
をしていましたが、三年間のギャップが話
しの腰を折ってしまいました。
朝倉さんは、三駅先で降りて行ってしまい
ました。
ただ、明日もこの電車に乗ることが分かっ
たのが、僕にとって唯一の救いとなりまし
た。
この出会いが、僕の心の奥深くにくすぶっ
ていた朝倉さんへの想いに火を付けてしま
いました。
口では上手く伝えられない僕の気持ちを
朝倉さんになんとか伝えたくって僕は、
朝倉さんにラブレターを書く決心をしまし
た。
『そういうことだったんだ』と、ユヅキは
理解しました。
ユヅキは、翔太の中学生時代の記憶を覗き
見した後、翔太がラブレターを朝倉さんに
手渡す日に来ていました。
ユヅキは、翔太の後ろについてエスカレー
ターで地下鉄の駅へ降りて行きました。
『翔太より私がドキドキしてるかも』と、
ユヅキは思いました。
昨日とまったく同じ時間でした。
ホームに停まっている電車から「ブーン」
というエアーコンプレッサーの音が響いて
いました。
昨日と同じホームに電車が扉を開いて停ま
っていて、同じ場所に朝倉さんは座ってい
ました。
翔太は、意を決し朝倉さんに向かって行き
ました。
翔太の気配を感じた朝倉さんが顔を上げま
した。
その顔の前に、翔太はラブレターを突き出
しました。
「あの、これ読んでくれる」
その言葉が、翔太が出せた全てでした。
ラブレターを朝倉さんに手渡した翔太は、
逃げるように電車を飛び出して行きました。
ユヅキは、この一連の流れを見ていて少し
不安になりました。
遠くで電車の発車ベルが鳴り響いていまし
た。
落ち着かない一日を過ごした翔太は、翌日、
ラブレターの返事を朝倉さんに聞きに地下
鉄の駅へ向かいました。
結果がなんとなく見えるユヅキの足は重か
ったです。
『次の日に、返事を求める?』
『焦りは禁物だよ』
『女心が分かってないなー』
『私が助言できていたらなー』
ユヅキは、翔太にアドバイス出来ないこと
に苛立っていました。
「ごめんなさい」
それが、朝倉さんからの翔太への返事でし
た。
その瞬間、翔太の長くて淡い恋の火が確実
に消えてしまいました。
運命の再会からほんの数日で、長く暖めて
いた想いが、かき消されてしまいました。
心の闇夜を照らす唯一の灯りを消されてし
まった翔太は、どのようにして朝倉さんか
ら立ち去ったかも覚えていませんでした。
翔太は、音が消えた世界を歩いていました。
落ち込んでいる翔太にユヅキは、慰めの声
をかけずにいられませんでした。
『たとえ私の声が翔太に伝わらなくても』
『頑張ったよ翔太は、翔太の誠実さは、伝
わっていたと思うよ。』
『元気だしな』
『将来、あんた私という女に出会うんだよ』
『ほら、この私の容姿、朝倉さんに負けて
ないでしょ?』
『多分?』
ユヅキが、励ましていることも知らず、
翔太は独り言をつぶやきました。
「人生二回目の大失恋だ」
『何? 翔太これが初めての大失恋じゃな
かったの?』
『じゃ、一回目ていつだったの?』
ユヅキは、その翔太の一回目の大失恋のこ
とがとても知りたくなりました。
(プライド)
ユヅキは、翔太が小学校六年生の過去に移
っていました。
男の子がクラスに入って来ました。
その男の子に向かって、誰かが
「翔太、おはよう」と、声をかけました。
『えっ、この男の子が翔太なの?』
『小学生の翔太、可愛い!』と、ユヅキは
思いました。
自分の席に行った翔太は、自分の机の中に
何かが入っているのを見つけました。
翔太は、回りの友達に気付かれないように、
その物をランドセルにそっとしまいました。
学校が終わって家に帰った翔太は、自分の
部屋に入り、ランドセルから机の中にあっ
た物を取り出しました。
ラッピングをほどくと、外国製のチョコレ
ートと白黒模様の鉛筆が数本入っていまし
た。
『あっ、そうか今日はバレンタインデー
だったんだ。』と、ユヅキは、気づきまし
た。
『やるじゃん、翔太』
翔太は、プレゼントに添えられていたメッ
セージを読んでいました。
メッセージの紙から甘い香水の香りがしま
した。
それから、もらったチョコレートを大切そ
うに食べていました。
翌日、翔太が学校に行くとクラスの女子が
翔太の机にやって来ました。
その女子は、前に翔太に「好きな色二つ教
えて」と、言って来た女の子でした。
「菜月(なつき)ちゃんのことどう思って
いるの?」と、突然その女の子が翔太に
質問して来ました。
その女の子は、菜月ちゃんの友達の一人で
した。
翔太が、答えに困っていると、その子は立
て続けに、「イエスかノー、どっちなの?」
と、聞いて来ました。
翔太は、小さな声で「ノー」と答えてしま
いました。
それを見ていたユズキは、『翔太君、嬉し
そうにチョコ食べてたのに? どうして
「ノー」って、言っちゃたの?』
ユヅキは、翔太の中にある菜月ちゃんとの
記憶を見たくなってしまいました。
僕が、菜月ちゃんと初めて出会ったのは、
小学校四年生になりクラスが一緒になった
時でした。
菜月ちゃんは、明るくてクラスでは目立つ
女の子でした。
僕は、そんな菜月ちゃんを四年生、五年生、
六年生と見ているうちに、だんだんと菜月
ちゃんのことが「スキ」になっていきまし
た。
バレンタインデーが来る直前に、菜月ちゃ
んが片思いを寄せていたクラスの男の子に
振られたという噂を耳にしました。
僕は、菜月ちゃんがクラスに片思いを寄せ
ていた男の子がいたという事がとてもショ
ックでした。
そんな気持ちでいた僕に、思いもしなかっ
た菜月ちゃんからのバレンタインチョコが
僕の学校の机の中に入っていました。
僕は、菜月ちゃんが好きだったのに、「僕
が一番でなかった」という変なプライドが
僕の胸に引っかかっていました。
菜月ちゃんが、直接僕に「私のことスキ、
嫌い?」と聞いてくれていたら、僕の答え
は、「スキ」だったのに。
でも、あの時は、菜月ちゃんの代理として
クラスの女子が、僕の気持ちを確かめに来
たので、僕の変なプライドが出てしまって
「ノー」って、答えてしまいました。
僕は、好きだった女の子を傷つけてしまっ
たことを後悔しました。
『小学生の頃の恋って、素直な恋だね、
不器用だけど大人にはない真っ直ぐな恋を
みんなしてたね。』と、ユヅキは呟きまし
た。
ユヅキは、菜月ちゃん、朝倉さんと立て続
けに恋が叶わなかった翔太が、次にどんな
恋をしたのかがとっても気になり、知りた
くなりました。
(見えない男)
翔太は、英会話学校のクラスで勉強してい
ました。
そのクラスは、老若男女入り混じった少人
数のクラスでした。
クラスが終わって、翔太は二人の女の子と
一緒に近くのカフェに入って行きました。
お店の店員さんが、注文を聞いて去って行
くと、その一人の女の子が、「美咲、佐藤
さんからもらった婚約指輪見せてよ」と、
言いました。
美咲と呼ばれた女の子は、恥ずかしそうに
左手を見せました。
その薬指に、真新しい指輪がキラキラと輝
いていました。
それを見た、翔太の動揺をユヅキは見逃し
ませんでした。
ユヅキは、翔太の中にある美咲と呼ばれた
女の子の記憶を覗いてみたくなりました。
僕が、美咲さんに会ったのは、朝倉さんに
振られて、まだ傷心が癒されていない二ヵ
月後の頃でした。
浪人生だった僕は、週に2回英会話学校に
通うことを決めました。
最初の授業の時、向かい合わせの席にいた
のが美咲さんでした。
美咲さんは、少したれ目の可愛い人でした。
三回目の授業が終わった後、クラスの数人
で近くのカフェに行くことになりました。
そこで、僕は初めて美咲さんの隣に座るこ
とになりました。
美咲さんと話をしていて、美咲さんは僕
より2歳年上だと分かりました。
姉がいなかった僕は、子供のころから姉
という存在に憧れがありました。
そんな僕にとって美咲さんは、正に憧れ
の存在となりました。
僕は、年上の美咲さんとの会話が楽しくっ
て、いつまでも話を続けていたいと思って
いました。
この時、僕の子供のころからの姉への憧れ
が、年上の女性への恋心へと変化していま
した。
美咲さんには、同級生には無い何とも言え
ない魅力を感じていました。
僕は、すっかり美咲さんの魅力にからめ取
られてしまっていました。
『男って、いくつになっても甘えん坊なん
だから、それと2歳差という絶妙な年の差、
なんか不吉な予感がするんだけど』と、
ユヅキはボヤいてしまいました。
それからの僕は、英会話学校に行く目的が、
美咲さんに会うのが目的になってしまいま
した。
美咲さんと会うたびに僕らは親密になって
行きましたが、「友達以上恋人未満」の関
係をなかなか抜けれませんでした。
そんな時、友達から有名シンガーのコンサ
ートのチケットを二枚譲ってもらうチャン
スが舞い込みました。
そのコンサートは、美咲さんが行きたがっ
ていたコンサートでした。
僕が、コンサートのチケットを手に入れた
と誘うと、美咲さんは二つ返事で乗って来
てくれました。
もう僕は、コンサートより美咲さんと行く
ことが楽しみになってしまいました。
美咲さんと行ったコンサートは、とても
良い想い出になりました。
コンサートの帰り、美咲さんは、「三駅歩
かない」と、思いがけない提案をして来ま
した。
僕らは、繁華街から住宅街の中へと歩いて
行きました。
やがて、ラブホテル街の中を歩いていまし
た。
その状況を察してか、二人の話し声が止ま
ってしまい、二人の足音のみが聞こえてい
ました。
僕は、恥ずかしさと変な期待で胸がドキド
キしながら歩いていました。
永遠に感じた無言の時間は、遠くに見えて
来た目指す駅周辺の明かりによって終わり
を告げました。
落ち葉が、僕たちを追い越すように舞って
いきました。
駅の改札口まで来た時、美咲さんが、「私、
佐藤さんにプロポーズされたの」と、打ち
明けて来ました。
「佐藤さん」その言葉は、何度か美咲さん
の口から聞いていました。
美咲さんが、意識している社会人の男性で
した。
浪人生の自分と比べると、そんな社会人の
男に勝てる自信が正直ありませんでした。
僕は、美咲さんの視線を感じていましたが、
その目を直視できないでいました。
気まずい空気が流れていました。
言葉が出ない僕に向かって、「今日は楽し
かった、ありがとう・・・じゃーね」と、
言って美咲さんは駅の改札に消えて行って
しまいました。
『あーあ、せっかくのチャンスを翔太は
ものに出来なかったよ』と、ユヅキは残念
そうに言いました。
『美咲ちゃんが、翔太に与えたラストチャ
ンスだったのに』
『無言で歩いていた時、美咲ちゃんは、何
かを待っていたのかも』
『女はね、男以上に恋に臆病な生き物なの
よ』
『だから女は時にズルく立ち回るのよ』
『まあ、女心が見抜けるほど、この頃の
翔太には余裕がなかったのね』
『で、美咲ちゃんに失恋した翔太はその後
どうなったの?』
(お人形さん)
翔太は、カフェで可愛い女の子と向かい合
って座っていました。
二人の横には、それぞれの男友達、女友達
が座っていました。
『翔太、凄い可愛い女の子と一緒だね』と、
ユヅキが思わず口に出してしまうほどの
可愛い女の子が翔太の向かいに座っていま
した。
翔太の横の男の子が、その場を盛り上げよ
うとしていましたが、その努力も虚しく終
わってしまいました。
カフェを後に、その女の子たちは去って行
ってしまいました。
その去って行く後ろ姿を、複雑な心境で
翔太は見送っていました。
翔太の男友達が、「せっかく麻衣ちゃん達
に声かけてお茶に誘ったのに、翔太全然話
さないし」と、翔太をなじりました。
「勇人と違って、俺、女の子に慣れてない
し」と、翔太が言い返しました。
『またまた、翔太の「片思いシンドローム」
が出ちゃったの?』と、ユヅキはあきれ返
っていました。
なんとなく予想が付きましたが、ユヅキは
翔太の麻衣ちゃんとの出会いの記憶を見る
ことにしました。
一浪した後、僕は専門学校に通うことにな
りました。
その専門学校は、男子校から来た僕にとっ
ては、ハーレムのような世界でした。
なんといっても全校生徒の8割が女性だっ
たからです。
なのに、おくての僕は、彼女が出来ないま
ま二年生になっていました。
二年生になり、クラスメートも大半が入れ
替わりました。
その新しくなったクラスの女子の中に、と
てつもなく可愛い女の子がいることに僕は
気づきました。
それが、麻衣ちゃんでした。一浪してた僕
にとって、麻衣ちゃんは一歳年下の子にな
りました。
その出会った日から僕は、寝ても覚めても
麻衣ちゃんのことが頭から離れなくなって
しまいました。
麻衣ちゃんに「スキ」と告白出来ないのに、
僕は、親友の勇人には麻衣ちゃんのことが
「スキ」だと言い続けていました。
そんな僕に、学校帰りのある日チャンスが
突然やって来ました。
勇人と二人で学校を出た所で、目の前に
麻衣ちゃんが友達と歩いていました。
麻衣ちゃんに気付いた勇人は、「お茶に誘
ってみよか?」と、言うなり二人の方へ走
って行ってしまいました。
勇人が、二人と交渉していると麻衣ちゃん
が、僕の方をチラッと振り返って見ました。
麻衣ちゃんと、面と向かって話したことが
なかった僕は、その視線を浴びただけで
タジタジになってしまいました。
勇人が、二人をお茶に誘うことに成功し僕
たちは近くのカフェに行くことになりまし
た。
『それで、ここでお茶をしていたってこと』
と、ユヅキは、翔太の麻衣ちゃんとの出会い
の記憶を見て悟りました。
記憶を見て悟ったユヅキは、翔太と勇人の側
に立ってつぶやきました。
『翔太は、また難しい女の子を「スキ」にな
ったみたいね』
『麻衣ちゃん、確かに可愛い顔しているのに
男の影がないのが気になるわ』
『もしかしたら、「アイドル症候群?」ちや
ほやされる快感とされなくなる恐怖が彼女の
心を支配しているのでは』
『だとしたら、麻衣ちゃんは一人の男になび
こうとはしないもんだよ』
『翔太と麻衣ちゃんの結果は見えたようね』
『麻衣ちゃんの次はどんな女の子を翔太は
「スキ」になったの?』
(夢と現実)
ユズキは、パスタ屋のカウンター席に座っ
て隣の席の翔太を見ていました。
翔太のその向こうに女の子が並んで座って
いました。
『真面目そうな可愛い女の子ね』と、
ユヅキは思いました。
翔太たちは、今観て来た映画の話しをして
いるところでした。
麻衣ちゃんをカフェに誘った時のような
ガチガチな翔太ではありませんでした。
『今回は翔太、上手くやってるのかな?』
と、ユヅキは二人を温かく見ていました。
「菜々子ちゃん、次の日曜日何か予定ある
?」と、翔太が聞きました。
「今のところ何もないよ」
「それだったら、前に行きたいって言っ
ていた日本の原風景が見れるあそこに行
かない?」
「うん、行きたい」
『もちろん、私も一緒よ』と、ユヅキは
自分がデートする気分になっていました。
『あっ、その前に翔太と菜々子ちゃんと
の出会いの記憶を見とかないと』
二年間通った、専門学校の卒業が近づいた
頃、クラスでサイン帳にメッセージを書い
てもらうということが流行りました。
僕も、それを見習ってサイン帳にクラスメ
ートからのメッセージを書いてもらいまし
た。
そのメッセージの中で、菜々子ちゃんから
のメッセージが特別、僕の心を震わしまし
た。
なんと、菜々子ちゃんは、皆が1ページだ
け使ってメッセージを書いていたのに、
菜々子ちゃんは3ページにわたる長いメッ
セージを僕の為に書いてくれました。
そのメッセージの中に、こんな詩も添え
られていました。
「春 桜の季節 淋しいね さようならの
言葉で空いた心は 次に来る こんにちは
の言葉で満たされる」
それから、菜々子ちゃんがメッセージの中
で「思う」ではなく「想う」という漢字を
使っている事に僕は新しい発見をしました。
それまでの僕の頭の中には、「思う」とう
漢字はありましたが、「想う」という漢字
はありませんでした。
菜々子ちゃんのメッセージを読んでから、
急に菜々子ちゃんを意識するようになって
しまいました。
二年生から菜々子ちゃんとも同じクラスだ
ったのに、僕は、麻衣ちゃんしか見ていな
かったことを少し悔やみました。
菜々子ちゃんが書いたメッセージをきっか
けに、僕と菜々子ちゃんは、卒業後も連絡
を取るようになりました。
ただ、「友達以上恋人未満」という関係で
したが。
でも、菜々子ちゃんと会って話しをしてい
るだけで僕は幸せな気分になれました。
僕のそんな平穏な幸せは、「仕事の関係先
の外国人から猛烈なプロポーズをされてい
る」と、菜々子ちゃんの口から聞くまでで
した。
卒業してもバイト生活している僕には、
「そんなプロポーズ断れ」なんてとても言
えませんでした。
『また出た! 翔太の悪い癖、菜々子ちゃ
んはその言葉を待っていたのよ、ある意味
翔太を試したのよ』と、ユヅキが訳知り顔
で言いました。
その時僕は、自分勝手に「菜々子ちゃんも
そのプロポーズが迷惑そうだった」と思う
ようにして、二人の話はそれ以上そのこと
に触れないまま終わりました。
ただ僕は、前に菜々子ちゃんが「外国に住
みたい」という夢を語っていたことが少し
引っかかっていました。
僕は、菜々子ちゃんにプロポーズをした
外国人のことが気になっていましたが、
「友達以上恋人未満」の関係が壊れるのが
怖くって、何も出来ないままズルズルその
ままの関係が続いていきました。
そんな時、菜々子ちゃんから初めて映画に
誘われました。
『それで今、映画の後ここでパスタを食べ
ていたってことなのね』
『菜々子ちゃんとは、こういう関係だった
んだね、上手く恋人になれると良いんだけ
ど』と、ユヅキは隣でパスタを食べている
翔太に向かって言いました。
翔太と菜々子ちゃんは、待ち合わせした駅
から電車に乗って山間の田園風景が綺麗な
駅で降りました。
あいにく天気は雨でしたが、それがかえっ
て田園風景の情緒を盛り上げていました。
傘をさして雨の中を二人で歩いて行きまし
た。
その二人の姿はまるで浮世絵の中を歩いて
いるように見えました。
『私もこんな所を翔太と歩きたかったな』
と、ユヅキは、羨ましそうに前を歩く
菜々子ちゃんを見ながら呟きました。
時より現れる、ひっそりしたお寺や神社に
二人は立ち寄ったりしていました。
ゆったりした時間に包まれた世界を二人は
楽しんでいました。
お昼に、古民家のおそば屋を見つけて入っ
て行きました。
食事を食べ終えた頃、菜々子ちゃんが、
「私、あのプロポーズを受けようと思って
いるの」と、突然言い出しました。
「えっ」
「そうなんだ」
翔太はそれ以上声が出なくなってしまいま
した。
その空気を察して、菜々子ちゃんが何かし
ゃべり出しましたが、翔太の耳には何も入
って来ませんでした。
二人は、おそば屋さんを出ました。
小雨になっていた雨は、翔太の気持ちとシ
ンクロするように土砂降りになっていまし
た。
『翔太、泣いてる場合じゃないよ、「プロ
ポーズを受けようと思っているの」て、こ
とはまだ受けてないんだよ』
『菜々子ちゃんは、翔太に引き留めてもら
いたいんだよ』
『翔太、ここで男にならなきゃ』
そんなユヅキの声も虚しく、翔太は未だに
幼い恋しか出来ないままの翔太でした。
『やれやれ、何時になったら翔太は大人の
恋が出来るのよ?』
『次の出会いもなんだか不安だけど、
ここまで来たら見ないわけにはいかない
よね』
(二つ年上の女性)
少し大人っぽくなった翔太がいました。
「向こうに行っても、頑張ってね」
「怜奈ちゃん、早く良い人見つけるんだよ」
「うん、頑張る」
「もし見つからなかった時は、俺が結婚し
てあげるよ」
「その時はよろしく」
翔太は、駅の改札に入って行き、怜奈ちゃ
んと呼ばれた女の子は、翔太に向かって大
きく手を振っていました。
『これは、いったいどうなっているの?』
と、ユヅキは戸惑ってしまいました。
ユヅキは、菜々子ちゃんに失恋した後の
翔太の記憶を見に行くことでこの戸惑いを
解決したいと思いました。
菜々子ちゃんとの失恋の後、僕は山間部の
有名観光地でバイト生活を送っていました。
そこで、僕は詩織さんと出会いました。
詩織さんは、地元のガイドをしていました。
詩織さんが僕の働いている土産店に現れた
時、僕は詩織さんを見て一目惚れしてしま
いました。
同僚が詩織さんのことを知っていたので、
頼みこんで紹介してもらったのが詩織さん
との始まりでした。
初デートは、ステーキレストランへ夕食
を食べに行きました。
詩織さんは、僕より2歳年上でキャリア
ウーマン的な美人でした。
『また、2歳上』と、ユヅキはツッコんで
いました。
楽しく夕食をした後、僕たち二人は湖の
湖畔へと歩いて行きました。
暗い夜道を、弱い街燈の明かりが照らして
いました。
レストランから少し歩いた頃、詩織さんが
僕の腕に手を組んで来ました。
まさかな急な展開に僕は、驚きとその後に
来た喜びに翻弄されていました。
僕は、詩織さんに僕の動揺がバレるのが恥
ずかしくって、その動揺を隠すのに必死で
した。
「これって、恋人になってくれるってこと
?」と、僕は心の中で自問自答していまし
た。
僕は、天にも昇る気持ちで、湖畔へ続く道
を歩いていました。
湖は、満月の光をたたえてキラキラと輝い
ていました。
僕たちは、人気の少ない湖畔に腰かけて湖
を見つめていました。
やがて、湖を見ていた二人の瞳は互いの瞳
を見つめていました。
湖に反射する満月の光より美しい光が詩織
さんの瞳に満ちていました。
そして僕は、詩織さんの柔らかな唇を感じ
ていました。
『うわー!翔太、翔太、キスしちゃった」
と、ユヅキが興奮してしまいました。
年上の詩織さんのリードのお陰で、僕は
万年「友達以上恋人未満」の呪いから卒業
できました。
そんな詩織さんとの恋人気分は、長く続き
ませんでした。
『えっ、何? 何が起こったの?』と、
ユヅキは心配になりました。
それは、同じお店で働いている怜奈ちゃん
とスーパーに買い出しに行った時でした。
その日は、怜奈ちゃんの家でお店の仲間と
ホームパーティーをすることになっていて、
その買い出しに怜奈ちゃんと行きました。
僕と怜奈ちゃんが、スーパーで買い物をし
ている時、詩織さんとバッタリ出会ってし
まいました。
詩織さんは、男の子と腕を組んで楽しそう
に買い物をしていました。
僕は、詩織さんに「なんで?」と詰め寄っ
ていました。
無言の詩織さんの態度に、僕は儚い恋の終
わりを感じました。
近くに怜奈ちゃんを待たせているのに気が
付いた僕は、その場を負け犬の様に去って
行きました。
その場面を見ていた怜奈ちゃんは、僕に何
も聞かないでいてくれました。
『うーん、これは辛いよね』
『きっとこれは、愛のキューピットのいた
ずらを受けたんだよ』
『まーこれも大人の階段をのぼるための
儀式なようなものだよ』と、ユヅキは自分
で自分を納得させていました。
僕が、詩織さんに振られたのを目の当たり
にした怜奈ちゃんから後日お茶に誘われま
した。
怜奈ちゃんは、詩織さんとの破局で落ち込
んでいる僕を慰めるために誘ってくれたよ
うでした。
怜奈ちゃんは、僕より2歳年上だが、周り
のみんなが「怜奈ちゃん」と呼んでいるの
で、僕も最初からそう呼んでいました。
『待った、待った、翔太君、に、に、2歳
年上はあなたにとって鬼門だよ』と、
ユヅキはなんとか翔太を止めたくなりまし
た。
怜奈ちゃんは、甘やかせ上手で甘え上手で
した。
『うわー、女からは嫌われるが、男からは
モテそう』
ある日、怜奈ちゃんと一緒に歩いていた時
に怜奈ちゃんが、お店のショーケースの中
にブルーの宝石がついたネックレスを見つ
けて「あれ、素敵!」と、欲しそうに言い
ました。
僕は、その言葉を聞き漏らしませんでした。
次の日、僕はそのお店に行きました。
あのネックレスが売れていないことを望ん
で。
ショーケースを覗いて昨日と同じ場所に、
あのネックレスがあるの見て僕はホッとし
ました。
『もう怜奈マジックにかかっちゃたの?』
『男って本当にこういう女の子に弱いん
だから』と、ユヅキはあきれ果てていまし
た。
仕事が終わって、僕は怜奈ちゃんをお茶に
誘いました。
カフェで、僕は怜奈ちゃんにネックレスの
入ったプレゼントを手渡しました。
プレゼントの中身が、あのネックレスだと
気づいた怜奈ちゃんは、「えっ、どうして、
良いの?」と聞いてきました。
「怜奈ちゃんに上げたくって」と、僕は答
えていました。
「お誕生日プレゼントっということで」と、
照れ隠しでそう言ってしまいました。
「誕生日まだだけど・・・」
「本当に?」
「ありがとう」
と言って怜奈ちゃんは、突然の僕からの
プレゼントを受け取ってくれました。
でも、それを機に怜奈ちゃんと恋仲になる
わけでもなく、僕はいつもの「友達以上
恋人未満」の関係で満足していました。
『翔太、それだからいつまでたっても彼女
が出来ないんだよ!』と、ユヅキは、翔太
の弱気に呆れていました。
そんなある日、お店の先輩と怜奈ちゃんと
怜奈ちゃんの妹と僕とで日帰りドライブに
行くことになりました。
先輩が車を運転して、僕と怜奈ちゃんは後
ろの席に座っていました。
日帰りドライブの帰り道、僕は車の心地よ
い振動と疲れで眠ってしまっていました。
目が覚めると僕は、怜奈ちゃんの肩を枕に
眠っていました。
僕は、この状態が少しでも長く続くことを
願って寝たふりをすることにしました。
僕は、瞼に対向車のヘッドライトの明かり
を断続的に感じながら、頭で怜奈ちゃんの
肩のぬくもりを感じていました。
突然、車が大きく曲がった拍子に僕の頭は
怜奈ちゃんの膝の上に落ちてしまいました。
怜奈ちゃんは、別に僕を起こすこともなく、
反対に怜奈ちゃんの手のひらを僕の頭に優
しく乗せてくれました。
僕は怜奈ちゃんの柔らかい膝の上で、この
まま死んでも良いと思ってうそ寝を続けて
いました。
僕が、怜奈ちゃんの膝の温もりを感じてい
ると、ふと昔の忘れていた記憶が蘇って来
ました。
それは、僕が幼稚園だった頃に親戚の家で
あった淡い想い出でした。
親戚の家で、ある女の子と出会いました。
その子は僕より少し年上でしたが、その
頃の僕にとっては凄くお姉さんに見えてい
ました。
僕は、そのお姉さんと楽しく遊んでいまし
た。 親がいないリビングに二人で入って
行った時、その女の子はソファーの影で僕
を抱きしめてくれました。
その時の温もりが、怜奈ちゃんの温もりを
通して思い起こされました。
『その子も2歳上だったのでは?』
『翔太の2歳年上の女性との腐れ縁はこの
時から始まっているのかもよ』と、ユヅキ
は思いました。
僕の幸せの時間は儚く、長いようで短い
時間が過ぎて行ってしまいました。
車の停車と同時に、無常にも僕は起きなけ
ればならなくなりました。
怜奈ちゃんは、僕に良い夢を見させてくれ
ました。
そんな怜奈ちゃんは、僕にとっては高嶺の
花的存在でした。
僕の心の中には、怜奈ちゃんのような女性
を受け入れるだけの自信がまだ育っていま
せんでした。
ある日、今働いているお店が海辺の人気観
光地に新店舗をオープンするということで、
先輩から僕にそこで一緒に働いて欲しいと
いう誘いを受けました。
僕は少し悩みましたが、その誘いを受ける
ことにしました。
僕は、ここを離れることで怜奈ちゃんとの
叶わぬ恋に終わりを告げたかったのかも知
れませんでした。
お店の送別会で怜奈ちゃんは、転勤してい
く僕に別れのメッセージをを書いてくれま
した。
そのメッセージの中に、「見上げる空は違
っていても、見つめる星は同じ」という
一文が入っていました。
『意味深な言葉だね、十分翔太と怜奈ちゃ
ん可能性があったのに、また、翔太自滅し
ちゃって』
怜奈ちゃんからメッセージをもらった僕は
最後に、「怜奈ちゃんが、おばさんになっ
て良い人が見つかってなかったら、俺が
怜奈ちゃんをもらってあげるよ」と、告白
ともつかない告白をしました。
怜奈ちゃんは、その言葉の真意を分かって
か分からずか、僕に笑顔で答えてくれまし
た。
『それで、あの別れのシーンに続いていっ
たんだ』と、ユヅキは理解しました。
『そして、翔太は新しい街へ旅立ったんだ
ね』
『私と出会うあの街へ』
(運命の女性)
駅の改札を旅行者の集団が騒がしく通り過
ぎていきました。
翔太は、駅の改札を背にして立っていまし
た。
翔太の目線の先に、カップルの二人が翔太
に向かって立っていました。
『えっ、大輔君と私?』と、ユヅキは声を
出してしまいました。
そして、ユヅキの頭に懐かしい記憶が蘇っ
て来ていました。
翔太は、二人に向かって、「今日は、
ありがとう。 二人とも元気でね」と、
笑顔で最後の挨拶をしました。
「翔太も元気でな」と、大輔が答えて言い
ました。
翔太は、大輔と一瞬目で語らった後、翻っ
て改札に向かいました。
翔太は、改札を通り抜けてから一度振り向
いて手を振っていました。
翔太の背中がホームに消えて行った時、
「行ったね」と、大輔が結月に話かけまし
た。
『私、こんな顔して翔太君を見送っていた
んだ』
『こんな結末になるなんて』
『ボタンの掛け違い?』
ユヅキは、翔太君のことを分かっているよ
うで分かっていなかったのかもと思ってし
まいました。
ユヅキは、翔太の結月との記憶を見たいよ
うで、見たくないという気持ちの狭間で
ユヅキの心は揺さぶられていました。
『ここまで来たからには、翔太君のことを
もっと知りたい』という、ユヅキの気持ち
が勝りました。
菜々子ちゃんに後ろ髪を引かれながらも、
僕は、海辺の人気観光地に転勤して来まし
た。
そこで僕は、初めての一人暮らしの生活を
スタートしました。
仕事先は、前のお店と同じ系列の土産店で
した。
ここで運命的な出会いが待っているとは夢
にも思っていませんでした。
その運命の人が結月ちゃんでした。
『キター! 運命の人! 結月ちゃん』
と、ユヅキは、必要以上にワクワクするこ
とで冷静さを保とうとしていました。
僕の結月ちゃんの最初の印象は、笑顔が
素敵な女の子でした。
「・・・・・・・・・・・」
『それだけ?』
『他にもっとあるでしょ、大人の魅力があ
って、美人で、ナイスバディー、胸は少し
小っちゃいけどとかー』と、ユヅキは少し
不満そうでした。
僕は、結月ちゃんと会った時、頭の隅に
「結婚」という文字が見えた気がしていま
した。
なんだか、赤い糸で結ばれていた人に初め
て出会ったような気持ちになりました。
僕と結月ちゃんは、同じ年ということも
あって直ぐに仲良くなれました。
僕は、結月ちゃんの笑顔、声、心に触れる
たびに彼女が運命の人だと実感していきま
した。
結月ちゃんと会えば会うほど「結婚」と
いう文字は大きくなっていきました。
そうです、僕は人生で初めて「この人とな
ら結婚しても良い」と、思える人に出会っ
たのでした。
『いや~ん、まだ始まってもいないのに』
結月ちゃんと出会って間もない頃、仕事の
後に結月ちゃんに連れて行ってもらった
ビーチは、僕にとって想い出深い最高の
場所となりました。
そのビーチの砂浜に座って話をしていた時、
横に座っている結月ちゃんの横顔が天女に
見えました。
『翔太君、ほめすぎー、でも嬉しいー』
結月ちゃんは、このビーチがとても気に入
っていて時より気晴らしをしに来ると僕に
教えてくれました。
『そう、そのビーチは私の神聖な場所なん
だから・・・』
僕は、結月ちゃんと同じ海を見ている瞬間
を楽しんでいました。
潮騒が僕たち二人を祝福してくれているよ
うでした。
夕日が、僕たち二人を包むように沈んで行
きました。
結月ちゃんと一緒に見たこの日の夕日は
一生忘れない僕の記憶となりました。
結月ちゃんとは、仕事の後カフェに行った
り、ビーチに行ったりして楽しい時を過ご
していました。
夜、結月ちゃんとの電話は、一人暮らしの
僕にとって、これほど心温まるものはあり
ませんでした。
そんなある日、結月ちゃんと初めて夕食に
行くことになりました。
三日月が綺麗な夜に僕は、結月ちゃんと
海辺のレストランへ行きました。
デザートを食べ終えてコーヒーを飲んでい
る時に僕は、結月ちゃんに「もし、恋人か
らプレゼントされるとしたら何が一番嬉し
い?」と質問しました。
結月ちゃん頭を少し傾げて考えてから、
「赤いバラの花束かな?・・なんかありふ
れた答えだけど・・でも、女の子にとって
は、時代を超えた最もロマンティックな
プレゼントだから、私は、赤いバラの花束
が一番嬉しいかも」と、答えてくれました。
「それから本数は12本ね」と、結月ちゃん
はバラの数まで付け加えました。
「どうして12本なの?」という僕の質問に、
結月ちゃんは、「どうしてだろうね?」と
答えをはぐらかしました。
『私もその時、翔太君に赤い糸を感じてい
て、12本の意味は翔太君に気付いて欲しか
ったんだよ』と、ユヅキは真剣な眼差しで
呟きました。
レストランで夕食をした後僕たちは、二軒
目のバーに向かって夜道を歩きました。
並木の上に明るい星が一つ見え隠れしてい
ました。
一瞬、昔の記憶が蘇って来ました。 それ
は昔、詩織さんが腕を組んで来た時のこと
を思い出してしまっていました。
そんな期待も虚しく、二人してバーへ入っ
て行きました。
『こらこら、なに期待してたんだよ』と、
ユヅキはツッコみを入れました。
バーは、レストランより落ち着いた雰囲気
があふれていて、あまり馴染みのない僕は
少し緊張していました。
この雰囲気の中、結月ちゃんとの関係を
一歩踏み出せないかなと思ったりしていま
した。
結月ちゃんと話をしながら僕は、一歩踏
み出すきっかけを探していました。
そんな時、結月ちゃんから思いもしない
言葉が飛び出しました。
「実は私今、遠距離恋愛している彼がいて、
この関係を続けるべきか悩んでいるの」と、
打ち明けて来ました。
僕は、「そんな男とは縁を切って僕と付き
合わない」と、言いたかったが、そんなこ
とも言えないどころか、結月ちゃんの目を
見ることも出来ないでいました。
『その言葉を私は期待していたのに』と、
ユヅキは本当に残念そうに言いました。
僕は、結月ちゃんに遠距離恋愛している彼
がいることを知って驚愕しましたが、
「この関係を続けるべきか悩んでいるの」
という結月ちゃんの最後の言葉が、僕にと
ってはせめてもの救いとなっていました。
僕は、結月ちゃんに悩みを解決してあげる
気の利いた言葉もかけて上げれませんでし
た。
結月ちゃんとの楽しかった夜は、後味が悪
い幕切れとなりました。
(大人への階段)
結月ちゃんと夕食に行った数日後に、僕は、
結月ちゃんの友人の桃子ちゃんと仕事の帰
り道でバッタリ会いました。
桃子ちゃんは、僕を見つけて走り寄って来
て、「友人が遊びに来ていて翔太君時間が
あったら今少しこの辺案内して上げてもら
えない? 私ちょっと急用が出来てしまっ
て」と、頼んで来ました。
桃子ちゃんには、色々お世話になっていた
ので、僕は桃子ちゃんの頼みを引き受けま
した。
桃子ちゃんの少し後ろに、桃子ちゃんの
その友人が立っていました。
「本当に助かったありがとう、翔太君、
こちら早紀さん、よろしくね」と、言って
足早に桃子ちゃんは去って行ってしまいま
した。
「突然ごめんなさいね、ご迷惑でなかった
ですか?」と、大人の女性の魅力を持った
早紀さんが眉をハの字にして話しかけて来
ました。
「あっ、ぜんぜん大丈夫ですよ」
『ぜんぜん大丈夫じゃないんだけど、私は
・・・』と、ユヅキは不機嫌でした。
僕は、早紀さんに「少し歩きますが、素敵
なビーチがあるのでそこに行きましょうか
?」と、言って二人並んで歩き出しました。
早紀さんは、僕より2歳年上の既婚者でし
た。 結婚して三年になるが、子供はまだ
いないということでした。
『もう翔太、あんたは2歳年上の女に呪わ
れているとしか言えない』と、ユヅキは、
プンプン怒っていました。
早紀さんは、「素敵なビーチね」と言っ
て、素足になって砂浜に入って行きまし
た。
僕と早紀さんは海辺を散歩しました。
散歩していると早紀さんは、「私ね、
将来花屋さんをやりたいの」という自分の
夢を打ち明けてくれました。
「この街に来たのもその場所を探す目的が
あったからなの」と、話してくれました。
また、早紀さんはこの街が「スキ」になり
そうだと言いました。
早紀さんの「スキ」という言葉と同時に僕
は、早紀さんの視線を感じていました。
日が傾き、夕食時になったので僕は早紀さ
んに、「夕食はどうされるんですか?」と、
聞いていました。
「旦那が3日後に来るんだけど、それまで
は、誰もいなければ一人寂しく食べること
になりそう」と、早紀さんが答えました。
僕は、このまま早紀さんを残して帰るのが
悪い気がしてしまい。
「あのー、簡単な物しか作れないですが、
家に来て一緒に食べます?」と、聞いてし
まっていました。
早紀さんは、目を輝かして「嬉しい、良い
の?」と、はしゃいでくれました。
『この翔太君の優しさが、最悪な事態にな
るのも知らないで』と、ユヅキはカンカン
でした。
早紀さんが、不器用に料理をする僕の側に
立って見ていました。
僕は、少しドキドキしながら料理を作って
いました。
あまり上手に出来なかった食事を早紀さん
は、「美味しいわ」といって食べてくれま
した。
夕食を食べた後、早紀さんは帰る気配がな
く、僕たちは他愛ない話をしていました。
その時、僕のスマホが鳴りました。
画面を見ると、結月ちゃんからでした。
僕は、ためらずに電話に出ました。
「もしもし」
「翔太君、結月」
「あっ、結月ちゃん」
「翔太君、今日ね、私、夕方にビーチに
行ったら、コーヒーこぼしちゃって・・」
僕は、一瞬、「早紀さんとビーチを歩い
ていたのを結月ちゃんが見て、驚いて
コーヒーをこぼしちゃったのかな」という
考えが頭を過ぎりましたが、「そんなこと
はない」と思うようにしました。
『そんなことはあったのよ、まさか、翔太
君が女の人とあのビーチを歩いているなん
て夢にも思わなかったから、ビックリして、
コーヒーこぼしちゃったんだから』と、
ユヅキが泣きそうな顔で言いました。
僕は、結月ちゃんが電話の向こうで僕の側
に今いる早紀さんの気配を感じないかが、
気になって電話に集中できないでいました。
何も悪いことはしていないのだが、結月ち
ゃんに勘違いされるのを恐れていました。
『女のカンを侮るな、電話の向こうに居る
気配は感じていたよ』
『私が思っていた翔太君でない気がしたん
だから』
『電話して、あの女性とは何もないんだと
安心したくって電話したのに、翔太の
バカ』
『「今から会いに行っていい?」って、
言おうとして言えなかったの』
『言ってれば良かった・・・』と、
ユヅキは、悲しげな顔になっていました。
僕は、あまり長話をするのは、なんだか
早紀さんに悪いという気もしながら結月
ちゃんと話をしていました。
二人の女性に挟まって電話しているような
落ち着かない気分でした。
そんな落ち着かない電話が終わりました。
「すみません長くなっちゃって」と、早紀
さんに僕は謝りました。
「うーうん、ぜんぜん、彼女?」
「イヤー、彼女と呼べるかと言われると・
・・まだそこまで残念ながらいってないよ
うな・・・」
僕は、結月ちゃんが言った「実は私今、
遠距離恋愛している彼がいて、・・・」と
いう言葉を思い出していました。
早紀さんは、その後も帰る気配が全然あり
ませんでした。
『もしかして、私の電話が火に油をそそい
じゃった?』
気が付くと、僕と早紀さんは床に寝そべっ
て雑誌を一緒に見ていました。
『ヤバい、ヤバい、ヤバいよ翔太』
雑誌のあるページがあまりにもくだらなく
って、それが引き金になって二人は子猫の
ようにじゃれ合っていました。
じゃれ合いの中で、僕の中の早紀さんが
姉になり、そして女になっていきました。
気が付くと、早紀さんの瞳を上から見つめ
る自分がいました。
早紀さんの瞳は、深い海のような色をして
いました。
その瞳が静かに閉じて行き、欲望と淋しさ
に負けた僕は、深い海に飛び込んでしまい
ました。
海に白い結月ちゃんという舟が浮かんで
いるのに、欲望という渦に飲まれていって
しまいました。
その夜、早紀さんはホテルに帰ることが
ありませんでした。
次の朝、早紀さんは、「私帰らないとね、
良い想い出ありがとう。 もう少し・・
うーうん、何でもない」と言って僕の頬
にキスをし、「さようなら」と言って帰
って行きました。
僕は、「もう少し・・」の後の言葉が気
になっていました。
『もー、男って本当にバカなんだから』
『バカ、バカ、バカ』
『最低』
『顔も見たくない』
その日、僕は結月ちゃんの僕に対する態度
が何かよそよそしくなったのを感じていま
した。
その時、僕は大きな取り返しのつかないこ
とをしたと悟りました。
『気が付くのが遅すぎー』と、ユヅキは
本当に怒っていました。
昨日の結月ちゃんの電話での「コーヒーこ
ぼしちゃって」の声が蘇ってきて僕の心を
突き刺しました。
あの声をもっと重く受け止めていればとい
う反省しても反省しきれない気持ちになっ
ていました。
結月ちゃんとう白い舟を見つけていながら、
僕は、欲望の深い海に飛び込んで溺れてし
まいました。
悔やんでも悔やみきれない気持でいっぱい
になっていました。
それから毎日僕は、結月ちゃんとの距離を
感じるようになっていました。
そんな時、僕の家で仲間たちとホームパー
ティーをすることになりました。
結月ちゃんもそのパーティーに参加するこ
とになっていました。
パーティー当日、僕の家のドアを開けると
そこに大輔君と一歩下がって結月ちゃんが
立っていました。
僕は、二人で来たのか偶然家の前で一緒に
なったのかが気になりましたが、笑顔を作
って二人を向かい入れました。
『ゴメン、翔太君のことが分からなくなっ
ていて、前から猛烈にアタックされていた
大輔君と付き合い出していたの』と、
ユヅキは首を垂れていました。
『その時の私の心の奥深くに、翔太君はこ
のぐらいしないと私を真剣に見てくれない
のではという気持ちがあったのかも?』
僕は、パーティー中、ずーっと大輔君と
結月ちゃんの動きが気になっていました。
みんなで記念撮影する時も、大輔君の横に
結月ちゃんが立って写真におさまってい
ました。
二人は、最初から最後まで一緒に並んで座
っていました。
いくら鈍感な僕も、二人が付き合っている
と確信しました。
パーティーが終わり、大輔君と結月ちゃ
んも一緒に帰って行きました。
パーティーの喧騒な音が急に無くなった
部屋に取り残された僕は、今までに味わっ
たことのない淋しさを味わっていました。
夜、スマホの画面を見つめながら、結月
ちゃんと電話していた頃を懐かしく思い
ながら、もう二度とかかってくることが
ないのだと思い知らされていました。
冷えた空気が僕の部屋を包みこんでいま
した。
ある日、そんな傷心を持った僕のところに、
大輔君から飲み会の誘いが来ました。
なんでも、大輔君と結月ちゃんの3人で飲も
うという誘いでした。
当日、居酒屋で待っていると大輔君と一緒
に結月ちゃんが現れました。
ビールで乾杯した後、日本酒の熱燗を何本
も空にしていきました。
結月ちゃんが、トイレに立った時に大輔君
が、「俺たちのこと、翔太に認めてもらい
たいんだ」と、切り出して来ました。
大輔君は、僕と結月ちゃんが仲良くしてい
て、僕が結月ちゃんに好意を持っているこ
とに気が付いていたようでした。
僕は、二人が付き合ってるのを知ってしま
った以上、僕は大輔君の言葉にただ、うな
ずくことしか出来ませんでした。
大輔君は、「俺は、ハカイダーだ」と、
自戒を込めて呟いていました。
結月ちゃんが戻って来たので、その話はそ
こで終わりました。
途中、僕がトイレに立った時、僕の足がふ
らつきましたが、結月ちゃんの前なので、
平気を装ってトイレに行きました。
自分でも驚くほど酔っていました。
トイレから戻って来てからも、大輔君は
どんどん僕に酒を勧めて来ました。
僕は、結月ちゃんの手前、今まで飲んだこ
とのない勢いで酒を飲んでいました。
最後に、僕は結月ちゃんの前で酔いつぶれ
て醜態をさらしてしまいました。
大輔君は、僕に結月ちゃんの前で僕に醜態
をさらさせたかったと、後日僕に暴露しま
した。
『大輔のバカ、私はそんな翔太君を見て
キュンとなったんだから』と、ユヅキは
小さく呟きました。
とにかく僕は、人生で最初で最後になるほ
ど酒を飲みました。
居酒屋の店主が、僕たちの酒の飲み方を見
て「最近、こんな風に酒を沢山飲むお客さ
んは見ないなー」と、言わしたほど飲みま
した。
そして僕は、人生で初めて記憶が飛んでし
まうという体験をしました。
そんな酔いつぶれ事件があった後、しばら
くして、結月ちゃんはお店を辞めて近くの
ホテルで働くことになりました。
大輔君と付き合っている結月ちゃんと毎日
顔を合わすのが辛かった僕としては、少し
ホットしたような、それでも結月ちゃんに
いて欲しかったような複雑な気持ちになっ
ていました。
『私も、翔太君と会うのが辛かったし、
大輔が翔太君と一緒に働いていて欲しくな
いということもあって決心したんだよ』と、
ユヅキは、翔太に理解を求める口調で言い
ました。
結月ちゃんを失った僕の心は、ポッカリと
穴があいたままでした。
そして僕は、その苦しみから逃げることを
決心しました。
「ここを離れよう」と、そう結月ちゃん
の近くにいるとどうしても結月ちゃんの
ことばかり考えてしまう。
そんな自分から決別するためにも、ここを
離れよと決心しました。
旅立ちの朝、大輔君が大型リムジン車を
ハイヤーして僕を駅まで送ってくれました。
派手好きの大輔君らしい演出でした。
結月ちゃんも一緒に来てくれていました。
三人それぞれの気持ちを詰めたリムジンは、
そんな三人の気持ちをよそに駅までの道を
走って行きました。
駅の改札まで来た三人は、そこが別れの
場所であり、新たなスタート地点だと感じ
ていました。
僕は、大輔君と結月ちゃんに向かって、
「今日は、ありがとう。 二人とも元気
でね」と、笑顔で最後の挨拶をしました。
「翔太も元気でな」と、大輔が答えて言い
ました。
『私が思っていた以上に、翔太君は、私の
ことを想ってくれていたんだね』
『ありがとう、翔太君』
『で、翔太君は私から離れてどうしていた
の?』
『また、2歳年上の女にでも出会たのかな?』
(赤い糸)
ユヅキは、アパートのドアの前で立ってい
ました。
ユヅキは、自分に向かって人が歩いて来る
のに気が付き振り向くと・・・
それは、翔太でした。
『翔太君』と、思わず声がでましたが、
もちろんその声が翔太に届くことはありま
せんでした。
翔太はドアの鍵を開けて中に入るなり、
「ゆづき」と叫びました。
『えっ、私が見えたの?』
ユヅキが翔太の顔を見ましたが、翔太は
ユヅキを見ていませんでした。
『えっ、もしかして私と同じ名前の2歳年
上の女でもいるの?』
ユヅキの心配は、翔太の足元にすりよって
来た、白い子猫を見た瞬間に打ち消されま
した。
翔太は、子猫を持ち上げて、「ゆづき、
ただいま」と、言って頬ずりをしました。
『なんか、わたしが翔太君に頬ずりされて
るみたい・・・なんか変な感じ』
『それにしても、女気がない部屋だけど、
翔太君、彼女できたのかな?』
ふとユヅキが、机の上を見ると写真立てに
入った写真が目に留まりました。
あの日、翔太君の家でのホームパーティー
で撮った集合写真でした。
大輔君と並んでいる結月も写っていました。
ユヅキは、その写真を見ていると懐かしく、
淋しく、悲しくなって来ました。
そんな気持ちのユヅキの耳元で、「結月」
と、翔太の声がしました。
ユヅキは、ドキッとしましたが、翔太は写真
の結月に声をかけたようでした。
『もう、ビックリさせないでよ』
ユヅキは、未だに翔太が自分のことを想って
くれていることを知り嬉しくなりました。
ユヅキは、あの駅での別れの後の翔太の記憶
をもっと見てみたくなりました。
僕は、結月ちゃんの住む街を離れて、実家
のある街に戻りました。
そこで、アパートを見つけて一人暮らしを
始めました。
仕事も見つかり、なんとか生活の形がつい
て来たら、急に結月ちゃんとの別れが辛く
なって来ました。
そんな時、仕事の帰りに段ボールに入れら
れた子猫と出会いました。
「可哀想に、お前捨てられっちゃったのか?
俺と同じだな」と、子猫に僕は話しかけて
いました。
白い子猫に見つめられた僕は、なんだか
結月ちゃんに見つめられている気がしてい
ました。
『翔太は見つめられるのに弱すぎなんだか
ら、でも、こんなに可愛い子猫ちゃんに似
ているなんて、ちょっと嬉しいよ』と、
ユヅキは、ニッコリしました。
僕は、子猫を段ボール箱から持ち上げて
一緒に家に連れて帰りました。
その子猫の名前は、迷わずに「ゆづき」と
しました。
子猫の「ゆづき」が家に来たことで、僕は
暗闇の中に小さな光を見つけた気分でした。
ある日僕は、あのホームパーティーの集合
写真の複製から結月ちゃんだけを切り抜い
てお守り袋の中に入れ、それをお財布の中
にしまい込みました。
写真でも良いので結月ちゃんと常に一緒に
いたいと思う気持ちがそうさせました。
僕にとっての結月ちゃんの存在は女神に近
かったのかもしれません。
『そこまで祭り上げられると、ちょっと引
いちゃうかも』
『それにしても今回は、翔太に女の気配が
ないのは、何故?』
『また、2歳年上の女が現れるのではと、少
し変な期待があったのに』
『えっ、もしかして女が嫌いになって男に
目覚めたとか?』
『次に翔太が出会った女性の所へ連れて行
って』と、ユヅキが願いをかけました。
(天女が舞い降りた)
氷のような病院の一室で、翔太は、結月に
すがってただ、泣くことしか出来ないでい
ました。
『とうとうここに来ちゃったんだ』
『てことは、私と別れてから翔太君は誰と
も恋していなかったってこと?』
『じゃ、翔太の記憶って私との再会からっ
てこと』
僕と結月ちゃんとの再会は、まるで映画の
いちシーンのように始まりました。
僕は、地下鉄から混み合うホームへ降りて
行きました。
人の川をかき分けるようにホームを歩いて
行くと、流れに逆らうように女性が立って
いました。
地下鉄の混雑する人混みの中に、まるで
天女が舞い降りて来たかと見間違うような
女性が立っていました。
その天女は、僕に微笑みかけて「翔太君」
と、声をかけて来ました。
地下鉄の出発ベルの音がその声にかぶさっ
てしまいました。
僕は、幻でも見ているのかと思ってしまい
ました。
そんな僕に、天女はもう一度「翔太君」と
僕の名前を呼びました。
天女の顔をよく見ると、結月ちゃんの顔に
似ていました。
「えっ、結月ちゃん」と、僕は驚きの声
を発していました。
「うん、久しぶりね翔太君」
目の前に、あの頃のままの結月ちゃんが立
っていました。
「よく僕に気が付いたね」
「なんか翔太君ぽい人がいるなーって思っ
て今・・・」
『本当は、翔太君が地下鉄に乗る時から気
が付いてたんだよ』
『でも、なんだか足がすくんでしまって、
一つ隣の車両から翔太君を見ていたの』
『これでも勇気だして声かけたんだから
ね』と、ユヅキが結月の代弁をしていまし
た。
「いやー本当に久しぶりだね、結月ちゃん
元気にしてた?」
「元気だったよ、翔太君は?」
「僕も元気だったよ」
「翔太君、これからどこかへ行く予定でも
?」
「いや、別に・・・」
「じゃ、お茶でもしない?」
僕は、天にも昇る気持ちになっていました。
ただ、大輔君と結月ちゃんの関係が気にな
っていましたが。
「うん、良いよ」
結月ちゃんと二人で歩きながら僕は、
「結月ちゃんと並んで歩く日が来るなんて
っ」と、心の中で感動していました。
カフェに入って座るなり、結月ちゃんが、
「私、大輔君と別れたの・・・」と、僕が
一番気になっていたことをいきなり打ち明
けて来ました。
いきなり気になっていたことを、結月ちゃ
んの口から打ち明けられてしまい僕は動揺
しました。
「えっ、どうして別れたの?」と、僕はあ
りがちな質問をしていました。
「大輔君、翔太君がいなくなるとなんだか
急にそっけなくなってしまった気がしてね」
『大輔君をそっけなくさせたのは私のせい
かも』と、ユヅキは呟いていました。
「そんな気持ちになるとね・・・」
「私たち1年も持たなかったの」
「そうだったんだ」と、答えた僕は、次の
言葉が出ませんでした。
僕は、結月ちゃんに何っと言って良いのか
が分かりませんでした。
そんな僕のことを察してか、結月ちゃんは、
話の話題を変えて「翔太君って今彼女とか
いるの?」と、聞いてきました。
「僕の彼女は今も結月ちゃんだけだよ」
と、言いたかったのですが言えませんでし
た。
僕は「いないよ」と、答えていました。
『翔太君て肝心なところでいつもこうなん
だから』と、ユヅキは頬を膨らませていま
した。
「お腹すいたね、ご飯食べに行かない?」
と、結月ちゃんが僕に聞いて来ました。
「うん、行こう」
僕は、結月ちゃんが以前に増して積極的な
ので、なにか年上の女性といるような錯覚
をおこしていました。
『翔太君は、グイグイ引っ張って行かない
とダメだと気が付いたからね』
僕たちは、居酒屋を見つけて入って行きま
した。
ビールで乾杯すると、結月ちゃんが「今夜
は飲んじゃうかも」と、テンションを上げ
て来ました。
「前は、翔太君が醜態見せたけど、今夜は
私が醜態みせちゃうかも」と言って結月
ちゃんは、ニッコリと微笑みました。
僕は、その結月ちゃんの笑顔がまた見れて
本当に幸せな気持ちになりました。
あの三人で飲んだ日、僕が酔いつぶれて
醜態をさらしたことを結月ちゃんは覚えて
くれていました。
そう言った結月ちゃんでしたが、お酒を飲
むペースは自制ぎみでした。
三軒目に、僕たちは夜景が見えるバーに行
きました。
結月ちゃんと二人きりでバーに入るのは、
昔、結月ちゃんと海辺のレストランで夕食
をし、その後二軒目のバーに行った時以来
でした。
あの時、結月ちゃんは僕に、「実は私今、
遠距離恋愛している彼がいて、この関係を
続けるべきか悩んでいるの」と、打ち明け
て来ました。
もしあの時僕が、「そんな男とは縁を切っ
て僕と付き合わない」と言っていたら今頃
二人はどうなっていただろうと一瞬考えて
しまいました。
僕と結月ちゃんは、あの駅での別れの日か
ら今日までの時間を取り戻そうとする勢い
で話をしました。
終電ギリギリまで、話に花が咲きました。
「結月ちゃんといると時間があっという
間に過ぎるよ」
「私も、久しぶりに会えて楽しかった」
「・・・・・・・・・・・」
僕は、神様が与えてくれたこの再会を
無駄にしてはいけないと思い、次の言葉
を絞り出しました。
「来週のクリスマスイブの夜、一緒に
結月ちゃんと食事がしたいんだけど、
どうかな?」
僕は、あの時と違って結月ちゃんの目を
見つめて言いました。
『翔太君、良く言ったよ。 それを私は
待っていたのよ』と、ユヅキは嬉しそう
でした。
「うん、良いよ」と、結月ちゃんはニッコ
リ笑って返事をしてくれました。
別れぎわ、僕は結月ちゃんに「家に着い
たらLINEのスタンプでもいいので送ってね、
夜遅くなってしまったので」と、言いまし
た。
「ありがとう。 心配してくれて。 バイ
バイ」と、手を小さく振って結月ちゃんは
改札に入って行きました。
僕が家に着いてしばらくすると、LINEに
「翔太君、今家に着いたよ。 今日は楽し
かったよ。 良い夢見てね。 おやすみ」
というメッセージが届きました。
翌日からクリスマスイブに行くレストラン
を必死になって僕は探しました。
しかし、クリスマスイブの夜のレストラン
をこんなクリスマスイブの間近で探すのは
思ってた以上に大変でした。
『翔太、場所のあてもなかったのによく誘
ったね。 でも、女の子がクリスマスイブ
に誘われたらレストランの期待値も爆上が
りだよ、本当に大丈夫なの?』と、ユヅキ
は少し心配していました。
なんとか僕は、コネを使ってイタリアンレ
ストランを予約することに成功しました。
次に、僕は人生最大の大勝負をすることを
決心しました。
クリスマスイブのレストランで、僕は結月
ちゃんにプロポーズすると決めました。
『翔太、焦って大丈夫、朝倉さんの時のよ
うになったらどうしようという不安はない
の?』
僕は、プロポーズの時に渡す指輪を探しに
宝石店に入って行きました。
人生で初めて、女性に指輪をプレゼントす
る僕に、宝石店の女性店員さんは、親身に
なって僕の相談にのってくれました。
僕は、結月ちゃんの誕生石が付いたルビー
の指輪を選びました。
(運命のクリスマスイブ)
鮮やかな色の花があふれ、花の香のする
花屋さんに負けないほど、華やぐ心の僕が
花屋に入って行きました。
クリスマスイブの当日に、僕は花屋さん
に寄り赤いバラの花束を買いました。
これは数年前、結月ちゃんと初めて夕食に
行った時に、
「もし、恋人からプレゼントされるとした
ら何が一番嬉しい?」
という僕の質問に結月ちゃんが答えたのが
「赤いバラの花束」
だったことを覚えていたからでした。
もちろん、赤いバラの数は12本にしました。
あの夜、12本の赤いバラの意味を結月ちゃ
んは、「どうしてだろうね?」と答えをは
ぐらかしていましたが、その1年後に、そ
の数の意味を知ることになって僕は驚きま
した。
12本の赤いバラの意味が、「私の妻になっ
てください」だったからです。
僕は、「あの夜結月ちゃんが12本の赤い
バラに込めた暗示に気が付くべきだった」
と後悔しました。
なので今夜、僕は結月ちゃんに12本の赤い
バラを渡す決心をしました。
『翔太君、あの夜のこと覚えてくれていた
んだね』
『そう、12本は私から翔太君への暗示だっ
たのよ』
『暗示が効くのに時間がかかっちゃたけど』
と、ユヅキは満足そうでした。
僕は、今夜結月ちゃんに、
「僕は、あの夜結月ちゃんを裏切ってしま
た、許してもらえるならもう一度やり直し
たい」
と言うつもりでした。
結月は、今夜翔太に、
「私、あの時何を信じて良いのか分からな
くなっていた」
ことや、
「大輔君と別れて本当の自分の気持ちが分
かった」
ことを伝えたいと思っていました。
また、翔太は今夜
「俺、結月のことをもっと知りたい」
と言うつもりでした。
『いや~ん、そんなこと言われたら
「キュン」と来ちゃうかも』
翔太は、恋が壊れるのが怖くて、今まで
自分の本心を相手にぶつけてこなかった
ことにようやく気が付いていました。
予定よりヘアーサロンで時間が取られて
しまい、約束の時間に間に合わなくなっ
てしまった結月は、翔太に
「ゴメン、少し遅れそう・・・」
とメッセージを書いて、少し迷いましたが
『スキ』
という言葉を追加しました。
なぜだか、『スキ』と打ちたくなってしま
いました。
そうしないと一生伝えられないかもという
不安がありました。
「なんだか今日の私、変だよ」
「クリスマスイブで浮かれてるのかも」
と思う結月がいました。
落ち着いた雰囲気のある店内の席は、若い
カップルで埋まっていました。
クリスマスツリーのオレンジ色の暖色の明
かりが、クリスマスイブのムードを盛り上
げていました。
ムードある曲が流れる中、翔太(ショウタ)
は、『スキ』とスマホの画面に表示されて
いる言葉をイタリアンレストランの席に座
って見ていました。
その『スキ』は、翔太が結月ちゃんから
もらった初めての『スキ』でした。 いや、
翔太にとってそれは人生で初めてもらった
「スキ」でした。
翔太の顔が、スマホの光と相まって輝いて
いました。
翔太の人生は、この「スキ」という言葉を追
い続けて来たようなものでした。
翔太は、今日初めて「スキ」という言葉を
結月ちゃんに使おうと思っていたのに、
結月ちゃんに先を越されてしまいました。
翔太の椅子の横に赤いバラの花束が置いて
ありました。
結月は、デパ地下を通り抜けてデパート
の裏道に出て行きました。
結月がまとっていた温もりが、急に冷えま
した。
雨が降り出した夕方の街は、光と闇が入り
混じる世界を醸し出して来ていました。
どこかでジングルベルの曲が流れているの
が聞こえて来ました。
結月は、ジングルベルの曲をハミングし
ながら翔太の待つ場所へ向かっていました。
結月が、最後に聞いたのは車の激しい
ブレーキの音だった。
「嘘、ブレーキの音がこの世の最後の音
なの?」
それが、結月の意識の最後でした。
翔太は、レストランで救急車のけたたまし
いサイレンの音を聞いていました。
(1年後のクリスマスイブ)
「君なしでは、生きていけない」
これが1年かけて出した翔太の答えでした。
僕は、涙を流しながら想い出のビーチを歩
いていました。
冬の海は、絶望した僕を呼んでいるようで
した。
この世の最後にもう一度だけ結月に会い
たかった。
赤いバラの花束を片手に、渡し損ねたルビー
の指輪を握って・・・
僕は、あの世の結月に会いに行くところで
した。
「死んではダメ」
『死んではダメ』
その時、ユヅキの声がしました。
ユヅキは、無駄とは知りながらも翔太に
抱き着き、必死に翔太を止めようとして
いました。
「死んではダメ」
また、聞こえて来ました。
僕が振り向くと、そこに女性が一人で心配
そうな目をして立っていました。
女性は、恐る恐る僕に向かって、「先ほど
私の店でバラの花を買って下さった方です
よね」と、話しかけて来ました。
「・・・・・」
僕は、ぼーっとその人を見ていました。
そうしていると、僕の記憶の奥からその人
の顔の記憶が蘇って来ました。
「早紀です。 覚えてますか?」
と、その人が僕を呼び起こすように小さく
叫びました。
その時僕は、あの夜の早紀さんとのことを
思い出していました。
海に白い結月ちゃんという舟が浮かんで
いるのに、欲望という渦に飲まれていって
しまった夜のことを。
あの早紀さんがそこに立っていました。
早紀さんは、僕が赤いバラの花束を買った
花屋のオーナーでした。
早紀さんは、僕が花屋に現れた時に僕を見
てドキッとしたのに、僕は何も感じていな
いようで、抜け殻のような僕を心配して後
を着けて来たということでした。
僕は、早紀さんに本当に自殺しようと考え
ていたことを打ち明けました。
僕は、すべてを早紀さんに打ち明けました。
あの夜のことがあって、結月と別れること
になったことも。
「ごめんなさい。 あの夜、電話で翔太君
が結月ちゃんと話しているの聞いていて、
翔太君を取られたくないって思っちゃった
の、結婚していたのにね私・・・」
「本当にごめんなさい」
「いや、早紀さんを責めるために話したわ
けでは・・・」
「違うの、私、結月ちゃんを傷つけたまま
で、亡くなってしまった結月ちゃんに申し
訳なくって、結月ちゃん本当にごめんなさ
い」と、早紀さんが涙をこぼしました。
「早紀さんの今の言葉、天国の結月に聞こ
えたと思うよ」と、僕も涙ぐみました。
涙をハンカチで拭いた早紀さんが、
「でも、翔太君にそこまで愛されて結月
ちゃん幸せだね」
「結月ちゃんを幸せにしたいなら死んだら
ダメだよ。」
「私がこんなに偉そうな口を利く権利はな
いけどね」
「まだ、結月ちゃんは、翔太君の側にいる
ような気がするよ」
『そうだよ、ここにいるんだよ、私は・・』
ユヅキの頬を涙がとめどもなく流れていま
した。
(翔太の愛)
翔太は、結月の「スキ』を、愛に昇華し
て上げることは出来なかった。
「永遠の愛って?」
僕の、これまでの恋は全てゴール(終わり)
を見て来ていた。
だが、結月との恋は、スタートラインに
立つことも許されなかった。
結月と手をつないで一緒にゴールしたか
った。
そんなことを考えていると、ゆづきが僕の
足元で「ニャー」と鳴きました。
「まだ、結月ちゃんは、翔太君の側にい
るような気がするよ」
という早紀さんの声を思い出していました。
「そうだ、僕には結月とゆづきがいるんだ」
ゆづきを抱き上げて、頬ずりをしていると
結月と頬ずりしている気がして来ました。
ユヅキも翔太の頬に自分の頬を寄せてみて
いました。
『翔太のぬくもりを感じるよ』
『このままずーっと感じていたいな』
とユヅキは幸せな気持ちになっていました。
翔太は、
「結月は、間違いなく側にいてくれている」
「そうだ、僕たちはもうスタートを切って
いたんだね」
「結月を感じられる間は、僕は結月と一緒
に走り続けるよ」
「どこまでも、一緒に・・・」
と思いました。
(エピローグ)
花屋で初老の男が、「あなたしかいない」
の意味を持つ赤いバラの花を一本買って出
て行きました。
「ありがとうございました」と、花屋の
初老の女性店主が頭を下げて初老の男を
見送りました。
花屋の若い女の店員が、「あのおじさん、
クリスマスイブに赤いバラの花買って行
くって、やるねー」と言いました。
「そうよ毎年40年間クリスマスイブに買い
に来てくれているのよ」と、女性店主が答
えました。
「えっ、40年? なにそれ?」
「そう、私たちがここに花屋をオープンし
たその年のクリスマスイブに来られてから
毎年よ」
「若くして恋人を事故で亡くしたそうなの」
「その事故の日が、クリスマスイブだった
のよ」
「それで、彼女との思い出のこの街に毎年
来て、彼女の「スキ」だったビーチに彼女
の「スキ」だった赤いバラを捧げているの」
「すごーい、私もそんなに想ってくれる
彼氏が出来ると良いのになー」
「そうね、私もあの人ともっと早く出会っ
ていたらって思う時があるのよ」
「えー、早紀さんあんなに良い旦那さんが
いるのにー」
「家では、ぜんぜんダメ亭主よ」
『翔太って罪作りな男だね』と、ユヅキは
早紀に話しかけていました。
『もしかして、翔太って2歳年上の女性を
引き付ける何かを持っていたのかも』
初老の男は、潮騒の音だけがする静寂な
浜辺にやって来ました。
日が傾いて行く中、波打ち際を初老の男が
歩いていました。
カニが、波が来ると逃げ、波が引くと追っ
かけていました。
「まるで、昔の俺の恋のようだ」
初老の男は、海辺に座って夕日が沈んで行
くのをぼんやり見ていました。
沈む夕日を見ていた初老の男は、淋しさを
払うように、「結月」と呟きました。
初老の男は、結月との想い出を回想して
いました。
初老の男の手に、結月に渡せなかった
ルビーの指輪がありました。
「もしあの時この指輪を渡して、結月と
結婚していたら、今年がルビー婚式だっ
たんだよ」と、結月に語りかけるように
呟きました。
『40年間、毎年ここに来てくれてありがと
う』
『私、とっても幸せだったよ』と、ユヅキ
は、心から幸せを感じていました。
キラキラと輝く波が、砂浜で静かな音を奏
でていました。
海辺の夕日の光の中に、男の黒い影が浮き
上がっていました。
ユヅキは、その男にそっと近づいて行き、
男の横に腰掛けて男の横顔を見つめました。
男は、ユヅキの視線を感じて振り向いた
瞬間・・・
初老の男は、驚きと感動のあまり口をあけ
て固まってしまいました。
しばらくして初老の男は、「結月」と叫
んでいました。
コクンとうなずくユヅキ
『ありがとう、ずっーと「スキ」でいてく
れて』
その一言を翔太に伝えるとユヅキは、細か
い無数の光の粒となり、翔太を包み込みま
した。
そして、太陽に吸われる光の川となって消
えて行ってしまいました。
静寂さを破るように、残された翔太の
スマホに、着信音が響きました。
スマホの画面に
『スキ』
の文字が表示されていました。
黄昏
薄暗くなった波打ち際を歩く翔太をスマホ
の明かりが照らしていました。
波間に、赤いバラが揺られていました。
ルビーの指輪が海深くに沈んで行きました。
あとがき
「想い出つづる」を書くまでは、恋愛小説
を書こうなんて夢にも思っていませんでし
た。
この恋愛小説は、あるnoteの記事で、見つ
けた「没曲」との出会いがなかったら、
この世に生まれていませんでした。
その「没曲」は、最終選考まで行ったが、
採用されなかったと書かれていました。
その言葉に押され、私は、「没曲」の
再生ボタンを押していました。
「こんな良い曲を作っていても世に出な
いんだ、惜しい」
「ドラマや映画の主題歌に使われれば良
いのに」
すっかり私は、その曲が「スキ」になって
しまっていました。
「なんとか世に出して上げたい」
次の日、ふとある考えが思いつきました。
「自分の書いた小説が、ドラマや映画で
使われたら、その主題歌に『没曲』が使っ
てもらえるのでは?」
それから、私は「没曲」の歌を何度も止め
ては戻しを繰り返して曲を聞いて、歌詞を
書き出していきました。
完璧に、書き出せませんでしたが、90%
近くは書き出せたので、歌詞の意味は良く
理解出来ました。
それから、何度か繰り返し歌詞を読み返し
ました。
益々、この「没曲」が好きになってしまい
ました。
そして、この歌詞に合う、恋愛小説が書き
たくなりました。
私は、歌詞に出て来る「スキ」をテーマに
した恋愛小説を書くことにしました。
そうして出来たのが、「想い出つづる」で
す。
今は、こんな運命的な出会いの場を与えて
くれたnoteに感謝しかありません。
思えば私がnoteを始めたのは、突然、原因
不明の病に侵されて休業を余儀なくされて
ワラにもすがる思いからでした。
noteで、少しでもお金を稼げないかと始め
たnoteでしたが、noteを始めて他人のnote
の記事に触れる度にnoteの本質を知ること
になりました。
つくる、つながる、とどける
まさに、この小説がそれを少しは実践出来
たのではと思っています。
最後まで、読んで頂き本当にありがとう
ございました。
