【第5話】ほんの小さな”動き”が引き起こしたクラッシュ!7月16日、私の体が教えてくれたこと
1. 回復の喜びが膨らんでいた7月

6月末から7月初旬にかけて、私は一気に体調が上向きました。
家事もこなせて、紹介状をもらうために内科にも行けて、
「もう、普通の生活に戻れるかもしれない」
そんな希望で胸がいっぱいでした。
寝たきりだった頃を思えば、生き返ったような毎日。
でも、この“気持ちの余裕”が、思わぬ落とし穴を作っていました。
2. クラッシュは“ほんの一瞬”で起きた

その日はいつも通り、タイマーで家事の区切りをつけていました。
ふとした瞬間、タイマーが突然大きな音で鳴り響き、私は驚いて反射的に小走りに。
・・・その数秒後。
左腕が徐々に痺れてきて、胸の苦しさが一気に強まりました。
「あ、やってしまった」
その瞬間、私はすぐに理解しました。
これが“クラッシュ”なんだ。
※クラッシュとは、頑張って動いたあとに数日〜数週間体調が大きく悪化するコロナ後遺症特有の症状です。
どれだけ気をつけて生活していても、
“たった一度の小走り”で身体が限界を迎えてしまう。
それがコロナ後遺症の怖さでした。
3. そこから再び“休む生活”へ逆戻り

急いでソファに横になり、深呼吸。
仕事中の主人にも連絡し、お昼に帰ってきてもらいました。
家事はすべて主人にお任せ。
念のため、枕元には尿瓶を置いて生活。
でも再び生活を制限されてしまいました。
でも同時に、こうも思いました。
「3月ほどではない。それなら、また戻れる。」
希望の光は、ちゃんと残っていました。
そしてこの日を境に、
私は「これ以上壊れないための生活の見直し」を本気で始めました。
4.体調は思っている以上に繊細

このクラッシュで痛感したのは、
調子がいいときほど、
無意識に負荷を上げてしまうということ。
外出も、会話も、家事も、
自分では「大したことない」と思っていても、
体にはしっかり負担として蓄積しているということ。
実際、7月は・・・
内科受診(次回の有料記事で詳しく書きました)
買い物
義母と2時間の会話
……など、今振り返ると「よく動いていたな」と思う日々でした。
そこで私は、
「動けるからやる」ではなく、
「これ以上壊れないためにどう過ごすか」
を一つ一つ見直すようになりました。
正直、かなり不便で、
かなり地味で、
気持ち的にも我慢が必要な生活でした。
でも、そのおかげで
8月以降は大きなクラッシュを起こさずに過ごせるようになりました。
目に見えて劇的に良くなるわけではないけれど、
少なくとも「これ以上悪化しない」状態を守れるようになりました。
今の私にとっては、
それが何より大きな前進でした。
5. 同じように悩むあなたへ

順調に回復していたのに、たった数秒の小走りでクラッシュ。
そんな経験、
誰もが「まさか?!」と思うはずです。
こんな経験は初めてでした。
そしてものすごくショックで青ざめました。
きっと同じ経験された方はそう思うはずです。
でも、この出来事を通して気づきました。
・「できること」が増えても、体はまだ“回復途中”
・ 動ける喜びは、動きすぎのサイン
・「少し物足りない」くらいがちょうどいい
家事を主人に任せることにも
最初は罪悪感がありましたが、
「自分を守る選択」 だと今は胸を張って言えます。
そして何より、
クラッシュは“終わり”ではありません。
クラッシュは「悪化」ではなく
「いったん休みなさい」
という体からの合図。
そう受け取れるようになってから、
私は「責める」より
「守る」選択ができるようになりました。
【次回予告】7月、内科受診で「紹介状」を頼むまでの葛藤

7月初め、私は「このまま一人で抱えられない」と思い、内科を受診しました。
その時はまだ、本記事のようにクラッシュするとは思っていませんでした。
次回の有料記事では、
かかりつけの内科で紹介状をお願いするまでの葛藤と、
当日どう伝えたか をまとめています。
「言い方がわからない」
「断られたらどうしよう」
そんな不安を抱えているコロナ後遺症の方やご家族の参考になれば嬉しいです。
あわせて、その後の8月の回復記録は無料記事として公開しています。
クラッシュから1か月後、
少しずつ「できること」が戻ってきた過程を記録しました。
