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【第15話】コロナ後遺症|話すだけで苦しかった私が、筆談で過ごしていた頃

1年前、私は話すだけで胸がピリピリ痛む時期がありました。

声を出して会話することが負担で、主人とのやりとりも、義母との会話も筆談が中心になっていました。

今ではその症状はほとんどなくなり、筆談をしなくても話せるようになりました。

あの頃は当たり前にできていた会話が、どれほどありがたいことだったのかを強く感じています。

今回は、筆談で過ごしていた頃のことを、今の気持ちで振り返ってみたいと思います。

話すだけで胸がピリピリ痛む時期があった

2025年3月中旬、コロナ後遺症で立ち上がるだけで息が苦しくなり、一時期寝たきりに近い状態になりました。

主な症状は息が苦しくなることでしたが細かな症状もさまざまでした。

そのひとつが、会話をすると気管支から胸の辺りがピリピリ痛む症状でした。

病院で心電図やレントゲン検査をしても異常なく、特に何もできることはないまま帰宅しました。

風邪の延長のようなものかな、自然と治ると思っていました。

でもなかなか良くならず、「一体何が起こっているのだろう」と、当時は不安しかありませんでした。

筆談が、私の大事なコミュニケーション手段になった

胸のピリピリが治らず、少し話をするだけでも息苦しさが続きました。

私は「無理をして会話したらひどくなるかもしれない」
と直感的に感じました。

本当は会話もしたくて仕方がなかったけど、

私は「筆談」をすることにしました。

家にあったノートとマジックペンで、日々の会話をしました。

「正直めんどくさい・・・」

と思いました。

小さな文字では少し離れた場所からは見えないので、太いマジックを使って大きな文字で書いていました。

そのため、自宅にあったノートは数日でなくなりました。

隣に住む義母も心配して、たまに庭の窓越しに様子を見にきてくれました。

その時も毎回、マジックで筆談していました。

申し訳ないな・・・と思う気持ちと同時に、今の辛さを理解してくれることへのありがたさも感じていました。


下着の買い物すら、自分でできなかった

昨年は、立ち上がることも、ネットショッピングすらできませんでした。

それまで使っていたポリエステル製の下着も、なんとなく着心地が悪く感じました。

神経過敏になっていて、肌がピリピリするような感覚があったのです。

本当は今すぐにでも違う下着が欲しい。

そう切実に思いました。

主人に相談すると、
「さすがに下着はお店で買いづらいし、どんなものがいいのかわからない」という話になりました。

そこで、「隣に住む義母に頼んでみたら?」ということになりました。

私は筆談で
「今の下着が肌に合わなくなって、綿などの素材の下着が欲しい」
と伝えました。

正直、健康であれば頼むことはなかったと思います。

でも神経過敏で肌への負担が強く感じられ、そうも言ってられない状況でした。

意を決して伝えてみると、思いのほか
「すぐに買ってくるね!」
という返事でした。

自分が悩んでいたことが少し恥ずかしくなるほどでした。

義母との関係はとても良好でしたが、

いざ下着の買い物を頼もうと思うと、
同じ女性同士でもやはり気が引けたんですよね。

でも下着を頼んだことをきっかけに、
他のもの(ノートやペンなど)の買い物も、不思議と頼みやすくなりました。

何か心のストッパーが外れた感じでした。

恥ずかしがってる場合ではない。

早くよくなりたい。

その思いの方が強かったのだと思います。

書くことだけはできたのが救いだった

ソファの上での筆談の様子

さまざまな症状に悩まされた、コロナ後遺症の初期。

そんな中でも、ペンを持って文字を書くことは体の負担なくできました。

それは本当に救いでした。

立ち上がることは難しくても座って、ペンを持って書くことはスムーズにできた。

それは不幸中の幸いだったと思います。

声を発すると胸がピリピリする、電話連絡もできない。

ネットの連絡すらもできない。

正直、今自分の身に何か起こったら連絡手段がなくなってしまう、という恐怖心がすごかったです。

主人が帰宅してから筆談をして、少しだけ会話することが、当時の私には救いでした。

今は筆談なしで話せるようになった

1年後の今は、筆談しなくても普通に会話ができるようになりました。

会話で胸がピリピリしたり、息苦しくなることもほとんどありません。

まだ、テレビを長時間見て大きな声で笑ったり、興奮しすぎたりしなければという前提はありますが、
それでもかなり元通りに近づてきたと感じます。

筆談していた頃のメモ帳を見返すと

「こんな頃もあったんだな・・・私よく頑張った!」

と今では思います。

文字ばかりだと気持ちが重くなるので、
愛犬ももちゃんのイラストを入れて、
少しでも気分が明るくなるようにしていたことも懐かしいです。

今は家族や、友人との電話も、30分以内と決めてできるようになりました。

これで何かあっても会話できる、助けを呼べる。

そのこと自体が、大きな安心感につながっています。

同じように悩むあなたへ

私はコロナに感染して、咳や鼻水、喉の痛みなどの症状は1ヶ月ほどで落ち着きました。

でも3月中旬以降、胸のピリピリとする痛みに悩まされ、筆談で生活することになりました。

筆談の経験を通じて、話せない苦しさを知りました。

そして、何かあったときに助けを呼べないことの恐怖も知りました。

私は下着の買い物を義理の母にお願いしことで、

自分でできないことがあれば恥ずかしがらずに頼ることが大事なんだ

と学びました。

コロナ後遺症で悩まれている方は何でも自分でやろうとしすぎず、
誰かに頼ることも大切かもしれません。

恥ずかしさは一瞬。

でも、そのストッパーが外れた時、見えてくるものもあるのかもしれません。

まとめ

私は1年前、胸がピリピリと痛んで、会話すらまともにできず、筆談で過ごしました。

今は回復して、普通に会話できるありがたさを身に染みながら生活しています。

これは私にとって、大きな回復のひとつです。

まだ息苦しさも続いているけれど、少し希望の光が湧いてきたこの頃です。


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