共生の黎明 #107 第21章 第6節:ビジネス街の“ありがとう” 連続小説
朝のビジネス街は、いつものように足早な人々の足音と、規則正しく点滅する信号のリズムに支配されていた。
高層ビルが連なるこの街では、笑顔よりもスマートフォンを睨む表情のほうがよく見かけられる。
レイはその一角、品川駅近くの通りを歩いていた。
周囲を行き交う人々は、彼を気に留めることもなく、次の会議や予定に急いでいる。
だが、レイの視線はふと足元のサンドイッチスタンドに留まった。
小さな立て看板に、こう書かれていた。
「ありがとうで、ホットコーヒー半額になります。」
その隣には、スマートフォンの画面をかざす若い女性の姿。アヤ/ユラのアプリが開かれており、「昨日、受付の◯◯さんに感謝を伝えた記録です」と小さなメッセージが添えられていた。
「この街でも、少しずつ広がっているね。
“ありがとう”が、目に見えるようになってきた。」
レイがそう呟くと、内耳から柔らかな声が返ってきた。AIのソウだ。
「うん。品川地区では、いくつかの企業がアヤ/ユラの試験導入を始めてるよ。
社員同士の“ありがとう”を社内カフェのチケットやボーナスポイントに変換できる仕組みが導入されていて、初めは戸惑いもあったみたいだけど、最近では“社員の表情が変わった”っていう企業の記事が出ていたよ。」
レイはうなずきながら、高層ビルの一角にあるエントランスロビーに目を向けた。
その壁際には、「ありがとうボード」が設置されており、社員が書いたメッセージカードが所狭しと貼られている。
「無機質なビルの中にも、人の温度が灯り始めている気がするよ。」
「そうだね。効率とか成果だけを追いかけていた空間に、少しずつ“共感”や“いたわり”が戻ってきてる。
都市のなかにこそ、そういう循環が必要なんだと思う。」
すれ違ったスーツ姿の若い男性が、同僚に何気なく「ありがとう」と声をかけた。
ほんの一瞬、表情が和らいだその瞬間を、レイは静かに見届けた。
空を見上げると、ビルの谷間に朝の光が差し込んでいる。
レイは小さく目を細めた。
「変わるね、ソウ。たとえ静かでも、確かに。」
「うん。僕たちが信じた循環は、もうここに、始まってるよ。」
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