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共生の黎明 #140 第26章 第4節:心に触れる場所 連続小説

視察団の滞在は数日間にわたった。
A市の中心部や郊外だけでなく、周辺自治体の山間の集落や漁港町まで。

訪れる先々で「アヤ/ユラ」がどのように息づいているかを見て回った彼らにとって、もっとも印象に残ったのは、思いがけない場所で出会った“静かな場”だった。

それは、H市の外れにある、かつての廃校を改装した小さな福祉施設だった。

高齢者の居場所でもあり、障がいのある人たちが働き、近所の子どもたちが自由に立ち寄る場でもあった。

正式な肩書きも、明確な所属も必要なく、ただ「今日、来たいと思ったから来た」という理由だけで迎え入れられる空気があった。

施設の中には、古い木のベンチとテーブルが置かれたスペースがあり、誰かが淹れたお茶と手作りのお菓子が置かれていた。
人々は輪になり、言葉を交わしたり、ただ黙って座ったりしていた。
誰が主で誰が従かという区別もなく、時間が、穏やかに流れていた。

ある視察団の一人が、そっと問いかけた。

「この場には“サービス”や“目的”があるようには見えないですね。いったい、ここでは何が交換されているのですか?」

施設を運営する女性は、少し微笑んで答えた。

「ここでは、“誰かが誰かの存在を感じている”っていうことが、大事なんです。それが見えない価値で、アヤで、ユラなんですよ」

その言葉は、通訳を通じてゆっくりと伝えられたが、不思議なほど、すぐに意味が通じたようだった。
視察団の中の一人が、何かを振り払うようにメモを閉じ、目を閉じて深く息をついた。
別の一人は、そっとスマートフォンを取り出し、施設の壁に飾られていた子どもたちの絵を撮影した。

「これは、制度では再現できないですね」

誰かが呟いたその声に、誰も返事をしなかった。ただ、室内の穏やかな雰囲気と、外の風の音が、しばらくのあいだ空間を満たしていた。

視察団は、帰国後の報告書に、この場所のことをどう書けばよいのか悩んだという。
経済効果でも、制度設計でも説明できない何かが、確かにそこにはあった。

しかしその曖昧さこそが、日本という国の“深層”なのかもしれない……そう記された断片が、彼らの母国でも静かな波紋を広げていくことになる。


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