【週末図書】#6 『おいしいごはんが食べられますように』(著:高瀬隼子)/ “食べるのが作業”だった頃、自分にもあったなぁ…。
2022年に芥川賞を受賞した作品。
タイトルと表紙だけ見ると、いかにも美味しそうなご飯が出てきそうなほっこり小説なのですが、全くそんなことはないのです。
「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」
心をざわつかせる、仕事+食べもの+恋愛小説。
職場でそこそこうまくやっている二谷と、皆が守りたくなる存在で料理上手な芦川と、仕事ができてがんばり屋の押尾。
ままならない微妙な人間関係を「食べること」を通して描く傑作。
二谷と芦川さん、押尾さん。三人を中心として描かれる小説で、読み終えると誰かの悪口を書きたくなってしまう(笑)
それほど、自分の身近にいるようなキャラクターであり、人間のいいところだけでなく、嫌なところがちゃんと垣間見えます。
キャラクターそれぞれのモラル感に「えっ!」「はい?」とか言いたくなるのです。
個人のキャパに合わせて仕事をする今の時代。
「しんどい」と言える人間の方が優先され、その人に合わせて仕事量を調整できる会社が評価されます。
頑張れる人が頑張り、割りを食っていたりもする。
仕事をしない人はそれ相応の評価であればいいのだけど、芦川さんは早退したのに次の日お菓子を作ってきて、職場のみんなのポイントアップ。
仕事ができる=強い存在、とは限らない。
現代の働き方に合わせた弱肉強食の構図は少し変わってきています。
職場の力学への共感がすごく感じ取れるしょうせです。
さて小説の中で、二谷の食に対する考え方の話がありました。
二谷は、これまで生きてきて『食べることが好きではない』ということなので、少し違うかもしれないのですが、私も食べることが、ただの作業だった時期があります。
独身時代、仕事がバタバタでもう“お腹が空いてることが面倒”。
でも毎日お腹はすく。それも一日3回。コンビニのおにぎり、スーパーの惣菜、明日の朝もなんか胃には入れておかないと…味は?よく覚えてない。
もっというと食べることだけじゃなくて、“その後”のことも全部面倒。
洗い物は最小限にしたいし、できれば出さずに済ませたい。
だから、納豆のパックを買ってそのまま割り箸で食べてポイ。さとうのごはんの一角にスペースをつくってレトルトカレー流し込み→使い切りで捨てる。とか省エネ食を意識してました。
妻と付き合った当初、さとうのごはんをパックのまま食べてたら「なんで茶碗に盛らないの!?」と言われ、お互いカルチャーショックだったようです。
『おいしいごはんが食べられますように』で、二谷が何も考えずにカップラーメンをすすっている場面を見たとき、昔を思い出して「なんかわかる」気がしました。
結局、食事も、睡眠も、人間には必要なものだけど、何かに追われてたら、決していいものではない。
食事を楽しいと思うためには、ゆとりが必要な気がします。
実際、年齢を重ねて、結婚して、少しだけ生活に余裕ができて、気づいたら、ちゃんと味わってごはんを食べる時間が、増えていました。
夫婦で一緒にごはんを食べるようになると、自然と“何を食べるか”にも気を配るようになります。
昔は「空腹が埋まればそれでいい」と思ってたのに、今は味噌汁の出汁ひとつも色々試している日々です(笑)
少し話はずれてしまったのですが、二谷と押尾さんの二人と、芦川さんの生き方には、どこか『余裕の差』があるように感じました。
この余裕が、押尾さんにとっては腹立たしく、二谷にとっては安らぎになっている、なんだかそんな気がしたのです。
小説のあとがきは一穂ミチさんで、ビシバシ決まりまくっていて心地よかったです。
最後までご覧いただきありがとうございました!
