78歳の母が転倒して狼狽の日々①
1月8日(木)早朝5時21分に、母からLINE電話が来た。
「動けない」と。
早朝から、寝ぼけてるか、ふざけてるのかと思った。
一旦電話を切ったが、またすぐにかかってきた。
その後のことは、兄弟用のグループラインに自分でまとめてあった文章をそのまま転載する。
今日は早朝に、母からライン電話。
ベッドから落ちて、動けないとのこと。
フローリングの床は冷たいので、本当に危ないかもと思い、実家へ急行。
15分後、実家に到着。
部屋は寒いし、床は冷たい。
母は床に横たわったまま。
起き上がろうとする気持ちはあるけど、力が入らない様子。
暖房で部屋を暖めて、
起き上がらせて、
お湯を沸かして、
熱いお茶を飲ませました。
意識はしっかりしてるけど、気温が低いので、筋肉と内臓の機能が低下している感じ。
下肢がだいぶ浮腫(むく)んでいる。腎機能が低下か?
体重は55キロ。
本人曰く、最近5キロ太った、と。
実家には、7時半まで居ました。
灯油ファンヒーターの調子が悪い。「給油」表示が点滅。フィルタの汚れがヒドイ。中の灯油タンク内にもホコリやゴミが沈んでる。一応、見える範囲の汚染物は取り除きました。
まだ「給油」表示は点滅したまま。
以上、
今後何かあった時のために、共有しときます。

その日1月8日の夕方(18:30)に妹からLINEが来た。
「お母さん、またコケたらしい」と。
昨年夏あたりから、時々(月に1回くらいのペースで)コケた連絡を受けていたので「またか」という感じで、驚かなかった。
毎回そんな感じで、本人も自慢げに一種の ”武勇伝” のように話すので、今回も大して深刻には受け止めなかった。むしろ聞き流した。
翌日の1月9日の午後、母を訪ねた。
前日の朝にも顔を合わせているので、いつも通りに実家に入った。
僕「コケたらしいなぁ?」
母「そやねん。玄関を出て、門の方へ走って(妹を)追いかけたら、つまずいてクルッと1回転して体が動かへんねん。」
寒い時期、母は家の中でも帽子を被りマスクをしていることが多いので、この時も特に顔の状態を確認するようなことはしなかった。
声はまあまあ元気で、その時点では僕も「いつものこと」という感覚は消えていなかった。
僕「昼ご飯、もう食べた?」
母「食欲ないから食べてないねん」
僕「ちょっと外に食べに出ようか?」
母「体がどこもかしこも痛いけど、せっかくやから行くわ」
そんな会話を交わした後、車に乗り込み出かけることにした。
ところが、玄関を出るまでは痛そうにしているのが分かったが、
玄関を出てからガレージまでの移動がとんでもなく遅かった。
車の助手席にお尻を乗せてからも、両脚を車内におさめるのに、分単位の時間を要した。
ずっと「痛い痛い! アンタは分からへんやろうけど、痛いねんで!」と繰り返した。見ている僕も痛そうなのは分かったので、それに対しては何も言い返さなかった。
それから15分くらい車を走らせて、ファミレスに入った。
車を降りるのも時間がかかった。
車を降りてから、駐車場を横切って、入口に入り座席まで、ほぼヨチヨチ歩き状態。
案内された座席に座り、母はホッとした様子。
ここでようやく母はマスクを取った。
「ええっ!」
僕は大声を上げてしまった。

「そんな大怪我してたん?」出血の跡もまだ生々しいし、青タンも打撲跡も。その場に来るまで気づかなかった自分が恥ずかしくなった。
(つづく)
