「ITニュース」|中国が NVIDIA を締め出す——2 兆元 AI 計画と「国産チップ 80% 義務化」の実像
はじめに
2026年6月9日、Bloomberg が報道し、6月22日には TechTimes 等が詳細を伝えました。中国の国家発展改革委員会(NDRC)が、総額 2 兆元(約 2,950 億ドル)規模の AI データセンター整備計画を策定中であることが明らかになっています。この計画の最大の特徴は、使用する AI チップの 80% 以上を Huawei Ascend などの国産品から調達する義務化条項が草案に盛り込まれているという点です。
この記事では、中国がなぜ今この計画を打ち出したのか、そして NVIDIA を筆頭とする米国製チップを事実上排除することが技術的に実現可能かどうかを、公開情報に基づいて整理します。
※ 本記事の情報は執筆時点(2026年6月23日)の公開情報に基づきます。草案段階の計画を含むため、内容・数値が変更される可能性があります。
この記事での用語

1. 何が起きたのか(結論)
2026年6月9日: Bloomberg が報道。NDRC が 2 兆元(約 2,950 億ドル)、5 年間の国家 AI データセンター整備計画を策定中
AI チップの 80% 以上を国産品(Huawei Ascend 等)から調達する義務化条項が草案に含まれるとされる
NVIDIA と AMD は事実上この計画から排除される構造
NVIDIA は H20 チップを 2025年4月に輸出禁止。H200 の条件付き再解禁(2026年1月)後も、中国当局が実際の購入を承認しない非対称構造が続いている
2026年初頭だけで H20 在庫・契約不履行により NVIDIA は約 105 億ドルの損失を計上
重要な留保として、今回の報道には 2つの異なる政策文書が混在しています。「80% 義務化」を含む発改委の草案計画は公式文書が未公表であり、法的拘束力・施行時期は未確定です。工信部が同時期に発布した《"人工智能+信息通信"创新発展実施意見》(工信部通信〔2026〕121号)は正式文書として確認されていますが、こちらはネットワーク整備義務を規定するもので、チップ調達比率の直接規定は含まれません。
忙しい方向けに一言でいうと、
「中国政府が約 2,950 億ドルの AI 計画で NVIDIA を事実上ゼロにする国産チップ義務化を草案中だが、公式文書は未公表で、Huawei Ascend の技術制約から 2028年の 80% 達成は不透明」——中国 AI チップ戦争の現在地
2. なぜ今なのか——輸出規制の積み重ねと DeepSeek ショック
中国の国産チップ義務化計画は突然出てきたものではありません。2022年以降の米国による段階的な輸出規制が積み重なった結果です。
輸出規制の年表

この規制の積み重ねの中で起きた転換点が、2025年1月の DeepSeek-R1 リリースです。「制限版チップでも高品質な AI が作れる」ことを世界に示したこの出来事は、中国にとって「チップ性能の劣位はアルゴリズム最適化で補える」という路線の実証となりました。
国産チップ義務化計画はこの路線を延長したものです。「NVIDIA のような最先端チップがなくても、国産チップ上での最適化を進めれば AI 強国になれる」という賭けに、国家資本を投じる戦略といえます。
3. Huawei Ascend の実力——性能比較と正直な評価
80% 義務化の実現可能性を考えるうえで、Huawei Ascend の現在の性能と制約を把握することが不可欠です。
主要 AI チップの性能比較

注意点が 2 つあります。Ascend 910C の「H100 比 60〜80%」は推論タスクのみでの実測値です。訓練(ファインチューニング)性能の独立検証データはありません。Ascend 920 の 900 TFLOPS は公称値であり、独立した第三者検証は執筆時点では未実施です。
Huawei Ascend の主要課題
歩留まり率が最大の壁:
Ascend 910B の歩留まりは 2024年時点で約 20%(業界標準 60% に対して非常に低い水準)でした。910C は 2025年2月時点で約 40% に改善しましたが、目標の 60% にはまだ達していません。
HBM ボトルネック:
AI チップに必須の高速メモリ(HBM)は SK Hynix・Micron が世界の大半を製造しています。両社の HBM3E は NVIDIA 向けで事実上完売状態が続き、中国への供給制限が続いています。中国国産 HBM メーカーの CXMT は 2026年末でも初期量産段階にとどまっています。
製造ノードの限界:
SMIC(中国最大のファウンドリ)は 7nm 相当(N+2)が量産の上限です。EUV 装置へのアクセスが封鎖されている限り、3nm 以下への到達は構造的に難しい状況です。
4. 80% 義務化の実現可能性——楽観・悲観の両シナリオ
楽観シナリオ(達成に近づく条件)
Ascend 910C の歩留まりが 60% に到達し、2026年に 60 万ユニット以上の生産を達成できた場合
CXMT が HBM3 の量産を 2026年末に開始し、HBM ボトルネックが緩和された場合
CloudMatrix 384 のようなシステムレベルのスケールアウト戦略で、単体チップの性能差を補えた場合
悲観シナリオ(達成困難な条件)
米外交問題評議会(CFR)の試算によると、中国国内サプライヤーは 2030年時点でも AI チップ需要の 76% しかカバーできないと予測しています。また 2027年時点では、米国最先端チップが Huawei 最良品の 17 倍以上の性能差に拡大する可能性があります。
総合評価: 2028年の 80% 義務化は「技術的には達成困難だが、完全な不可能ではない」という状況です。HBM ボトルネックの解消と歩留まりの改善が達成できるかどうかが、最大の分岐点となります。
5. 米中 AI 投資の正しい比較
$2,950 億という数字が報道されると「米国の AI 投資と同規模」というイメージが広がりがちです。しかし、期間が異なります。

単年換算では中国 $590 億に対して米 Big Tech $7,250 億で約 12 倍の差があります。ただし中国は「国家集中投資 × 国産チップ義務化」という形でリソースを特定の方向に集約する戦略であり、規模の劣位を方向性の集約で補う賭けに出ています。
6. 台湾有事リスクとの連動
中国の国産チップ義務化計画は、単なる技術追いつきではなく、台湾有事を見据えた安全保障上の布石という側面があります。
TSMC は世界の 7nm 以下先端チップの 90% 超を製造しています。台湾有事が起きれば、TSMC に依存する国は AI インフラの供給を失います。中国の国産チップ義務化は「TSMC なしで AI を動かせる体制」の構築を意味しています。
専門家推定による台湾海峡有事の確率は 2027年以前が最高リスク期とされており、この時間軸と国産チップ義務化の目標年(2028年)が重なっています。
7. 短期・中期・長期の整理
時間軸定義:
短期: 0〜3か月
中期: 3か月〜1年
長期: 1年以上
7-1. 短期(0〜3か月)
予想される動き: 中国国内の AI 企業が Huawei Ascend への移行を本格検討するシグナルとなる。NVIDIA の中国向け H200 売上回復がさらに難しくなる
不確実性: $2,950 億計画はまだ草案段階で、正式公表・発効のタイムラインが未確定
効果が出にくい条件: 計画が政策立案段階で骨抜きになり、中国企業が海外チップ調達を継続した場合
7-2. 中期(3か月〜1年)
予想される動き: Huawei Ascend の生産量増加(2026年 60〜80 万ユニット目標)が達成できるかどうかが最初の試金石。CXMT の HBM3 量産が始まれば展開速度が上がる可能性がある
不確実性: Ascend の歩留まり改善(現在 40%、目標 60%)が達成されるかどうか
効果が出にくい条件: HBM 国産化が 2027年以降にずれ込み、義務化計画が実質的に形骸化した場合
7-3. 長期(1年以上)
予想される動き: 中国が「並行エコシステム」の確立に成功すれば、AI 分野での米中技術デカップリングが完成する。NVIDIA にとって中国市場は事実上のゼロ市場化が確定し、欧州・中東・インド・日本への代替市場の積み上げが急務となる
不確実性: DeepSeek ショックが示したように「性能劣位の補完」の限界がどこにあるかは現時点で不明
効果が出ない条件: 米中間で AI チップに関する大型取引・合意が成立し、規制が大幅緩和された場合
8. 混同しやすい点

9. まとめ
中国の $2,950 億 AI 計画における国産チップ 80% 義務化は、草案段階の計画ながら方向性は明確です。NVIDIA の CUDA エコシステムに依存しない独自の AI 技術スタックを、国家資本で強制的に確立しようとする試みです。
短期的には Huawei Ascend の歩留まりと HBM ボトルネックが最大の制約ですが、DeepSeek が示したように「劣るチップでも最適化で補う」路線は成立しえます。義務化計画の法的効力が確定するまでの間は、数値の変更や猶予期間の設定が入る可能性があることも念頭に置いておくと役立ちます。
NVIDIA 株式・半導体セクターへの投資を検討している方は、中国市場の全体比率(直近で全体の約 5%)と欧州・インド・中東への代替市場成長を合わせて評価することをお勧めします。日本の半導体・AI 企業担当者は、対中輸出規制の影響と Rapidus 等の国内代替投資の進捗を継続してモニタリングすることが有効です。
主な参照
China AI Data Center Grid Locks Out Nvidia(TechTimes, 2026-06-22)
China prepares $295 billion plan(Bloomberg/Yahoo Finance, 2026-06-09)
China's AI Chip Deficit — Why Huawei Can't Catch Nvidia(CFR)
DeepSeek research: Huawei Ascend 910C delivers 60% H100 inference(Tom's Hardware)
Big Tech's AI spending plans reach $725 billion(Tom's Hardware)
US takes step to halt Nvidia AI chip shipments to Chinese firms(CNBC, 2026-05-31)
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免責
本記事の情報は執筆時点(2026年6月23日)の公開情報に基づきます。$2,950 億計画は草案段階であり、正式発表前に数値・内容が変更される可能性があります。チップ性能比較は出典・測定条件により大きく異なります(特に Ascend 920 の公称値は独立検証が未実施です)。台湾有事の確率推計は専門家の主観的評価であり、実際の動向を保証するものではありません。本記事の内容は投資・調達意思決定の根拠とするには専門家への個別相談が必要です。輸出管理規制は随時変更される可能性があります。
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