『四国の虫は飛んでいけ~!』
2026年6月 梼原町茶や谷にて
『四国の虫は飛んでいけ~!』
空はまだ青みを残す薄暮の時間帯、写真の中では白いガードレール沿いの道を、燃えさかる竹の松明を手にした人々が一列になって歩いている。
傍らには小さな流れが下り、対岸には田んぼが広がる。
右手には苔むした岩肌と杉の森が迫り、火の粉が宙に舞う。
参加者は帽子をかぶり、軍手をはめ、思い思いの普段着姿で、慣れた足取りで松明を運んでいく。
これは梼原町四万川地区周辺で毎年受け継がれている伝統行事「虫送り」の光景である。
虫送りとは何か
虫送りは、農薬が普及していなかった時代に、稲などの農作物につく害虫を松明の火や鉦・太鼓の音で追い払い、五穀豊穣と無病息災を祈願した農耕行事である。
かつては日本各地の農村で広く行われていたが、農薬の普及とともに姿を消していき、今では見られる地域が限られる、貴重な民俗行事となっている。
茶や谷(梼原町六丁地区)の虫送り
梼原町では、四万十川の上流にあたる四万川川・中の川川沿いの六丁地区(六丁、茶や谷、本も谷)で、毎年6月29日にこの虫送りが行われている。
開始時刻は場所によって多少異なるが、おおむね18時30分から19時ごろ、日が沈みかける薄暮の時間帯に始まる。
梅雨のさなかにあたるため雨に見舞われることも少なくないが、小雨程度であれば予定どおり実施されるという。
参加者は竹の松明に火をともし、田んぼの脇を鉦や太鼓の音とともに列をなして練り歩く。
暗がりの中に浮かび上がる炎の連なりは、農薬に頼らず自然と向き合ってきた山里の暮らしと祈りの形を今に伝えている。
消えゆく光景を守る人々
こうした虫送りは全国的にはすでに珍しい風習となっており、梼原町のこの行事にも、毎年多くの写真愛好家が訪れて記録に収めている。
写真に写る一人ひとりの表情や所作には、決して華美ではないが、世代を超えて受け継がれてきた務めを淡々と果たす姿がにじむ。
棚田を潤す四万川のせせらぎと、山の緑、そして手から手へ渡る松明の炎。
それらが重なり合う数十分間に、梼原の夏の始まりが静かに刻まれている。
