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『虫送り~交通安全を願って』

2026年7月 高知市にて
『虫送り~交通安全を願って』

山間に響く鉦と太鼓 ― 高知市土佐山高川の百万遍(大数珠繰り)と虫送り

集落の坂道で出会った、ひとつの祈りの形

高知市の中心部から鏡川をさかのぼり、山あいへと分け入っていくと、土佐山地区・高川の集落に着く。

人口わずかな山里だが、ここには何百年と受け継がれてきたであろう、ひとつの行事が息づいている。

「土佐山高川百万遍(ひゃくまんべん)」

大きな数珠を大勢で送り合いながら念仏を唱えるこの行事は、もとをたどれば京都・知恩寺に由来するといわれる。

かつて後醍醐天皇の御代、京都で大地震と疫病が相次いだ際、知恩寺の空円上人が七日七夜にわたり念仏を百万回称え、悪疫退散を祈願した。

それが治まったことから天皇より「百万遍」の号と大念珠が下賜され、以来「念仏を大勢で唱えれば、その功徳は互いに融通し合い、莫大なものになる」という考えのもと、大きな数珠を車座になって送り回す「数珠繰り」が各地に広まっていったとされる。

高川の百万遍も、こうした流れを汲む行事のひとつなのだろう。

鉦の音が告げる、行事の始まり

当日、まず地区の方が鉦を50回ほど打ち鳴らし、百万遍の始まりを地区に知らせる。

その音を合図に人々が集まり、やがてお坊さんが到着すると、お堂の中で大数珠送りが始まった。

お堂の中は決して広くないため、参加者はお堂の中と縁側に分かれて数珠を回す。

縁側、つまり外で数珠を送る人は、数珠を持ち上げながら隣へ送らねばならず、なかなか体力を使うのだと聞いた。

念仏を唱えながらの仏事はおよそ20分ほど続き、大きな数珠が一珠一珠、参加者の手から手へと静かに巡っていった。

数珠送りが終わると、地区の方々は昼食をとる。

そのあと、鉦と太鼓を打ち鳴らしながら軽トラックで地区を巡る。

急な坂を登ってはまた下り、下ってはまた登る。

かつては人の足でこの坂道を歩いて回っていたというが、住民の高齢化もあってか、今では軽トラックに乗って巡っている。

移動の手段は時代とともに変わっても、鉦と太鼓を鳴らし、地区の隅々まで祈りを届けるという行為そのものは、変わらず受け継がれている。

この巡行は、単なる百万遍の締めくくりではない。

もうひとつの大切な役割を担っている。

それが「虫送り」だ。田植えを終えたばかりの田んぼに虫がつかないように、豊かな実りを願う虫送りは、全国の稲作地帯に広く伝わる初夏の行事である。

多くの地域では、鉦や太鼓を打ち鳴らしながら村境まで練り歩き、そこで害虫や災いを集落の外へと送り出す。

高知県内でも、隣接する土佐町などに同様の伝承が残っており、稲を守るための素朴で力強い祈りの形として今も息づいている。

高川の百万遍もまた、この虫送りを兼ねた行事なのだろう。

竹の太刀と草履、地区の境へ

軽トラックには、竹で作った太刀と草履が載せられ、集落の中を回りながら、隣の地区との境目まで運ばれていく。

そして、そこに草履や太刀を飾るのだという。

写真に写っているのは、まさにその最後の場面だ。

写真では草履の陰になって見えないが、竹の先端にはもう2本、大きな半紙に「虫送り」「交通安全」と書かれたものを結わえた竹も立てられていた。

草履には雨風から守るために透明なビニールが丁寧に被せられている。

少しでも長く、この土地を見守ってくれるようにという願いが込められた工夫なのだろう。

二人の男性が慎重に位置を調整する。

傍らでは、麦わら帽子の女性や、腰に手を当てて見守る年配の男性が、静かにその作業を見つめている。

深い緑に包まれた山道の脇、道路との境界に静かに立てられていくその姿は、集落と外の世界とを結ぶ、ささやかな結界のようにも見える。

びわの葉が伝える、もうひとつの知恵

話は少し戻るが、お堂での仏事が終わったあと、参加者にはびわの葉が配られていた。

聞くところによると、ひとり二枚ずつ手渡され、田畑の境に立てた竹の先に挟んでおくと、虫が寄ってこないと言い伝えられているそうだ。

びわは古くから民間療法にも用いられてきた植物だが、それを虫除けのお守りとして畑の境に挟むという知恵は、この土地ならではの、暮らしに根ざした伝承なのかもしれない。

もうひとつの願い、交通安全

竹竿には太刀や草履とともに、「虫送り」「交通安全」と書かれた立札も飾られていた。

写真の奥に伸びる道路は、この先さらに山間部へと入っていく。

木々に囲まれた見通しの悪いカーブや、幅の狭い区間も少なくない。

稲の実りを願う祈りと同じように、道を行き交う人々の安全を願う気持ちもまた、この土地に生きる人々にとって欠かせないものなのだろう。

おわりに

高知市土佐山高川に伝わる百万遍と虫送り

それは、京都の知恩寺に由来する仏教行事と、稲作地帯に古くから伝わる虫送りの信仰とが、山里の暮らしの中でひとつに溶け合った、素朴で力強い祈りの形だ。

ネット上にはほとんど記録が残っていない、この小さな集落だけの行事かもしれない。

だからこそ、こうして写真に収め、言葉にして残しておくことには、大きな意味があるのだと思う。

鉦を50回鳴らして始まりを告げ、お堂と縁側で数珠を送り、坂道を上り下りしながら鉦と太鼓を鳴らし、竹の太刀と草履を境まで運び、びわの葉を畑に挟む

そうした一つひとつの所作の中に、この土地に生きてきた人々の、自然と共に生きる知恵と祈りが静かに息づいている。

※本記事は、現場で見聞きしたことをもとに構成しています。

記憶や伝聞による部分もあり、細部に誤りや勘違いが含まれる可能性がありますが、ご容赦ください。

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