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忘却のアーキヴィスト ②

   〈 Episode-1. Over the Rainbow #2 〉
 
○第3静岡・幹線道路・中山間部(翌日)
   山道を走るELV(Electric Land Vehicle=電動大型トレーラー)
   のSisシス
   運転しているのは紗希、助手席に瀬音。
紗希「ったく、とんだタイムロスだったわ、沼津で1泊するなんて・・・
 東京から100キロちょいよ」
Sis「昔と違って高速道路がほぼ使えませんから」
紗希「そーよ。本部も近いからなんて・・・よく言うわ、まったく」
Sis「でもおかげさまで、私は充電できました」
紗希「富士宮まで、あとどれぐらい?」
Sis「良好な路面コンデションと天候アキュート(=急変)が
 無い条件であれば、あと2時間ほどで」
紗希「2時間?そんなに?!」
Sis「・・・じゃあ、1時間半以上、2時間未満程度」
紗希「じゃあってなによ、じゃあって」
Sis「・・・」
紗希「・・・アンタ、AIのくせに、都合が悪くなると黙るの、
 やめなさい。人間みたいよ」
Sis「・・・2時間で、何卒」
紗希「なにとぞって・・・まったく、どこで覚えたのよ」
Sis「恐れ入ります」
紗希「褒めてない!」
   案内標識に「富士宮 第3区域」の表記。
瀬音「・・・(開封された手紙を持っている)」
 
○同・富士宮付近
   Sisを路肩に停めて、通りすがりの田畑にいた農民に、
   メモを見つつ道を尋ねる紗希。
   指で差し示すだけで愛想なく答える農民。
   一礼して走り去るSis、農民の冷たい視線。
   沿道の樹に止まったカラスが鳴く。
 
○同・富士宮区・団地の一角
   団地の沿道に入ってくるSisが停まる。
紗希「(メモを見て)ここね」
瀬音「・・・」
 
○同・同・団地・廊下
   とある部屋の扉前に立つ瀬音と紗希、
   ノックし、同時にIDを掲げる。
   しばらくすると扉が開き、緒方慶子(27)が顔を出す。
慶子「・・・トリプルエーの・・・」
紗希「(頷いて)こんにちは」
 
○同・同・緒方家・中
   居間の座卓に慶子、紗希、瀬音の3人。
   卓上に置かれた亡夫・緒方明宏の写真が数枚。
   傍らにリングホルダーネックレスに通された指輪。
   指輪は焼け燻んで変形している。
紗希「・・・昨年の、ベトナムでのPKOで・・・」
慶子「ハノイで爆破テロに遭って・・・28歳でした」
紗希「・・・お手紙にあった夢のお話を」
慶子「はい・・・主人が昨年の春に亡くなり、しばらく経ってから、
 その・・・夢といいますか、イメージのようなものを何度も見るんです」
紗希「イメージ?」
慶子「ええ。それに現れる主人は、ずぶ濡れで黙って立っている
 だけなのですが・・・最後に、手をこう少しあげて(と、真似て
 左手を少しあげてみせる)」
紗希「・・・終わる」
慶子「(頷く)」
紗希「立っている場所に憶えは?」
慶子「(首を振る)どこというわけでもない暗闇で」
紗希「なぜ濡れているのでしょう?」
慶子「・・・わかりません」
紗希「具体的には昨年のいつ頃から?」
慶子「ちょうど今頃でしょうか・・・6月位からかと」
紗希「昨年の6月・・・1年前か・・・」
瀬音「・・・その指輪は?」
慶子「はい・・・ご覧のとおり、私たちは裕福ではありません。
 ですから主人が、イミテーションの指輪を結婚した時に贈ってくれて・・・
 (微笑)それでも、私たちには贅沢でした。サード・サイドに
 ろくな仕事などありません。最寄りのセカンド・サイドでの清掃の仕事や
 リサイクル回収などは良い方で、近県への出稼ぎ肉体労働か、それ以外は
 犯罪紛いの怪しい仕事しかこの辺りにはありません。だから主人は、
 国連のPKOに従軍してお金を稼ごうとしたんです。それが・・・」
瀬音「・・・」
慶子「(気を取り直して)・・・ごめんなさい。指輪は、彼がベトナムに
 赴く前に、お守りとして私が持たせたのです。必ず帰ってきてほしい
 という願いを込めて・・・でも、爆破テロで遺体の損傷が激しく、
 帰ってきたのは・・・その指輪だけでした(泣)」
   憔悴した慶子、さらに肩を落とす。
紗希「・・・」
慶子「風の噂でトリプルエーのことを知りました。みなさんが腕利きで
 いらっしゃるということも」
瀬音「・・・」
紗希「それで、夢の・・・ご覧になるイメージの理由を」
慶子「主人との思い出に、あのようなことなどありません。記憶を辿って
 思い返してみても、あんな場面に出くわしたことなどないんです」
紗希「だからこそ、その意味を知りたい」
慶子「はい。何度も何度も繰り返し見るその意味を」
紗希「・・・承知しました。ところで・・・水は?」
慶子「ご案内します」
紗希「(腕時計を見て)これからでも構いませんか?」
慶子「いいにはいいのですが・・・問題が」
紗希「そーゆーの、慣れてますから(笑)」
 
○同・同・外・Sis前 =点描①=
   慶子、紗希に促されてSisに乗り込む。
紗希の声「時間で言うとどれぐらいですか?」
   出発するSis。
慶子の声「小一時間も掛かりません」
 
○同・高原・県道 =点描②=
   高原の一本道を走るSis。
紗希の声「水は十分に?」
慶子の声「豊富な湧水の出る沢があるので」
紗希の声「それはいいですね」
 
○同・中山間地・林道 =点描③=
   川に架かる橋を渡り、山間へ向かうSis。
慶子の声「でも・・・」
紗希の声「あ、例の問題ですか。どうにかしますよ」
慶子の声「・・・おふたりで?」
紗希の声「正確には、ふたりと1台で・・・あ、1個かな?」
慶子の声「・・・1個?」
紗希の声「ええ、うしろにタマゴが」
慶子の声「・・・タマゴ?」
 
○同・山間部・湧水地近く・路肩
   路肩に停まっているSis。
   見通せる丘高な路肩の余地に降りて向こうを望む3人。
   電子単眼鏡を出す紗希、覗く。
   奥に連なる山並の麓に人工建造物が見える。
紗希「あれね」
慶子「富士宮周辺は、東海沿岸一帯に比べればまだマシなのですが、
 度重なる落雷による雷サージの影響で、浄水システムがあまり機能
 していません。でもあの取水プラントを造ってからは、全世帯とまでは
 いかないものの、旧役所や自治センター等の主な公共施設には無償で
 供給されていました」
紗希「昔の井戸みたいなものですよね。静岡・富士から向こうの東海沿岸
 一帯が水没してしまってから、こういう内陸の湧水は貴重です」
慶子「ですが・・・」
紗希「ハイ、見えました。奴らね」
   と、単眼鏡を瀬音に手渡し、指差す。
   差された方向を覗く瀬音。
   視界に、取水プラント周辺に屯する輩が数名。
慶子「あそこをあいつらが牛耳るようになってからは、公共施設での給水は
 全て有料となったのです。しかも、それはとても高い金額で・・・ご年配の
 方のいる病院などは、清潔な水でないとなかなか」
紗希「浮世の沙汰は金次第、か・・・」
慶子「県が入札で手放したのです。噂では、悪い人たちが何か圧力を
 かけて・・・とか」
紗希「経済ヤクザか、悪徳政治家か・・・まぁ、どっちも変わんないですけど
 どこに行っても聞きますよね・・・(瀬音に)どう?」
瀬音「ざっと歩哨が3人、中にどれだけいるのかはわからないが、
 遊軍がいたとしても・・・せいぜい10人」
紗希「そうね、別に軍事拠点でもあるまいし」
   腰元に潜めた拳銃を抜いて確認する紗希。
   その様子を訝し気に見ている慶子。
   それを感じた紗希が銃とは逆の手でIDを出す。
   そのIDには顔写真と『SP』の表記。
紗希「ご安心を。SP、スペシャルパーミッション。警察や軍と同格の組織
 にしか認可されない特別許可。私たちは国が許認可した軍属です」
慶子「あの・・・お水、買うんですよね?」
紗希「ま、適正な価格であれば。でも高いんでしょ?」
慶子「かなり」
紗希「(瀬音に)どうする?」
瀬音「ネゴシエーター(=交渉役)に任せる」
紗希「じゃ、背中は任せたわ」
 
○同・同・湧水地取水プラント・外
   施設入口付近に到着したSisが停車。
   降りてきた紗希と瀬音。慶子は中で待機。
歩哨A「へー、ずいぶんデカいの転がしてんだな」
紗希「まあね。水、買いに来たんだけど」
歩哨A「下の役所でも入れられるのに」
紗希「ほら、量が量だけに、圧がね」
歩哨A「ま、そら構わないけど・・・どれぐらい?」
紗希「そーね、大体・・・3万リットルちょいぐらい?」
歩哨A「え?・・・またまた」
歩哨B「冗談でしょ?」
紗希「(Sisを指して)あのサイズなんでね」
歩哨A「ウチも商売だからいいけど・・・安くないよ」
紗希「どれぐらい?」
歩哨C「リッター、千円だ」
紗希「・・・またぁー、そんな顔して」
歩哨C「顔はかんけーねーよ!」
歩哨B「3万ℓで・・・3千万。計算しやすいだろ?ゼロ3つ付けりゃいい」
歩哨C「3千万ちょいだな」
紗希「それはだいぶ予算オーバーだわぁ」
慶子「・・・(キャビンで様子を窺っている)」
歩哨B「相談に乗れなくもないし・・・(紗希を舐めるように見て)
 違う払い方でもいいんだぜ」
歩哨A「おい、やめとけ」
歩哨C「やさしくするよ、オレ。(瀬音に)彼氏には悪いけど・・・
そうだ、そっちの趣味の奴もいるわ」
紗希「(瀬音に)だって。どーする?」
瀬音「・・・」
歩哨B「こっちがどーするだよ。車の中にもう1人、いるな・・・
 しかも女だ。女が2人、男前なかわい子ちゃんが1人。
 こりゃあ楽しい夜になりそうだぜ」
   歩哨Bが腰元に差していた拳銃を取り出し、
   Cもナイフを抜くが、Aは賛同していない。
紗希「そっちは全部で何人?」
歩哨C「おー、ヤル気になった?こっちは7人だ」
紗希「7人・・・思ってたより少ないわぁ」
歩哨C「なんだよ、ご不満かい?」
歩哨B「好きもんだな、おねーちゃん」
歩哨C「そらぁ興奮するわ」
   紗希にBが拳銃を向け、Cが背後に回り込む。
紗希「ネゴ、決裂。任せていい?かわい子ちゃん」
瀬音「・・・黙ってろ」
   刹那、疾風の如く接敵し、Cがナイフを持つ腕を掴んだまま
   流動してAを斬り付け、Aの持つ拳銃を奪い、上部スライドを
   外して解体、Bが射撃してくるので、Cの身体を盾にして
   着弾を受けつつ詰め寄り、そのままBの拳銃を掴んで内向きにし、
   Bの胸を打ち抜く瀬音、Bの拳銃を持って立つ。
   A以外の2人は即死。
   その喧騒が聞こえ、中の仲間が出てくるのと同時にAを捕らえて
   盾とし、銃を突き付ける瀬音、銃を身構える紗希。
瀬音「(残党に)投降しろ。無駄に死ぬことはない」
紗希「私たちはプロよ。アンタらみたいなアマじゃムリだわ」
   BとCの死体にたじろぐ残党4人、敗走する。
紗希「(その様子を見て)ったく、やりがいないわね」
   Sisに乗る慶子に合図し、降りてくる。
   死体を目の当たりにし、やや引き気味の慶子。
紗希「それほど驚かないんですね」
慶子「サードの世界に生まれれば、死体ぐらいは・・・」
瀬音「先に仕掛けたのは・・・(Aを前に押しやる)」
紗希「ねぇ、ちょっと水が欲しいんだけど」
歩哨A「・・・」
 
○同・同・プラント主要部・外~SIs前
   小移動中のSisがバックで進入、停車。
   Aを拘束中の瀬音、降りてきた紗希が近付く。
紗希「(施設の一部に目線送って)アレね」
   ドロップチューブ(水を送り込む管)が付いた水槽タンク施設。
歩哨A「・・・ああ。タンクローリーなんかにはアレで一気に入れてる」
紗希「(Aに)段取りして。(瀬音に)準備するわ」
   瀬音、迅速にAを銃で突き動かし施設へ。
   紗希、Sis後部の荷台ハッチを開ける。
慶子「あの・・・私にも何か手伝えることは?」
紗希「まずはリラックスを。それがあなたの準備です」
慶子「・・・はい」
紗希「(イヤホンマイクを装着) Sis、Syncシンクを起動、
 ティルトアップ」
Sis「OK。Sync、ティルトアップ」
   Sisの荷台後半部の外装が開くと同時に、内包されていた構築物が
   ゆっくり傾き始め、堂々と起き上がってくる。
   その輪郭は、タマゴの様な丸み(タマゴ+ワイングラスの様な造形)
   を帯びており、上部だけ開口している。
   荷台前半部フロアで見守る紗希と慶子。
   その前に鎮座する巨大水槽、Sync。
Sis「Sync、これよりデフォルトに入ります」
   その巨大な球体のガラス面を継ぐ境目には、金継ぎを模した
   金色の装飾が施されている。
紗希「これはSync」
慶子「・・・シンク」
   Sync上部のデッキに現れる瀬音。
瀬音「あなたと私を同期(シンクロ)させる、追憶の泉」
慶子「・・・追憶の・・・泉・・・」
瀬音「あなたの記憶にシンクする」
慶子「・・・」
 
   〈 Episode-1. Over the Rainbow #2 〉 (了)

#創作大賞2025 #エンタメ原作部門


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