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働く年齢が延びている中での健康であることの価値- 時間で健康は買え、健康で時間は買える。

働く高齢者が増えており70代の就業者が2024年には540万人と10年前に比べて7割増えているそうです。



平均寿命の延伸と雇用政策で、働く年齢が延びてきた。


大昔は、定年退職する年齢は大体55歳であったのが、1970年代から60歳になり始め、90年代に完全に60歳以上となりました。
さらに、2006年以降、65歳までの雇用確保措置が経過措置とともに義務付けられ、今年2025年4月から、経過措置が終了し、完全に65歳までの継続雇用義務が全ての企業に課せられています。

2017年には7,596万人だった生産年齢人口(15歳~64歳)は2040年には5,978万人まで減少する試算もあります。

労働人口の減少は日本経済の長期低迷を加速させるだけではなく、同時に、どの業界も基本人手不足の時代が来ていることになります。
国や雇用する企業にとっても、人数が増える高齢者を働いてもらうのは、不足する労働力にカウントするのみならず、税金や社会保険料も増やそうとなるのは自然だと思います。

ただ、いくら高齢になっても働きましょうと言っても、健康寿命は平均男性73歳、女性は76歳ぐらいと言われているので、70過ぎても働いて、やっと引退して余生をと思ったらすぐに健康寿命が訪れて、以降は、死ぬまで家族や介護サービスなどの世話を受けて生活などを考えると、どうなんだろうなと考えてしまいますよね。
(実際は、70代でも他人の世話や介護なしで自立して生きておられる割合のほうが数的にはかなり多いようですが)

いつまで働くかは、個人の労働観、生きがいなどの価値観で個人差はあるのだと思います。雇用する方も多様な個人のニーズや価値観に合わせた制度が不可欠になってくるでしょう。

昔に比べて、長く働いても残された時間は十分長い。

戦後から、高度成長が終わる1970年代前半ぐらいまでは、55歳定年で、死亡年齢は70歳ぐらいだったわけで、定年で辞めてから死ぬまで15年くらいで、そのころの健康寿命のデータは見当たりませんでしたが、55歳で引退したら、まさに後は余生と呼べるものだったでしょう。

今の人が90歳まで、人によっては100歳まで生きる現代だとすると(実際、男性で一番死ぬ年齢で多いのは89歳)、今60歳の人なら亡くなるまであと30年はあります。

60年くらい前の大体70歳ぐらいで亡くなる時代なら、30年引くと、バリバリ働いている40歳に相当する!のですから、50歳台でミッドライフクライシスとか言って嘆いているより、自分を奮い立たせて、今までやってきたことを進化させるでも、新しいことでもどんどんチャレンジして学ぶべきで、やらない理由はないでしょう。

60年前と現代の平均余命のイメージ

 

高齢者の中で一定割合存在するスーパーシニアの人たち


上の記述は、健康寿命のことは無視しましたが、現代の後期高齢者の約10%(男性の場合)はスーパーシニアと言って、80歳代・90歳代になっても心身とも元気いっぱいで、脳の衰えもほとんどなく自立して生きられている方がいます。

その中で一定割合は100歳を超えても元気で生きておられます。

スーパーシニアに絶対なれるような方程式は見つかっていませんが、健康的に良いと言われる食生活や運動習慣で、生活をストレス少なく過ごし、やりがいをもって生きてきた人の方がスーパーシニアになりやすいというおおよその傾向はあるようです。

下記の図を見るように、ずっと健康を保つグループと、70歳ぐらいからがくっと急速に健康が低下するグループに分かれてきます。(緑の線がスーパーシニアと呼ばれる人たち)

日常生活動作能力調査 (東京大学高齢社会総合研究機構)より


なので、スーパーシニアになれば、80・90になっても、100歳を超えても自分がやりたいことが制限なく打ち込めるゴールデンエージが長く続くとも言えます。(お金・資産のことや、自分以外の家族の介護などの制限は考慮入れてませんが。)

そういう時代だからこそ、健康である価値がものすごく高まってきているといえます。

お金で買えないのは、健康と時間と愛と言われていますが、愛は置いといて、時間はある意味、上記のようなスーパーシニアになれば、健康な時間は延びるので、健康により、時間を買えているということにもなります。また、健康は若いころから時間をかけて、健康習慣の積み重ねで手に入るものなので、時間により健康は買えているとも言えると思います。

つまり、健康と時間はお金では買えないが、健康と時間の相互作用により、お互いの切磋琢磨で良くしたり、延ばしたりできるようなイメージでとらえられると思います。 
健康と時間を良い相互作用で高め合うことができれば、自由度の高い老後が送れることができ、そうでない老後との格差は圧倒的だと思います。

医師任せではなく、自分が自分の主治医となる。

今まで医療は、病気になった時に医師をはじめとする医療職の人にお任せして、直してもらうというものでした。
その構図は今後も変わらないですが、それに加えて、今後は予防・健康管理を含めて大きな意味での医療を各個人がより自発的に責任を持つ時代になると思います。

現在は、定期的な健康診断に加え、日常的に血糖値、心拍数、血圧などが便利になったデバイスで測定でき、それがスマートフォンに取り込めばPHR(Personal Health Record:個人情報健康記録)として記録・管理する時代です。

遺伝子検査なども今後発展すれば、自分の健康特性や疾病リスク、吸収しやすい栄養成分などがわかり、自分に合った健康管理、疾病予防ができるようになるでしょう。
自分の健康に敏感になると、医師の言うことをそのまま受け入れるのではなく、医師の診察を受けた時でも、能動的な質問が医師にできることになります。

いわば、自分自身が自分の主治医となるということです。自分が一番自分のことを理解し、自分が自分の主治医となり、そこに、自分のことをよく知ってくれている信頼できる、かかりつけ医がパートナーとしていれば、予防医療は進んでいくでしょう。

そういった人が増えれば、現在の日本におけるフリーアクセスの保険医療が将来なくなったとしても、影響は少なく健康な高齢者が増えることになるでしょう。

国は、高齢化がピークになり、患者数もピークになる2040年頃を見据えて、限りある医療資源の最適化・効率化の体制を構築化しようとしていますが、今後は医療機関も高度な専門外来や救急病院機能と、地域に根差した外来医療を強化するのが、地域のかかりつけ医機能の制度整備です。

かかりつけ医と伴走しながら、健康を保ち、人生の後半戦にピークを持続する。

日本の医療提供体制の最適化という観点から、かかりつけ医の制度整備は必要ですが、健康管理や疾病予防を少しでも個人が主体的に取り組むというマインドセットと行動という観点でも、かかりつけ医を国民一人一人が登録し、健康管理の伴走パートナーとして頼っていく。
ということができれば、日本の優れた健康保険制度を維持しながら、少しでも健康を維持して高齢時代を過ごす人の割合が増えると考えています。

繰り返しますが、高齢化社会において、健康の価値は今まで以上に大きなものとなります。それを実現するのは人任せ、医師任せではなく、自分が責任を持ち実践することで達成できるものなのです。

その中で、健康と時間を相互作用させ、健康と時間を増やすことができれば、スーパーシニア・ゴールデンシニアとして、7回表くらいからの人生ゲーム後半が充実すると考えています。50歳でまだ5回裏、60歳でまで6回裏が終わったくらいで、クライマックスは7回から始まります!

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