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「嫌われてもいい」と言いながら、めちゃくちゃ好かれたい僕たち。

「別に嫌われてもいいんで。」

このセリフ、人生で一度は言ったことがある人、多いんじゃないだろうか。
しかも、ちょっとカッコよく言うやつだ。

腕を組みながら、少し遠くを見る感じで。
「俺は他人の評価なんて気にしないタイプなんで」みたいな顔をしながら。

でも、正直に聞きたい。

本当に?

本当に嫌われても平気?
SNSで投稿して「いいね」がゼロでも平常心?
既読スルーされても心の天気は快晴?

もし全部「余裕です!」と言える人がいたら、
その人はもう悟りを開いた仙人か、スマホの通知をオフにしているだけだと思う。

だいたいの人間は、そうじゃない。
僕たちはわりと普通に 好かれたい生き物 だ。

誰かに「いいね」と言われると嬉しいし、
誰かに「あなたの話、面白いですね」と言われると一日元気でいられる。

つまり何が言いたいかというと、
承認欲求って、わりと人間の基本装備 なのだ。

なのに不思議なことに、
大人になると急に「承認欲求を持つのはダサい」みたいな空気が出てくる。

だから人は言う。

「別に好かれなくてもいいんで。」

でもその裏では、
「ちょっとぐらい好かれたいんだけどな…」
と、心が小さくつぶやいている。

この状態、実はけっこう疲れる。

だって口では「嫌われてもいい」と言っているのに、
心は「できれば好かれたい」と思っている。

言葉と本音がケンカしている状態 だ。

そりゃ疲れる。
人間、二重生活には向いていない。

だから僕は思う。
もう素直に言ってしまえばいい。

「好かれたいです!」

はい、言えました。
拍手。

別にそれでいいじゃないか。
好かれたいと思うのは、人間としてかなり正常な反応だ。

むしろ、誰にも好かれなくて平気な人生って、
ちょっと寂しすぎる。

人は人の中で生きている。
だから認められたいし、好かれたい。

それは弱さでも未熟さでもなく、
ただの 人間らしさ だ。

大事なのは、
その気持ちを隠してカッコつけることではなく、
自分に対して素直でいること。

「好かれたい」
そう思っている自分を、ちゃんと認めてあげること。

不思議なもので、
自分に素直になった瞬間から、心は少し軽くなる。

そして肩の力が抜けた人のほうが、
だいたい人に好かれる。

人生って、ちょっと皮肉だ。

だから今日ぐらいは、
カッコつけるのをやめてみよう。

嫌われてもいいフリをするのではなく、
素直に好かれたがる人間でいこう。

だって僕たち、
なんだかんだ言って 人間なんやもん。

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