はじめての進化論 [2025年注釈付]
本記事は1990年に出版された『はじめての進化論』(講談社現代新書)の全文と現時点での進化学の進展を踏まえた注釈を付加したものです。『はじめての進化論』は、進化学に関しての入門書として多くの方に読んでいただき、好評を得ていました。すでに絶版になっており、pdf版は全文公開していましたが、今回、読みやすいようにnoteで公開しました。さらに、現在の進化学の進展に合わせて、必要な箇所に注をつけました。遺伝的浮動のシミュレーションもできるようにしました。
はじめに (2025年版)
本記事は1990年に出版された『はじめての進化論』(講談社現代新書)の全文と現時点での進化学の進展を踏まえた注釈を付加したものです。
日本は、1980年代初頭まで、ダーウィン進化論を基盤とした当時の現代進化学を否定するような思想・学派の影響は少なくありませんでした。一つは、種が主体的に進化するとみなす「今西進化論」を信奉する人達、もう一つはソビエト連邦やマルクス思想の影響を受けていた科学者の人達です。日本では、木村資生氏や太田朋子氏など集団遺伝学の分野では、世界的にも顕著な業績を挙げていたにもかかわらず、これらの思想は、遺伝子の頻度が集団内でどう変化するかという集団遺伝学に基づく進化を全く理解していませんでした。
1980年代になって、「種のために進化する」という誤った理解を批判し、個体レベルや遺伝子レベルで働く自然選択による生物の行動の進化を説明する「行動生態学」や「社会生物学」の考えが日本にも流入してきました。これにより、総合説を基盤とした進化学がようやく生態学者にも受け入れられるようになってきました。一方で、「行動生態学」や「社会生物学」は、進化における自然選択の役割を実際よりも強調しすぎる傾向にありました。
その後30〜40年の間に、次世代シークエンサーを用いたゲノム解析、古代ゲノムの利用、ゲノム編集、バイオインフォマティクスの進展など、技術面での著しい進歩が見られ、進化学は、実証科学として進展してきました。しかし、一般には、いまだに「種のために進化した」という誤った理解をする人が大多数を占めています。また、福岡伸一氏をはじめとする「誤った」進化理解が広く普及してしまっているのが現状です。
『はじめての進化論』は1990年に執筆されたものですが、現在の「進化学」の入門書としても依然活用可能だと思います。もちろん、現代にいたる間に非常に多くのことが解明され、一部理論も修正されています。その点を踏まえ、本noteでは、各所にコメントととして、現在からみた修正点や追加点、参考となる文献などを記載しました。
また、遺伝的浮動の解説では、理解を助けるために、シミュレーションを行えるサイトとリンクし、遺伝子頻度の変化を体感することができようにしました。
本記事を進化の入門として活用して頂ければと思います。その後、さらに理解を深めたい方は、拙著『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』をお読み頂ければと思います。
第一章 ダーウィンの進化論
1―ダーウィン以前
進化論のヒントとなった鳥たち
南アメリカのエクアドルの西、約1000キロメートルの太平洋上に、10以上の島々からなるガラパゴス諸島がある(図1)。

図1. ガラパゴス諸島
それらは火山性の島で、五百万年以上も前にできたといわれている。そこでは気候の変化が激しく、雨期には多量の雨にみまわれるが、六月から十二月にはほとんど雨が降らない。また、年による降水量の変動も激しく、最近の年間降水量は、三七ミリという年もあれば、三六四八ミリという年もある。低地は乾燥していて、低木や草原、さらにサボテンの類もみられるが、高地は湿った森林が占めている。
大陸から遠く離れて隔離されているためか、ここにはガラパゴス特有の生物が数多く生息している。イギリスの博物学者チャールズ・ロバート・ダーウィン(1809~1882 図2)は一八三五年、海軍の測量船ビーグル号でここを訪れ、そこに棲む生物から進化論のヒントを得たという話がよく知られる。そのヒントになったといわれるのが、ダーウィンフィンチと呼ばれる小さな鳥である。

現在、ダーウィンフィンチ類は十四種に分類されている(表1、図3)[注1-1]。小さいものは一○グラム、大きい種類は四十グラムくらいで、色は黒っぽいものから茶色がかったものまでいる。 これらの鳥の食べ物は、種類によってバラエティーに富み、たとえばキツツキフィンチは、サボテンの刺や小枝を口にくわえ、腐った木の幹にそれを差し込み、刺や枝についた昆虫の幼虫を食べる。またサボテンフィンチは、サボテンの花の蜜を吸ったり、腐ったサボテンの葉肉を食べる。 ガラパゴスには、くちばしの長いカツオドリと呼ばれる大きな鳥や、イグアナという大きなトカゲが生息している。フィンチの中には、このカツオドリの卵を岩にぶつけて卵の中の黄身や白身を食べたり、カツオドリの背中にとまって血を吸うハシボソガラパゴスフィンチもいる。また、ガラパゴスフィンチはイグアナの背中にとまり、イグアナにつくダニを食べるという。 このように、一般にダーウィンフィンチ類といわれる鳥は、種類によって食べ物が異なり、色や大きさも少しずつ違っている。さらにくちばしも、オウムのようなくちばしをもつものや、比較的細長いラジオペンチのようなもの、また針金を曲げるときに使うペンチのような形のものなど様々である。しかしすべてのダーウィンフィンチの基本的な形態はよく似ており、上のくちばしの付け根のところに角ができているという、共通の特徴をもっている。 いったいダーウィンは、これらの鳥からどのような進化のヒントを得たのだろうか? ダーウィンの考えを理解するためには、まず、彼が進化論を考えた当時の自然に対する思想を知る必要がある。

注1-1: 表1,図3には記載されていないムシクイフィンチCerthidea fuscaもダーウィンフィンチの1種である。
キリスト教の自然観と「神が創った種」
十七世紀から十八世紀のヨーロッパの思想家や研究者は、自然の成り立ちやしくみがいかにキリスト教の教えと一致しているのかを示すことを、みずからの最重要課題としていた。生物は、たとえば、イヌ、ネコ、ライオン、トラといったように別々の種としてすでに認識されており、それらの種は神によって、最初から別々の固定された種として創られたと考えられていた。つまり、種は神が創ったのであるから、神の意志や聖書に反して、勝手に変化してもらっては困るということになる。
キリスト教に基づいてなされる自然の解釈には、いくつかのアプローチがある。
一つはデザイン論といわれるものだ。時計の歯車、短針と長針、文字盤、ぜんまいなど一つ一つの部品は、時計が時を知らせるために作られている。時計という機械は時を知らせる目的で作られているもので、時計があるということは、それを作った時計匠が存在することを示すことにもなる。同様に、生物もよく観察すると、生存するために非常に巧妙にできている。精巧にできた生物が存在するということは、それを作る創造主、つまり神がいなければならないというふうに考えられる。したがって、生物のデザインがいかにうまくできているかということは、神の存在を証明することになると考えられたわけである。
同時に、人間以外の生物は人間の役に立つように創られたものであると考えられた。たとえば、ウマは人が乗るために都合よくできている。また、直接人間の役に立たないようなものについては、神によって調和的にデザインされている自然を保つために必要なのだとされた。たとえば、肉食獣のような生物は、老齢で病弱な獲物に死をもたらし、自然の調和を保つために存在しているのだとみなされたのである。
自然が神によってどのように創られたかを表す考えとしては、存在の連鎖という思想もあった。
かなり古い時代から十七世紀頃まではずっと、人を頂点としてもっとも下等な生物まで、すべての生物種は、単一の系列でつなぐことができると考えられていた。それぞれの生物種がその系列の中でどの位置に存在するかは、生物が神によって創られた最初の時から決まっており、その序列は決して変わることはない。人間の下にはサルが位置し、その下は四足獣が来る。さらに鳥、魚、昆虫、木、草、鉱物、土、水、大気といったぐあいに、自然界のほとんどの生物から無生物にいたるまでが、単純な構造のものから複雑なものへと、一列に並べられた(図4)。これが存在の連鎖と呼ばれる考え方である。
しかし、十八世紀になり、探検によって新しい生物が発見されたりするたびに、それまでの生物をつなぐ序列関係は修正しなければならなくなった。また、多様な生物が発見され、単純に一つの系列として生物種をつなぐことが無理なことがわかってきた。
そこで、神が種を創ったという考えを崩さずに、多様な生物をどう分類するかが考えられた。それがリンネによる分類体系である(図5)。

1 イヌという種はオオカミとともに、キャニスというイヌ属に含まれ、さらにイヌ属は、ブルペスというキツネ属と一緒にイヌ科に含まれる。さらにイヌ科は食肉目に含まれるというふうに、階層的な分類がなされた。このリンネの分類では、新しい生物が見つかっても、この分類表のどこかに組み入れればよい。このようにして、生物種間の相互の関係が示され、神が生物をどのように配置し、設計したかを表したわけである。
上に述べた存在の連鎖という考えを補強するものとして、生物をつなぐ系列の低いものは高いものへと徐々に変化していくという解釈もあった。生物はあらかじめ決められた目標、つまり単一の系列の一番上に位置する「人」に向かって、前進的に変化するというわけだ。ただし、この場合も、種が変化するというといっても、神によって決められた方向に変化するという、キリスト教による進化観であった。
2―ダーウィン登場
フィンチのくちばし
ダーウィンの進化論は、このようなキリスト教による自然観を根本的に否定することになる。生物がもっている巧みな性質や構造は、その生物が生息する環境でうまくやっていけるように変化して生じたもので、神によってデザインされたものではない。また、類似した生物の種は、共通の祖先が分かれて生じたもので、神が種を別々に創ったわけでもないし、神の設計どおりの方向に変化しているというわけでもない。
では、ダーウィンはどうしてこのような進化観をもつようになったのだろうか。
彼はガラパゴスの島々で、フィンチのくちばしが少しずつ異なり、異なる種子を食べるのに適していることに気づいた。細長いくちばしは花の蜜を吸うのに適しているし、ペンチのようなくちばしは堅い実を砕くのに都合よくできている。それは、いろいろなタイプのくちばしをもつダーウィンフィンチが、それぞれの生活によくマッチしていることを示していた。
さらに、隣り合う島のフィンチはよく似ていること、また新しくできたと思われる島にいる種は、近くにある新しい島より、古い方の島にいる種とよく似ていることなどを、ダーウィンは観察した。
そこから彼は、古い島に棲む鳥の祖先が新しい島に渡り別の種類になった、と推測したといわれる。そして、それぞれの種はそれぞれの環境に適合して変化しているものの、その起源は古い島や大陸から移住してきた種が変化したものであると考えた。そこでダーウィンは、共通の祖先が分かれて別々の種が生じるということと、環境に適合して個体が変化するという2つの考えを組み合わせると、生物をうまく説明できることに気がついたという。
もっとも、ダーウィンがほんとうにこのダーウィンフィンチから進化のヒントを得たかどうかについては、疑問視されている。ダーウィンは島や集団ごとに少しずつ異なるフィンチをうまく分類できずに、イギリスには少数の標本しか持ち帰っていないという。
どうも実際は、ダーウィンの進化論には、ガラパゴスのマネシツグミが重要な役割を果たしていたらしい(マネシツグミは、全長二○~三○センチの尾の長い鳥で、他の鳥や動物の声をまねることでよく知られている)。しかし、ダーウィンフィンチをマネシツグミに置き換えて考えればいい。実際のヒントとなった生物はフィンチではないかもしれないが、彼が進化を考えた道筋は、おおよそ上に述べたとおりであろう。
生物はすべて前進する?―ラマルクの進化観
ところで、生物が進化するという事実を認め、提唱したのは、ダーウィンが最初ではない。十九世紀の初めに、フランスのジャン=バティスト・ド・ラマルク(一七四四~一八二九 図6)はすでに、生物は新しい環境条件に応じて変化していくと考えていた。そのためラマルクは、全生物が共通の祖先から変化したという、現在の進化論の考えを最初に認めた人として評価されることがある。

ラマルクは初期には、種が変化するという考えを認めていなかったが、十九世紀に入ってからの彼の進化観は、生命は自然発生によって物質から生じるという立場に立ち、神がデザインするという考えを否定していた。
彼の考えでは、生物は最も複雑なものを頂点に、下部に位置する下等な生物まで連なっており、生物は下等なものからだんだんと高等なものへ変化してきたものとみなされた。これは前節で述べた存在の連鎖と類似した考えであるが、存在の連鎖のように一本の系列で連なっているのではなく、枝分かれした系列をラマルクは考えていた。
しかしラマルクは、この枝分かれの系列が、一つの共通祖先から分岐しながら、現在の多様な生物に変化していったと考えたのではない。彼は、生物は常に単純なものから高等なものへ変化していくと考えており、現在複雑な構造をもつ生物はより昔に生じ、単純な生物はごく最近生じたため、まだ複雑なものに変化していないのだととらえていた。言い換えれば、彼は生物は一つの共通の祖先から進化したのではなく、絶えず別々の種類のものが自然発生していると考えたのだ。(図7)
この他ラマルクは、生物は常に発展し、また変動する環境に適応する機構をもっているために、みずから絶滅するものとは考えなかった。そのため彼は、環境に適応する機構として「獲得形質の遺伝」をもとにした「用・不用説」を提唱したのである。
環境が変化すると、動物が生きるために必要とするものも変化する。キリンの祖先は首が短かったが、ある時点で樹上の食物をとらなければならないようになり、キリンは首を伸ばして食物をとろうとする。その結果、必要によってよく使われる首が発達し、子孫に伝えられ、次第にキリンの首が長くなったという話は、「用・不用説」の例としてよくあげられている。この機構は、生物が自発的な活動を通じて環境に適応していくという、「生物自身の努力による前進的な進化観」が基盤になっているのである。
「自然選択」四つのプロセス
しかしダーウィンは、進化をこのように前進的な変化とはみなかった。彼は、生物がそれぞれの環境にみあって効率よく生活できることが進化であると考えた。彼によれば、人間も動物界の一部をなすことにかけては、他のいかなる動物種以上でも以下でもない。「進化」という概念も、下等なものから高等なものへ変化していく過程や、単純なものから複雑なものへ変化していく過程をいうのではなかった。
ダーウィンは、進化と何かを示しただけではなく、進化がどのように起こるのかというメカニズムも提唱した。その中心となる理論が有名な「自然選択説」である(このnatural selectionを「自然淘汰」と訳す人も多いが、どちらの訳を採用するかは、好みの問題であることが多い)。
ダーウィンの考えていた、生物の進化をもたらす機構を、簡単に説明してみよう。
(1)変異の存在と遺伝
生物がもつ性質は、同じ種の中でも、個体によって少しずつ異なっている。栽培植物や家畜においても、また自然界でも、個体間の変異は普通にみられる。たとえば、ダーウィンフィンチのくちばしの形や大きさは、種間で違っているだけでなく、同種の個体間でも変異がある。このような個体間でみられる変異のいくつかは、親から子どもに伝えられる。
(2)生物の過剰な繁殖能力
どんな生物でも、生まれた子どものすべてが生存し、繁殖するということはありえない。たとえば、1ペアのゾウが百年生きて、その間に六頭の子どもを産んでいくとすると、七百五十年後には千九百万頭ものゾウが地球上に存在することになると、ダーウィンは計算した。しかし、現実には生物の個体数は、こんなに急激に増加することはない。これは多くの個体が、繁殖する前に死亡してしまうからである。逆にいえば、生物は最終的に生き残る数よりも多くの子どもを産む、つまり、生存し繁殖する個体数以上の繁殖を行っている、ということがいえる。
(3)生存のための奮闘
(2)のような状況があるために、どのような生物も、生きて子孫を残すため、周りの環境や生物と奮闘している。これは、直接的な相互作用(たとえばライオン同士が闘争するとか、どちらかが相手を避けるとか)をすることなしに、各個体がそれぞれに苦闘していることも意味する(たとえば、植物が受粉するためにより多くの昆虫を引き付けようとしたり、乾燥した不適な場所でもより長く生存しようとしていることなども含まれる)。
ダーウィンは、このように生物が環境や他の生物に依存しながら生存し、子孫を残していこうとすることを、「生存のための奮闘(struggle for existence)」と呼んだ。これはしばしば「生存競争」とか「生存闘争」と訳されるが、「生存のための奮闘」という言葉は、比喩的に広い意味で使われたのであり、闘争とか直接的な競争のみを意味しているものではない。また生物の積極的な「意思」による「奮闘」や「努力」を意味するものではない。
(4)有利な変異の保存
(3)が生じる中で、生存や繁殖により有利な性質(変異)をもつ個体は、その性質をもっているために多くの子孫を残すことができる。植物の中には甘い蜜を分泌するものがあるが、それは昆虫を引き付け、その花が受粉するのに役立っている。そのような植物個体群の中で、より多くの蜜を分泌するものは、より多くの昆虫を引き付け、より多くの花粉が他の花へ運ばれ、受粉される機会が多くなる。したがって、蜜をより多量に分泌する個体は、より多くの子孫を残すことが可能になる。この過程が繰り返されると、長い期間のうちには植物個体群は、蜜を多量に分泌する花で占められるようになる。ダーウィンは、このように生物個体にとって有利な変異が保存されることと、不利な変異が棄却されることを、自然選択と呼んだのである。
上に述べた四つのプロセスを通じて、生存や繁殖に有利な性質をもつ個体が生じてくる過程が、ダーウィンが考えた「自然選択による進化」である。
「自然の経済における場所」と専門化
ダーウィンは、前述の自然選択による進化だけで種の変化を説明したのではない。彼が考えた進化の重要なアイデアの一つに、祖先となる一つの種から新しい種が分かれ(分岐)、それぞれが別々に進化していく、という見方がある。
この分岐を考えるうえで、ダーウィンは「自然の経済における場所(places in economy of nature)という考え方を使っていることが重要である。
多くの種類の食べ物を食べる「何でも屋」の生物と、一つの特定の種類の食べ物しか食べない「専門家」の生物を考えてみよう。ある地域に棲める生物の種類数を考えると、専門家ばかりがいるところのほうが、多くの種類の生物が棲める。つまり、ある地域に生息できる生物の種類数は、食べ物や生活様式が異なるほど多いだろう。このような自然界の構成をとらえて、現在の生態学では、ある生物が利用している資源(=食べ物や巣場所などの範囲)をニッチ(=生態学的地位)と呼ぶが、ダーウィンのいう「自然の経済における場所」とは、このニッチとほぼ同じものである。ダーウィンは生態学という学問がすでに登場する以前から、生態学での重要な概念をすでに先どりしていたといえよう。
彼は、生物はもともと同じ種であったものが、それぞれ別々の「自然の経済における場所」に棲むように分化していったのだと考えた。工場で分業して仕事を進めるほど生産の効率がよくなるように、生物が専門家的になることは、より効率よい方向へ進化をすることになるだろう。つまり、ダーウィンの考えた「自然選択による適応」は「生物が独特の生活様式に合わせて特殊化していくこと」だといえる。
そして、種の分岐が生じるケースとして彼は、同じ島に棲んでいる一つの種類の鳥が別々の種類に分かれていく場合と、別々の島に移り棲んでいる同じ種類の鳥がそれぞれ別々の種類へと分かれている場合の、両方を考えていたようである。
さらにダーウィンは、「生存や子孫を残すのに有利な性質の獲得」や「種の分岐」だけでなく、生物にみられる各種性質の進化を説明しようとしている。たとえば、クジラには歯がないが、その胎児には痕跡的に歯がみられる。この痕跡器官のように、生物は役にも立たず害にもならないような性質を持つものがあり、そうした性質は自然選択の作用を受けずに、不確定なものとして残されることを指摘している。
また、とても近い種類の生物の間で、種類によってひどく異なるタイプの構造をもっているものがある。たとえば、シャミセンガイ(二枚貝によく似た生物で、浅海の砂泥中に穴を掘って棲む。化石でもみられる)などの腕足類(図8)は、殻の表面の溝や隆起による模様が、種類によっていろいろである。これらの模様の差は、生物のもつすべての性質が自然選択の作用を受けて、特定のもののみが広まるのではなく、役にも立たず害にもなっていない多様な性質が、別々の種に広まることを示している。ダーウィンは『種の起源』の中ですでに、これと同様の結論を述べている。

ダーウィンが『種の起源』やその他の著書で扱った問題は、現在の進化生物学の中でも重要な位置を占めているものが多い。彼が考えた分岐のメカニズムや自然選択のプロセスは、大筋では現代でも通用するものである。
しかし、現在の進化論の理論や内容はより複雑になっているし、現在考えられている自然選択説も、ダーウィンの考えたものとまったく同じものではない。とりわけ、ダーウィンの時代には遺伝の機構についてはほとんどわかっていなかったこともあり、ダーウィンは「獲得形質の遺伝」を認めていたといわれる[注2]。彼の進化論は彼の死後、遺伝の機構の解明や様々な分野の生物学の発展にともない、改変されていくことになるのである。
その成果である現代の進化生物学が、「進化」というものをどのようにとらえているのかを、これからみていくことにしよう。
注1-2:ダーウィンはジェミュール(gemmule)という粒子が遺伝に関わっていると考えた。(Page 67『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』)
第二章 進化とは何か
1–進化の現象
進化とは遺伝する性質の変化である
前章で述べたように、ダーウィンは、生物が環境によく適合した性質をもっていること、そして、種が変化することを示そうとして、自然選択説やその他の理論を提出した。ダーウィンにとって進化とは、世代を重ねて引き継がれていく個体の生質が変化し、種が変化することであったといえるだろう。
現在でも、この解釈は基本的には間違ってはいない。しかし、現在「生物進化」というときは、いくらか修正と追加をしなければならない。
まず、世代を重ねて受け継がれていく性質の変化が進化である、ということについて考えてみよう。
サンタクルス島に棲むガラパゴスフィンチのくちばしの高さ(図9)を測ってみると、約4ミリの個体もいれば7ミリの個体もいるが、約5ミリのくちばしをもつ個体が一番多い。そして、高いくちばしの親から生まれる子どものくちばしも、高い傾向がある。つまり、くちばしの形や大きさは遺伝するのである。さらに、このくちばしの形や大きさは、高さ5ミリの個体の子孫がやがて7ミリになるというように、世代を重ねていくうちに変化することがある。それが、遺伝する個体の性質が変化するということである。

これはもちろん、長さや大きさでなくてもよい。白い羽から黒い羽への変化とか、小枝を使って餌をとるようになるとか、あるいは前足が羽になるような大きな変化でも、同じことがいえる。
ガラパゴスフィンチでは、くちばしの形や大きさの変化は、個体がどれだけの餌を採ることができるようになるかに関係する。しかし、めだたないところの羽の色が変化しても、個体の生存や繁殖には影響しないかもしれない。そうだとすると、めだたない羽の色の変化は、個体がより効率よく生きていくという方向の変化ではない。だが、これもまた、遺伝する性質が変化していくことであり、進化といえるのだ。
ダーウィンの時代には、遺伝の機構についてはほとんどわかっていなかった。しかし現在では、DNAが遺伝情報を子孫に伝えているということがわかっている[注2-1]。
注2-1:ある生物がもつすべての遺伝情報のことをゲノム(genome)という。ガラパゴスフィンチのゲノムは、約10億のDNA塩基配列からなっている。(ヒトのゲノムは約30億のDNA塩基からなる)
DNAは四種類の塩基(アデニン、チミン、シトシン、グアニン)がいろいろな組み合わせで並んでいるもので、その配列の中に遺伝情報が組み込まれている(図10)。この配列はコピーのように複製されて、子どもに伝えられる。
もし、精子や卵になる細胞の中のDNA配列の一部が変化する(たとえばアデニンがシトシンに変化するように)と、その変化はコピーされて子どもに伝えられる。そうすると、子どものくちばしや形やその他の性質が、目に見える形で変化する場合もあるし、変化しない場合もある。いずれの場合も、DNAの配列は変化は遺伝するので、これも世代をこえて引き継がれていく性質の変化とみなされ、進化となる。
ここまでをまとめてみよう。進化とは、遺伝する、あるいは世代を越えて受け継がれる、性質の変化である。その性質とは、遺伝するものであれば、個体の表面に出ている性質にかぎらず、表面には出ないDNAの性質や遺伝子の性質も含まれる。注2-2
注2-2: 一般によくみられる誤った進化の定義についての解説(Page 20〜『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』)。より現代的な進化の定義は「進化とは、時間とともに集団の遺伝素材(genetic material)が変化する過程である」。あるいは「生物のもつ遺伝情報(主にゲノム配列)に生じた変化が、世代を経るにつれて、集団中に広がったり、減少したりすること、またそれに伴って、生物の性質が変化すること」。(Page 30-31『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』
集団内での性質の頻度変化も進化である
さて、サンタクルス島のガラパゴスフィンチの雄は、おなじ島に棲むガラパゴスフィンチの雌と交尾して子どもをつくる。ある巣の雛の父親のくちばしは、12ミリくらい。母親のくちばしは10ミリくらいであった。このとき、子どものくちばしはどれくらいの長さになるだろうか。
ここで、くちばしの長さに影響を与える遺伝子を想定してみよう。その遺伝子には2つの対立遺伝子Aとaがある。一個体はこの二つの遺伝子をセットでもっていて(つまりAA、Aa、aaのどれかの組み合わせをもつ)、そのどちらか一方が、精子と卵を介して一つずつ子どもに伝えられる。
遺伝子をAAというセットでもっている個体をすべて平均すると、くちばしの長さは12ミリくらいになる。同じようにAaの個体は平均11ミリ、aaの個体は平均10ミリくらいである。
もし、父親はAAという遺伝子(遺伝子型という)、母親はaaという遺伝子をもっていると、父親からはAという遺伝子が、母親からはaという遺伝子が伝えられ、Aaという遺伝子型をもった子どもができる。つまり子どもは成長したときに、平均して11ミリくらいのくちばしの長さになると考えられる。
次に、サンタクルス島に棲むガラパゴスフィンチがみんな、aaという遺伝子型をもっていると仮定しよう。そこに突然、aという遺伝子がAに変化したためAaという遺伝子型をもった雄の鳥が現れた。その個体は何匹もの雌と交尾し、二十羽の子どもを残し、その半分の十羽がAという遺伝子をもつことになった。そうすると、Aという遺伝子は、初めはそのAaという雄の個体がもっていた一つだけだったのが、十に増加することになる。それらがまたたくさん子どもを残せるとすると、Aはどんどん増えていくことができる。
では、そのAという遺伝子は、最高どのくらいまで増えることができるだろうか。
サンタクルス島にはキツツキフィンチも生息しているが、ガラパゴスフィンチとキツツキフィンチが交尾して子どもを残すことはない。だからガラパゴスフィンチのもつ遺伝子Aは、いくらがんばっても、キツツキフィンチの個体の中には侵入できない。つまり、遺伝子Aは、サンタクルス島のガラパゴスフィンチの集団の中にのみ広まることができるわけだ。[注2-3]
一方、時折、サンタクルス島からイザベラ島へ移住したり、逆にイザベラ島から移入してきたりするガラパゴスフィンチがいる。もし移住した鳥がイザベラ島で子どもを残せれば、Aという遺伝子はそこのガラパゴスフィンチの中にも広まっていくことができる。
前者のように、同じ地域に棲んでその中で交配し合っているような集団を、「地域繁殖集団」と呼ぶ。また、イザベラ島とサンタクルス島に棲むガラパゴスフィンチのように、時折ではあるが異地域間で遺伝子の交流が行われているような集団を「実質的遺伝子交流集団」と呼ぶことにしよう(この用語は私の造語で、一般に使われる用語ではない)。
このような集団の中で、ある遺伝子がどのように増えたり減ったりするのか、つまり集団の遺伝子頻度の変化もまた、進化の重要な現象の一つである。そして、それにともなってくちばしの大きな個体が増えるというような、性質の頻度変化も、もちろん「進化」である。
[注2-3] ガラパゴスフィンチの異なる種の間では、交配がおこり、遺伝子がある種から他の種に移っている(浸透)していることが示されている。とくにガラパゴスフィンチ、サボテンフィンチ、コガラパゴスフィンチの間では、遺伝子が浸透していて、それがくちばしの進化にも関わっている。Enbody, E. D. et al. (2023) Science 381, eadf6218.
集団の分岐が多様な生物を産む
もともと同じ繁殖集団に属していた鳥が、二つの別々の島に移住し、その後は島のあいだを行き来するということがないとすると、時間がたつにつれて、それぞれの島に棲む鳥は、別々の方向に少しずつ変化し、次第に異なる形になっていくかもしれない。
このように、もともと同じ繁殖集団が別の繁殖集団に分かれ、別々に進化していくという過程を、集団の分岐という。
もし一つの繁殖集団がずっと分岐することがなくても、時間につれてだんだんと、その集団の鳥の形や大きさが変わっていくことはありうる。しかし、別々の集団に分かれたほうが、たとえば一方は細長いくちばしに、一方は太く短いくちばしの鳥にというように、別々の方向に進化し、より多様な生物が生まれることが容易になるだろう。
ある爬虫類の集団から、一方は鳥になり、もう一方はワニになった。その鳥の祖先の集団がいくつもに枝分かれし、独自に進化した結果、現在のように多彩な色や形態や行動様式をもった鳥が生じたのである。
ただし、集団が分かれるという現象自体が「進化」なのではない。集団の分岐そのものは、生物個体の性質がいろいろな方向に変化していく「進化」を助けるもの、と考えたほうがよいだろう。
托卵と適応進化
ここまで、「進化」とは遺伝する性質の変化であることを述べてきた。それでは、そのような変化と、生物が生きていくことや、子どもを残していくこととは、どのような関係があるのだろうか。
生物は、生きて子どもを残すため、周りの環境に応じてうまく生活できるように、驚くほどよくできている。その一例として、カッコウが他の鳥の巣に卵を産み、その鳥に子どもを育てさせることがよく知られている(これを「托卵」という)。
アメリカに棲むコウウチョウという鳥もまた、ツリスドリの巣に卵を産む托卵鳥である(図11)。ツリスドリにしてみれば、コウウチョウの卵を自分の卵と区別して巣の外へ放り出せれば、自分の子どもをより多く育てることができるだろう。実際に、ある地域のコロニーでは、ツリスドリは自分の卵とコウウチョウの卵を区別している。そういう所ではまた、コウウチョウの卵はツリスドリの卵と非常によく似たものになっている。ところが別のコロニーでは、ツリスドリは卵を区別することが少なく、多くの巣がコウウチョウに托卵されている。そうした所では、両者の卵はそれほど似てはいなかった。つまり、コウウチョウは、自分の卵が区別されて放り出される可能性の高いところでは、仮親となるツリスドリの卵によく似せ、自分の雛が無事育てられる可能性を高めている。逆に、区別される機会の少ないところでは、卵をあまり似せなくても子どもを残せている。これなどは、コウウチョウがその仮親の行動によって、卵の色や形をうまく進化させている例だろう。
さらに、この話には続きがある。実は、ツリスドリがコウウチョウの卵を区別しない地域では、寄生バエがツリスドリの雛に寄生していることが多い。すると、こうしたツリスドリの巣で生まれたコウウチョウの雛は、周りのツリスドリの雛に寄生している寄生バエをとってやるという行動をとるという。ツリスドリにしてみれば、自分の雛が育つためには、コウウチョウの雛がいたほうがよいかもしれない。それで、そのような地域では、ツリスドリがコウウチョウの卵を区別しない行動が進化したのであろう。
コウウチョウがツリスドリの卵に似せたり似せなかったりするこうした現象は、雛がうまく育つように、周りの環境(この場合はツリスドリの行動)に応じてつくられたコウウチョウの性質である。このように、生物の個体の生存や繁殖に有利な性質が進化した場合を、「適応進化」と呼ぶ。

ヒトの尻尾と適応進化
ヒトは尾椎と呼ばれる骨をもっているが、これはいわゆる尻尾の痕跡で、現在、この骨は何の役にも立っていない。この骨の数には個体差があり、三個の人もいれば、六個の人もいる。このように個体の生存や繁殖に関係していない性質は、その生物に害を与えなければ、長い間失われないで保存されることがある。 また、セグロカモメの雛は、親のくちばしの先端にある赤い斑点をつつき、その刺激により、親は餌を吐き出し、雛に与える。もしこの赤い斑点が黄色い斑点であれば、雛はくちばしをつつくことがなく、雛はタイミングよく餌をもらえないかもしれない。しかし、赤い斑点の形が丸から四角に変わっても、雛にここをつつかせて餌を与えるという機能は変わらないかもしれない。この斑点が同じ機能を果たしているかぎり、その形は丸から四角、四角から不定形へと変化しても、雛の生存に与える影響は変わらないだろう。 ヒトの尾椎の数の変化のように、役に立ったり害になったりするようなことのない性質の変化、あるいはセグロカモメの斑点のように、同じ機能を果たす範囲内の形の変化といった進化を、前述の適応進化に対して「非適応進化」という。 進化によって個体の性質は変化していくが、その変化は個体の生存や繁殖をより効率よくすることもあるし(適応進化)、そうでない場合もある(非適応進化)。進化の方向は、必ず生物の機能を高める方向とはかぎらないし、生物の形は、単純なものから複雑なものへと変化するとはかぎらないのである。
「種」とは何か
さて、進化考えるうえで問題になるのが、「種」という概念である。では一体、種とは何だろうか?進化において種というものは、何か役割を果たしているのだろうか[注2-4]。
くちばしの長さに関する遺伝子aが遺伝子Aに変化するのは、実際に「遺伝子」が変化している。また、個体のくちばしの長さが変化するということも、「個体の性質」そのものが変化しているといえる。それでは、たとえば、ガラパゴスフィンチの祖先の種からオオガラパゴスフィンチという種ができる変化は、「種」自体が変化しているといえるのだろうか。
生物の種をどのように定義すればよいのかは、ずっと問題にされてきた。現在でも、意見が一致しているとはいえない。しかし、もっともよく使われる定義は、お互いに交配して子どもが残せる可能性(繁殖可能性)のある集団を、生物学的種概念とみなすものである。この本では、この生物学的種概念をとりあえず「種」として扱うことにしよう。
ただ実際には、種は何らかの形態的な特徴で分類されることが多い。というのも、種にはまず、地球上の様々な生物を何か特定の「グループ」に分類する、という目的があるからだ。生物を分類するには、同じ形態をもつかどうかというような、一つの基準を決めればよい。交配して子どもが残せるかどうかを確かめることは、現実上不可能な場合があり、形態を用いて分類するのが便宜上は有効だ。しかし、種という単位を、形態による分類を用いたうえで、同時に進化に関わっている単位として定義しようとすると、大きな問題が生じてくる。
注2-4:種の定義
種には、現在、22以上の定義が存在している (Mayden, 1997) 。もし、自然界には、集団レベルで、どの生物にもあてはまる基本的で重要な一つの単位(種)が存在するなら、研究が進むにつれて、どの研究者も納得するような定義に次第に落ち着いていくはずである。しかし、実際には異なる種の定義は次第に増加している、とマイデンは指摘している。つまり、集団レベルで、どの生物にもあてはまる基本的で重要な一つの単位である種というものを定義することは不可能であり、生物の集団をどうとらえるかは、研究者によって、また、生物によって、様々であり、まさにその多様さが、進化によって作られた結果であるといえる。
そのような多様な集団のありかたの中で、進化学上よく使われる種の定義としては、生物学的種概念、系統学的種概念などがある。生物学的種概念によると、互いに潜在的にあるいは実質的に交配可能な個体の集団の集まりであり、他の同様の集団とは生殖的に隔離されている。この定義は、生物がどのように分岐し、多様な生物を進化させてきたか、を考える上で重要である。生物は、生殖が隔離されていることで、他の集団からの遺伝子の流入による交雑の影響なく、それぞれの集団で独自の進化が可能になるからである。種分化というプロセスは、生物学的種概念をもとにした、種がどのように形成されるかということを問題にしている。
しかし、実際の生物では、繁殖可能かどうかで、生物を認識、分類することが困難な例は多い。現在分類学上で種名が登録されているものの中で、この生物学的種概念に相当する種は、それほど多くないと思われる。また、系統学的種概念は、同じ起源をもつ単系統群を種として認識するものであるが、形態や生態が違ったり、お互いに交配でなかったりする生物群が同じ単系統群に含まれたりすることがしばしばあるので、うまく適用できない場合が多い。
生物学的種概念や系統学的種概念といった種は、進化の結果やプロセスをもとにした概念であると思われる。それに対して、古典的な分類学上の種は、鑑別分類による種であり、これは、人間が形態などによって区別できるものを種とみなしている。進化によって作られる生物の集団は様々な様式をとるので、進化の結果やプロセスをもとにした種概念は、進化を考察する上で重要ではあるが、すべての生物を分類するような単位にはならない。逆に、分類することを目的にした場合、人間は、うまく認識できるように、階層的な分類を行う。このような階層的な分類というのは、必ずしも進化の結果を表しているとは限らなし、自然界が階層的になってるということでもない。
従って、研究や一般に認識しやすいように、生物を便宜的にラベルし、識別する DNA 分類(DNAバーコンディング)という方法が使われることが多い。 また、生物保全のためには、分類学上の種ではなく、保全すべき集団は何かという観点からの集団の単位 (Evolutionary Significant Unit) も考えだされている( たとえば Crandal et al. 2000) 。
Mayden R. L .1997. A hierarchy of species concepts: the denouemant in the saga of the species problem. In: Claridge M. F. , et al.(eds), Species: the Units of Biodiversity. Chapman & Hall, London, 381-424.
Crandall K. A. et al. (2000) Trends in Ecology and Evolution 15: 290-295.
種についての議論は『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』(Page 264〜)も参照。
「種」は進化しない
それでは、進化と種の関係をどう考えればよいだろうか。
ハシボソガラパゴスフィンチをみてみると、ピンタ島の集団とサンタクルス島の集団は、潜在的に互いに繁殖する可能性はある。しかし実際には、ピンタ島では小さいサイズに、サンタクルス島では大きいサイズにと、独立に進化している。この場合は、ピンタ島やサンタクルス島という地域繁殖集団や「実質的遺伝子交流集団」の中で、サイズという個体の性質が変化し、進化が起こっている。その個体の変化にともなって、それが属する集団が、違った性質を持つ集団へと別々に進化しているのである。
個体の変化の結果として、ある集団と別の集団の個体の形態が、類似したり異なったりしてくる。さらに、ある集団の個体と別の集団の個体では、子どもを残せる可能性が残っているかもしれないし、すでに子どもを残せないほど違っているかもしれない。いずれにしても、実際に進化したり、進化に関わっているのは、遺伝子、個体、繁殖集団あるいは実質的遺伝子交流集団などであり、その結果として、生物学的種概念による「種」(潜在的に繁殖可能な集団)や形態の類似性で分類した「種」が生じる。つまり、種自体が変化し、進化しているわけではないのだ。
もちろん、種を地域繁殖集団あるいは実質的遺伝子交流集団として定義すれば、その「種」は、それ自体が進化する集団の単位となる。しかし、その定義によって生物を分類し整理しようとすると、兄弟が別々の種に属するというようなことも生じたりして、その定義を分類に使うことは不都合になるだろう。
種は分類のための単位としては有効は概念であるが、進化に変わる集団として用いるには不適切なのだ。何を種として定義しているのか、また、実際に種として扱っている集団がどのような集団なのかを、はっきりとさせておかないと混乱が生じる。五章で述べるように、実際には形態で分類した生物集団を扱っていながら、それがあたかも生物学的種概念による種、あるいは進化している集団として考察している、ということがある。進化に関する論議では、このような場合が意外に多く、進化理論の論議を誤った方向に導いている結果になっているので、注意したい。
2―進化のプロセス
進化の最初のプロセス―突然変異
前節では、進化とはどんな現象なのかを述べた。ここでは、どのようなプロセスが積み重なって生物進化が起こるのかについて、まとめてみることにしよう。
世代を越えて引き継がれる性質が変化することが、進化であることはすでに述べた。性質を引き継ぐ役目を果たしているのは遺伝子だから、引き継がれる性質が変化するためには、遺伝子が変化しなければならない。そして、その遺伝子やDNAが変化することを、「突然変異」という。
なぜ私たちは、最初に遺伝子の変化を考えなければならないのだろうか。
生物のもっている性質は、いろいろな要因で変化する。大人に成長したときの体の大きさは、食べ物の量や質に影響されるだろう。また、立派な角をもったカブトムシは、雄同士の戦いで角が折れてしまうこともあるかもしれない。しかし、食べ物による体の大きさの変化や、折れた角などのような性質の変化は、子どもに伝えられないので、進化とはいわない。だが、もし遺伝子の変化が原因で短い角をもつカブトムシがいれば、その「短い角」という性質は、次の世代に伝えられる可能性がある。それゆえ、進化の最初のプロセスが突然変異であるとみなされるのだ。
もう少し細かくいえば、生殖細胞(精子や卵となって、子どもに伝えられる細胞)にあるDNAが変化することが、進化にとって重要な第一プロセス、つまり突然変異である。
DNAは、前にも少し述べたように、四種類の塩基の配列が遺伝情報として複製されて、次の世代に伝えられる。この複製はかなり正確に行われるが、時にまちがって複製されることがあり、これが突然変異となる。突然変異となるDNAの変化には、一つの塩基が他の塩基に置き換わって複製される(たとえば、アデニンという塩基がシトシンに変化する)、という他にもいろいろなタイプのものがあり、その結果、個体の性質の様々な変化となって現れる。
遺伝子と個体をつなぐ発生のプロセス
突然変異によって遺伝子やDNAが変化しても、その変化が生物個体の生理的特徴や形態や行動などの変化には結びつかないこともある。しかし、表に現れた性質が変化しなくても、遺伝子やDNAが世代を越えて変化していけば、それは進化といえる。
ただし、ここでは、突然変異によって表に現れた個体の性質がどのように変化するのかをみてみよう。
遺伝子の変化がどのように個体の性質に現れてくるかは、個体が受精卵から発生して成体が作られるまでのプロセスや、細胞の中で作られるホルモンによって行動が影響を受けるプロセスに依存している。これを、進化における「発生のプロセス」と呼ぶ。
遺伝子が変化したからといって、生物はどんな性質にでも変化できるわけではない。具体的に生物個体がどのような性質に変化することができるかは、この発生のプロセスによっている。
私たち脊椎動物は、体の中に骨という内骨格をもつ動物であるが、昆虫はクチクラという硬い皮でできた外骨格をもつ動物である。だから昆虫は大きくなるためには脱皮をして、古い皮を脱ぎ捨てなければならない。古い皮を脱いで、体が少し大きくなったところへクチクラが分泌され、それが硬くなると以前より大きな外骨格ができる。しかし、もし体が象のように大きくなったとすると、脱皮してまだクチクラが固まっていない状態の時に体を支えるものがないので、自分自身の体重でつぶれてしまう。つまり、昆虫は発生の上で外骨格という構造をもとにしているかぎり、いくら遺伝子が変化しても、象のように大きな昆虫に進化することはないだろう。
このように、発生のプロセスは、遺伝子の変化つまり突然変異が、具体的にどのような個体の性質の変化として現れるのかを左右する、重要な機構である。
頻度変化と置換のプロセス
ショウジョウバエ(図12)の雄は、ふつう雌の上にのって二十分の交尾をする。ところが突然変異によってある遺伝子が変化すると、その遺伝子をもつハエは、二十分以上経過しても交尾を続けるという。あるいは、別の突然変異遺伝子をもつものは、十分で交尾をやめてしまう。

さて、突然変異が起こり、交尾を十分でやめてしまうショウジョウバエが生じたとしよう。はたして、これだけで進化といえるだろうか。
その突然変異をもったショウジョウバエが生きているうちは、進化的な変化が起こったといえるかもしれない。しかし、そのショウジョウバエが子どもを残して、その突然変異遺伝子を伝えていかなければ、長期的にみて進化が起こったとはいえない。つまり、一個体で生じた突然変異遺伝子が進化として伝えられるためには、集団中での頻度を増加させなければならない。
このように、遺伝子の頻度やそれによる個体の性質の頻度が増加したり減少したりすることを、進化における「頻度変化プロセス」という。
次に、交尾時間が二十分の個体ばかりだった集団に、突然変異によって交尾時間十分の個体が生じ、それが頻度を増して、その集団のすべての個体が交尾時間十分になったとする。そこにまた突然変異で、五分で交尾を終えてしまうような個体が生じ、それが頻度を増加させて、集団がすべて交尾時間五分の個体になるかもしれない。
このように、新しく生じた遺伝子が集団中の個体すべてに広まることを「固定」といい、その結果、古い遺伝子が新しい遺伝子によって置き換えられたり、その影響を受けて古い個体の性質が新しい性質に置き換えられることを、「置換プロセス」という。
DNAの置換をトランプに例えると‥‥‥
頻度変化や置換が起こる原因としては、次章で詳しく述べるように、自然選択や偶然の要因などいくつかの原因が関わってくる。
交尾時間が二十分から十分になるといった単純な進化なら、一回の突然変異と、それにともなう頻度変化だけを考えればよいかもしれない。しかし、前足が翼になるとか、単純な光を感じる部位から複雑な眼がつくられるという進化は、一つの遺伝子が変化していくだけでは生じない。翼とか眼といった複雑な性質が進化するためには、おそらく何回もの突然変異が生じ、その中の特定のものが集団中に広まり置き換わっていく置換のプロセスが、多くの遺伝子で次々に生じる必要があるだろう。
そのしくみは、こんなふうに考えられるかもしれない。
トランプが五枚配られたとする。この五枚の中からランダムに一枚選んでカードを捨て、新しい一枚のカードを引く。捨てたカードは残りのものと一緒にし、よくかき混ぜ、その中からまた一枚引く。このようなことを続けていけば、五枚のカードの組み合わせは、最初の組み合わせからどんどん変化していくだろう。それに対し、手持ちの中からランダムに一枚選び、捨てる前に一枚カードを引く。その二枚を比べて好きな方を残して、もう一方を捨てる。これを続けていけば比較的速く、フォーカードやフルハウスなどが達成できるだろう。
このカード一枚を一つの遺伝子(またはDNAの一つの塩基)とすると、カードを置き換える作業を、遺伝子の置換プロセスと考えることができる。
前者のように、ランダムに捨て、ランダムにカードを置き換えていくような場合は、遺伝子の組み合わせはランダムに変化していくだろう。一方、後者のように、ランダムに選んだカードと元のカードを比べてよい方をとるというような場合は、ある規則をもった遺伝子の組み合わせやDNAの配列が生じてくるだろう。
このような頻度変化と置換のプロセスで遺伝子が置き換わっていく結果、複雑な性質などが生じてくるのである。
集団の分岐のプロセス
ここまで述べた四つのプロセス(突然変異、発生、頻度変化、置換)だけでも、生物の進化は生じうる。しかし、現在なぜ地球上に多様な生物が進化してきたのかという問いには、分岐プロセスもまた重要な意味をもつ。
このプロセスは、前節でも述べたように、一つの集団が二つ以上の集団に分かれ、それぞれの集団の中で独立した進化が起こることである(このプロセスがどのように起こるかについては、五章で詳しく述べる)。
こうしたプロセスにどのような要因が関わっているかを説明するのが、現代の進化論といえるだろう。
三~五章では、どんなプロセスにどんな要因が働いて生物の進化が起こってきたのかを、具体的な例をあげながら、みていくことにしよう。
第三章 自然選択と適応進化
1―自然選択とは何か
雨が降るとくちばしが高くなる!?
ダーウィンフィンチ類の研究は以前から行われてきているが、最近になってプリンストン大学のグラントらによって、その生態や進化について多くのことが明らかになってきた。ここでは、そのうちオオサボテンフィンチのくちばしの形の進化を例に、自然選択がいかに働いているかをみてみよう。
ヘノベサ島に生息するオオサボテンフィンチの、くちばしの長さは約一二・五ミリから一七ミリまで、高さは九ミリから一二ミリまでのものがある。くちばしの長さや高さは、その個体が何を食べ物にしているかということと関係があるようだ。
彼らの食べ物は個体によって異なり、サボテンの実を割って種子の表面の種衣を食べる個体は、他の個体より長いくちばしをもっている。さらにその中でも大きくて硬い種子を割るのは、長くて高いくちばしをもった個体である。また、木の皮をはいで中に隠れている昆虫の幼虫やクモなどを食べる個体は、より高いくちばしをもっている。
サボテンの花の中にある果実の種子を食べるためには、くちばしは長いほうが都合がよい。逆に木の皮をはいだり、硬い種子を割るためには、上下に力をかけやすい高いくちばしがよいだろう。グラントらは、くちばしの長さ、高さ、大きさが食べ物をとる効率に影響することを、いろいろな餌を鳥に与えてみる実験によって明らかにした。
さて、一九八二年の後半から一九八三年にかけて、ガラパゴス諸島は例年にない雨にみまわれた。降水量は二四○ミリで、過去五年間の平均降水量の十四倍の値である。
この気候変化によって、この島ではサボテンがほとんど枯れてしまい、一九八四年には、サボテンの実はほとんど見つけることができなくなった。そのため同年から翌年にかけ、オオサボテンフィンチの食料は、木の皮の下に隠れている昆虫類と腐ったサボテンの葉肉だけになってしまった。
それまでサボテンの種子を食べていた個体は、食べ物を得るのに苦労することになり、実際、特にサボテンの種子が激減した一九八三~一九八四年には、それを主に食べていた、長いくちばしのオオサボテンフィンチの死亡率が高まった。また、一九八四~一九八五年には、特に木の皮の下の昆虫をうまく食べることのできる、くちばしの高い個体の生存率が高くなった。ただしこれは、くちばしの高い個体の生存率が高まったということではなく、相対的にくちばしの低い個体の生存率が低下したためである。そのうえ、くちばしの高い個体は、長い個体より多くの餌を得ることで、体のサイズや活動性が相対的に高まり、雄はより多くの雌と交尾をすることができた。
こうして、この島のオオガラパゴスフィンチの集団では、くちばしの長い個体が減り、くちばしの高い個体が増加したのである。
進化は遺伝によって完成する
ただし、一世代の中でくちばしの高い個体の頻度が増加しただけでは、くちばしが進化したといえない。くちばしの高い親からは高い子どもが、短い親からは短い子供が生まれる、という遺伝的な傾向がなければ、進化は完成しないのだ。
では、その遺伝の現状はどのように測られるだろうか。
父親と母親のくちばしの高さの平均値と、その子どもが大人になったときの高さの平均値を比べてみると、その高さがどれくらい遺伝するかが分かる。同じ集団のどの親子を調べてみても、両親と子どものくちばしの高さが一致すれば、くちばしの高さはすべて遺伝するということになり、これを遺伝率が一であるという。それに対して、両親のくちばしの高さが子どもに何の影響も与えないときは、遺伝率は○である。
前述のオオサボテンフィンチのくちばしの長さと高さの遺伝率は、それぞれ、○・五八と○・八二であることが分かっている。したがって、くちばしの高い個体が低い個体に比べて、より繁殖に成功すれば、次世代の集団では、くちばしの高い個体の頻度が増加することになるだろう。
前年ながら、現実のオオサボテンフィンチの例では、次世代の子どものくちばしの変化はまだ発表されていないので、結果はここで述べることができない。しかし、これと非常によく似た例が、一九七七年の干ばつ時のガラパゴスフィンチでも観察された。そこでは実際に、くちばしの大きさや形状が世代を経て変化したことが記録されている。
このフィンチの例は、世代を越えて遺伝する性質が変化したこと、つまり、生物進化を実際に示した例といえるだろう。
自然選択―何が原因で何が結果か
ここで述べたオオサボテンフィンチの例から、自然選択によるくちばしの進化をまとめてみると、次のようになる。
くちばしの高さと長さは個体によって異なり、その違いは食べ物の違いと関連していた。
くちばしの形状の違いは、次世代の残せる子どもの数に影響し、くちばしの高い個体は、低い個体に比べると、相対的に多くの子どもを残せる傾向があった。
くちばしの形状の差には遺伝子が影響しており、高いくちばしをもつ親からはくちばしの高い子供が産まれる傾向があった。
この三つのプロセスがすべて実行されることが、自然選択が働くことであり、その結果、くちばしの高い個体が集団中に増えることになる。
ところで、自然選択を考えるときには、「適応度」という概念が用いられる。適応度を示すにはふつう、個体が一生涯に残せた子どもの数を指標にして、他の個体との相対的な値を用いる。たとえば、高さ一二ミリのくちばしをもつ個体を平均すると、一個体あたり四羽の雛を残せたのに対し、高さ一○ミリのものは二羽しか残せなかったとき、前者の適応度を一、後者を○・五としたり、集団の平均値を一とおき(平均三羽であるとすると)、前者を一・三三、後者を○・六六としたりする。
くちばしの高い個体は低い個体より適応度が高いというように、個体のもつ性質の差が適応度の差に影響するということが、自然選択が働く条件になっている。ここで注意したいのは、適応度というのは、個体が実際に結果として残せた子どもの数ではなく、ある性質をもつ個体がどれくらいの子どもを残せるのかという、統計的に想定できる期待値である。だから、高さ一二ミリのくちばしをもつ個体の中には、別の要因で子どもを残せなかったり、六羽の子どもを残すものもあるだろうが、平均すると四羽の子どもを残せると考えるのである。
このように、ある性質の差が個体の適応度の差に影響し、それが原因で特定の性質をもつ個体が増加することを、自然選択による頻度変化という。
オオサボテンフィンチの例で、自然選択によって頻度が増大していくのは、結局はくちばしを高くする遺伝子である。言い換えれば、自然選択の原因となるのは個体の適応度の違いであり、その自然選択の結果増加するのが、くちばしの性質(高いか低いか)に影響する遺伝子ということになる。[注3-1]
この自然選択をめぐる原因と結果の関係は、進化の要因を考える上で重要なので、間違いのないように理解したい。
注3-1: ダーウィンフィンチの進化研究
ダーウィンフィンチの研究は、『はじめての進化論』が出版された1990年以降、現在まで継続して実施されており、リアルタイムで生じている進化の過程が明らかになっている。たとえば、30年間のガラパゴスフィンチのくちばしの大きさと形の変化についての結果が20年前の論文で示されている(Grant and Grant 2002)。
図Aは1972 年の調査開始時期から、くちばしの大きさと形は変動をしめしたものだ。もし、くちばしの大きさや体のサイズの違いと生存率や残せた子供の数の違いが有意に大きくなく、偶然に変動しているとすると点線に囲った範囲の中に入ると予測できる。しかし、実際は、この範囲を大きくこえており、この変化は、偶然によるランダムな変化ではなく、個体間の生存率の差による自然選択によって引き起こされた進化だとみなすことができる。グラントらは、もし 10 年に一回干ばつが起こるとすると、 200 年くらいの間に、ガラパゴスフィンチは、サイズの大きいオオジフィンチのような形態への進化が可能であるとしている。グラントらは、ここから以下のことを結論している。 1. 自然選択は自然環境下で観察することができるものであり、それは、繰り返しおこっている。 2. 自然選択の方向性は、常に変動している。 3. とくに、環境の変化が起こったときに、顕著に観察できる。そして、自然選択は、進化的な結果として、個体の性質の適応的な変化をもたらす。
また、その後の研究では、くちばしの変化が、種間の競争で急速に進化したことや(Grant and Grant, 2006)、雑種形成によって新しい種が生じたこと(Lamichhaney, et al. 2017)などが示されている。
さらに、30年間のダーウィンフィンチ4種の3955羽のゲノム配列を調べた結果、自然選択や種間の遺伝子流動が、どのようにゲノム上の変化をもたらし、種内や種間のくちばしなど形態的進化が引き起こされたのかが明らかになった(Enbody et al. 2023)。
- Grant, P.R. and B. R.Grant. (2002) Science 296: 707-711.
- Grant, P. R. & Grant, B. R. (2006) Science 313, 224–226.
- Lamichhaney, S. et al. (2017) Rapid hybrid speciation in Darwin’s finches. Science 359, eaao4593.
- Enbody, E. D. et al. (2023) Science 381, eadf6218.

2―適応とは何か
適応と適応度の違い
本書では、生物個体の生存や繁殖に役立っている性質を「適応的性質」と呼び、そのような性質が生じたり向上することを「適応進化」と呼ぶ。
ところで、適応という言葉に関しては、いくつか注意すべきことがある。
まず初めに、適応と適応度は異なるということを言っておかなければならない。
個体の生存や繁殖に役立っている性質を適応的性質というわけだが、適応的性質をもつ個体の適応度(一生に残せた子どもの数を、同じ集団の他の個体のものと比較した相対値)が必ず高いというわけではない。
たとえば、高いくちばしをもつ個体の方が食物をうまくとることができるとき、集団中に他の個体よりくちばしの高い個体が突然変異で出現したとすると、確かにその(くちばしの高いという)性質は、その個体の適応度を増加させるだろう。しかし同時に自然選択が働いて、集団の個体すべてが効率の良いくちばしの高さになってしまうかもしれない。そうすれば、みんな同じように効率のよいくちばしをもっているのだから、適応度はみんな等しくなり、すべての個体の適応度は一となる。つまり、適応的といわれる性質をもつ個体の適応度は、必ずしも高いとはいえないのである。
また、適応的性質は、自然選択によってのみ進化するとはかぎらない。あるトカゲの例でみてみよう。
砂漠にすむトカゲには、水分の消失をできるだけ防ぐために、体外に有毒物質を濃縮して分泌するものがある。このトカゲは、その分泌物のおかげで捕食者に食べられずにすんでいる。つまり、その分泌性質は、個体の生存に役立つ適応的性質となっているわけだ。
けれども、もともと「苦い有毒物質を分泌する」という性質は、砂漠で生活するために必要な代謝機構によって結果的につくりだされた付随物である。まず砂漠で生活することが第一で、そのためにトカゲは「苦い物質を分泌する」という性質を獲得し、その後その性質は、「捕食を避ける」という役目も果たすようになったのかもしれない。つまり、苦い分泌物を出すという性質によって個体の適応度が高まり、自然選択でその性質が集団中に広まったのではない、といえる。
以上、適応と適応度の違いをまとめてみよう。「適応」とは、ある環境条件のもとでの生物個体の生存や繁殖に役立っている性質である[注3-2]。それは進化の結果としてみられるものであり、必ずしも自然選択の原因にはならないし、自然選択によってのみつくられるのでもない。一方、自然選択は、同じ集団の中で相対的に「適応度」の高い個体に有利に働く、つまり、適応度の差は自然選択の原因になっているのである。
注3-2: 進化においての「適応」とは何かについては以下の記事を参照。
適応進化における自然選択の役割
前章で紹介したコウウチョウは、托卵先のツリスドリが卵を区別することが多い地域では、ツリスドリとよく似た卵を産み、区別しないところでは、あまり似ていない卵を産む。これは、生物が周りの環境に応じて相対的に有利な性質をもつように進化している例といえよう。
では、自然選択の作用なしに、このように進化することができるだろうか。
前項で述べたトカゲの例のように、「苦い物質を分泌する」という性質が偶然に「捕食者から逃れる」という性質に結びついて、自然選択の作用なしに集団に広まったということもありうる。しかし同じ砂漠の中でも、地域によって捕食者の種類が異なり、各地域のトカゲはそれぞれの捕食者に最も効果的な「忌避物質」を分泌している、という現象があるかもしれない。けれども、そのような周りの環境にちょうどみあった性質が、偶然に進化するということは考えづらい。
ある環境で、以前より生存や繁殖を向上させるような性質を増加させるためには、その性質が有利なものかどうかを判断する機構がなければならない。
北海道で雪虫として知られているアブラムシがいる。この雌は、産む子どもの数に応じてその性比を産み分ける。
たとえば、餌条件が悪く、多くの子どもを産めないときには、子どもはすべて雄になる。餌条件のよい場合は、雄だけでなく雌も産むようになる。産める子どもの数が増えるにつれて、性比は雌に片寄ってくる。それらの性比は、置かれた環境の中で結果的にもっとも多くの子孫を残すような値になっているのである。
しかしアブラムシ自身が、あるいはアブラムシのもっている何らかの機構が、その時の環境条件に応じて性比を計算して調節しているとは、考えにくい。彼らが環境に応じた性比を獲得しているのは、「最適な性比をとる」という個体の性質が、自然選択によって増加した結果である。
このような「適応的性質」という結果をもたらす原因としては、現在のところ、自然選択以外の機構はみあたらないのである。
3―集団選択の理論
レミングは本当に集団自殺するのか?
自然選択は、ある性質をもつ個体ともたない個体の、適応度に差があるときに働く。したがって、遺伝的に変化した性質が個体の適応度を高めれば、自然選択が働く。この意味で、「自然選択は個体に有利な性質に対して働く」といえる。
これに対して「集団や種に有利な性質が広まる」といわれることがある。レミングの集団自殺が、その例としてよくとりあげられる。
レミングはネズミの仲間の小型哺乳類で、ずんぐりした体で尾は短い。近縁種として、日本では本州に棲むハタネズミや北海道に棲むエゾヤチネズミがいる。
これらのネズミは、何年かおきに大発生することで知られている。とくに北欧では、レミングが大発生して森林から移動し、一部は川や海に突入したり、谷から飛び込んだりする様子が、集団自殺の例として伝説になっている。「集団自殺」というのが適当かどうかは疑わしいが、大発生した個体が集団で移動し、個体が死亡するというのは事実である[注3-2]。
このような性質(集団移動)が進化した原因として、次のように語られることがある。森林におけるレミングの数が異常に増え、そのままでは、そこにいるレミングが絶滅しかねない。そこで、レミングという種を存続させるために、レミングは集団の一部を残して大移動し、川や海に阻まれると自殺する、というのだ。
この話はよく、集団や種にとって利益となるような性質が進化する例として語られる。しかし、この説明は次に述べるように、誤ったものなのだ。
注3-2: レミングの集団自殺の話は、ディズニーの映画「White Wilderness(白い荒野)」が元になっている。しかし、この画像はやらせだったことが明らかになっている。
レミングは「個体にとって有利だから」移動する
それではなぜレミングは集団で移動し、大量に死ぬのであろうか。北海道のエゾヤチネズミ(図14)の例で説明してみよう。レミングほどの大規模な集団移動ではないが、エゾヤチネズミもレミングと同様に、個体数が大幅に変動し、その増加期には多くの分散個体(生まれた場所や定住場所から移動する個体)が現れるのだ。

エゾヤチネズミの雌は繁殖期になわばりをもち、一匹の雄は何匹かの雌のなわばりを動き回る。雄同士はなわばりはなく、行動圏は重なり合う。雌が発情する(雄の交尾を受け入れる状態になる)と、何匹かの雄が交尾しようと雌に接近する。接近した雄の間にかなり優劣の関係があるときは優位な雄が他の雄を追い払い、雌を独占する。雄の間の力が拮抗しているときは、数匹の雄が一匹の雌と交尾することがある。そんな時には、雌の一腹の子どもの父親が異なることになる。雌と交尾するためには雄同士で競争が行われ、交尾できずに終わってしまう雄もいる。
もとの場所を離れて分散した個体を調べてみると、競争に負け、雌との交尾に失敗した雄が多いことがわかった。分散する雄にとってみれば、そこにいても繁殖ができないので、移動に伴う危険を冒しても、別の場所に移ったほうがましかもしれないのだ。
このように、レミングやエゾヤチネズミでみられる移動、分散は、元の場所にいては繁殖可能性の低い個体が、他の場所への移動を試みたほうが少しは繁殖の可能性が生じるために、引き起こされるものと考えられる。そうした観察結果から、最近では、レミングが川や海に飛び込むことなども、「自殺」ではなく、泳いで新しい場所へ移動しようとする行動であるといわれている。
つまり、伝説的な「レミングの自殺」は、「集団(の存続)にとって有利」だからではなく、「個体にとって有利」だからなされるのである。
「集団選択の理論」は限定付き
ここで「個体にとって有利」とは、個体の適応度を高めるという意味である。同様に、「集団にとって有利」とは、集団の適応度(集団がどれくらい存続し、どれくらい集団を生成できるか)を高めることと考えればよいだろう。
集団にとって有利な性質の進化を説明する理論は、個体の適応度の差に働く自然選択(個体選択)に対して、「集団選択」といわれている。特に、一見すると個体にとっては不利に見える性質が進化する原因として、しばしば、この集団選択が持ち出されることがある。理論的には、集団選択によって集団に有利な性質が進化することはありうるし、集団選択の実例も、少数ではあるが示されている。
しかし、個体にとって不利な性質が、集団の絶滅を防いだり、集団の増加を助けるように進化するということは、限られた条件でのみ可能なのである。実際には、レミングの例でみたように、集団の適応度を高めたために動物の行動が進化した、という説を否定するような観察例が多いことを心にとめておいてほしい[注3-4] 。
注3-3: なぜ「種にとって有利な性質が進化しないのか」についてのより詳しい解説は以下の記事参照。また、集団選択と利他行動については『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第3章を参照。
4―利他行動と協力の進化
リカオンはなぜ”他人の子”を育てるのか
他個体よりも多くの子どもを残せる性質ばかりが進化するのだとすると、自分の繁殖を犠牲にして他人の生存を高めたり、繁殖の手助けをする、という行動は進化しないのだろうか。
働きバチは自分は子どもを産まずに、女王バチの子どもの世話をする。アフリカに棲むハダカデバネズミ(図15)は、集団で穴を掘って生活しているが、一つの集団では一匹の雄と一匹の雌だけが繁殖し、他の個体は集団の防衛や食物の運搬に従事して、自身が繁殖することはない。[注3-4]

注3-4: ハダカデバネズミは、癌にならず老化しづらい生物である。
なぜ、このような利他行動が進化したのであろうか。
イヌ科の中でもっとも肉食性が強いといわれるリカオンの例を紹介しよう。 リカオンはオトナとその子どもからなる二~二十頭の群れをつくる。彼らは協力して、自分たちより大きな獲物を狩る。このリカオンの群れの特徴的なことは、オトナの雄同士の関係は兄弟であるということだ。そして、その中の優位な一頭の雄と他からやってきた雌だけが、交尾をして子どもを残せる。他の繁殖しない雄たちは、その子どもの世話をするヘルパーとなる。なぜみずからは繁殖しないで、兄弟の子どもの世話をする行動が進化したのか。その理由として、次のようなことが考えられている。
群れの雄の中での優劣関係は厳しく、それは特に雌と交尾をするときに顕著になる。通常は、劣位な雄は交尾をすることはできない。もし交尾して子どもが生まれたとしても、その子どもは優位な雄に殺されてしまう。かといって、劣位な雄は単独では狩りが困難だ。一方、優位な雄は、狩りにおいて最も危険な役割を担っているから、死亡率も他の雄より高い。優位な雄が死んだ後は、ヘルパーの中の一頭が新たに優位な雄となる。その時には、それまで自分がヘルパーとなって育てていた前の優位雄の子どもも、重要な狩りのメンバーになる。その時のために子どもを手なずけておくことは、ヘルパーにとっても有利になる。
また、優位な雄とヘルパーとの関係は兄弟である。一般的に、兄弟間で同じ遺伝子をもっている確率は1/2である。つまり、優位な雄も、他の個体の世話をする性質に関与する遺伝子をもっている確率は1/2である。ヘルパーは、自分の子どもを残さなくても、兄弟の子どもをより多く残せることができるのなら、他個体の子どもの世話をするという、自分と同じ遺伝子を残していくことができるかもしれない。 自分の子どもを産んでも、ほとんど育つ可能性が少ないときには、自分は産まないで兄弟を助け、その子どもを二頭以上残した方が、自分と同じ遺伝子を次世代に伝えられる確率は高くなる。その結果、利他行動に関わる遺伝子も伝えられていくことになる。
これは、血縁関係のある他個体の適応度を増加させることで自分と同じ遺伝子を増加させる、「血縁選択」と呼ばれる、進化の一つのあり方である[注3-5]。
注3-5: 血縁選択についての解説は『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第3章、また、「ヒトの向社会的行動の進化:なぜ人は利他的に振る舞うのか」を参照
進化的に安定な戦略とは?
ダーウィンの自然選択説は、一章で述べたように、生存闘争という言葉で表されることが多い。そのため、生物個体の間でみられる協力的な行動は、非ダーウィン的なものだと誤解している人がいるようだ。
協力的な行動が進化する最大の要因は、それによってみずからの適応度が増加する点にある。簡単にいえば、自分一人では一個の餌しかとることができないのに、二個体で協力すると、一個体あたり二個以上の餌を得られるようなときである。その場合には当然、協力したほうが個体あたりの適応度が高くなる。
もう少し別の場合を考えてみよう。
他個体と協力して餌をとる性質と、他個体の邪魔をして自分だけ餌をとろうとする性質があるとする。協力した個体は、それぞれが四個の餌を得ることができる。邪魔をした個体は、相手には一つも餌をとらせないかわりに、邪魔をするという行為のために自分も三個しか餌をとることができない。さらに、邪魔をする個体同士が出会ったときには、お互いに邪魔をし合って、それぞれが一個ずつしか餌を得ることができないとする。
集団すべてが協力的な性質の個体ばかりだと、すべての個体は協力する個体と出会い、お互いに四個ずつの餌を得ることができる。そこに邪魔をする性質をもった個体が突然変異で生じたら、どうなるだろうか。邪魔をする個体は、まわりがすべて協力的な個体ばかりなので、三個の餌を得ることができる。しかし、他の個体の間の関係は、協力するもの同士なので、みな四個の餌を得ることができる。ということはつまり、邪魔をする個体は適応度が低いことになってしまうので、集団に広まっていくことができないわけだ。
この例のように、協力的な個体ばかりが集団を占めるような状態では、邪魔する個体は広まっていくことができない。そこで、他の性質の侵入を防げるような性質を、「進化的に安定な戦略」と呼んでいる。進化的に安定な戦略は、環境が変わらないかぎり、自然選択によって集団中に維持されるのである。
それでは、はじめに邪魔する個体ばかりが集団を占めているときはどうだろうか。集団中には邪魔する個体しかいないので、お互いに一個しか餌を得られない。そこに協力的なものが一個体出現したとしても、まわりがすべて邪魔する個体なので、一つの餌も得ることができない。したがって、協力的な個体はその集団に広まることができないので、この場合は、邪魔をするという性質が「進化的に安定な戦略」となるのである。
5―共進化と共生関係
クジラとイカの”イタチごっこ”
イルカやクジラは、ソーナー(超音波によって目標物の位置を知る方法)を使って獲物を見つける。音波を出して魚やイカなどから反射してくるエコーを聞き分け、獲物の方向や距離を知るのだ。コウモリも同様に、超音波を出して獲物の位置を見つけることで知られている。
潜水艦や戦闘機は、相手のレーダーやソーナーに捕らえられないような工夫がなされている。一つの方法は、相手のソーナーをいち早くキャッチして逃げることである。生物界でも同様に、コウモリの餌となる蛾は、コウモリの出すソーナーをより遠くで聞くことができ、コウモリが現在どの方向にいるかによって飛び方を変えている。
しかしイカやタコは、イルカやクジラのソーナーを聞くことはできない。なぜなら、彼らには音を聞く耳のような器官がないからだ。一説では、クジラは餌を捕らえるとき非常に大きな音を出して、相手を気絶させて捕まえるので、タコやイカは音を聞こえなくして、それを避けているのだともいう(もっとも、この説は疑わしいが)。
音が聞こえないかどうかは別として、イカやタコや多くの魚は、捕食者のソーナーに対して無防備ではない。たとえば、魚の浮袋は空気が入っているためよく音を反射するので、クジラやイルカのソーナーや漁師の魚群探知機は、その反射音をキャッチして魚を見つけている。そこで魚の中には浮袋をもたないものも現れ、ソーナーからうまく逃れることができているのだ。また、イカやタコなどは、温度や塩分濃度の異なる層の境界を泳いでいるともいわれる。そういった境界はソーナーを強く反射するので、イカやタコを見つけるのが難しいからである。潜水艦が相手のレーダーに感知されないように次第に改良されていくように、魚やイカやタコなども、捕食者のソーナーから逃れるような性質を進化させているのかもしれない。
しかし、クジラの方もまた、相手の対ソーナー戦略に対抗するような性質を進化させても不思議ではない、魚が大群でいると、クジラのソーナーはうまく機能しないらしいが、そんなとき、クジラは最初に大きな音を出して相手に衝撃を与えて、一瞬気絶させ、その後、ソーナーで分散した個体を追跡するという手段を使っているという。
「軍拡競争」による共進化
前項のように、餌となる生物(被食者)は捕食者がどのように餌をとるかに対抗して、捕食者から逃れるような性質を進化させる。逆に捕食者は、その被食者の性質に対抗できるような性質をさらに進化させることもあるだろう。
このように、異なる生物(異なる遺伝子交流集団に属する生物)同士がお互いの影響を受け合って進化していく過程を、「共進化」という。この進化も、これまで述べてきた自然選択による進化と基本的に同じである。つまり、捕食者からよりうまく逃れられる性質をもったものが、集団内に増加していくことによって起こるのだ。
潜水艦とそれをキャッチする戦闘機の関係のように、互いの戦略がエスカレートしてどんどんと改良を重ねていくことになぞらえて、捕食者と被食者が互いに対抗戦略を進化させ続けることを、「軍拡競争」呼ぶ。前述のクジラとイカの関係は、まだはっきりと証明されたわけではないが、この「軍拡競争」の一例といえるかもしれない。「軍拡競争」は、寄生者-宿主の関係でもみられる。病原菌やウイルスに感染すれば、その宿主である動物は、病気にならないような性質を進化させ、逆に病原菌やウイルスは、宿主の防衛戦略に対抗して、新たな感染性質を進化させる。抗生物質が効かない細菌が出現するように、医学によって細菌やウイルスの感染や増殖を防ぐ手段が開発されても、すぐそれに対抗できる新たな病原体が進化するという現象は、共進化における「軍拡競争」といえよう[注3-6]。
注3-6: 軍拡競争や共進化に関しては『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第3章-3項参照、
「共生」における共進化
このような共進化の関係は、捕食者-被食者、寄生者-宿主の関係だけでなく、同じ餌を利用する異生物間の競争関係、また、異生物が一緒に生活する共生関係などでみられる。
「共生」とは、広い意味では、異なる生物が密接に関わり合って生活する場合すべてを意味するのだが、ここでは、異なる生物が互いに利益を及ぼし合っている共生関係(シンビオシス)についてみてみよう。
たとえば、花を訪れる昆虫は、蜜をもらうかわりに花の花粉を運ぶことで、お互いに利益を得ている。花をつける植物の側では、より多くの昆虫を引きつけることができるように、花の色や形や蜜の成分が進化するだろう。昆虫の側では、蜜がよりうまく吸えるように、口の形が進化するかもしれない。
また、牛の胃に棲む微生物は、ウシが餌をもたらしてくれるかわりに、餌の成分であるセルロースを分解してウシの消化を助けている。さらに、ウシの胃の中で死んだ微生物は、タンパク源としてウシに利用される。ウシの方でも、微生物が草を発酵、分解しやすいように大きな胃を進化させ、また微生物もウシの胃の中でうまく繁殖し、ウシには害を与えないような性質をもったものが進化する。この微生物は、ウシの子どもが母親のフンや口のまわりをなめることで、代々伝えられていく。
こうした進化は、共生関係にある生物同士による「共進化」といえる。
さらに、密接な共生関係が進化したものとしては、細胞とその器官である葉緑体やミトコンドリアとの関係が知られている。葉緑体やミトコンドリアは、はじめは独立した生物だったと考えられているが、現在では、一つの生物の細胞の器官として機能している。宿主の細胞に有機物やエネルギーを供給する代わりに、細胞内で保護をうけ、維持に必要な成分をもらっているのだ(図17)[注3-7]。
このように、共生関係には、別々の生物間にみられるものから、一つの生物体のようにふるまっているものまで多彩である。この共生関係の進化もまた、「他の生物と共生する」という性質が、自然選択によって同じ生物集団の中に広まった結果なのである。
最後に一つ。ウシが微生物と共生するように、一つの生物の遺伝的な変化ではなかなか進化できない性質(セルロースを分解するというような)でも、遺伝的に違った性質をもつもの同士が一緒になって、新しい性質を獲得するということができる。つまり、共生は新しい性質の進化にも重要であることを申し添えておこう。

注3-7: 古細菌(アーキア)がαプロテオバテリアと共生することで、真核性物が生まれる。さらに、シナノバクテリアとの共生で植物が進化。
6―DNAの適応
コピーされて増えていくDNA
ある特定の遺伝子が増加するのはその遺伝子をもつ個体がより多くの子どもを残すためである。つまり、遺伝子は個体の繁殖にともなって増加するのだ。
ところが、遺伝子やDNAの中には、個体の繁殖とは独立に増えていくものがある。重要な要点を書いた講義ノートが、コピーされて広まっていくような場合を想像してみよう。
内容のよいノートは引き合いが多く、より多くコピーされる。さて、このノートの中にK・Yというイニシャルが書いてあり、「このノートをコピーする人は必ず、K・Yというイニシャルをノートの空白に五回書いてからコピーすること」という注意書きがしてあるとする。これが実行されれば、コピーのたびにK・Yというイニシャルはノートの中に五個ずつ増えていき、ノートの空白はK・Yという文字で満たされるようになる。もっとも、あまりK・Yが増えすぎると、読みづらくなり、そのノートがコピーされる機会は減るかもしれない。
ここで、ノート自体を生物個体、ノートに書かれてあることを遺伝情報(DNAの塩基配列)にたとえることができる。ノートがコピーされることで、同じ内容をもったノートが増えていくように、子どもが増えていくことで、ふつうの遺伝情報は増えていく。ところが、K・Yという情報は、何の意味内容もないが、特別のシステムで複製していくために、ノートの中にも広まっていくし、ノートのコピーとともに別のノートにも広まっていく。実はDNAの中にも、このような配列が存在するのである。
利己的に繁殖するDNA
ミニサテライトDNAという、非常に短いDNA配列がある。この短い配列は、一つの個体の中にいくつも同じコピーが繰り返し存在している。その数が個体によって変化している。これは、K・Yのようにみずからを複製させる機構のために、個体の繁殖によって集団に増加するだけでなく、その個体自体の中でも増えているからだと考えられる。
先述のノートのコピーの例で、ノートが複製される原因(つまり講義内容)とは関係なく、K・Yは複製される。それと同様に、このミニサテライトDNAも個体の性質には影響していないようだ。ただし、あまり増えすぎると、個体の繁殖能力が低下して(つまり、K・Yが増えすぎて読みづらくなり、そのノートがコピーされる機会が減るように)、集団中で生き延びることができないので、個体に影響を与えない程度に増えているものと思われる。
このようなDNAは、個体の繁殖とは別に、それ自体が個体の中で複製される機構をもっているので、「利己的DNA」と呼ばれる。
利己的DNAといわれるものには、このほかにも「トランスポゾン」というものがある。DNAは二本の鎖となって長く折りたたまれて、タンパク質と結合して染色体に存在しているが、DNAの配列の中には、その鎖から抜け出して別のDNAの鎖に入り込んだり、もとのDNAはそのままで、コピーされたDNAが移動して他のDNA鎖に挿入するものがある。これがトランスポゾンである[注3−8]。
トランスポゾンが生物個体にどのような影響を与えているかは、まだよく分かっていない。しかし、その多くは何も影響しないか、生存力や繁殖力の低下をもたらすものと思われる。個体の生存や繁殖にプラスに働いているわけでもないのに、それでもトランスポゾンが存在するのは、個体の繁殖とは関係なく、自分自身が複製して増加しているからであろう。いわゆる「寄生虫」のような存在なのだ。
こうしたミニサテライトDNAやトランスポゾンは、個体の生存や繁殖を向上させるからではなく、自分自身の複製に有利な性質をもつために存在している。個体レベルではなく、DNAレベルではあるが、これもまた「適応」現象といえるかもしれない。
注3−8: ヒトのゲノム中の約半分はトランスポゾン(転移因子)である。これらの配列は、もともとウィルス由来だったものもあり、ゲノムをもつ個体の生存とは関係なく寄生者のような利己的配列である。しかし、長期間の共生関係(寄生-宿主関係)により、トランスポゾンの一部は、遺伝子を調節するようになり、個体の生存や繁殖に寄与するように進化したものもある。利己的遺伝因子については、『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第3章参照。
7―突然変異と適応進化の関係
突然変異は偶然か必然か?
突然変異はランダムに起こるといわれる。つまり、環境に有利な変異が生じるかどうかは偶然である、というわけだ。
今まで森の木の実ばかり食べていた鳥が、樹木のない草花ばかりの環境に移ったからといって、草花の蜜を吸うのに都合のよい細いくちばしになるような突然変異が起こるとはかぎらない。ランダムに生じた変異の中から、環境に対して有利な変異を自然選択が選ぶことで、特定の変異が広まっていくのだ。
しかし、本当に、環境に対して突然変異はまったくランダムに起こるのだろうか。80年代後半から90年代にかけて、大腸菌の突然変異のランダム性をめぐって、活発な論争が展開された。
大腸菌は、哺乳類の腸管に寄生する単細胞の生物だ。牛乳の主要成分の一つである乳糖を分解してエネルギーにすることのできない大腸菌を、乳糖ばかりの環境で培養してやる。そうすると、まわりが乳糖という環境が引き金となって、乳糖を分解できるようになる突然変異が生じるという。つまり、環境が、その環境でより生存や繁殖が向上するような突然変異を誘発する、というわけである。
最近(2002年)になって、ヘンドリックソンらが、この現象は、環境が生存や繁殖が向上するような突然変異を誘発するわけではなく、「ランダムに生じた変異の中から、環境に対して有利な変異を自然選択が選ぶ」というプロセスと同じであることを示した。結局、いまのところ、環境が、その環境に適した突然変異を誘発するということはなさそうである[注3−9]。
注3−9: 適応的突然変異ついては、『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第2章「突然変異はランダムなのか」参照。
突然変異の率も適応進化する
突然変異の率が環境の影響を受けて変化することは、古くから知られている。
たとえば、放射能や紫外線は突然変異の率を高める。最近よく言われるように、フロンガスによってオゾン層が壊されると、地上に届く紫外線の量が増え、癌になる確率が高くなることが予測されている。これは、紫外線が癌の発生に関連する遺伝子の変化を引き起こすためである。また、食物の中の成分(いわゆる発癌性物質と呼ばれるもの)も、同様に突然変異を誘発する。
この突然変異の率に関して、次のような実験がある。
ショウジョウバエにX線を照射してやると、突然変異の率が上昇し、産む子どもの数が激減する(突然変異の多くは生物個体にとって有害であるため)。しかしX線を照射し続けると、何世代か後には繁殖が回復した。これは突然変異の率が小さくなったためである。
この現象は次のように考えられる。つまり、突然変異率を調節する遺伝子があって、X線が照射される環境では突然変異率を下げる遺伝子をもつ個体が有利になり、それが自然選択で広まったために起こったものと考えられる。このことは、突然変異の生じる率もまた、適応的に進化する可能性のあることを示している[注3−10]。。
以上、本章では、自然選択を主な要因とする適応進化の現象をみてきた。次章では、自然選択以外の進化の要因や、適応的でない進化、あるいはまた、進化の制約となっているものなどについてみていくことにしよう。
注3−10: 突然変異率の進化ついては、『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第2章「突然変異はランダムなのか」参照。
第四章 非適応進化と進化の制約
1―偶然による進化
アサガオの花の色はどうして変わる?
ここではアサガオの色の変化を材料に、遺伝と進化のシステムを考えてみよう。
アサガオの色に関する二種類の遺伝子(対立遺伝子)、Pとpがあるとしよう。
一個体のアサガオは、二つの対立遺伝子を一対もち、PPあるいはPpという遺伝子型の個体は青い色の花を咲かせ、ppのときはピンク色の花を咲かせる。個体は次世代に遺伝子を伝えるために、花粉と卵(胚のう内の卵核)をつくり、一つの配偶子(花粉あるいは卵)には、二つの対立遺伝子のうちのどちらかひとつが含まれる。したがって、遺伝子型PPの個体のつくる配偶子はすべてPという対立遺伝子をもつが、遺伝子型ppの個体では、対立遺伝子Pをもつ配偶子と対立遺伝子pをもつ配偶子が半分ずつできる。
遺伝子型PPの個体と遺伝子型ppの個体を交配させると、必ず対立遺伝子Pをもつ配偶子とpをもつ配偶子が受精するので、遺伝子型Ppの種子ができ、成長すると青い色の花をつける。そして、この遺伝子型Ppの個体同士を交配させると、PP、Pp、ppの遺伝子型をもつ種子がそれぞれ1:2:1の割合でできることになる。
さて、十本のアサガオをビニールハウスの中で栽培してみよう。まず青い花の種子(ここでは遺伝子型はPPのみを選ぶ)を五個、ピンク色の花の種子(遺伝子型はpp)を五個ずつまいてみる。ビニールハウスなので、外から花粉が運ばれてくることがないため、成長したら十個体の間で交配が起こる。そうしてできた種子のうち、ランダムに選ばれた十個だけをまたまくことにする。こうした状況を繰り返すと、青い花とピンクの花が混在する状態がいつまでも続くわけではない。何世代か後には十個体とも青い花ばかりになるか、逆にピンクの花ばかりにあるのである。
青い花の個体もピンクの花の個体も、一個体から取れる種子の平均数は同じである。つまり適応度に差はないので、何色の花の個体が次の世代に残るのかは、自然選択によって変化しているわけではない。
それでは、この頻度変化はどのような要因によっているのだろうか。
遺伝的浮動はランダムなもの
青い花のアサガオ(遺伝子型がPPの場合)ではPという対立遺伝子が花粉に入り、ピンク色の花(遺伝子型はpp)の花粉にはpが入る。花粉は大量につくられるので、無数といえる花粉の約半分はPをもち、残り半分はpをもっていることになる。
しかし、次の世代にまかれる種子は十個だけなので、この無数の花粉のうち、遺伝子を引き継ぐことのできるのは十個にすぎない。そして無数の花粉の中から十個の花粉を選んだとき、それは必ずしもPとpが五個ずつになるとはかぎらない。たとえば、コインの裏と表が出る確率は等しいが、それを十回投げたとき必ず五回が表になるとはかぎらないのと同じである。コインの場合には、偶然に八回表が出ることだってあり得るし、一回も出ないことだってあるかもしれない。
これと同じように、ランダムに花粉が選ばれていくとすると、十個の花粉がもっているPとpの頻度は、偶然によって変動していくのである。種子になる胚のう内の卵核についても同様で、十個の卵をもつ対立遺伝子Pとpの頻度も変化していく。そして花粉と卵の組み合わせの結果として、集団全体では二十個の対立遺伝子があるが、その中でのPとpの占める頻度は、最終的にはどちらか一方の遺伝子だけになるまで、ランダムに変動していく(どちらかの遺伝子で集団が占められることを「固定」という)。この遺伝子頻度の変化の結果として、花も変化していくわけである。
このように、遺伝子の頻度が偶然の要因で変化していくことを「遺伝的浮動」と呼び、自然選択によらない進化(遺伝子頻度の変化)の主要因をなすものと考えられている。
進化を決める”三つどもえ”
次に、遺伝的浮動と集団の大きさの間にはどのような関係がみられるか考えてみたい。
Pとpが半分ずつの多数の配偶子の中から、二対の配偶子をランダムに選ぶ(つまり二個体からなる集団をつくる)と、確率的に、百回に約六回はすべてがPであるということが起こりえるが、四対の配偶子を選ぶ(四個体からなる集団をつくる)場合には、すべてがPでしめられるということは千回に約四回しか起こらない。つまり、集団を構成する個体数が小さいほど、遺伝的浮動が頻度変化に影響する度合は大きくなるのである。
前項のアサガオの例では十個体の集団を考えたが、二十個体だとどうなるだろうか。その場合でも、最終的には青い花の個体かピンクの花の個体ばかりになる、という遺伝的浮動の行きつく結果は変わらない。ただし二十個体のときのほうが、最終的のどちらか一方の色の花になるまでに要する世代数は多くなるだろう。これは同様に、百個体、千個体となればなるほど、固定に要する世代数は、確率的に多くなるのである[注4-1]。
注4-1: 上のアサガオの例をシミュレーションで確認
上の場合は20個体だが, 30個体、520個体の場合の例
遺伝的浮動シミュレーションサイトへ (岩嵜航氏作成)
30個体の場合、以下の値に設定
Population size=30:Selection coefficient (s)=0:Initial frequency (Nq0)=15:Observation period=300:Number of replicates=100
Wright-Fisher diploid (h=0.5)にチェック
START!をクリック
520個体の場合、以下の値に設定
Population size=520:Selection coefficient (s)=0:Initial frequency (Nq0)=260:Observation period=4000:Number of replicates=100
Wright-Fisher diploid (h=0.5)にチェック
START!をクリック
今みてきた例は、青い花の個体とピンクの花の個体の適応度に差がない場合であったが、もし青い花の個体の方がピンクの個体より多くの種子をつけるとしたら、つまり青い花の個体の方が適応度が高いときはどうなるだろうか。
その答えとしては、次のように考えられる。
両者の適応度の差が大きいときは、自然選択が働いて、青い花の個体が増える可能性が高くなる。しかし同時に集団の個体数が小さいと、遺伝的浮動が頻度変化に影響する可能性がより高くなる。つまり、青い花の個体を増やすように働く自然選択による影響を減殺するように、遺伝的浮動による影響が働くかもしれない。逆に集団の個体数が大きければ、遺伝的浮動による影響は小さいので、適応度の差に働く自然選択がそのまま花の色の頻度変化につながるかもしれない。
このように、適応度の差と集団の個体数との相対的な関係に応じて、個体のもつ性質の頻度変化は、自然選択による影響をより多く受けたり、遺伝的浮動による影響をより多く受けたりするのである[注4-2]。
注4-2: 自然選択と遺伝的浮動の関係をシミュレーションで確認
青い個体(PP)は1%生存率が高い場合を想定(Selection coefficient (s)=0.01)上の場合は20個体だが, 30個体、520個体の場合の例
遺伝的浮動シミュレーションサイトへ (岩嵜航氏作成)
60個体の場合、以下の値に設定
Population size=60:Selection coefficient (s)=0.01:Initial frequency (Nq0)=30:Observation period=400:Number of replicates=100
Wright-Fisher diploid (h=0.5)にチェック
[START!をクリック]
520個体の場合、以下の値に設定
Population size=520:Selection coefficient (s)=0.01:Initial frequency (Nq0)=260:Observation period=1000:Number of replicates=100
Wright-Fisher diploid (h=0.5)にチェック
[START!をクリック]
個体数が増えるほど、自然選択の効果が上がるのが確認できる
遺伝的浮動による非適応進化
さて、これまでみてきたようなプロセスによって、どちらかの遺伝子に集団が占められてしまうと、その後は同じ色の花しか咲かないことになる。しかし何世代かたつと、突然変異によって違う色になる遺伝子が生じるかもしれない。
ある個体が花粉をつくる過程で、rという遺伝子が突然変異で生じたとしよう。個体がrという遺伝子をもつと、花の色は変化するが、残せる種子の数は他の個体と変わらなければ(適応度が同じということ)、その遺伝子が世代を重ねて伝えられるかどうかの運命は、遺伝的浮動に左右される。はじめは、この遺伝子rは一個体でしかつくられないため受精できる可能性は低いし、頻度を増大させていく可能性も低い。しかし、そのような突然変異が何回か生じれば、その内の一つが偶然に頻度を増大させていき、やがては集団中の個体すべてがそれをもつようになることもあるだろう。また、何世代かたつと別の遺伝子が突然変異で生じ、それまでの遺伝子に変わって固定されるかもしれない。
このような遺伝子の置換プロセスの結果として、花の色はピンク→青→赤→黄色というふうに進化していく。けれども花の色が変わっても個体の適応度が変化するわけではないので、このような変化を、前章でみてきた適応的な進化に対して「非適応進化」あるいは「中立進化」と呼ぶ(もっとも、実際には花の色は花粉を運ぶ虫に大きく影響していることが分かっているので、このアサガオの例は、あくまでモデルとして考えていただきたい)[注4-3]。
次説以下、この他の非適応進化の例をいくつかみていこう。
注4-3:有害進化
注3-12のシミュレーションでも見たように、PPに比べて、ppは適応度が低い。しかし、遺伝的浮動の効果で、個体数が小さいとpが頻度を増加させていくことが起こりうる。実際に、ゲノム中で突然変異よって生じた有害な遺伝子(病気などを引き起こす)が人間の集団では多く存在していることが示されている。有害進化に関しては、『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第1章「有害な進化も起こりうる」参照。
2―ヘモグロビンの進化
ヘモグロビンの違いと生物の分岐
血液を赤くしている成分であるヘモグロビンは、酸素との結合力が強く、肺の毛細血管で酸素と結合して、体内のいろいろな組織に酸素を運んでいる。大人のもつヘモグロビンは、それぞれ二本ずつのアミノ酸からなるα鎖とβ鎖という鎖からできている(図18)。

ヘモグロビンは脊椎動物すべてがもっているので、異なる生物のヘモグロビンを比較すると、ヘモグロビン自体がどのように進化しているかがわかる。
たとえば、αヘモグロビンは百四十一個のアミノ酸が連なってできているが、ヒトとイヌのαヘモグロビンを比べてみると、百四十一個のアミノ酸のうち二十三個が異なっている。イモリとヒトを比べると六十二個、コイとヒトでは六十八個のアミノ酸が異なる。
化石の年代などから、脊椎動物の分岐関係は次のように考えられている。つまり、過去にはヒト(あるいはイモリやイヌ)とコイの共通祖先となる生物がいて、それが別々の集団に分岐し、独立に進化し、その後、コイと分かれたもう一つの集団からイモリが別の集団として分岐し、さらにずっと後になってイヌとヒトが分かれた(図19)。
この分岐関係と、前述のアミノ酸の違いを比べてみると、ずっと昔に分岐した生物の間でのアミノ酸の違いは大きく、比較的最近になって分岐した生物の間では小さいことがわかる。つまり、分かれずに一つの祖先生物でいたときは同じヘモグロビンであったものが、別々の集団に分かれてから少しずつアミノ酸組成が異なってくる。異なっていく速さがほぼ一定であれば、より昔に分かれた生物ほど、異なるアミノ酸の数が多くなっているだろう。
ヘモグロビンの進化は中立で偶然なもの?
では、そのようなアミノ酸の違いはどうやって生じたのだろうか?
アミノ酸の配列は、DNAの塩基配列に対応している(DNAの塩基配列は、結合するRNAの塩基に写しとられる。そして、RNAの塩基配列をもとにアミノ酸がつなぎ合わされて、ヘモグロビンがつくられる)。
アミノ酸の配列を次のような文字列、konoHEMOhaGLOiBINnanodaにたとえてみよう。この文字列は、中にある――HEMO―GLO―BIN――という文字の意味(つまりヘモグロビンと読めればよい)が変わらないかぎり、同じ機能を果たすとする。つまり「…ヘモ…グロ…ビン…」と読める部位以外の場所は、ヘモグロビンの機能上は役立っておらず、どんな文字でもよいし、「ヘモグロビン」読める部位も、他の文字に変化しなければ、大文字から小文字へ変化しても、同等の機能を果たせるものと考える。
さて、この文字のうちどれか一つが突然変異で別のものに置き換わるとしよう、もし左から六番目のEがPに変わったら、このもじれるは「ヘモグロビン」の意味をなさず(つまり生存のための機能を果たさないので)、自然選択によって集団から消えてしまう。ところが左から九番目のhがpに変わっても、「ヘモグロビン」の機能は前と同じである。そうすると、この新たに生じた文字列が集団中に広まり固定されるかどうかは、自然選択を受けるわけではなく、ただ遺伝的浮動に左右される。同様に最後の文字列がaからBに変わっても、左から五番目のHがhに変わっても、新たに生じた文字列は以前のものと機能は変わらず適応度が同じなので、その頻度変化は遺伝的浮動によって決定される。
このように、突然変異で新たに生じた性質と以前の性質の間に、適応度の差がほとんどないような突然変異を、「中立突然変異」と呼ぶ。そして、中立突然変異で生じた新しい性質のうち、運のいいものが、遺伝的浮動によって集団中に広まることになる。別々の集団では別々の突然変異が生じるので、その性質の変化は異なっている。だから集団が分かれてから時間がたつにつれ、その差は広がっていくだろう。前項で述べた脊椎動物のヘモグロビンも、この中立突然変異による置換プロセスで進化したものと思われる。
しかし、ヘモグロビンの進化において、アミノ酸が別のアミノ酸に置換している現象のすべてが中立な突然変異によるわけではない。
たとえば高地に生息するラクダの仲間、ラマのヘモグロビンは、他のラクダと比べて一箇所アミノ酸が置き換わっている。そのため酸素との結合力が高く、酸素の少ない高地に生きるラマの生存に、有利な影響を与えているものと思われる。同様に、ヒマラヤの標高九○○○メートル以上もの上空を移動するガンの一種は、他のガンと異なる、酸素との結合力の高いヘモグロビンをもっている。このガンやラマのヘモグロビン進化には、遺伝的浮動よりは、自然選択による頻度変化が関与しているのだろう。
進化の速度は突然変異まかせ
では、アミノ酸の置き換わりは、どのような速度で起こっていくのだろうか。
アサガオの花の色の変化のところで述べたように、新しく生じた突然変異が遺伝的浮動によって集団中を占めるようになる確率(固定確率)は、集団の個体数が小さいほど高く、大きいほど低くなる。しかし一方、突然変異が集団の中で生じる確率は、集団が大きいほど高くなる。たとえば一個体あたり1/10000の確率で突然変異が生じるとすると、百個体の集団で一つの突然変異が起こる確率は1/100であり、一万個体の集団では必ずどれかの個体が突然変異を生じることになる。ただしここで、一個体あたり(正確には一配偶子一世代あたり)で突然変異が生じる率(=突然変異率)と、集団中に突然変異が出現する率を区別しておいてほしい[注4-4]。
注4-4: 新しく生じた突然変異が遺伝的浮動による固定する過程
60個体の集団で、生じた遺伝子Pが、遺伝的浮動によって偶然に頻度を増加させ集団中を占めるようになる(固定)過程をシミュレート
遺伝的浮動シミュレーションサイトへ (岩嵜航氏作成)
60個体の場合、以下の値に設定
Population size=60:Selection coefficient (s)=0.00:Initial frequency (Nq0)=1:Observation period=400:Number of replicates=100
Wright-Fisher diploid (h=0.5)にチェック
[START!をクリック]
100回のうち、1回あるいは2回頻度が増加する場合があることがみてとれる
突然変異による新たな遺伝子が固定されて、元の遺伝子と置き換わっていく速度は、個体数の大きい集団では、固定確率が小さいために遅くなる分は、集団に現れる突然変異の確率が高いことで補われ、個体数の小さい集団では、集団に現れる突然変異の確率が低いために遅くなる分は、固定確率の速さで補われる。そのため、集団の個体数による影響は相殺されて、突然変異率によってのみ置き換わりの速度が決まることになる。したがって、一個体あたり1/1000の確率で突然変異が生じるときの置換の速度は、一個体あたり1/10000の確率で生じるときよりも十倍速いことになる。
そこで、たとえば中立突然変異が何年かに一度起こるというように、一定の確率で生じるとすると、一定の時間に対して一定の割合でアミノ酸が置き換わっていく(図20)。また、中立突然変異が何世代かに一度生じるとすると、生物の世代数に対して一定に置き換わっていく。だから、もし世代数の短い生物であれば、置き換わりの速度は速くなるだろう。この中立突然変異率と進化速度の関係は、木村資生によって提出された「分子進化の中立説」の重要なポイントになっている。

3―DNA量の変化
DNA量と遺伝情報は比例しない
これまではアミノ酸やDNAの配列の進化をみてきたが、今度はDNAの量についてみていこう。
DNAには遺伝情報が刻まれているので、一細胞内に含まれるDNAの量が多いほど遺伝情報が多く、より複雑な生物がつくられると思われるかもしれない。しかし実際には、DNAの量と遺伝情報や生物の複雑さとは、必ずしも一致するものではない。
たとえば、ヒトの一細胞あたりのDNAの量が線虫の約四十倍になっているのは、うなずけるだろう。しかし、イモリのあるものはヒトの約五倍のDNAをもっているし、肺魚の一種はヒトの四十倍ものDNAをもっている。また植物でも、クロユリの一種のもつDNAはある種の草の約二百倍である。
これは、DNAの多くは遺伝暗号として働いていないからである。つまり、DNAの塩基配列のすべてがアミノ酸やタンパク質へと翻訳されているわけではないのだ。
ではいったい何のために、これらのDNAは存在しているのだろうか。
一つの理由として、次のようなことがいわれている。それは、大きな細胞ほど、成長したり分裂するために、どんなものでもいいから多量のDNAをもっているというのだ。
どうも細胞が大きいか小さいかは、個体の成長率や代謝率に影響しているらしい(細胞の大きさは体の大きさにも関係しそうだが、体の大きさには一個体あたりの細胞の数も関わってきているので、細胞の大きさだけが関係しているのではないようだ)。そのため、細胞の大きさの差は、その個体の適応度に影響し、自然選択の原因となると考えられるのだ[注4-5]。
これが正しいならば、DNAの量は自然選択によって適応進化するといえるだろう。しかし、ここでは別の理由を考えてみよう。
注4-5: 細胞が大きい生物は細胞のDNA量(ゲノムサイズ)が大きい傾向にあるが、細胞が大きいのでゲノムサイズが大きくなったという説明は支持されていない。ゲノムサイズは、ゲノムが倍になる倍数化、前述したトランスポゾンなどの転移因子の増加などが原因となっていると考えられている。ゲノムサイズが大きいことが、細胞を大きくしている可能性がある。
繰り返し配列の利己性と偶然性
DNAには同じ配列が何回も繰り返して存在していることが多い。前章の利己的DNAのところでも述べたように、K・Yというコピーがいくつもあるようなものである。
これにはいくつかのタイプのものがある。一つは、非常に類似した遺伝子のコピーが何個か存在しているようなものだ。たとえばヘモグロビンのβ鎖に関する遺伝子は六つあって、互いによく似た配列をもつが、そのうちの一つは現在では遺伝子として使われていない。この他、数百から数千もの長い塩基配列のコピーが十から百個存在しているものもあるし、短い配列が十万から百万ものコピーをもっているものもある。
このような繰り返し配列が生物の個体に何かしら役に立っているかどうかは、完全にはわかっていない[注4-6]。ただ、繰り返しDNAの遺伝暗号には、アミノ酸やタンパク質には翻訳されないものがあり、それらは生物個体の生存や繁殖には関係していないだろうと思われる。それらの一部は利己的なDNAとして、その配列自体の持つ機能によって、みずからのコピーを増やしているのかもしれない。だとすると、この繰り返し配列は、そのDNA自体にとってみれば適応的に進化しているといえるだろう。
しかし中には、どんな配列をもっているかとは関係なく、コピーを増やしていく機構が知られている。その場合は、その配列の持つ機能とは関わりなく、偶然に増えるわけである。つまりこれらのDNA配列は、個体の生存や繁殖に関係して広まったのでもなく、利己的DNAでもない。前節でみた遺伝的浮動と同様、偶然による進化の例とみることができるだろう。
注4-6:繰り返し配列の多くは、配列自身が配列を増やすという性質をもっている利己的DNAであったか偶然に増えたものである。その結果として、疾患の原因になるものも少なくない。しかし、繰り返し配列の中には、遺伝子の調節に関与していたり、ゲノムや染色体構造の安定性に関係しているものもある。Liao, X. et al. (2023) Commun. Biol. 6, 954 (2023).
4―進化を制約するもの
幼形進化のプラス・マイナス
アメリカサンショウウオのあるものは樹上で生活する(図21)。これはもともと地上性のものから進化したと考えられ、地上性のものより体が小さく、葉の上をはうことができるように進化している。

ハーバード大学のアルバーチらが、樹上の種類と、その祖先を類似した地上性の種類とを比較した結果、樹上性サンショウウオは、地上性の子どもの頃に似ていることがわかった。
つまり、地上に棲んでいたサンショウウオが子どもの段階で成長をやめ、小さい体と、木を登ったりするのに適した短い指をもつ小さな手足のまま、性的に成熟する方向に進化したものが、樹上性サンショウウオなのだ。 このように、成長が停滞し性成熟が早まることを、「幼形進化」という。幼形進化では、祖先の幼体が大人の形態として現れることもある。
サンショウウオが樹上の生活に適した小型の体をもつように変化する。これによってサンショウウオは、樹上の生活に適応的な性質を獲得することになる。体が小さいとか、手足が小さいというように。だが同時に、成長が途中で停滞してしまったことにより、適応的とはいえない性質の変化も生じしている。たとえば、骨格の多くは縮んだ状態になっており、頭骨、背骨、手足などの骨でみられる「小型化」は、動きなどの面で不自由をもたらしているかもしれないのだ。それは体の中の生理的な機能においても、制約をもたらしていると考えられる。
こうした非適応的な性質の変化というのは、体の一部が適応的に変化するためには他の部位も付随して変わらざるをえない、という個体発生上の制約によって生じるものと思われる。進化が一方では適応性をもたらし、その反面、非適応性をともなうこともあるという、進化の二面性をよく色表す例といえよう。
指の数は自由に進化できない
右のサンショウウオの例では、体が小さくなり、手足も小さく進化する過程で、手足の指の骨のいくつかが消失したり、ある骨とある骨が結合して一つになったりしただろうと思われる。
一般に、脊椎動物は五指をもったものから進化し、そのいくつかが消失したり結合したりして、いろいろな指の数や形態に進化したといわれている。たとえば、今日ウマは指一本で立っているが、この指はもともとは三番目のいわゆる中指であったとされている。ウシやシカは二本指で立っているが、これは三番目と四番目の指(薬指)が残ったものであるという(図22)。いずれも、もともと祖先が五指をもっていて、そのどれかが消失することによって指の数が変わってきたと考えられているのだ。

しかし、この考え方は誤っているのかもしれない。というのは、まだ指の形もできていないような状態から指がどのように発生していくかをみていくと、指の前段階になる細胞からすぐに五本の指ができてくるのではない。まず指や手のひらになる部分に細胞が集まってきて、一つの細胞の塊をつくる。そして、その先の部分が二つに分かれる。さらに、その二つに分かれた部分がちぎれたり、また二つに分かれたりして、指が形成されていくのだ。 では、なぜ一度に五本指に発生していかないのだろうか。それは、細胞同士の相互作用や物理的な力が働いて、順次、二つに分かれたりちぎれたりして何本かの指が生じていくように、発生のプロセスを導いていると考えられるからだ。 指の発生をこのように考えると、細胞の塊が二つに分かれる過程やちぎれ方が異なると、指の数や形態が異なるものができることが理解される、そうなると、指が二本の生物は、五本のうちの二本が残ったのではなく、細胞の塊が二本に分かれた段階で発生が終わったのかもしれない、とすると、五本の指の中にはその二本と同じ指はないということになろう。 さて、そういう発生の仕方によって、指は何本にもなりうるのだろうか。現実には、細胞の塊が二つに分かれること、ちぎれること、という二つのプロセスを繰り返してつくれる指の数や形態には、限りがあるだろう。したがって、どんな形や本数にも進化するというわけにはいかない。 以上のようなことから、生物の体を形成する発生のメカニズムそれ自体が、同時に生物の形を制限していることがわかる。つまり発生のメカニズムは、生物の形がどのように変化していけるかを左右する、進化の制約となっているのだ[注4-7]。
注4-7: 具体的にどのような形態が進化するのか、また、形態進化に方向性はあるのか、といった問題は、発生のメカニズムを理解することが必要である。現在は、進化発生学とよばれる分野がその点の解明を目指している。『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第1章および第4章参照。
進化を制約する突然変異
進化を制約する要因としてはもう一つ、突然変異があげられる。というのは、突然変異は前にも述べたように、進化の第一歩である遺伝的変異を供給するものである。ということは、反面、もし特定の突然変異が起こりやすかったり、逆に起こりにくかったりすると、進化の方向が特定の方向に制限されてしまうからである。
突然変異はDNAの塩基配列が変化することであるが、基本的には、DNAの塩基配列はどんな配列になることも可能である。そこで、突然変異には制約がないといわれている。
しかし現実には、DNAの部位によっては、突然変異が起こる率が異なっているとか、ある方向への変化が起こりやすい、ということがある。ということは、生物のもつ性質には変化しやすいものとそうでないものがある、ということになる。つまりは突然変異もまた、進化の制約要因となるのである。
以上、この章では、自然選択によらない進化や、適応進化の妨げになるもの、あるいは進化的な変化に制限を与える要因について述べてきた。
しかし適応進化と非適応進化とは、厳密な区別はむずかしいことがある。適応進化のところでも述べたが、最初に非適応進化によって生じた遺伝的な性質が、その後、環境が変化すると自然選択によって集団中に広まり、適応進化が生じた、というようなことがあるだろう。
進化にはいくつもの要因が働いており、生物の性質によって、どの要因が大きく影響しているかは様々に異なっている。進化とは一面的にはとらえることが難しい性質のものであることを、十分理解してほしい。
第五章 大進化の機構
1―生殖隔離と種分化
大進化とは何か
三章、四章でみてきた進化は、生物の性質が変化して集団に広まっていくことであった。進化論では、しばしばこれを「小進化」と呼ぶ。
これに対して、新しい「種」や「属」が生じたり絶滅したりするプロセスを、「大進化」という。さらに、化石の調査などからわかる、非常に長い年月の間に生物の形態がどのように変化し、種類数がどう変化したのかという、進化の長期的な傾向もまた大進化という[注5-1]。あるいは、体の中に背骨のない無脊椎動物が脊椎動物に進化するというように、体の構造に大幅な変化が生じたり、一足飛びにはつくれないような複雑な性質が進化することに対して、大進化という言葉が使われることもある。
なぜ大進化という言葉をとりたてて区別しているかというと、集団内の生物個体の性質の変化である小進化のプロセスでは、新しい「種」の形成などの大規模な進化を説明することができないと考える人がいるからだ。
しかし、これまでみたように、突然変異、発生、頻度変化、置換のプロセスで説明のつく適応進化や非適応進化に分岐プロセス(二章参照)を考慮することにより、「新しい種の出現」という大進化も説明できるものと思われる。そこで、この章では、分岐プロセス、特に「種」の分岐がどのようにして生じるのかについて最初にみていこう。それに続いて、化石によって示される進化の長期的な傾向や複雑な性質の獲得など、いわゆる大進化と呼ばれる現象がどのような要因で生じるのかを考えていきたい。
注5-1: 大進化と小進化の関係については『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第4章参照。
生殖隔離したダーウィンフィンチ
これまでにも紹介してきたダーウィンフィンチ類は、南アメリカ大陸や近くのココス群島から偶然に移住してきた鳥から進化したといわれる。もとの大陸の集団との分岐は、どのようなプロセスでなされたのであろうか。
ガラパゴス諸島ともとの大陸の環境は、明らかに異なっている。ガラパゴスには大陸と同じ種類の種子や花はないから、別の食物を効率よく食べられるようになった個体が有利になり、集団に広まっただろう。そうして、環境に応じた有利な突然変異が自然選択でそれぞれの集団に広まっていくうちに、互いに違う性質をもつフィンチに進化してきたことが予想される。
あるいはまた、たとえ環境が同じであっても、集団が違えば別の突然変異が生じているはずで、それらが遺伝的浮動によっておのおのの集団に広まった結果からも、二つの集団のもつ遺伝子は互いに異なってきたのだろう。
では、ある程度の期間が経過した後に、二つの集団の個体同士が出会った場合、両者はどんな関係をもちうるだろうか。
その場合、二つの個体は互いに交配をしないかもしれない。また、交配しても子どもをつくれないかもしれない。そのような状態になったとき、二つの集団の間には「生殖隔離」が生じたという。お互いに交配し子どもを残せる個体の集団を「種」とすることが一般的には多いので、このように二つの集団が生殖隔離されることを、「種分化」と呼ぶ。
この生殖隔離が起こるためには、必ずしも地理的に大きく離れている必要はない。実際、ガラパゴス諸島では島と島の間はたいした距離ではないにもかかわらず、ダーウィンフィンチ類の生殖隔離が生じているのである。
たとえばフロレアナ島は、サンタクルス島から南へ約五○キロ、イザベラ島から南東に約六○キロのところにあるが、ダーウィンフィンチという種は、このフロレアナ島にしかいない。
そのダーウィンフィンチと他島にもいるオオダーウィンフィンチは、もとは同じ種類だったといわれている(図3の10と11)。まずどこかの島からフロレアナ島に、ダーウィンフィンチとオオダーウィンフィンチの共通の祖先であった鳥が移住してきた。そのときはまだ両者は区別できず、お互いに交配可能であった。しかしフロレアナ島に移住したフィンチの集団は、もといた島の集団とは交流がとだえ、交配する機会がなくなった。そして時間がたつにつれ遺伝的な変化が蓄積され、もとの集団とは異なったものとなり、ダーウィンフィンチが誕生したのである。
一方、その間、もとの集団はオオダーウィンフィンチへと進化する。その後オオダーウィンフィンチの一部がフロレアナ島に移住したときには、すでにお互いの間で生殖隔離が達成されていて、両者は独立した繁殖集団として、同じ島に生息するようになったのである。
これが、オオダーウィンフィンチとダーウィンフィンチの分岐に対する一つの見方である。
「異所的種分化」と「同所的種分化」
しかし右の例で、オオダーウィンフィンチがフロレアナ島に移住することがなかったならば、生殖隔離が生じているかどうかには関わらず、二つの遺伝子交流集団(フロレアナ島のダーウィンフィンチ集団と、他島のオオダーウィンフィンチ集団)は別々のものとみなされる。地理的に隔離されている場合の二つの集団は、たとえ潜在的に交配が可能であったとしても、独立した進化の単位となるからである。
生殖隔離という機構が集団分岐プロセスとして意味をもってくるのは、オオダーウィンフィンチがフロレアナ島に移住してきたときのように、一度地理的に隔離された集団がふたたび出会ったときである。もしそれまでに生殖隔離が達成されていなければ、二つの集団の個体はふたたび交配し、一つの集団となってしまうだろう。ところが、すでに生殖隔離が生じていれば、二つの集団は依然、独立した集団として、別々に進化する可能性をもつのである。
そのようなケースは、地理的隔離の結果として生殖隔離が達成されるので、「異所的種分化」といわれる。生殖隔離が生じるプロセスの中では、この異所的種分化がもっともよくみられるものであるとされる。
しかし生殖隔離獲得のプロセスには、他にもケースが考えられる。たとえば、次のような場合を想定してみよう。
同じ場所に棲む繁殖集団中において、ある個体はAという食べ物を食べるのに有利なように、別の個体はBという食物に有利なように、性質が変化するべく自然選択が働いているとしよう。すると、次第に同じ集団の中に、異なる二つのタイプの個体(Aを食べるものとBを食べるもの)が生じてくるだろう。両者の個体同士が交配して子どもをつくると、その子どもはAという食物もBという食物も、どちらも効率よく利用できなくなるようなことがあるかもしれない。そういう場合には、タイプの違う個体同士では互いに交配しなくなるように進化していくことも考えられる。
このようなケースを、同じ生息場所の一つの集団が分岐していくので、「同所的種分化」と呼んでいる。
生殖隔離に形態や遺伝子の大差はいらない
次に、生殖隔離がなされた集団では、個体のもつ性質(形態)や遺伝子がどうなるかを、みてみよう[注5-2]。
ショウジョウバエでは、日周活動のリズムを変える遺伝子の存在が知られている。もしその遺伝子に突然変異が起こると、今まで二十四時間周期の活動リズムを示していたものが、十九時間になったり二十九時間になったりする。
そこで、生殖隔離していない二つの集団があって、そのうちの一方で活動時間帯がずれるような突然変異が生じ、集団中に広まっていったと想像してみよう。すると、交尾のために雌を探す雄の活動時間帯も変わるので、もう一方の集団の個体と遭遇して交尾する機会が失われるかもしれない。この場合には、時間的要因によって交尾が不可能になったわけだが、これもまた、二つの集団の生殖隔離がなされたことになる。しかも生殖隔離がなされるのに、たった一回の突然変異で十分だったわけだ。
このように、少数の遺伝子の差だけで生殖隔離が達成されるという例は、特に植物に多いようだ。
花をつくっている部位の形態や蜜を貯める器官は、わずかな突然変異で変化する。しかも、そうした器官の変化は、花粉を運んでくれる動物に影響する可能性がある。もし昆虫が特定の形の花に集まるとしたら、突然変異で形が異なってしまった花には、別の昆虫が花粉を運ぶことになる。つまり形が違った花の間では、生殖隔離がなされることになるわけだ。
この例でわかるように、生殖隔離が起こるためには、遺伝子上の違いは必ずしも大きくなくてもよいのである。
もう一つ、生殖隔離するためには、交尾行動や、子どもがつくれるかどうかに関する遺伝子が違っていればよい。形態がどれだけ違っているかということと、生殖隔離がなされているかどうかとの間には、必然的な関係はないのである。そのように、形態的にはほとんど区別できないが生殖隔離がなされているものと、「同胞種」といい、ショウジョウバエやその他の多くの動物が知られている。
なぜここで、生殖隔離と形態や遺伝的違いとの関係をうるさく書いたかというと、種が生じる(分岐)ということを、形態や生態的特徴や遺伝子が大きく変化することだと理解している人が多いからだ。実際には、生殖隔離があるかないか、形態的に異なっているかどうか、生態や行動が異なっているかどうか、そして遺伝的な違いはどれくらいかということの間には、比例的な関係があるとはかぎらないのだ。
注5-2: 種分化=生殖隔離の進化のメカニズム
現在は、生殖隔離がどのように進化するのか、生殖隔離に自然選択はどの程度関与しているのか、また生殖隔離にはどのような遺伝子が関係しているのか、について多くの事が解明されている。『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第4章「進化=種の誕生か」参照。
進化に「種」は無用
「種分化」という言葉から想像すると、集団の間で生殖隔離が生じれば、種が生じたことだと思われるかもしれない。
そこで、地理的な障害のために二つの集団の個体が出会うことがなく、交配できない場合を考えてみよう。それを人為的に交配させ、子どもができたとする。さて、それなら両者は同じ種といえるだろうか。
人為的に交配できるからといって、自然状態で偶然に二つの集団の個体が出会っても、交配するとはかぎらない。自然の状態で個体の移動、交流が起こっていない二つの集団を、同種とするか別種とするかは、ほとんど恣意的になされている。しかし、現実に交配が起こっていないのだから、それらは別の遺伝子交流集団として、独立した進化の単位とみなすのが妥当であろう。
それに、一口に生殖隔離といっても、まったく子どもを残せないものから、産める子どもの数が少しだけ減るもの、交尾をすればふつうに子どもを残せるが、交尾を避ける傾向にあるものまで、いろいろである。
一方、別々の種として分類され、交尾をして残せる子どもの数が減少する(つまり生殖隔離が部分的に生じている)ような集団同士でも、一部の地域で分布が重なり合い、長年にわたって交配を続けている例が、カエル、バッタ、ハツカネズミなどの種類で知られている。このような交尾が生じている地域を、「交雑帯」と呼ぶ。交雑帯では互いに交配するので、ある遺伝子は一方の集団から他方の集団へと引き継がれていくことができる(遺伝子によっては、交流が阻まれているものもある)。したがって、別種と呼ばれる二つの集団でも、遺伝子交流集団としては一つの集団とみなされる。つまり、生殖隔離(潜在的に繁殖可能かどうか)の有無出定義した種は、進化を考えるうえでは有効な単位にはなっていないのである。
ここで、「種とは何か」について、ふたたび付け加えておこう。私の考えでは、進化を考えるときに「種とは何か」を考えることには意義がない。その時々で問題にしている集団が、潜在的に生殖隔離をしている集団なのか、実質的遺伝子交流集団なのか、同じ形態をもった個体の集団なのかなどを明らかにしておけば、「種」という言葉を持ち出さなくてもよいのだ。
次説で述べるように、実際には形態によって分類している化石種を、あたかも生殖隔離集団であるかのように扱っているために生じる誤りなども、この”種崇拝”の困った例といえるかもしれない。
2―化石の進化のパターン
化石の示す断続平衡現象
本説では、化石の調査からわかる、大進化のもつ性格をいくつかみていこう。
シーラカンスやカブトガニは「生きた化石」といわれる。これらの生物は、数億年前に棲んでいたと思われるものと基本的な構造が変化していないので、「生きた化石」と呼び習わされるのだ。
しかし、生きた化石といわれるからといって、昔からまったく変化していないわけではない。シーラカンスなどは、三~四億年前の地層から見つかるものと外見上はよく似ているが、解剖学的には異なる点がある。第一、化石のシーラカンスと現在のシーラカンスの類縁関係は、まだよくわかっていないのだ。
一般に化石と原生種の類縁関係はよくわからないことが多いが、少なくとも、いろいろな地層で発見される化石を調べてみると、長い年月の間、基本的な形態はあまり変化しないで安定な状態にある、という傾向がみられる。また、新しい形態をもつ化石は、ある地層に突如として現れ、その後長い年月の間、形態はふたたび安定して、あまり変化しないという傾向がある。このような現象はかなり以前から知られていたが、一九七○年のはじめに古生物学者のエルドリッジとグールドが、これを「断続平衡現象」(「区切り平衡」あるいは「分断平衡」とも訳される)と呼び、注目を集めるようになったのである(図24)。

この断続平衡現象が広く見られることは、多くの研究者が認めている。しかし、それが特に注目されたのは、この現象自体ではなく、この現象を説明する理論が特異だったからである。その理論は「断続平衡理論」と呼ばれ、化石に見られる形態の安定性や突然の変化を、次のように説明する。すなわち、化石の形態が急激に変わるようにみえるのは、新しい種ができるときにのみ生物は急速に形態が変わり、その変化がすんでしまうと後は(四章で述べたような発生の制約によって)形態的安定が保たれるからだというのである。 仮に、生物は次第に体のサイズを大きくしていく進化傾向があるとしよう。これまでに紹介したプロセスでこの現象を説明すると、次のようになる。集団の中に少し体の大きな個体が生じ、それが自然選択で集団中に広まっていくことが何世代にかわたって起こった結果、徐々に体の大きな個体に進化していく。あるいは、遺伝的な浮動で、本来大きさはランダムに変動しているのだが、それがたまたま大きな方向への変化だった、というように説明できるだろう。 ところが断続平衡理論によると、形態が変わるのは種ができる(種分化)のときだけなので、間より大きな体のサイズをもった種が生じる傾向もまた、種分化の際のみみられるのだという。あるいは、種分化のときにはサイズの大きいものも小さいものもできるのだが、小さいものはより絶滅しやすいために、次第にサイズの大きい種が残っていくのだという。 だが、この理論の根拠がいささか怪しいものであることを、以下に述べよう。
断続平衡説はなぜ誤りなのか
化石から得られる情報というのは、主に形態に関するものである。したがって、化石の研究ではほとんどの場合、種を形態の類似性で分類している。しかし前にも述べたように、進化の単位となっている繁殖集団や実質的遺伝子交流集団は、形態によって認識するのはほとんど不可能である。
たとえば三葉虫のあるものなど、尾部に見られる肋の数(図25)が十一本と十三本のものとあり、それぞれ別の種として分類されていた。その分類からすると、あたかも十一本の種から十三本の種が突然できたようにみえ、まるで断続平衡説を支持するように思われたのである。
ところが多くの化石を調べてみると、その肋の数は実は十本のものから十四本のものまであって、その中でも十二本のものが最も多いという、連続的な分布をすることがわかったのだ。そうなると、十一本のものと十三本のものを別種にする根拠があまりなくなってしまう。十本の肋をもつものも十四本のものも、同じ遺伝子交流集団であったかもしれないし、肋の数とはまったく関係なく、複数の遺伝子交流集団が存在していたのかもしれない。
このように、現在、化石の上で種といわれているものは、生存中に遺伝子交流集団や繁殖可能集団であったどうかとは一致しないのである。
つまり、化石は形態によって種を分類しているので、種分化をしたときに新しい形態が生じその後は長期間変化しない、という現象は定義上、当然のことになる。しかし、それはあくまで形態が変化しているということであって、このとき新しく生殖的に隔離された集団ができているとはかぎらないのだ。
また逆に、生殖隔離=種分化が生じたからといって、形態も変化するとはかぎらない。したがって、急激に形態が変化していることと種分化を、一義的に結びつけてしまう断続平衡理論は、適切な理論とはいえないのである{注5-3]。
注5-3: 断続平衡理論が現在では通用しない点については、『進化という迷宮 隠れた「調律者」を追え』参照
化石の進化の速さ
では、化石の形は長い間安定していて突然に変化する、という説明は正しいだろうか。答えは、半分イエスであり、半分はノーである。
海産の無脊椎動物、特に腕足類(一章でも紹介したシャミセンガイなど)の化石をみると、長い年月、変化しないことは確かなようだ。しかし一見、変化してないようにみえる化石でも、まったく変化してないわけではなく、短い時間間隔で調べてみると、小刻みに変化している可能性がある。
化石の形がどれくらいの早さで変化しているのかを縦軸にとり、比べた化石の年代が時間的にどれくらい離れているかを横軸にとる。すると、図26の点線のような関係が大まかに示される。

たとえば、一千万年くらい離れた二つの地層から採集できる無脊椎動物の化石を比べてみると、その形はあまり変化していないのだが(図の26の点B)、一万年くらいの間隔で調べることのできる哺乳類の化石をみると、約百倍もの速さで変化している(図26の点A)。つまり、体の大きさは絶えず大きくなったり小さくなったりしているので、短い間隔で調べると結構変化しているのだが、長い年月で調べるとあまり大きな変化はないようにみえることがあるのだ。
このように、化石における形態の進化速度は、断続平衡現象にみられるように、一見、長期間安定しているようだが、実は調べることのできる化石がかぎられているために、そのようにみえるのかもしれない。

化石のギャップは本当に進化のギャップか[注5-2]
Aという形からDという形に、化石の形が急激に変化しているようにみえるとき、それはA→B→C→Dと段階的に変化したのか、それともA→Dというように、中間型を経ないで一挙に変化したのだろうか。
もっとも考えやすいのは、A→B→C→Dに変化するのが急激だったので、BやCが化石として残らなかったのではないかという説明である。
化石として残るのはごく一部であり、どの生物が化石となるかは、いろいろな要因に左右される。
たとえばシーラカンスは、三~四億年前の化石以来、その中間をつなぐ化石はみつかっていないにもかかわらず、現在よく似た生物が生きている。しかし、だからといって、現在生きているシーラカンスが、最近になって突如出現した種だという人はいないだろう。彼らは三~四億年前からゆっくりと変化しながらも、基本的形態は保って生き延びてきたのだが、その間は化石としては残らなかったのである。それは、現在のシーラカンスの個体数が非常に少ないように、おそらく祖先も同様に個体数が少なかったために、化石として残らなかったのだろう。
また霊長類のある種の化石の場合、二百万年から三百年前の間が抜けて、その後突如新しい種類の化石が見つかっていた。そのため、これは中間型がなく、新しい種類が突如生じた好例とされていた。しかし最近になって多量の化石が見つかり、千年ぐらいの時間間隔で変化をみることが可能になった結果、今までギャップと思われていた間をつなぐ中間型が見つかったのである[注5-4] 。
こうした例のように、化石でみられるギャップの大部分は、まだ中間型の化石が見つかっていないか、化石になりにくかったかの、どちらかの理由によるものなのである。
しかし、中には中間型がなく、本当に突如変化したという例もあるかもしれない。それは、ほんの少しの遺伝的な変化でも、形態が比較的大きく変化するような場合だ。
アンモナイトでは、成長の過程で殻をどちらの方向につぎ足していくかが少し変化しただけで、その形態が中間型を経ずに急激に変化することもありうる。また、ショウジョウバエでは、一つの突然変異で翅を一対増やしたり、頭の触覚を脚に変えたりすることが知られている(図27)。
これらの突然変異は、遺伝的には少しの変化でも、大きな形態変化を引き起こすのが可能なことを示している。化石にみられるギャップには、こうした突然変異による形態的突然変化もあるのかもしれない。

注5-4: 化石のギャップ
これまで化石のギャップといわれていたものの多くで、ギャップがみつかる例が増えている。また、実際に化石のギャップといわれるものが、どのような理由なのかについては『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第4章「大進化は小進化で説明できないのか」参照。
3―新しい複雑な性質の獲得
眼はどうやってできたか
最後に、複雑な性質や、哺乳類における「哺乳」のように、大きな生物分類群を分けるときに使われるような特徴的性質が獲得される、「大進化」のプロセスを考えてみよう。
小さな突然変異ではできそうにない性質や、一見したところ徐々につくられたとは考えにくい複雑な性質は、どのように進化したのだろうか。
おそらくもっとも簡単な回答は、一見そうは思えなくとも、やはり実は徐々につくられたというものである。
たとえば眼は、網膜、レンズ、水晶体、毛様筋などの構造が集まって初めて見るという機能を果たす。一度の突然変異で、これらのものが同時に生じるということはまずないだろう。
もちろん眼は一度で生じたわけではなく、徐々に進化してきたものだ。
おそらく、眼の最初の段階は、単に光を感じる神経が表面の一部に集まっただけのものだろう。その表面の部分が陥入してくぼんだ状態が、次の段階である。
これは、プラなリアなどの扁形動物がもっている「眼」(眼杯)と同じである(図28A)。くぼんだところに光を感じる細胞があるため、光の方向などを感じるのにも都合がよかったと思われる。
そのくぼみが大きくなり、光がくぼみに入っていくる穴が小さくなるにつれて、光の方向や物体の形をより正確に知覚できるようになっただろう。そうしてできたのが、オウムガイがもつレンズのないピンホールカメラのような眼(図28B)か、ある種の節足動物がもってるような眼(図28D)だ。後者は、くぼみは角膜という透明の膜で被われ、そこで光が屈折する。
また、ある種の貝にみられるように、光が一度反射鏡で反射し、網膜に集まるというタイプの眼(図28C)もある。

他方、魚類のように水中で生活しているものは、角膜とそれに囲まれる透明な物質だけでは、光を屈折させることができない(角膜の外も水であるために光が屈折しない)。そのために、光を調節するためにはレンズが必ず必要になる(図28E)。このように、ピンホールや角膜だけで光の屈折を調節している段階から、レンズができることにより、我々がもっているような眼(図28F)に進化していったものと思われる。
ここで、二章で述べたトランプの例を思い出してほしい。ランダムに五枚とって、それがすべて同じ数である確率は小さい。しかし、一枚とって手のうちと比べ、カードが以前より少し揃っていればその新しいカードと交換し、そうでなければ、以前のカードのままにしておくという手順を繰り返せば、比較的早く同じカードが揃うだろう。
複数の眼の部品が一度に生じる確率はほとんど0に近いが、くぼみが増した状態がくぼみの浅い状態より個体の生存や繁殖に有利になるのなら、それが自然状態によって集団に広まり、さらに少し有利な変化が集団中に広がっていくという過程が繰り返され、結果的に非常に複雑で適応的な性質がつくられる可能性は充分ある[注5-5]。
ただし、自然選択が働けば必ず現在のような眼に進化する、というわけではない。トランプで我々は、カードを揃えるのに初めから1を四枚揃えようとしているのではなく、引いてきたカードに応じて前より1ステップ揃うようにカードを換えていく。したがって、結果的に1が揃うのか2が揃うのかはわからない。眼の進化も同じで、初めから現在のような眼になるようにプログラムされているわけではない。途中の段階で別の有利な変異が生じたとしたら、別の眼の形態に進化していたかもしれないのだ。
複雑な適応的性質の進化には、集団の中に適応度の高い変異が生じたときに、随時それを選択し固定していく過程を繰り返すという、置換プロセスが重要な役割を果たしているものと思われる。
注5-5: 眼の進化
眼の進化に関するより詳しい解説は『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第4章「大進化は小進化で説明できないのか」ページ308参照。
「哺乳」類ができるまで
次に、本節冒頭の問いへの二つめの回答は、今まであった材料を寄せ集めて新しい複雑な性質を進化させる、という説明である。これは、今まで別の機能を果たしていたもの、あるいは何も機能をしていなかったものなど、いくつかの性質を組み合わせて、まったく別の性質に進化させるものである。
例として、「哺乳」の進化を考えてみよう。
ミルクを子どもに与える哺乳という性質は、哺乳類を他の動物から区別する主要な特徴である。
カモノハシなど単孔類と呼ばれる哺乳類は、最も単純な哺乳様式をもっている。乳腺は腹部に無数の穴となって開口し、子どもは穴からにじみ出る乳をなめる(図29)。しかし、獣類と呼ばれるその他の哺乳類では、乳腺は一つに集まって乳頭に開口し、子どもは乳頭を吸えば一度に多くの量の乳を飲むことができる。
このような哺乳が進化するためには、乳腺の発生、乳頭の形成、乳頭などの乳成分の生成、そしてホルモン作用による乳の分泌と乳生成の促進、そして乳を与えるという哺乳行動が、一緒に働くようにならなければならない。
まず乳腺は、汗を出す汗腺、あるいは皮膚をべとつかせる皮脂腺から進化したと考えられている。

では、乳腺が一つに集まって乳頭を形成するような変化は、どのように起こったのだろうか。ヒントになりそうな実験がある。マウスの乳腺の上皮細胞と唾液腺の細胞を一緒にして成長させてやると、形態的には唾液腺ができるのだが、それをつくっている細胞は乳腺細胞で、分泌したものは乳であったという。つまり、どんな細胞でできているかということと、その細胞が集まってどんな器官や組織をつくるかということは別ということだ。したがって、乳腺細胞ができた後で何か遺伝的な変化が起これば、その乳腺細胞を使って、新しい器官形態をつくることは可能なのである。
次に、乳の成分としては、乳糖が栄養源として重要だ。この乳糖の生成には、αラクトアルブミンというタンパク質が関与しているらしく、ある酵素があると、αラクトアルブミンはタマネギからでも乳糖を生成することができるという。このαラクトアルブミンをつくる遺伝子は、もともと別の役割を果たしている遺伝子のDNAの塩基が一つ突然変異をするだけで生じるのだ。
また乳成分の生成だが、プロラクチンというホルモンが働くと、乳腺の中の細胞で乳タンパクの生成が促進される。実はこのプロラクチンというホルモンは、哺乳類以外でも使われている。たとえば熱帯魚の中でも高価なディスカスという魚の親は、稚魚に粘液を分泌して栄養を与える(図30)。またハトなどでは、食道に続いてそ嚢という器官があり、ここではそ嚢乳というものが作られ、雛に口移しで与えられる。このディスカスの粘液やハトのそ嚢乳の分泌にも、プロラクチンが関与しているのだ。もともとプロラクチンは細胞の分泌機構に関与しているらしく、初期の哺乳類においても、もともとはこの細胞からの分泌物を子どもが飲んで脱水を防ぐ、という役割を果たしていたのではないかといわれている。

このように、乳腺、乳成分の生成、乳腺の分泌機構などは、それまで別の機能を果たしていたものが変化してできたものであり、さらに、哺乳行動はもともと子どもの脱水を防ぐためか、あるいは保温のための行動だったものが、その後「哺乳」行動に進化したしたものと思われる。そうやって、それらの従来ばらばらに機能していた器官や形態や行動が、少しずつ選択され組み合わされた結果、現在の哺乳様式のような高度な性質が獲得されたのである。
寄せ集め進化の遺伝的しくみ
今まで別の機能を果たしていたものの一部を取り込んで、新しい複雑な性質が進化するためには、どのような遺伝的変化が必要だろうか。
生物が次世代に伝えるDNAの中には、同じ遺伝子のコピーがいくつも存在していることはすでに述べた。それらの中には、現在、何の働きもしていないものがある。そのような遺伝子が変化して、新しい機能を持つようになることがあるだろう。また、現在使われている遺伝子がコピーされ、重複してできた遺伝子は別の性質をつくるために作用する、ということがあるだろう。
また遺伝子の中には、どの遺伝子を働かせ、どの遺伝子を働かないように抑制するのか、ということに関わっているものもある。このような遺伝子が変化すると、たった一つの変化でも、それがコントロールしていた一群の遺伝子の組み合わせを変化させたり、それまでとは違う新しい性質をつくるのに参加させたりすることが可能かもしれない。
複雑な新しい性質が具体的に遺伝子のどのような変化によって生じたのかは、まだわからないことが多い。しかし、DNAの働きや生物の発生への関与を調べる分子生物学の発展によって、これから少しずつ解明されていくことだろう[注5-6]。
注5-6:複雑形質の進化
遺伝子が他の遺伝子を制御し、さらにそれが他の遺伝子を制御するというふうに、多数の遺伝子が制御関係でネットワークを形成している。これを遺伝子制御ネットワークという。この遺伝子制御ネットワークの組み合わせや遺伝子が変化することで、新しい性質や複雑な性質が進化する。その具体例は、『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第4章「大進化は小進化で説明できないのか」参照。
第六章 進化の学派
1―ダーウィニズム失墜の時代
ダーウィンの”影武者”?――ウォーレスの自然選択説
本章では、これまでみてきた進化についての各論をふまえたうえで、進化についての諸学派を歴史的にたどりながら、現代進化論の状況を概説したい。ダーウィンについてはすでに一章で述べているので、ここではダーウィニズム周辺の状況からみていこう。
ダーウィンの『種の起源』は一八五九年に出版されると、非常に大きな反響を巻き起こした。その反応のほとんどは否定的なものであったという。神によって生物が創られているという創造説に固執する人は、依然多かったのだ。
しかし一八六○年代から一八七○年にかけ、生物は神の意志ではなく自然の法則に支配されているという考えが次第に受け入れられるようになった。
こうして、進化が自然法則によって起こるという思想をダーウィンと結びつけたために「ダーウィニズム」という言葉が広まったといわれるが、だからといって彼の理論が広く受け入れられたわけではない。むしろ当時、ダーウィンの独自の説明には疑問をもつ人が多かったようだ。実際一九三○年頃までは、「ダーウィニズム失墜」の時代といわれているくらいである。
実をいえば、自然選択によって進化が生じるということを発表したのは、『種の起源』が最初の文献ではない。
やはりイギリスの博物学者で、アルフレッド・ラッセル・ウォーレス(一八二三~一九一三 図31)という人がいる。彼はマレー諸島で生物の標本を集め、そこから自然選択説とよく似た理論を短い論文にして、ダーウィンに送った。ダーウィンはそれが自分の長年考えていた理論とよく似ていたために非常に驚き、急きょ自分の論文をまとめて、一八五八年にウォーレスのものと一緒にして発表した。結果的にみれば、ダーウィンはウォーレスによって『種の起源』の出版を促されたのである。

では、ウォーレスもダーウィンと同じ発見をしたのに、進化の思想はなぜダーウィニズムと呼ばれるようになったのだろうか。
科学史家の中には、ダーウィンは自分の説の先取権を保持するために、ウォーレスの役割を無視したのではないかと指摘している人もいる。そればかりか、ダーウィンは進化における集団分岐説をウォーレスから盗んだのだと主張している人さえいる。ただしダーウィンの名誉のためにいっておけば、彼はウォーレスの論文を受け取る前にすでに分岐の原理を考えていた、というのが今日の大多数の見方である。
だいたい、二人の論文が発表されたときには、ほとんど反響がなく、ダーウィンが『種の起源』で進化のメカニズムをくわしく説明したことによって、進化論は急速に広まっていたのである。それゆえにこそ、進化の思想は一般にダーウィニズムと呼ばれるようになったのであろう。
なお、正確にはウォーレスの考えはダーウィンの自然選択説とは異なっていた。自然選択は、基本的には個体間の遺伝的性質の違いに対して働くものである、しかしウォーレスは、自然選択は異なる集団(異種)の間に働くとした。つまり、「集団選択」の考えに近いものだったのである。(ただしダーウィン自身も、個体だけでなく集団や種に働く自然選択も考えていたようだが)
ネオ・ラマルキズムとネオ・ダーウィニズムの角逐
自然選択説に対する批判は、キリスト教以外からももたらされた。ラマルキズムである。
ダーウィンが進化論を提出した当時、ラマルクの考えはほとんど知られていなかった。しかし十九世紀の後半になって、ダーウィンの進化論と対抗する理論として再登場し、ネオ・ラマルキズムと呼ばれるようになる。これは一章でも述べたように、筋肉を鍛えると太くなるというように、生物の行為によって後天的に生じた構造上の変化(特に生物個体に必要な変化)が次世代に遺伝する、という「獲得形質の遺伝」による「用・不用説」を基盤にしている。どのような獲得形質が遺伝するかについては、いろいろな見解があった。
ラマルキズムに共通にみられる重要な観点は、次のようなものである。すなわち、生物の性質は、環境によって選択されるような受動的なものではなく、意識的・無意識的にかかわらず、生物自身の自発的な活動によって環境に適応していく能動的なものである、という考え方である。
これは、生物に内在する創造的な力が進化を導くと主張する進学と結びついたこともあり、比較的多くの支持を得た。また、それは宗教関係者だけでなく、生物には機械的・物質的にはとらえることのできない生物特有の機構があるとする、反還元論的な立場の人にも支持されるようになる。
ラマルキズムのそうした性格は、初期のダーウィニズムの中にも存在する。さらにダーウィン自身、晩年になるにつれて、獲得形質の遺伝を認めたともいわれる。
一八八○~一八九○年にかけ、このようなラマルキズムを完全に否定しようと努めたのが、ドイツの動物学者ワイスマンである。彼は「(進化を説明するには)自然選択ですべてが足りる」と主張したため、最も極端なネオ・ダーウィニストとして知られるようになる。
彼は生物の体を、遺伝物質が存在する「生殖質(生殖細胞)」と体の部分部分を構成する「体質(体細胞)」に分けて考えることを主張した(ワイスマンの原理)。
彼によれば、体をつくったり生殖したりすることに必要な情報は暗号化されて生殖質の中にあり、それが子どもに伝えられる(この生殖質の遺伝情報は世代を越えて連なっているので、「生殖系列」と呼ばれる)。生物は、両親から引き継いだ生殖質の暗号(遺伝暗号)にもとづいて、卵から発生し生物個体をつくりあげていく(卵や精子以外の細胞は体細胞でつくられている)(図32)。
この理論によると、生物の個体は生殖質をつくったり変化させたりするのではなく、ただ単に運ぶだけであるとみなされる。したがって、この理論が正しいとすると、生物の体(体細胞)に受けた影響が生殖質に影響を及ぼし次の世代に受け継がれる、という獲得形質の遺伝を唱えるラマルキズムは、完全に否定されることになるのである。

ワイスマンの原理は正しいか
では、現在の進化生物学からみて、ワイスマンの主張はどれほど正しいのだろうか。
「自然選択ですべてが足りる」という主張は、明らかに現在でも極端なもので、適切とはいえない。しかし生殖質と体質の分離については、例外はあるが、基本的には正しい。
遺伝の情報は、DNAの暗号として伝えられていく。DNAの情報は個体の体をつくるための情報となるが、個体が体に受けた影響がDNAの暗号に影響することはない。DNARNA→タンパク質という方向で遺伝の情報は伝えられるが、タンパク質の情報がRNA→DNAと伝えられることはないのだ(DNAの暗号情報はRNAに転写され、それをもとにタンパク質がつくられる。一部のウイルスなどではRNAの情報がDNAに逆転写される)。そして、子どもに伝えられるのはDNAの遺伝情報である。DNAを生殖質と考えると、ワイスマンの原理は正しいことになろう。
ただ、植物は動物と違って、将来卵や精子のような生殖細胞(生殖質)となるものと体を構成する体細胞(体質)になるものを、完全には区別できない。そのため枝が成長する過程で、分裂組織といわれる細胞の遺伝子に変化をきたせば、その後に成長する枝はもとの枝と異なる遺伝子をもち、さらにその遺伝子は種子や花粉となって次の世代に伝えられる。
これは一見すると、個体の体で起こった変化が遺伝するようにみえる。しかしこの場合もよく考えれば、体の変化の影響を受けてDNAが変化したのではなく、DNAの内からの突然変異が体(枝)の変化となって現れたのであって、前述の遺伝情報の経路と変わるものではない。その意味では、やはりワイスマンの原理に基本的に照応しているといえよう。
ラマルキズムはなぜ誤りなのか
ダーウィン進化論の理論的発展に貢献し、現在、長老ともいえるサセックス大学のメイナード=スミスは、ワイスマンの原理の例外として次の三つをあげている。
ミジンコは捕食者がいるところでは刺を発達させる。これは環境によって適応的な性質を獲得したことになる。しかも、この性質は卵を通して子どもに伝えられる。この現象は、環境の影響で、すでにあった「刺をつくる遺伝子」が活性化したために生じたと考えられる。
タバコやアマという植物を高肥料で育てると、形態の変化(背が高くなるなど)が起こり、その変化は何世代かにわたって、肥料のない状況でも遺伝していく。これは、環境の刺激で、あるDNAの配列がコピーされ重複した結果であり、その重複した遺伝子は子どもに伝えられる。
動物が親の食べ物を見てどの食べ物を食べると安全かを学習すると、その情報は子どもに伝えられる。これは「文化的伝達」と呼ばれる。
三番目の文化的伝達については、哺乳類や鳥類などの適応的な進化し影響するだろう。しかし、これは遺伝的な変化ではないので、ラマルキズムを支持することにはならない。この文化的伝達と遺伝的伝達との相互作用を考えることは、現在の進化論の中にも取り入れられているのである。
では、の例はどうだろう。これらは、獲得形質の遺伝といわれるものが必ずしも否定されるものではないことを示しているようにみえる。すると、ラマルキズムは正しいということになるのだろうか。
まず獲得形質の遺伝であるが、生物が環境との関わり合いの中で新しい性質を獲得し、それが遺伝するように遺伝子を変化させる、というのが獲得形質の遺伝である。ところが上記の例は、個体が成長する過程で、環境の刺激によって、それまで潜在していた遺伝子が活性化したり(の場合)、遺伝子が重複したり(の場合)した後、その遺伝子の変化が個体の性質に影響を与え、子どもに伝えられるという現象であって、生物が環境に適応的に反応し、その反応を伝えるために後からDNAを変化させたわけではない。つまり、これは遺伝子→性質という方向の変化であって、性質→遺伝子という方向でなはい。
個体の体細胞における性質が変化して、それを遺伝させるために遺伝子を変化させる、という獲得形質の遺伝は、機構的にかなり困難なため、現在では否定されている。
だいたい、生物が生きている間に環境の影響によって受ける変化というのは、多くの場合、傷や怪我といったように、個体にとって有害なものである。したがってそれらが遺伝すると、その個体は自然選択によって淘汰されやすくなるだろう。また、三章のアブラムシの性比のところでも述べたように、個体にとって何が有利かという判断を下すのは簡単なことではない。そうしたことからも察せられるように、獲得形質の遺伝がそのまま進化に結びつく可能性は、きわめて低いのである。
そもそもラマルキズムの本質は、獲得形質の遺伝というよりも、みずからが適応的な性質をつくりあげるという「生物のもつ内在的な力」を根底におく点と、生物は常に高等なものに向かって進化するという前進的進化観にある。だから今日では、たとえ獲得形質の遺伝が一部で証明されるようなことがあったとしても、それだけでラマルキズムが生き返ることはないだろう。
「メンデル再発見」とメンデリズムVS.生物測定学派の論争
四章では、アサガオの花の色の遺伝現象が、対立遺伝子によって引き起こされることを述べたが、このことをエンドウ豆を使って最初に明らかにしたのが、グレゴール・ヨハン・メンデル(一八二二~一八八四 図33)である。

生物のある性質は、一つの遺伝子座での一対の対立遺伝子の組み合わせ(たとえばAA、Aa、aa)で決まり、Aaという遺伝子座をもつ個体からは、配偶子Aと配偶子aが半分ずつできる。このように、対になった対立遺伝子が分離して一個ずつ精子や卵などの配偶子に入って遺伝することを、「分離の法則」という。また、二つ以上の遺伝子座での対立遺伝子の組み合わせが独立に起こることを、「独立の法則」という。たとえば、遺伝子型AaBb(対立遺伝子Aとaをもつ遺伝子座と、Bとbをもつ遺伝子座がある)をもつ個体では、対立遺伝子は独立に配偶子に入り、AB、Ab、aB、abという四種類の配偶子をつくる。さらに、遺伝子型AaBb個体同士の交配では、四種類の配偶子が独立に組み合わさり、AABB、AABb、AaBb、…………、Aabb、aaBb、aabbという十六通りの遺伝子型をもつ個体が次世代につくられる(図34)。この二つの性質が、いわゆる「メンデルの法則」といわれるものである[注6-1]。

注6-1: メンデルが当時調べたエンドウ豆の7つの性質のうち、2025年になって3つの性質について、どのようなゲノム配列の違いが、性質の違いに関係しているのかが明らかになった。これで、それまでに解明されていた4つの性質と合わせて全ての性質の違いがゲノムレベルで解明された( Feng, et al. 2025)。
Feng, C. et al. (2025) pea genes. Nature doi:10.1038/s41586-025-08891-6.
この重要な発見は、一八六五年に発表された時には注目されなかったが、一九○○年頃になり、遺伝の法則を説明する重要な理論として注目されるようになる。これが「メンデルの再発見」いわれるゆえんである。
現在ではメンデルの遺伝法則に合わない遺伝現象が多く知られているとはいえ、メンデルの法則は現代遺伝学の基礎をなし、進化生物学でも基本的概念になっている。しかしメンデルが再発見された当時、それは、もっぱらダーウィニズムに対抗する理論として用いられたのである。
ダーウィンの自然選択説を支持する人は、自然選択というのは連続的変化を示す性質の差に対して働くものであると考えていた。たとえば生物の大きさのように、小さいものから大きいものまで連続的に分布しているような性質は、自然選択によって徐々に連続的に大きくなってきたものとみなしたのだ。そのような立場に立っていたのが、イギリスの動物学者ウェルドンと数学者ピアソンらに代表される、「生物測定学派」といわれる人々である。
それに対して、遺伝学者のベートソンのように、たとえば白いとか黄色い、四角いとか丸いといった、生物の不連続な性質の変化がより重要だとする立場をとる研究者がいた。メンデルの遺伝の法則は、AA、Aa、aaといった遺伝子型を、黄色や緑、あるいは形状がしわであるか丸いかというような、不連続な生物の性質に対応させて説明していたため、ベートソンなど不連続変異を重要視する学派に支持され、「メンデリズム」と呼ばれた。
そして、メンデリズムを支持する学者と、連続的変異を重要視する生物測定学派とのあいだに進化論における正当性をめぐって論争が行われたのである。
しかし現在から考えると、メンデリズムと生物測定学派の対立は、進化論を発展させるような議論ではなかった。というのも、その後、連続的な性質の変異も、メンデルの法則に従って説明できるようになったからである。連続的性質が進化にとって重要だという生物測定学派の主張は誤りではないが、だからといってそれは、メンデルの遺伝の法則を対立するものではなかったのだ。
ド・フリースの突然変異説登場
さて、メンデルの法則を進化に結びつけるためには、時間を経るにつれ新しい遺伝因子が導入されなければならない。そこで一九○○年代に、オランダのド・フリースによって「突然変異」という概念が提出される。
この突然変異という概念は、現在のものとは異なっている。現在では突然変異は個体間の遺伝的性質の差をもたらすものとされ、それに対して自然選択が働くと考えられている。生物の新しい形態ができるのは、突然変異で生じた変化が自然選択や遺伝的浮動によって広まった結果であるとみなされるのだ。しかしド・フリースは、突然変異は自然選択なしに一挙に新しい種をつくるとして、当時これが「突然変異説」として知られるようになる。
ド・フリースは、自然選択をまったく否定しようとしたのではないという。しかし彼は、自然選択は個体間の性質の差に働くのではなく、突然変異によって生じた種の間に働くとしたため、ダーウィン本来の自然選択説とは異なる主張となっている。さらに彼の後継者は、進化に自然選択は不要で、進化は突然変異だけで起こるという立場をとったため、ダーウィニズムとの対立が激しくなる。
しかし、後には突然変異という概念は、現在のものと同様、集団内の個体に遺伝的変化を提供するものとして用いられるようになる。さらに前節で触れたように、メンデルの遺伝が、不連続な性質だけでなく、連続的な変異も説明できることがわかってきた。それらの結果、メンデリズムも突然変異もダーウィニズムと対立するものではなく、逆にダーウィンの自然選択説を補足する有効な概念であることが認められるようになったのである。
定向進化説と「生物に内在する力」
化石の記録を見ると、生物のあるものは次第に大きくなるように方向づけられているようにみえる。そのため、進化はランダムな変異が自然選択方向づけされたものではなく、生物に内在する力によって、環境に関わりなく、ある決まった方向に定められている、というようにいわれることがある。
この説明は一八九○年代に、もともとはラマルキストであったドイツのアイマーによって広められた。この説は、生物に内在する力を仮定する点ではラマルキズムに近いのだが、ラマルキズムのように複雑な適応性質をもつ高等な方向への進化を主張するのではなく、進化を適応的かどうかとは無関係に一定方向に進むものとみなしている。そのためアイマーの説を「定向進化説」と呼ぶ。
定向進化説は、進化の方向はあらかじめ種に備わっているという考えに立っているが、その証拠はただ単に、化石がある傾向をもって進化している場合があるということだけある。もちろん、これは証拠ではなく、現象を記述しているにすぎないし、自然選択や他の機構を否定する何の根拠もない。また、生物をあらかじめ決まった方向に進化させる「内在する力」が存在するという根拠もなく、定向進化説は非常に観念論的なものと見なされている。
しかし、生物がある方向に進化する傾向があるということ自体は確かであろう。これは、個体に働く自然選択によるものかもしれないし、ランダムに形態が変化していった結果かもしれない。さらに、四章で述べたように、発生の際の制約のような機構が働いて、ある性質がつくりだされる傾向が強いからかもしれない。もし定向進化説が「生物の内在する力」に突然変異や発生の制約をも含めるのなら、それは検討する価値のあるものかもしれない。が、もし「種やあらかじめ生物に備わっている」何か特別な力を考えようとするのなら、それは否定されるべきであろう。
2―現代進化論形成の時代
集団遺伝学の確立と発展
二十世紀前半においては、自然選択説、ラマルキズム、メンデリズム、それに突然変異説が加わってさまざまな論争が生じ、その中で自然選択説を中心としたダーウィニズムは劣勢であった。しかしやがて集団遺伝学の確立により、メンデルの遺伝、突然変異、自然選択のそれぞれの要因が進化において果たしている役割が、正しく認識されるようになる。
集団遺伝学とは、生物集団の遺伝的構造を支配する法則を調べる学問であり、そこでは、遺伝子頻度の変化の要因などが扱われる。
この分野は一九三○年代に、イギリスのフィッシャー、ホールデンとアメリカのライトの三人によって確立された。また現代の集団遺伝学が確立、洗練されるうえで、日本の国立遺伝学研究所の木村資生らも重要な働きを担ってきた。
しかし集団遺伝学者の間でも、自然選択がどの程度進化に影響しているかという点では、意見が異なっている。フィッシャーは、遺伝子頻度の変化は自然選択によって決まり、突然変異や遺伝的な浮動は二次的な影響しか与えないとした。また、ホールデンも自然選択の役割を強調した。他方、ライトは遺伝的な浮動の重要性を強調した。
集団遺伝学の理論の多くは、個別の遺伝子(一つの遺伝子座での対立遺伝子)の頻度変化を問題にしていたため、それに対して、生物個体はもっと複雑なものであり、個別の遺伝子の変化ではとらえられないという批判が上がった。また、数学理論は現実離れしているという批判もあった。
特に、総合説(次項で述べる)の形成に関わったマイヤーは、個別の遺伝子が増えたり減ったりすることを問題にする集団遺伝学を「古典的」と決めつけ、豆を袋から出したり入れたりするのと同じようなものであると「ビーン・バッグ(豆袋)」にたとえて批判した。そして、生物個体はいくつもの遺伝子が協力してつくりあげているのだから、一つの遺伝子だけを取り出して考えるのではなく、遺伝子間の相互作用を重視した集団遺伝学が必要であると主張した。
複数の遺伝子の相互作用が重要であることは確かだが、マイヤーの批判は必ずしも当たっていない。進化的な変化が生じるためには、遺伝子が頻度を変化させ、置き換わっていくプロセスが必ず問題になる。この頻度変化と置換のプロセスを調べるためには、一個あるいは少数の遺伝子による基本モデルを立てることがまず重要だ。それに、遺伝子は他の遺伝子とは独立に進化することが少なくないので、個々の遺伝子の運命について考えることが決して無意味ではない。そうしたモデルを基盤にしてこそ、遺伝子が相互作用しているような複雑な場合の理論に発展させることができる。
近年の中立説の発展によって、遺伝子頻度の変化や置換は、むしろ「古典的」といわれる集団遺伝学を支持し、個々の遺伝子がどのように頻度を変化させるかを調べることが、あらためて重要になってきた。
集団遺伝学が確立された一九三○年代頃は、実際に自然状態の生物で遺伝子の変異を調べるのが困難であったため、理論が正しいかどうかを検討することがなかなかできなかった。しかし、遺伝子やそれによって作られるタンパク質の変異を検出できるようになり、さらにDNAの塩基配列の変異が調べられるようになって、集団遺伝学の理論の検討を実際の生物で行うことがある程度可能になった。現在では、メンデル遺伝をしないようなDNA配列が集団にどのように広まるのかを検討する理論まで考えられている。集団遺伝学の進化論における重要性はますます高まっているといえよう。
総合説とネオ「ネオ・ダーウィニズム」
「総合説」は「現代的総合説」といい、「総合」と銘打った本として、イギリスのハクスレーの著書『進化:現代的総合』(一九四二年)が有名である。現在はこの総合説を前節で述べたワイスマンの考えとは別に、「ネオ・ダーウィニズム」と呼ぶことが多い。
集団遺伝学は、遺伝子頻度の変化を進化とみなし、それを説明しようとした。それに対し総合説は、むしろ生物のもつ性質の進化を説明しようとしたものである。そのために、系統分類学、古生物学、生物の地理的な分布を調べる生物地理学、さらに野外の生物を観察していた生態学などが取り入れられた。しかし結局のところ、総合説は集団遺伝学の理論を利用して生物の進化現象を説明しようとした試みともいえる。
総合説の発展に関わった研究者としてよく知られているのは、ロシアの遺伝学者チェトヴェリコフ、ドイツからアメリカに渡ったドブジャンスキー、アメリカの博物学者ステビンス、イギリスの生態遺伝学者フォード、そして、冒頭で述べたハクスレーである。もちろん、前項で紹介した集団遺伝学者のフィッシャー、ライト、ホールデンなども総合説に関わったことになるだろう。
総合説(あるいはネオ・ダーウィニズム)は、いわゆる「権威的」進化学派として学会で主流を占めてきたものとみなされることが多い。現在、総合説は進化の「主流派」として反対派のターゲットにされ、「不完全である」「間違っている」と、各方面からの批判を受けている。まるで「批判派」は「主流派」を上回る勢いである。その批判論の多くは、総合説を突然変異と自然選択で進化を説明する理論だとしたり、自然選択万能とみなすものである。一般には前述した特定の研究者の意見が総合説とされ、それに対する批判がなされているのが実態である。
しかし、総合説と呼ばれるものが具体的のどの進化理論を指すのかは、それほどはっきりしているわけではない。そのことは、集団遺伝学の科学史的な研究をしているプロヴァインが指摘している。つまり、前述の総合説に携わった研究者はみな、少しずつ違った考えをもっていたからである。そして彼らはそれぞれに、自分の理論や研究の役割が総合説の中で過小評価されていると不満を持っていたというのだ。
総合説が自然選択万能の立場だとみなされ、そのことゆえにネオ・ダーウィニズムを批判する人は多い。確かに、自然選択で進化のすべて、あるいはほとんどの現象が説明できるとするのはいき過ぎである。しかし実際には、遺伝的浮動なども含めた集団遺伝学の理論だけでなく、地理的隔離による種分化や古生物学、生態学などの成果を取り込んでいったという功績を、総合説は果たしたといえよう。
総合説という言葉を使ったハクスレーは「進化は生物学における最も重要で中心的な問題であり、それにアプローチする人はすべての科学の分野――生態学、遺伝学、古生物学、地理的分布、発生学、比較解剖学、そして地質学、地理学、数学――からの事実と方法を必要とする」と書いている。具体的理論のどれを重要とするかについては意見の違いがあるものの、科学の各分野を総合するという意味での総合説は、進化理論の進歩にやはり重要な役割を果たしたといえるだろう。
ダーウィン進化論を補強する中立説
四章ではヘモグロビンの進化を例に、中立な突然変異で生じた新しい配列が遺伝的浮動により集団に広まり、もとの配列を置き換わるちうプロセスを説明した。中立説は、突然変異の置換(突然変異によって生じた遺伝子が集団中に広まり、元の遺伝子と置き換わってしまうこと。集団のすべての個体の遺伝子が置き換わることを指す)の大部分が、適応度の高い突然変異遺伝子が自然選択によって広まるのではなく、自然選択に対して中立な突然変異が遺伝的浮動によって(つまり偶然に)広まることを主張している。
中立説によると、突然変異の多くは生物の個体にとって有害なので、自然選択によって集団中から除去される。そして、集団のすべての個体に、突然変異で生じた遺伝子が置き換わるような「置換」に関与するのは、ほとんどが自然選択に対して中立な突然変異遺伝子であるという。さらに、個体に有利に働く突然変異は、稀に起こるものとみなしている。
中立説は、個体の生存や繁殖の差に影響しないような突然変異を重要視するため、個体の性質の適応進化には結びつかないのではないかという人がいる。いったい中立説の支持者は、自然選択による適応進化をどのように考えているのだろうか。
一つは、環境が変化したり、生物が新たな環境に侵入したとき、今まで遺伝的浮動によって集団中に保有されていた中立な遺伝子の間に適応度の差が生じ、有利な遺伝子となって自然選択によって広まるとする考えである。もう一つの考えは、有利な突然変異は稀にしか起こらないが、その突然変異によってかなり大きな影響を個体に与え、それが自然選択され適応進化に導くというものである。
中立説は木村資生により提出され、理論的に発展した。しかし、テキサス大学の根井正利によれば、中立説の見解に類似した考えは、すでに一九三二年に、アメリカのモーガンによって述べられていたという。
モーガンは、もし突然変異が有害である場合はすぐに除去され、有利なものであれば次第に広がっていくと考えた。さらに、新しい突然変異をもつものが古い突然変異をもつものより有利でも不利でもなければ、それが古いものと置き換わるかどうかは偶然によるが、それが何回も起これば、やがて新しい突然変異が古いものに置き換わるだろうと考えたのである。
自然選択が働かない中立な性質が自然の集団中に保有されているという意見は、ダーウィンも述べているし、総合説が有力になる以前は、中立遺伝子の役割についての論議もされていた。中立説は、前述の「古典的な集団遺伝学」を再評価し、洗練したものであるといえるだろう。
中立説の発展は、自然選択万能的な見解に歯止めをかけたこと、DNAなど分子レベルの変異を説明する有効な理論となったこと、また中立説の理論をもとにいろいろな予測やテストが可能になるということ、そして遺伝的浮動の重要性を再評価したという点などで、積極的に評価されよう。
よく、中立説はダーウィンの進化論を超えたというように賞賛されることがある。しかし中立説は、適応進化において個体に有利な突然変異が自然選択で広まることを否定しない。中立説は基本的に、ダーウィン進化論の枠組内での理論である。木村のアメリカ留学時代の恩師であり、中立説をサポートしてきたクローも、中立説の発展をダーウィンの理論を強化するものだと評している。
断続平衡説の誤り
断続平衡説については五章で簡単に述べたが、この説も実は、総合説のいくぶん片寄った「総合」に対する批判から生じたといえる。
特にグールドやエルドリッジの強調する点は、生物は遺伝子―細胞―個体―集団―種―単系統群(同じ祖先をもつ種をひとつのグループにわけたもの)という階層構造をなしており、進化には遺伝子や個体の変化だけではなく、種や単系統群の絶滅や出現という現象も影響しているのだ、という点である。そこで彼らは、個体や集団の変化の結果として種が変化するのではなく、新しい種が出現したり絶滅したりすることが逆に個体や集団の進化に影響している、という理論を提出したのである。
進化においてはいろいろなレベルの現象を考えなければならないという彼らの主張は、一面は正しい。しかし五章で述べたように、形態の変化は種分化と関係しているとはかぎらないし、二章で述べたように、実際に進化しているのは、「種」ではなく遺伝子や個体や実質的遺伝子交流集団であるので、彼らのいうような種とか単系統群とかが進化に関係しているという考えは、適切ではない。このため多くの遺伝学者や集団遺伝学者は、断続平衡理論を進化の重要な理論であるとはみなしていないのである。
行動生態学と社会生物学の成果
三章で述べたように、自然選択は個体にとって有利な行動を進化させることになる。しかし動物の中には、自分を犠牲にして他個体の繁殖を助けるという利他行動もみられる。単純に考えれば、個体に働く自然選択では、このような行動は進化できないことになる。そこで、古い教科書には「ある行動は種族を保存するという機能をもっており、それにより進化した」というような説明がなされることが多かった。しかしこの説明では、種の間に働く自然選択を考えなければいけない矛盾を生むわけだ。これが特に問題にされるようになるのは、一九六○年代になってからである。
きっかけは三つある。一つはアメリカのウィン=エドワーズが、個体数が増えると動物が移動したり繁殖を控えるのは、個体数が増えすぎないように個体自身が調節しているからだということを、『社会行動に関する動物の分散』(一九六二年)という本にまとめて出版したことである。彼の考えは、個体が集団の利益のために自分を犠牲にしているということになる。
これに対して反対意見が続出し、理論的に詳細に検討されるようになった。そしてニューヨーク州立大学のウィリアムズが、それまで暗黙のうちに認められていた集団選択の考えを概念的に批判し、生物の適応を説明するには個体を遺伝子の選択を考えるだけで充分であるとする意見を、『適応と自然選択』(一九六六年)という本で述べたのである。
されにイギリスのハミルトンは、利他行動の進化に関して、もし助ける相手が近縁者であれば自分は犠牲となってもその行動に関係する遺伝子は増加しうる、という「血縁選択」の理論を提出した(一九六四年。なお、この言葉はメイナード=スミスによる)。彼の理論により、利他行動はそれを引き起こす遺伝子の選択によるものであるという考えが普及する。
これら一連の研究をきっかけに、個体や遺伝子にとって有利な行動が進化するという視点で、動物の行動や社会構造を研究しようとする分野が注目されるようになる。それは「行動生態学」あるいは「社会生物学」と呼ばれる。
この行動生態学や社会生物学は、行動は自然選択で進化するという理論枠組で研究しているので、適応万能主義者として批判される場合がある。しかし行動生態学者は、自然選択説を具体的な動物の研究において仮説を作るうえでの有効な概念や研究プログラムとして用いているだけであり、自然選択ですべての行動が説明できるとしているわけではない。彼らは対立仮説として、行動が自然選択以外で進化する場合なども考慮しているのである(たとえば三章で述べたトカゲの例では、「苦い物質の分泌」は、その性質が自然選択に有利に働いて進化したものではなく、生理機構の副産物として進化したという仮説によっている)[注6-2]。
注6-2:多くの生物の行動が自然選択で進化したという仮説は有効であり、多くの実証研究によって示されてきた。行動生態学や社会生態学は進化における自然選択の役割を強調しすぎる傾向がある。また、行動がゲノム配列や遺伝子がどのような脳・神経機能を介して引き起こされるのかという要因が軽視されがちだった。
動物の行動の適応進化に関しては現在、より詳細な検証が実際の動物や植物で行われるようになっている。そこでは集団選択の理論的可能性は残るものの、動物が集団に有利になるように行動しているという観察例はほとんどなく、まして、「種にとって」有利な行動を支持するような観察例は皆無である。ここでもまた、個体に有利な性質が進化しているという考え方が、大筋で支持されているのである[注6-2]。
注6-2:リチャード・ドーキンスは、個体の性質は遺伝子にとって有利な性質が進化するという「利己的遺伝子」という見方を強調した。しかし、利己的遺伝子という見方は、前述した利己的DNAについては適切であるが、多くの個体の性質は、「個体に有利な性質が進化している」という見方が適切である。note記事「「利己的遺伝子」の誤解を招かない使い方」、「進化を説明する上で「利己的な遺伝子」という比喩は適切か?」、また、『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第3章「生物は利己的遺伝子に操られている?」参照。
分子生物学での発見
一九七○年代後半から、実験技術の向上により、DNAやRNAなど遺伝子を構成する分子について、新しい事実が次々明らかにされた。たとえば、三章で述べたトランスポゾンのような動く遺伝子の存在や、四章で述べたようなDNAの「機能しないがらくた配列」や「繰り返し配列」といった現象、あるいは遺伝子の様々な調節機構といったものが、この時期に解明された。
分子生物学での発見は、それまでの遺伝子概念を変えるようなめざましいもので、進化理論においても一部の単純な進化プロセスの概念は修正を余儀なくされた。しかし、進化という現象は、二章で述べたような五つの進化プロセスで説明できる、という枠組は基本的には変わることはなかった。むしろ、分子レベルでの発見は逆に、中立説や自然選択説などの集団遺伝学的な理論の有効性を支持する有力な証拠となったのである。
さらに、三章のヘモグロビンの説でも述べたように、生物のもつDNA配列を比較することにより、生物間の類縁関係が詳しく推定されるようになってきた。それにより、これまで形態によって推測していた類縁関係のいくつかは、誤りではないかという疑問がもたれるようになっている。
分子生物学が今後ますます進歩するためには、DNAなどの分子レベルの現象を観測するだけではなく、ミクロからマクロまであらゆるレベルの進化理論を用いて、その現象の意味を探ることが重要になっていくだろう[注6-3]。
注6-3: 現在では、様々な技術の進展により、ヒトをはじめ多くの生物やのゲノム配列が解読されたり、遺伝子の発現や役割が特定されたりしている。また、ヒトをはじめ数万年前の古人類や古生物のゲノムも解読され、ゲノム配列の変化による生物進化の過程が明らかになりつつある。このような発展により、進化理論の検証や進化の様相やメカニズムの実際が明らかになりつつある。進化学は、理論だけでなく実証科学として発展した。
現代の進化理論の枠組とは
現代進化論とは何かといったとき、一言で答えるのは難しい。それは、研究者によっても見解が異なるからだ。しかし、ある程度大まかな枠組を示すことは可能であろう。ここではその枠組について、私自身の見解を述べておこう。
まず断っておきたいことがある。私は進化を考えるとき、種という概念を有効なものとは考えていない。したがって、種を重要な生物の単位と考える一部の人の進化理論は、私の見解とは異なっている。そのため、本書では断続平衡説の説明する種の絶滅と出現について論じなかった。ただし私は、種ではなく実質的な遺伝子交流集団という単位であれば、進化の傾向に影響を与えるかもしれないとは考えている。
では、現代進化理論の基本的枠組とはどのようなものであろうか。
基本的な進化のプロセスは二章で述べたが、進化はこのプロセスにそって起こり、そのプロセスに関わる要因についての理論が、現代進化理論の大まかな基本的枠組である。その中で何を重視するかは研究者によって異なり、たとえば突然変異プロセスでは、個体の性質に大きな影響を与えるものを重要視する人も、わずかな影響しか与えない突然変異の蓄積を重要視する人もいる。また、ある特定の性質の頻度変化に関して自然選択と遺伝的浮動のどちらを重視するかについても、意見が分かれている。分岐プロセスにしても、異所的な種分化を重視する人もいれば、他の生殖隔離機構を重視する人もいる。しかし、これらの違いはいずれも、現代進化論という大きな枠組の中での意見の違いである。
現代進化論は、生物の生存や繁殖に有利に働いている性質の進化、つまり「適応進化」を、生物の進化において重要な役割を果たしていると考える。そして、その適応進化を導くための最も重要な要因として自然選択を考えているのが、現代進化論の基本姿勢であるといえよう[注6-4]。
注6-4: 自然選択による適応進化の解明は、現代進化学でも中心的なテーマの一つであるが、当時は強調されすぎていた傾向がある。2010年代には、進化には「より複雑な遺伝の仕組み」など、ダーウィン進化論では強調されなかった幾つかの点をもっと考慮すべきであるとする「拡張した進化総合説」が提唱された(『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか』の第1章参照)。現代進化学では、「より複雑な遺伝の仕組み」の他、様々な種類の突然変異の影響、遺伝子制御による生物個体の性質の出現などの進化への影響の重要性が示されているのに加え、自然選択だけでなく、自然選択以外の様々なメカニズムや要因が進化を理解する上で重要であることが認識されている。
第七章 社会の中の進化論
1―進化的倫理をめぐって
教育委員会の犯した自然主義的誤謬
以前、巣から落ちたハトの雛が幸運にも優しい人に助けられ鳥かごで育てられていたところその雛の親がやってきてかごの外から給餌しようとする光景が、新聞で紹介された。それを呼んだ教育委員会の人が、小学校の教材で使いたいと申し出たという。細かな点は違っているかもしれないが、おおよそこのような話が新聞に載ったことを覚えている。
この教育委員会の人は、母親が子どもを見捨てずにカゴの外からでも給餌する、という行動から、母親の愛情というものを小学生たちに教えようとしたのだろうか。だとすると彼は、動物についての観察事実から、人間がどう行動すべきかという価値観や道徳的規範を引き出しているといえよう。
こんな例もある。小学校では、新学習指導要領の施行にともなって、低学年の理科と社会は生活科という科目に変わる。その生活科で、一列になって歩いているアリのビデオをみせて、「道路を歩くときはよそ見をしないで、二列くらいで歩いた方がいい」という答えを導き出させる実験授業が行われた。この例だけでなく、生活科の授業では、動物の行動に人間の感情的な解釈を勝手にあてはめて、子どもに一種の道徳教育を行おうとする試みがなされているのである。
しかし動物には、子どもを殺したり子育てを放棄したりする行動が、ごく普通にみられる。そのような行動に対しては、教育者はどう対応するのだろうか。おそらく彼らは、子殺しなどの行動は特殊な例外であると説明するか、そういう事実はなるべく子どもに知らせないかの、どちらかであろう。しかし前者の場合だと、それは子どもにウソを教えることになるし、後者の場合だと、子どもがこの事実を知ったとき、(人間においても)子殺しなどの行為は自然であると思ってしまうか、あるいは教育者の説明が矛盾しているように感じ、とまどってしまうかもしれない。
この例とは逆に、仮に動物の行動が人間からみて倫理的と思えるものばかりであったとしても、その行動と倫理的価値観を結びつけることは誤りである。
このように、生物学上の事実や解釈をもとに人間の倫理観や道徳的価値観を導き出そうとすることを、「自然主義的誤謬」という[注7-1]。
特に進化的概念や事実から導き出した倫理やモラルの規範を、進化論的倫理(エボリューショナリー・エシックス)という。本章ではこの進化論的倫理に関わる問題と、人間の倫理が進化的も説明できるかどうかの問題について考えてみよう。
[注7-1] 哲学的、倫理学的に厳密な意味での「自然主義的誤謬」は「善い」ということを自然的な性質と同一視し、定義しようとすることとされる。また、「事実から規範(べきであること)を直接導き出すことはできない」という意味に使われることもある。
社会ダーウィニズムとは社会ラマルキズムである
進化論が広まる以前は、キリスト教が生命観や生物の起源を説明し、人々にモラルや倫理観を提供していた。しかし、進化論の登場によってそれらが誤りだということになると、キリスト教のかわりに進化論に倫理やモラルを見つけようとする人が現れたとしてもおかしくない。
ダーウィン進化論はしばしば「生存競争」という言葉で語られたため、多くの誤解を生むことになった。また、自然選択による適応進化という現象は、「適したものが生き残る」あるいは「最適者生存」などという言葉で理解されたために、資本主義社会の容赦ない競争を正当化するのに使われた面があるようだ。
十九世紀後半、自然選択の概念を適用して競争社会を正当化した中心人物として、イギリスの哲学者スペンサーがいる。彼は自然主義的誤謬を犯した筆頭ともいえよう。このスペンサーらが自分たちの思想に自然選択の概念を用いたことから、そうした思想を「社会ダーウィニズム」と呼ぶようになったのである。実際には社会ダーウィニズムと呼ばれるものの形態はいろいろで、正確に定義するのは難しいが、大まかにいえば、キリスト教的倫理観にかわる論拠として自然科学的進化思想の中からつくり出されていく社会的思想である、と考えられよう。
この社会ダーウィニズムと呼ばれる思想をよくみると、実際には進化とか自然選択説とはほとんど関係がないことがわかる。たとえば社会ダーウィニズムでは、進化は前進、進歩、あるいは「下等」から「高等」への変化とみなされるが、これは実はラマルキズムの発想である。実際、スペンサーはラマルキズムを高く評価し、獲得形質の遺伝の重要性を評価していたという。つまり、ダーウィンは、生物の種が分岐的に変化し、各生物がそれぞれ独自に環境に適応していくのが進化であると考えたのに対し、ラマルクは、下等から高等へと前進することを進化と考えていたので、「社会の進歩のために」進化論的倫理を用いるうえでは、ラマルキズムの方が有用だったのであろう。このような事情からイギリスの科学史家ボウラーは、『進化思想の歴史』(一九八四年)の中で「スペンサーの社会ダーウィニズムはむしろ社会ラマルキズムといえる」と指摘している。
十九世紀の終わりにスペンサーの思想が衰えると、国家間の闘争や人種間の闘争というナショナリズムに、「最適者生存」という言葉が使われるようになる。強い国家が弱い国を支配するとか、優秀な人種が他の人種を圧倒する、といった思想が主張されたのである。そこでは個人の競争という概念はなくなり、個人は国に奉仕するものとみなされ、進化理論としての自然選択説とは完全に異質なものになってしまった。
このような社会ダーウィニズムの主張者として有名なのが、十九世紀後半のドイツの動物学者ヘッケルである。ヘッケルは、人間社会には国家間の競争が重要で、それによって強力な国家をつくることができると信じていたという。彼もまた、一般にはダーウィニストとみなされているにもかかわらず、「進化は内的発達や進歩」であるとするラマルキズムに近い考えの持ち主であった。
優生学と「遺伝管理社会」の将来
ダーウィンの従兄弟であるゴルトンは、十九世紀後半、国が適者と不適者の比率を調節しなければ民族の退化の恐れがあると論じ、「優生学」と呼ばれる思想をつくりあげた。つまり、人為淘汰によって民族の前進進化を推進しようと提唱したのである。
この思想を積極的に利用したのが、ナチス政権下のドイツである。前述のヘッケルの思想もまた、ドイツにおける社会ダーウィニズムの流行を助長した。そうした動きは人種主義の傾向を強め、ナチズムの台頭とともに、優生学的な政策が取り入れられることになった。ナチズムがドイツ人の優越性を主張しユダヤ人差別を正当化するのに、優生学を利用したのは有名な話である(この問題については米本昌平『遺伝管理社会』―弘文堂―に詳しい)。
現在、優生学は医療管理政策として、現代社会の中に新たな問題を投げかけている。というのも、DNAや遺伝子を直接調べることによる病気の診断が、可能になってきているからである。
そうした診断によって、これまで不可能だった治療が可能になる病気については、問題はあまりないかもしれない。しかし、将来発病の可能性がある病気や、少なくとも何年かは生存の可能性のある病気を診断して本人に伝えることは、ただ苦痛を与えるだけであったり、病気をもっている人への差別につながるという問題を生じる。米本が指摘するように、法律による強制的な検診は個人の権利を侵す危険性を孕み、我々は今後ますます、「病気になる権利」を主張しなければならなくなるかもしれない。
「進化遺伝学的世界観」
この見出しは、木村資生の『生物進化を考える』(岩波新書)の第九章のものである。木村は以前から、集団遺伝学的に考えた優生学的な発想が人類の未来を考えるうえで必要である、という考えを述べてきた。『生物進化を考える』には、以前に比べて表現はマイルドになったものの、木村の優生学に対する考えがよく表されている。
人間に起こる突然変異の多くは、他の生物と同様に有害である。しかし医学の進歩により、これまで有害であった突然変異遺伝子をもった人も、生存し子どもを残すことができるようになる。その結果、有害な突然変異は中立なものとして、人類の集団の中に蓄積されていくだろう。そのような突然変異の蓄積は、人間のもつ遺伝的な情報を退化させることになり、その結果、人類の退化を引き起こすかもしれない。そこで木村は、「何万年も先の長期的な話になるかもしれないが、人類が知能や労力や物的な資源の大部分を、いろいろな表現型対策[著者注:病気の治療など]に使うかわりに、より建設的、発展的な事業に使うためにはどうしても優生的な措置が必要だと思われる」とし、その対策として「現実に有効なのは、平均より多くの有害遺伝子をもった人が、何らかの形で子どもの数を制限するか、あるいは有害突然変異をもっていることがわかっている受精卵を、発育の初期に除去するかのどちらかになると思われる」と述べている。
上で述べたのは、有害遺伝子を除く「消極的優生」といわれるものだが、人類にとって好ましいと考えられる形質の増加を目指す「積極的優生」についても木村は言及している。木村は「以下に紹介する積極的優生の手段[著者注:精子銀行とクローン人間を指す]は共に提唱と同時に多くの人たちから激しい反対や批判を受けたもので、筆者も全面的に賛成しているわけでは決してない」としながらも、「何千年、何万年、またそれ以上の長期的な人類の未来を考えようとすると、これらの優生手段は十分考慮に値するものであると信じる」「一般的知能とか健康、社会的協調性といった形質の遺伝的改善を行う上で、科学的にはおそらくもっとも安全・確実で、長期的にも有効な方法といえるかもしれない」と主張しているのである。
木村「優生」論をどう考えるか
前述の木村の主張を考えるうえで重要なのは、木村のいうように、有害遺伝子が将来的に蓄積されていくということは現実に起こりうる可能性がある点である。しかし木村の文章を読むと、彼の考える「人権」とか「人類の発展」とは、「健康で優秀な人間になること」のみのように受け取れる。そこには、「病気でも生きる権利」とか「障害者が健常者と同じように生きる権利」といった、個人の権利という思想が欠如しているように思える。木村の進化観には、進化とは発展するものである、という前進的な意味合いが含まれているのではないだろうか。
木村は、自分が述べるような優生学には「反対意見がある」とし、自分も、「全面的に賛成しているわけではない」と保留しながらも、それらの内容については紹介していない。たとえば、子どもの数を制限するとか受精卵を初期に除去するということが、どのような問題を引き起こすかについては、まったくふれていない。また、知能とか社会的協調性の遺伝的改善ということが、どれだけ危険な発想であるかについても説明されていない。そのため、こうした遺伝的改善が、読者によっては好ましい方法のように受け取られることもあるかもしれない。また、優生学の孕む問題を理解していない人によって、悪用される危険性もあるかもしれない。
静岡新聞は、木村のこの著書をとりあげ、「人類の”優生”を維持するためには優生学的発想が必要だと語る。……集団遺伝学者としての信念を文明病の対策にも貫く、日本人としては珍しいストレートな姿勢は科学主義的なその立場に異論をもつ人からも評価させるだろう」と一方的に絶賛しているのである。
有害遺伝子がどのように蓄積されていくかを予測したり、将来的に有害遺伝子を減らすための方法についての科学的な論議自体は、批判されるべきものではないかもしれない。しかし、そういった科学的論議と人間社会にどのように適用すべきかという論議は、別に取り扱うべきものであろう。このような観点でみたとき、木村は少なくとも「消極的優生」の適用については肯定的に述べているし、「積極的優生」についても人間の「形質の遺伝的改善」という社会的な判断を含めており、中立な科学的論議であるとはいえない。
木村の中立説や集団遺伝学への貢献は、学問的な面では高く評価されるべきものである。ただ、日本では権威的なものとなった論説に対しては、不適切な面があっても批判しなくなるような風潮がある。実際に、『生物進化を考える』の書評の多くは、木村優生論について批判していない。もし、この「優生論」が、この種の問題を論議することがタブー視されている現状に対して、一種の問題提起として出されたのであれば、それに対する自由な批判が出されなければ、「問題提起の章」として意味がまったくなくなってしまうだろう[注7-2]。
注7-2: アメリカで実施された断種や産児制限、その後のヒトラーによる人種選別という歴史的な背景から、優性学は検討するにも及ばない「間違った思想」であるとされることが多い。しかし、現在では、着床前の胚の遺伝子検査によって、親が子どもを産むかどうかを決めたり、優秀な人の精子で子どもを作ったり、ゲノム検査をもとに結婚相手を判断するということが現実に行われている。これは、個人のための優生学ともいわれ、リベラル優生学あるいは消費者優生学と呼ばれている。これは、一概に否定できない行為であるが、今後、どこまで規制するのかの議論が必要になっている。なを、ドイツの過去の優生学は「人種のため」であり、木村氏の想定する優生学は「人類の存続のため」ということになる。
人間社会生物学は疑似科学か?
社会ラマルキズム、社会ダーウィニズムは、実は進化理論とは直接にはあまり関係していなかったというものの、進化思想から倫理的価値観を導きだそうと試み、自然主義的誤謬を犯していた。では、人間の行動やモラルの一部が生物学的にどのように進化してきたのかを説明すること、それもまた誤りなのだろうか。
最近、社会ダーウィニズムの現代版といわれ批判されているのが、人間社会生物学である。前章でも述べたように、社会生物学は、動物社会行動の進化を研究する分野である。
動物行動学の研究が進むにつれ、これまで異常とみなされていたような行動、たとえば子殺し、兄弟殺し、レイプなどが、自然選択によって進化した行動として説明できるようになった。さらに、自分を犠牲にしても他人を助けるという利他行動や協力的な行動も、遺伝子の有利性や個体の有利性に働く自然選択によって進化したもの、と考えられるようになった。
このような傾向の中で特に問題となったのが、アメリカの昆虫学者ウィルソンが一九七五年に『社会生物学』という大著の最後の章で、人間の行動も自然選択で説明しようとした試みである。
アメリカではそれに刺激され、「行動学と社会生物学」という科学雑誌が発行され、人間行動の進化的な側面についての研究が進められ、「人間社会生物学」と呼ばれている。しかし人間の利他行動や社会行動までもを自然選択で説明しようとするウィルソンらの試みは、アメリカでは左派といわれる科学者や社会科学者、そしてほとんどの哲学者から厳しい批判的を受けたのである。
まず第一の批判は、人間社会生物学者が好むと好まないとに関わらず、人間の行動の生物学的規定が、人間の価値に結びついてしまう点にあった。たとえば、遺伝的な差に対して自然選択が働くという主張は、黒人、ユダヤ人、下層階級の人々、そして女性といったグループの人には遺伝的な差が存在するという意味につながり、あらかじめその人の役割は遺伝子によって決定されているものとみなす「遺伝決定論」と結びつきやすく、人種差別や女性差別に悪用される危険性が高いというのである。
二番目の批判は、人間社会生物学が科学たりうるかどうかに問題があるとするものである。これは、人間の行動をすべて適応的で自然選択が働いて進化したもの、という視点だけで立てた仮説は「お話」にしかならないという批判で、つまり、人間社会生物学は「疑似科学」であるというわけだ。
二番目の批判について考えてみよう。前の章でも述べたように、行動が常に適応的であると考えるのは適切ではない。しかし、自然選択説によらないものも含めて、対立仮説として検討することは可能である。もし厳密に仮説を検証することができないからといって、人間社会行動学を科学でないとするなら、程度の差はあっても、他のほとんどの自然科学も同様に、厳密には科学でないということになってしまう。私は、人間社会生物学は具体的な方法論としては問題点が多いが、科学として人間の生物学的な側面を、ある程度明らかにできる有効な方法であると考える。[注7-3]
注7-3: E.O.ウィルソンによる人間行動の進化の説明は、遺伝子と行動の関係を単純化させすぎたこともあり、実際には支持されない考えが多かったのも事実である。ただし、それとは別に、人間社会生物学に対して激しい批判は、特にアメリカで起こった。その背景には、人間のあらゆる精神的特性、思考、行動や習慣は、遺伝的な違いによるものではなく、文化的な差異によって説明できると考えていた人が少なくなかったという歴史がある。そのような思想的立場に立つ、当時の社会科学や文化人類学などの人文学系の学者や、マルクス主義イデオロギーを信念とする一部の生物学者から社会生物学に対する激しい批判がなされた。この経緯についてはウリカ・セーゲルストローレ『社会生物学論争史―誰もが真理を擁護していた』に詳しい。また、人間の行動や特性の差が遺伝的影響を受けていないとする間違った思想は、現在のアメリカでも、影響力をもっているようだ。ジェリー・コイン「遺伝も性別もタブー… 進化生物学者が危惧する「左派からの科学への攻撃」を参照
遺伝決定論と「平等」
では、一番目の「遺伝決定論」という批判はどうであろうか。人間社会生物学者はそれに答えて、自分たちは、人間の行動の差すべてが環境や文化のみで決まっているのではなく、遺伝的な差も関与していると言っているにすぎないという。さらに、その遺伝的な差は、優れているか劣っているかを示すものではないという。
私は、人間社会生物学は「遺伝決定論」の立場をとるものではないと考える。しかし、進化理論を利用する側は本来の理論を都合よく解釈して悪用する、というのがこれまでの風潮であった。その意味では、人間社会生物学が本来どういうものであるかは別として、悪用されやすい、という点は注意しておかなければならない。このことは社会生物学にかぎらず、どんな分野の科学理論においてもあてはまることである。特に社会生物学などに従事している研究者は社会の動きに敏感に対応して発言していく必要があるだろう。
ところで、「遺伝決定論」的な主張は特に、「社会は科学の法則によって進歩し、人間の本性は環境によって自由に改変でき、完全な社会をつくりあげられる」というマルキシズムのスローガンを信奉する研究者や、「人間個人個人の間には、生物学的な違いがない」ことを根拠に「平等」を主張する人々によって攻撃されることが多い。しかし、このスローガンや根拠は、実際に人間や生物の性質の間に遺伝的な差があるという、生物学的な事実をも否定しなければならなくなる。
その最も典型的な例が、ソビエト連邦でのルイセンコ事件である。ルイセンコは農学者あるいは遺伝学者としてソ連における権威的な立場にあって、獲得形質が遺伝するという立場を強く推進していた。そしてスターリンにとりいり、獲得形質の遺伝を否定するメンデル遺伝学などの学者を「ブルジョア的」といって追放したのである。前章の総合説の節でも触れたチェトヴェリコフなどのソ連の優れた遺伝学者は、ルイセンコによって追放され、そのためソ連における遺伝学はかなりの遅れをとったといわれる。
日本においても、一九五○~一九六○年代には、ソ連での生物学の影響を受けた研究者が多く、左翼的な思想の影響で、獲得形質の遺伝を強調したり、ネオ・ダーウィニズムを否定する場合もあったようだ。
今後、DNAや遺伝子レベルでの研究が発展するにつれて、人間の性質の個人間の遺伝的な差が明らかになってくるであろう。その時には、生物学的現象と社会的価値や倫理、思想とを切り離し、自然主義的誤謬を犯さないことが、ますます重要になってくる。
「平等」とは、人間一人一人のもつ価値が同じであるということである。個人個人は生物的にはいろいろな面で違っている(遺伝子によって決定されているわけではない)ことを認識したうえで、その違いが人間としての価値の差にはつながらないことを理解することが、重要ではないだろうか。
2―日本社会と今西進化論
今西錦司が残したマイナス
カゲロウは地理的な違いによって、あるいは棲み場所によって、種ごとに生活の場を違えている。京都大学の今西錦司はこの発見から「すみわけ理論」を提唱したといわれている[注7-3]。
注7-3: 異なる生物が異なる生息場所(ニッチ)に生息して棲み分けているとう現象は、よく知られており、そのような現象は、伝統的な生態学によっても種間の競争の結果として説明されてきた。しかし、今西錦司の「すみわけ理論」は、種間の競争とは関係なく種が主体的にすみ場所を分けていると主張しており、実証的に支持されるものではない。
「調和」とは管理統制か?
今西の考えのもとになっている概念は、「種社会」という概念である。これは、これまで本書で述べてきた「種」とは違って、今西の特異な概念である。この概念が今西の仕事のすべての基盤をなし、彼は、この種社会の概念にあてはまるように自然を解釈していったのである。
今西のいう「種」とは、生物としての究極的な構成単位であり、無生物でいうなら元素に相当するという。したがって、種は必ずはっきりと区別できるものであるとされる。また、その種は進化する単位であり、さらに生活様式の違い(形態や生態)としても認識される。実は、この定義だけですでにこの種の概念は、実際の生物にあてはめることが出来ず、破綻をきたしている。
今西の種社会という概念でもっとも大きな問題となるのは、種はそれ自体を維持しようとしたり進化しようとするものであり、種が個体を統制している、という点である。今西理論においては、個体は常に種のためにつくられるのである。
種と個体の関係を今西がどう述べているか、紹介しよう。
「種を構成している個体の中で、どの個体が死に、どの個体が生き延びても、種が変化をきたさないように、種の個体はこの点ではじめからどれも同じようにつくられている」「必要もないのに個々の個体が勝手な変化を起こすというのは、種社会の統一を破り、その秩序をみだすことになる。したがって、そのようなことは健全な種社会においては、なんらかの工夫によって阻止されていなければいけないのである」(『動物の社会』思索社)。
また今西は、種社会はさらに上のレベルにある種全体社会の一員として、規制を受けるという。
もっとも、今西は「種による統制」という言葉は使わずに、「個体と種がばらばらになるのではなく、調和的に全体と個体の関係がある」というような表現をすることが多い。しかし今西の「調和的」というものは、個体がみずからの利益を考えた結果として個体同士が協調的になる(これなら現実的にありうる話であるが)という意味ではない。全体として調和を保つためには、種が個体を統制し、抑圧する機構が必ず必要になるというのである。
このように、種による個体の統制機構がなければ、今西の種社会の概念は存在しえない。そして、この種社会の理念に基づいて、彼の進化論も組み立てられている。つまり、個体はある程度の自由は認められているが、究極的には種の統一を守るようにふるまう。しかし、環境が変わり、環境との間にアンバランスが生じるようになれば、種は個体をコントロールし、変化させるのである。これが今西進化論の有名なフレーズ、「種は変わるべきときに変わる」ということになる。そこでは、進化するかどうかは種の主体的な意思によるものなのである。
今西進化論はまた、競争を否定することから、「平和共存」という言葉で表されることがある。しかし今西理論によると、一見調和のとれた社会のようにみえるのは、種が個体に対して統制をかけて、管理しているからであるということに他ならない。
三章でも述べたように、個体が「種」の存続や維持のために存在することは、理論的にも、また最近の動物行動学からの観察からも、不可能に近い。
第一、今西理論が示唆するように種自体が個体の行動や変化を規制するためには、種という存在の主体的な判断や情報を個体に伝達するか、あるいは、個体は常に自分の属する「種」を知っていて、個体の中にある「種に自分を捧げるための指令」に規制されて行動するというような機構がなければならない。しかし、種の主体的判断ということ自体、現実の生物で思い浮かべるには無理があるし、まして、種の判断を種に属する個体すべてに伝える機構や個体のふるまいを規制する「指令」の存在は、論理的に不可能である。
今西にみられる京都学派の系譜
では、この今西進化論は何を基盤にして考え出されたのであろうか。
戦前に大東亜共栄圏(大東亜共栄圏とは、中国や東南アジア諸国を欧米帝国主義の支配から解放し、日本を盟主に「共存共栄」の広域経済圏をつくるという思想であり、第二次世界大戦の名目に利用された)を正当化し、太平洋戦争を美化した西田幾多郎、田辺元らの京都学派、また、類似した思想を主張した和辻哲郎の思想と今西の思想は同じ系譜に連なるものと思われる。
日本の生態学の指導的立場にある伊藤嘉昭は、「私は戦後まもなく西田の『絶対矛盾自己同一』を読み、ついで『生物の世界』[著者注:今西の一九四一年の本]を読んで、論理の類似に驚いた記憶がある」と書いてある。また、京都大学の上山春平も、「『生物の世界』という著書は、明瞭に西田幾多郎の生命哲学の発展形態とみてよいのではないかとさえ思われる」(『日本の思想』サイマル出版会)と述べている。さらに最近では、浅田彰は今西の「種社会の論理」が田辺元の「種の論理」や京都学派の全体論と同じ系譜であることを指摘している(『文学界』一九八九年二月)。
田辺によると、「種」は個人と人類の間に位置するもので、個人を強制したり否認したり、「個人の自発的服従を強要」したりするのだが、逆にまた、全体によって否認されることもある。この田辺の場合の「種」とは国家や民族であり、全体とは世界である。これは今西の個体―種社会―種全体社会の関係と類似している。また和辻は『倫理学』の中で、全体は個人が存在することで成り立ち、逆に個人も全体の存在かで存在でき、しかも全体は個人より優位な立場にあるとする。これは今西の、種と個体の関係は二にして一つとしながらも、重要な現象の主導権は種が握っているという考えとよく似ている。
慶応大学の岸由二は、今西の種概念と田辺元の種の論理の類似性を指摘し、田辺の種の論理について「世界(全体)を強調することでむき出しの全体主義的な戦争路線を批判し、全体の中での諸民族の調和をアピールした種の哲学は、他方では個に対する種(国家)の優位を強調することで全体主義の時流に迎合することもあったが、当時の知識人たちの間では大変な人気を得たといわれる」と述べている(『進化論を愉しむ本』JICC出版局)。さらに岸は、「今西が、ごくごく周辺でこのような全体論の論調や用語に影響されなかったと考えるのは不自然だろう」としている。
生活の場においてお互いが別々の生活を営みながら、種社会や種全体社会として統一のとれた調和的な世界が保たれるという今西の「すみわけ理論」や今西進化論は、右に述べた京都学派の思想の水脈から導き出されたものであるといってもいいのではないだろうか。
ところで、個体より種を重視する今西や西田の全体論哲学は、日本の独自の思想なのだろうか。西田自身も述べているように、彼らの生命観は当時、西洋で一種の流行となっていた全体論(ホーリズム)の思想と変わりなく、もともとは西洋思想から生まれたものといえるだろう。
ところが、日本では、自然を全体的、調和的にとらえるのが東洋思想や日本独自の思想であり、ここの要素に力点をおく粒子論的な見方が西洋思想であるという見解がつくられていったのだ[注7-4]。
注7-4: 現在では、今西進化論を信奉する進化学者はいない。しかし、生命思想家の福岡伸一氏の「動的平衡」という物理的側面からの生命観は、個体レベルでの消失と生成は、種という大きなシステムが、その動的平衡(種の存続という安定した状態)を維持するための手段であると考え、種「個体は種のため」とする。福岡伸一氏の動的生命観は、西田幾太郎や今西錦司の思想と親和性が高い。福岡伸一氏の生命観については、「「動的平衡生命観」に生物学的根拠はあるのか – 問われる日本の科学リテラシー」で批判した。
「調和共存」が孕む全体主義の芽
今西進化論が日本でこれほど人気を得た理由は、どこにあるのだろうか。
西田ら京都学派の哲学は、明治以来の西欧化、合理主義、個人主義、自由主義などを克服するものとして登場し、日本独自の文化の優越性を強調したものであった。これは戦前の話であるが、戦後になっても様々な形で、欧米思想の流入に対する反発がみられる。
その一つが、一九五○年代のマルクス主義者などのように、アメリカを帝国主義として批判し、日本の文化や民族の独自性を強調する動きである。もう一つは、一九七○年以降特に顕著になった、日本古来の文化に立ち戻ろうとする動きや、科学主義を見直していこうとする動きで、いわゆる「ポスト・モダン」思想につながるものである。
このような風潮の中で、日本独自の優れた思想として、今西進化論がもてはやされるようになる。上山は、今西とダーウィン進化論の根本的な違いを、個体主義か全体論か、また競争か共存かの選択肢のどちらをとるかであるとしている。つまりダーウィン進化論は個体主義、競争を選び、今西進化論は全体論と共存を選ぶというのである(実際はダーウィン進化論は競争も共存も説明している)。
こうして、今西進化論が日本独自の進化論であり、その進化論が欧米の思想から生まれたダーウィン進化論を否定するという構図がつくられ、日本においては人気を得たものと思われる。岸由二は「今西進化論で最も目をひくのは、今西進化論が一貫してナショナリズムの構図の中で主張され、宣伝され、受け取られてきたことであろう。……日本独自の進化理論が、アングロサクソンの進化論と対決し、前進しつつある、その現場にいまわれわれは立ち会っているというナショナリスチックな臨場感が今西ファンを魅了したことも確実だろう」と指摘している(前掲書)。
さらに、最近では日本が経済的に世界の強国になってきたことを背景に、国際社会の中で日本本来の「優れた」思想を広めることが重要である、という超国家主義的な主張さえ台頭するようになり、このような思想にも今西進化論は利用されるようになった。
たとえば一九八五年、当時の中曽根首相の音頭取りで、国際日本文化センターというのもが計画された(一九八七年に発足)際、中曽根は「外国からの思想を全部クリアーにしたうえで、日本のアイデンティティーというものはこれだ、というものをつくる」という趣旨を述べている。そして日本の独自性をもっている人々として、今西錦司、上山春平、梅原猛、梅棹忠夫らの名があげられたのである。
彼らに比較的共通することは、共存、調和、協調的、和といった思想を、日本の独自思想として評価している点である。国際日本文化センターの所長である梅原は、あまり実証的な根拠もなく、「和」の思想が日本で生まれた最も優れた思想であるとしている。しかし、大東亜共栄圏が共存共栄という一見平和的なイメージで広められたのと同様に、今西進化論の「調和、共存」や梅原の「和」の思想の基盤は、調和とか共存とかいう言葉に隠された、「個体に対しての種(国家)の優位性」という全体主義の芽を孕んでいることは認識しておく必要があるのではないだろうか[注7-5]。
以下に引用するのは、『人類の周辺』(筑摩書房)の中の今西の言葉である。
「いまは国家のすみわけ時代である。平和も人権も、国家の手中に握られている、といえないことはない。……要するに国家がコントロールできないかぎり、人類の一体化も、平和も、人権もお預けである。ひとびとはもはや宗教のためには血を流さないかもしれないが、国家のためだったらいまでも血を流さねばならないのではないか。それはひとびとのアイデンティティの濃さの問題である。世界人類にたいするアイデンティティよりも、国家にたいするアイデンティティの方が、はるかに濃いという現状認識から、遊離してはいけない」
注7-5: 京都学派と呼ばれる思想は、第二次世界大戦での国家主義を正当化したり、利用されたりしたという側面と哲学的に西洋の近代主義や考え方を批判し、独自の価値観を提唱したという側面がある。『人類の周辺』(1981年)の著書のこの言葉をみれば、戦後においても今西は、「国家(あるいは種)が中心」という考えをもってたことがよくわかる。京都学派の日本独自の哲学的思想は、評価されるべきところもあるが、それを生物学に応用するのは間違いである。
進化論は社会とどう関わっていくべきか
生物の進化的な事実や理論から、人間社会の価値観やモラルを直結させるのは誤りである。しかし、我々人間の価値観が、生物学的な事実によって影響を受けざるを得ないのも確かである。米本は、社会ダーウィニズムのような進化論的倫理が生じてきたのは、キリスト教的世界解釈に対する代案として生まれてきたもので、それは自然科学主義に結びついているという。ここで、自然科学主義というのは、唯物論、自由思想、合理主義などと呼ばれた哲学的な傾向をいう。さらに彼は、ナチズムの優生学などの政策もまた、非合理的なものではなく合理的な政策から生まれてきたことを強調している。
このことは、科学の発展が必ずしも人間にとって好ましいものではないことを示しているだろう。しかし、科学に対する過度の不信感は逆に、盲目的な神秘主義や宗教、非合理主義を助長する結果にもなる。私はこのような神秘主義が復活するのは好ましいことではないと思う。歴史的にみても、一見論理的なようで実は誤った思想を批判してきたのは、神秘主義ではなく、論理的な思考に基づく思想であったことを忘れてはいけない。
これまで特に進化論が悪用されてきたのは、進化論そのものが主な原因というよりは、十九世紀の終わりから二十世紀にかけて台頭してきた国家主義、人種主義という思想が根本的な原因である。我々は科学のもつ危険性を明確にすることはもちろん重要であるが、それを悪用しようとする思想の台頭をこそ批判すべきなのである。
特に日本においては、人々の思想は、論理的な思考や科学的な思考あるいは合理主義などよりも、神秘主義、民族主義、国家主義などに傾きがちだ。そのため日本の国家主義は、人々に一方的な価値観を強制する傾向が強い。一九九一年から施行される小学校学習指導要領の道徳の項目には、「自然の力を超えたものに対する畏敬の念をもつ」という文がある。自然に対する探求心ではなく、超越的な存在に畏敬の念を抱くことを子どもに教えることが、果たして適正な教育といえるだろうか。同じ道徳の指導要領には、「日の丸」や「君が代」を強制する項目が並ぶ。「超越的に存在に対する畏敬の念」という「神秘主義的」な教育が、ものごとを論理的に考える力を弱め、天皇や皇室に対して無条件の敬意を強制したり、国家の意図通りに働く人間を育てることにつながる可能性はないだろうか。
科学的あるいは論理的な思考といわれるものが、必ずしも正しい事実や社会への指針を提供するとはかぎらない。それは、近年の科学批判の中でさんざんいわれてきていることである。しかし、生物や人間がどのように進化してきたのかを科学的に考えることは、個人個人がそれぞれの価値観を見つけるうえでの参考資料を提供することにはなるだろう。そのためには、人間がどう生きるべきかという選択と科学の成果を切り離すことが重要である。また、誤った進化論的倫理観や生物学的倫理観を論理的に批判していけるような状況をつくっておくことも、我々には与えられた重要な課題である。
生物学的には「生きる意味」というものは存在しないが、人間個人個人にはそれぞれ異なる「生きる意味」が存在している。それは個人が生きていくという過程を通じてみずからが考えて見つけるものであり、他人から強制されるべきものではない。社会や国家の発展のために個人が存在しているのではない。多様な価値観をもつ個人が共に生活できるようにするために、国や社会は存在しているのである。
