【短編小説】明日への扉
奥に見える煙突と、重なる太陽が雲に霞み赤く染まる。
道路の奥まで続く金網。同じ建物が何棟も並ぶ。枯れた木に砂埃が張りつく工場。
社名の書いてある門の前に立つ人影。
高さの一メートルほどの横引きの柵を乗り越える。
場内を進むと円形の広場。上は重く揺れる社旗。
右側には管理棟と書かれた二階建て建物。入り口のドアが遠くに倒れている。白い壁のいたる所に黒いシミ。
前庭を抜け、植え込みの前を歩き左側へ向かう。オイルと埃の混ざる匂いがする。
逆光。眼前を埋め尽くすは、黒い建造物。
レールが歪み、降り切らないシャッター。開口部は場内を黒いオレンジ色へ。奥は天窓から漏れるサンバースト。
割れた窓ガラス、風に振動する枠。
天井をめぐる錆びついた配管群。
暗がりから、ずるずると布が擦れる音。
床にこびりつくグリース、酸化して動かない。
冷たく硬いコンクリートを、進むのは靴下。
散乱するボルトやナット。
歩みを止め、跳ね上がる硬直。うつむき、震え。滴る汗。
食い込んだ部品を抜き、そっと置く。
漏れるうめき。手を口に、喉を締め、歯を食いしばる。
熱く長い呼吸音。
金属片をかき分け動きだす。血の跡が床と混じり、黒い線になる。
倒れた棚が通路を埋める。
冷えた鉄の柱を握り、何度か揺り固定させ、体重を預ける。散らばるボルト、視線を落としつま先で床に触れる。
筋肉が膨張する腕、血管が浮き出て熱を帯びる。
棚に重なるチリ。オイルにまみれる服、にじむ汗でへばりつく。
視線を上げる。天窓から入る光が細い線へ。
床に散らばるガラス片をかき分け進む。
奥は暗く、ずるずるという大きくなる音。
闇に輪郭が浮き上がる。倒れていない金属の棚がある。
ボルトラックだ。
変色したプラスチックの小箱がいくつも並ぶ。
どれもが、青い底が見える。
一つ、山盛りにボルトが詰まった箱。
繰り返す呼吸。肩が大きく上下する。
右手を何度も握りこむ。
息が細く漏れる。
手を大きく開く、山盛りのボルトに触れた。尖ったネジが指に刺さる。体が伸び、手が跳ねる。
カン。
カン、カン。
床を弾く。
カラカラとコンクリート上を転がり続ける。音だけが場内に響いた。
ずるずるずる。ずるる、布の擦れる数が増える。
頬から汗が落ちる。小さく長く息を吐く。
指先をボルトの塊へ捩じ込む。
鋭利なバリが皮膚に食い込む。噛み締める歯、隙間から漏れる吐息。
金属と血が混じる。
カチャカチャ、箱の中で噛み合うボルト。
ずるずる。
裂けた傷が開く、指で箱の隙間を見る。
ずりずりずり。
重く絡みあったボルトは塊。
ずるずるずるずる。
背後、布を擦れる音がいる。
残り。五歩、四歩。
手は固まったまま。
足から振動が全身にまわる。喉が張り付く。指の痛みが消える。
瞳孔が開く。腰を落とす。
指をさらに差し込む、メリメリと腕をつたい耳まで響く。裂ける皮膚、流れる血液。ドクドクと脈が心拍を伝える。
箱の底、触れる。
平で薄く固く、冷たい真鍮。
血でヌメる、刻みの入った金属。押し込む人差し指と中指。
掴む。
ずるという音が耳元で囁く。腐敗臭、生臭い。
真後ろにいる。
黒い影。引きずられる布の摩擦音。
迫る。
皮膚のヒリつき、うなじの産毛が逆立つ。
全身の硬直。
後頭部、寸前。
刹那。
突っ込まれた手を、ボルトごと引き抜く。
大量の金属がコンクリートに弾け散らばる。
視線は前方、手を伸ばし遠心力、勢いの裏拳。
拳が薄汚れた布を突き抜け、中身の肉にぶち当たる。
そのまま振り抜く。
ぞるぞるぞる。
複数の音が迫る。二つ、三つ、もっと。
一番近い音。振り向く。
眼前を埋め尽くす口、迫る。
手を突き出す。
すり抜ける顔面。前腕に食い込む、歯。骨ごと砕かれる。神経まで達する電撃。跳ねる全身。
引っ込める腕。離れない。噛みついた顔が後をついてくる。
あいた手で、喰らいつく顔をとらえる。二度、三度、拳を叩きつける。柔らかい肉を叩く手応え。飛散する蛆虫。
青く白い顔。白濁の目。何度、殴られても微動だにしない。濁った眼球と視線が合う。無表情。
背後から別の足音が集まる。
後頭部を髪の毛ごと噛まれる。
目の前が白と黒の砂嵐を映す。
腕の肉が歯形にちぎれ、裂ける皮膚。かろうじて繋がる前腕。
血の匂いが充満する。
後ろの通路を振り返る。闇の中でも見える影、複数。
目の前の奴に殴りかかる。
弧を描く拳が側頭部に当たる。そのまま膝蹴りを叩き込む。
抱きつかれる。
腹の皮膚を喰われた。
かすれた叫び声だけが、工場の天井を伝い鳴り響く。
ずるずるずる。
腹からずり落ちる塊、床を赤黒く染める。
横たわる男の手は握り込まれている。
中には、真鍮製の鍵がある。
了
