あと10年撮れるか?─日本映画監督協会90周年記念シンポジウム
1936年(昭和11年)2月26日、二・二六事件が起こった同じ日、産声を上げた日本映画監督協会。その90周年記念シンポジウムと記念祝賀パーティーに参加してきた。
監督として生き抜くために
『NEXT10 監督として生き抜くために!』と銘打ったシンポジウムは、この先の10年も映画監督として撮り続けていくために何が必要で、何が課題かを浮き彫りにする濃厚なディスカッションとなった。
映画監督の藤井道人さん、池田千尋さん、のむらなおさん、監督・助監督・プロデューサーの松倉大夏さん、プロデューサーの山田兼司さん、文化庁の田村順也さん。六人六様の言葉を監督協会理事長の本木克彦監督が名司会で引き出した。
質問をする側も答える側もその場で自分の言葉で語っているライブ感がありながら、それぞれの大事にしていることや問題意識が滲み出ていた。枝の部分と根っこの部分の両方を見せてもらえ、その延長上に結ばれる花や実への興味が募った。
生配信のアーカイブを見られるのでぜひ。
これから映画監督になりたい人にも、これからも映画監督でありたい人にも、気づきと刺激が詰まっている。
ギャラが見合っていない
手がけている作品の規模もジャンルも映画との関わり方も様々な登壇者7名だったが、映画制作の環境を良くし、未来につなげていきたいという想いは共通していた。
わたしは劇場公開作品の脚本を9本書いているが、映画脚本家と名乗れるほどは書いていない。映画作りは何年か一度巡ってくるお祭りのような存在。準備期間が長く、公開後も試写会や関連イベントで顔を合わせる機会が多く、関わりも余韻も長く続く。
シンポジウムを聞いていたら、やっぱり映画はいいなと思った。
映画作りには夢がある。
しかし、それを仕事にするには、リスクがある。
作った映画がいくら稼いでくれるのか、ふたを開けるまでブラックボックスなところがある。経費はたいてい予算より膨らむし、思惑通りヒットするとは限らない。コロナ禍など、作品の力ではどうしようもない災禍に見舞われることもある。多額の借金を背負わされることもある。
映画作りには時間がかかる。
クオリティを上げるためには時間がかかる。良い環境で制作するにも時間がかかる。
時間がかかるとお金がかかる。
だが、製作費にはかなりの幅がある。持ち寄った数十万で撮る自主映画もあれば、数十億円の大作もある。
わたしの感覚では製作費が十億円を超えると大作だが、以前、アメリカから来日したプロデューサーのシナハンに同行したとき、「十億円はハリウッドでは低予算映画」と言われ、通貨換算の間違いでは?と何度も確認した。
世界公開が前提のハリウッド作品とは関わる人数も費やす日数も桁違いだろうけれど、「お金をかけられない」作品が圧倒的多数という日本の現実は、ギャラの低さに直結している。
「ある調査ではギャラに満足していない映画スタッフの割合が9割に上った」という話もシンポジウムで出た。
夢のある仕事なのに。
夢を見せる仕事なのに。
ギャラが見合っていない。
映画の人材が配信(Netflix、amazonなど)に流れているという話もあった。「助監督がいない(足りない)」という声も。
語られている実情が少し前にamazon audibleで読んだ『スター』(朝井リョウ)と重なった。
学生時代に頭角を現し、対照的な道で映像を撮り続ける二人の青年の夢と挫折。一人は憧れの監督の下について独り立ちを目指すが埋もれていき、もう一人はYouTube配信で腕をふるいながらも疲弊していく。
読んでいて身につまされる作品だったが、シンポジウムを聴いて、胸の痛みが蘇った。
「作品」か「商品」か
予算が削られると、ギャラが削られる。ギャラを守れば、クオリティが削られる。何かを犠牲にしないと、予算にはまらなくなる。
「作品」か、「商品」か。
脚本家も同じ葛藤を抱えている。
脚本家が集まると、議論になる。
作品として描きたいものを優先させるのか。商品として成立させることを優先させるのか。
作品であることを優先させると、採算は二の次になる。「あいつの作品は売れない」となり、次の仕事が来なくなる。
商品であることを優先させると、描きたいものを諦めたり、描きたくないものを入れ込んだりといった妥協を受け入れることになる。
「商業映画なんだから、売れてナンボだ。自己満足じゃダメだ」
「いやいや、売れても自分の作品と呼べないものは、作れない。金のために魂を売れない」
「金か魂か」の議論が白熱する。お酒が入ると、特に。
実際は「金か魂か」の二択ではないのだが、「どっちが譲れないか」に分かれて主張をぶつけ合う。
やがて、議論の果てに決着を見る。
「どっちもだ」
「どっちもだよな」
「どっちも」を成立させるには、「リクープ(=出資額を回収すること)のハードルを下げる」必要がある。
シンポジウムでも話が出たが、製作費の一部が助成金でまかなわれたら、その分、リクープラインを下げられる。3000万円の助成金があれば、3000万円分、ラクになる。映画は放送やパッケージ化や配信で稼ぎ続けてくれるとはいえ、リクープまで何年もかかってしまっては出資社の体力が持たない。
すでに文化庁の助成制度はあるが、受けられる作品数には限りがある。受付期間も限定されているし、助成が決まってから作品を完成させるまでの期限は短い。
スケジュールが合わなくて申請を諦めたり、完成が期日に間に合わなくて助成を受けられなかったり、せっかくの制度が作品に結びつかないこともある。
より使い勝手の良い制度になり、幅広い作品と作り手に道がひらかれることを願う。
映画監督には映画の著作権がない
監督たちからは「作り続けないと食べていけない」「自分の企画を考える時間が取れない」といった声があった。
アイデアを膨らませ、企画を練るには時間が必要で、その余裕を作るためには生活を安定させる必要があり、そのためにはギャラを上げる必要がある。
作品の二次使用による収入も大きな支えになるが、「映画監督には映画の著作権がない」という衝撃の事実がある。
1971年の改正著作権法により、映画の著作権は「映画製作者」に帰属することが定められたからだ。
当時、映画監督の多くが映画会社に所属していたことも背景にあったようだが、映画監督は「著作権を奪われた」形になった。
シンポジウムの中で「印税が入る」と藤井道人監督が発言し、すかさず司会の本木克広監督が「印税ではありません」と訂正したが、二次使用に対して支払われるのは、監督協会と各社との団体協約によって定められた「追加報酬」であり、著作物の「二次使用料」ではない。
二次使用に対して支払われるのだから意味合いは同じだと受け止める人もいるかもしれないが、覚書はいつ覆されるかわからない。「覚書で定められた報酬」は不安定であり、不安だ。
脚本家には「映画の原著作物である脚本」の著作権がある。映画そのものの著作権ではないが、映画が使用されるということは、原著作物である脚本が使用されるということなので、「使用料」が入る。
「映画監督って何だ?」
映画監督には映画の著作権がない。そのことをわたしが知ったのは、組合(日本シナリオ作家協会)で著作権担当になってからだった。
2025年2月22日、日本映画監督協会と日本シナリオ作家協会の共催で、映画『映画監督って何だ!』の上映会とシンポジウムが神田駿河台のアテネ・フランセで開かれたのだが、わたしはその企画会議に参加していた。
『映画監督って何だ!』は監督協会が創立70周年(2006年)を記念して製作。150名以上もの監督たちがキャスト・スタッフとして集結した。
その作品を撮った伊藤俊也監督も企画会議に出席されていた。「監督にも著作権を!」と闘ってきたお一人だから、言葉が熱く強い。監督協会からの出席者同士が「それは違う!」と口論を始めるのがおなじみの光景になっていた。
積年の怒り、嘆き、悔しさをぶつけ合うさまを間近に見て、「監督に著作権がないことの不甲斐なさ」が伝わってきた。
『映画監督って何だ!』上映会とシンポジウムの告知チラシに寄せたシナリオ作家協会の言葉もわたしが書いた。
脚本家より大きな字で真っ先にクレジットされる監督に、まさか著作権がないとは。
「著作権がある」ということは、「著作者である」ことの証であり、誇りです。それを取り上げられてしまうのは、作品とのつながりを断ち切られるようなもの。お金の問題だけではなく、作り手の魂も削られます。
私たち脚本家も他人事ではいられません。脚本の著作権が買い取られ、どんなにDVDが売れても二次使用料が一円も入らなかったり、著作者の精神を守る「著作者人格権」を主張させない「不行使特約」を契約書に盛り込まれたり、著作権をおびやかされ、著作者がないがしろにされるケースが増えています。
作品と同じように作者も大切に扱って欲しい。その想いは、監督も脚本家も変わりません。

著作権と著作者人格権
著作権と著作者人格権、似た言葉が出てきて紛らわしいが、著作者の権利には「財産権」とは別に「著作者人格権」がある。
通常、「著作権」というときは「財産権」を指すのだが、財産権と著作者人格権をあわせて「著作権」と呼ぶこともあり、ややこしい。著作権担当になってだいぶ叩き込まれたわたしでも、ややこしい。
映画監督には「著作権(財産権)」はないが、「著作者人格権」はある。
「著作者人格権」は著作物をとおして表現された著作者の人格を守るための権利で、「公表権」(自分の著作物を公表するかどうか、公表する場合、どのような方法で公表するかを決める権利)、「氏名表示権」(自分の著作物に氏名を表示するかどうか、表示する場合本名にするかペンネームにするかを決める)、「同一性保持権」(自分の著作物を勝手に変えられない権利)が含まれる。
つまり、著作者の望まない形で著作物を使わせない権利。著作者に無断で見せたり、氏名を入れたり外したり、変えたりしてはいけない。
財産権は譲渡や相続できるが、著作者人格権は著作者本人だけのもの。著作権(財産権)が他の人に渡っても、著作者人格権は著作者が持ち続けることになる。
映画監督に著作者人格権はあるが著作権(財産権)がないというのは、「著作者であることは認められているが、著作権(財産権)を取り上げられている」ことになる。
それでも団体協約で追加報酬を勝ち取った。監督協会所属でなくても追加報酬の基準料金が適用され、恩恵を受けている監督は多い。長年闘ってきたベテラン会員は、自分たちの頑張りが今の監督たちを支えている自負があることだろう。その歴史が埋もれていくことに淋しさもあることだろう。
脚本家の権利と地位も、粘り強い交渉を重ねて守られてきた。わたしが所属する日本シナリオ作家協会は映画の脚本家たちが立ち上げ、今年創立90年。監督協会設立の動きを追いかけた形だ。テレビの脚本家が立ち上げた日本脚本家連盟は今年創立60年。どちらにも映画の書き手とテレビドラマの書き手がいる。
組合活動は時間を取られる。この時間があったら打ち合わせしたい、カット割りしたい、撮りたい、書きたい。著作者たちが著作の時間を割いて勝ち取ってきたものを当たり前だと思ってはならない。
これまでの90年とあと10年
シンポジウム会場を模様替えしての祝賀パーティー。監督協会に所属していない監督も招待され、会場は監督だらけ。プロデューサーや脚本家も大勢集まり、大同窓会のようなにぎやかさ。あちらこちらで「おー」と再会を喜び合う声が上がった。
カメラロールを見ると、ほとんど写真を撮っていなかった。それだけ充実した時間だったということ。
パーティーが始まる前、会場の後ろのほうで撮った一枚。
90周年を記念したコピーの看板が並んでいた。
死守せよ、だが軽やかに手放せ
深作さんが好きだった言葉です
監督協会公式X 登録者数968人
少なっ

司会は内藤剛志さん。ゲストの横浜流星さんは90周年スタッフパーカーを羽織って登壇。94歳の現役監督、山田洋次監督への花束贈呈は藤井道人監督。
監督たちがデモ行進する記録映像も紹介された。アメリカの脚本家の大規模なストライキが記憶に新しいが、日本の脚本家がストライキやデモをするのは想像できないと思っていた。もちろん映画監督も。
映画が好きだから撮り続けたいし、後に続く人たちにも撮り続けて欲しい。今の自分たちのため、これからの誰かのために行動した監督たちの姿を覚えておきたい。
100周年を先取りしたような盛大な90周年だったが、これからの10年はこれまでの90年があってこそと確かめられた会だった。
100周年まで、あと10年。



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