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大人になってから襷をつなぐ機会て、なかなかないやん?

高校の同級生のY君に口説かれた。同級生で作った駅伝部の練習の後の飲み会で。

昨年の秋のある平日の夜。わたし以外の部員は仕事の後に日比谷で集合して汗をかき、幽霊部員のわたしは飲み会から参加していた。

「まいまい、駅伝出えへんの?」

部長のY君に、年明けのリレーマラソンに誘われた。

「けど、全然走ってへんし」
「大丈夫大丈夫。一周だけでもええし」

考えとくわと言うと、口説き文句が飛び出した。

「大人になってから襷をつなぐ機会て、なかなかないやん?」

せやな。ほんまやな。出よかな。

駅伝部でエントリーしたチームに入れてもらった。

大会に向けて練習するつもりが、ぶっつけ本番、いや、本番が練習になってしまった。

襷の扱い方を説明されたとき、「持ってみる?」と手渡された。

思ったより重みがあった。中に計測用のチップが入っているらしい。襷は「9」の字の輪になっていて、長さを調整できるようになっている。走っている間にずり落ちて落っことさないように、襷の端はランパンのウエストに入れるようにと言われた。

1チームは4人から10人。3時間の間に襷をつないで走った距離を競う。

わが駅伝部チームは10人でエントリーしていた。風邪で一人来られなくなり、9人で襷をつなぐ。

わたしは8走目。

スタジアムを出て外の道を走ってスタジアムに戻る。距離は1.5キロ。

随分前に東京マラソンの10キロの部を走った。20年以上前かもしれない。長い距離を本気で走ったのは、多分それが最後だ。

電車やバスをつかまえようと走ることは今もあるが、せいぜい数百メートル。1.5キロは、今のわたしには未知の距離。

それでも徒歩なら5キロくらい軽く歩けるので、なんとかなるのではと思っていた。

が、甘かった。

襷を受け取り、後半でバテないようにとゆっくり走り出したのだが、スタジアムから外へ出る短い坂道を上る間に、蓄えていたつもりの体力は早くも消えていた。

早稲田大学の応援吹奏部の演奏の前を通り過ぎる頃には相当消耗していた。まだ数百メートルしか走っていないのに。

それでも、力強い太鼓を叩いているのが女子部員だと気づくくらいの余裕はあった。いや、太鼓の音で反射的に「押忍!」と奮い立った。パブロフの応援団員。

応援団にいた学生時代、リーダー部員が太鼓でしごかれているのを近くで見ていたから、「ええ音出てる!」と感心し、「うちも頑張る!」と元気づけられた。

文字通り鼓舞されたところに、沿道から声援を送るチームメイトが見えた。手を振って応じた後は、反動のように一気にバテた。

抜かされる。どんどん抜かされる。

折り返し地点で「ここからあと半分か」と思う。「もう半分まで来たのか!」ではなく、「まだ半分もあるのか」。気持ちが負けている。

抜かされるペースが上がる。順調に減速しているらしい。

大人になってから襷をつなぐ機会て、なかなかないやんとY君は言ったが、大人になってからごぼう抜きされる機会もなかなかない。

5人10人ではない、20人30人。面白いくらい抜かされる。自分史上最高のごぼう抜かれ記録を樹立。

こんなにごぼう抜かれたこと、ないわ!

「ごぼう抜き」の受動態、「ごぼう抜かれ」に愉快になった。息は上がり、足は止まりそうなのに、頭の中で言葉は元気に跳ね回る。

ゼーゼーと心配するくらい荒い息が後ろから迫ってきて、追い越していく。ゼーゼーが遠ざかる。今にも倒れそうなあの人より遅いのか。そんなに遅いのか。

残りあと3分の1くらい。
待つやろかと不安になる。

大人になってから襷をつなぐ機会て、なかなかないやんと言われてその気になったけど、つなげるとは限らんやん。わたしが立ち止まってしもたら、襷つなげんやん。

「顔怖い!」

聞き覚えのある声が飛んできた。

見ると、沿道のさっきと同じ場所にチームメイトがいた。まだいた。

「笑え!」

よっぽど怖い顔をしていたらしい。作り笑顔を見せる余裕はなく、引き攣った顔を向けてうなずくのが精一杯だった。

必死のパッチや。立ち止まったらあかん。襷つながなあかん。

スタジアムに戻ってからが長かった。300メートルくらいだろうか。足が止まりそうになるのを耐えて走る。どんどん抜かれる。走っているはずなのに、むちゃくちゃ抜かれる。走っているのに遅い選手権優勝や。「走るブレーキ」と名乗るとしよう。

ゼッケン番号の末尾順にリレーゾーンがあり、末尾「9」は一番奥だった。その分、走り出すときは距離が短いが、帰ってきて一番きついときの一番奥はむちゃくちゃ遠い。

1、2、3……9はまだか。

4、5、6……あと少し。

7、8……

9のところで襷をつなぐT君が手を振って待っているのが見える。

「頼むで!」
「よっしゃ!」

襷をつなげた。

大人になってから襷をつなぐ機会て、なかなかないやん、を味わえた。

年に何度もフルマラソンを走っている猛者部員たちが積み立てた貯金を使い果たし、借金までこしらえたけど。

「最後まで歩いてなかったやん。えらいえらい」

くたくたになって観覧席に戻ると、猛者部員の一人、のんちゃんに褒められた。スタジアムに戻ってからのヘロヘロぶりを観覧席から見届けてくれていたらしい。

「歩くより遅かったけど」
「普段走ってないのに、上出来やん」

のんちゃんの差し入れ、「雷鳥の里」を食べる。子どもの頃、長野に旅行に行くと、必ずお土産に買っていた。一人でひと箱食べたこともある。久しぶりに食べたら、やっぱりおいしい。

大人になってから雷鳥の里を食べるて、なかなかないやん。走った後に食べるて、なおさらないやん。

1.5キロ、早い人は6、7分。遅い人は倍以上かかる。3時間の間に9人で襷をつなぐと、2回から3回、順番が回ってくる計算。

襷のチカラで1.5キロ走れたが、次の襷は受け取ってもつなげる自信がない。

「さっきのんで一年分走ったから、来年2周目行くわ」

ゼッケンについている「豚汁引き換え券」で豚汁を引き換えた。わたしと同じく「本番が練習」の6走みっちゃんも1周で見切りをつけ、豚汁に進んだ。

豚汁を食べながらの話題は介護だったり、健康診断の結果だったり。そんなお年頃。

「豚汁食べたら、もう走れんわな」
「たぷたぷやなー」

と話していたのに、豚汁を食べたら、みっちゃんは「豚汁パワーで元気出たから、2周目パスして3周目走るわ」と言い出した。

「豚汁食べてから走る人あまりおらんやろな。豚汁引き換え券破いてるん見て、こいつもう食ってるって思われるわ」とケラケラ笑う。

ゼッケンの豚汁引き換え券が破られているか、まだ残っているかで、その人の豚汁ステータスがわかるのか。破れたゼッケンから豚汁ストーリーを読み取れるのか。こういうディテールは体験しないとわからない。

大人になってからゼッケンつけることもなかなかないし、ゼッケン破ることもなかなかないやん。

2周目をパスしたみっちゃんは、3周目を走った。

「アンカーになるのは絶対イヤ!」

と宣言していたが、みっちゃんがスタジアムに戻ってきたときは、3時間終了まで残り3分を切っていた。

「みっちゃんがアンカーかなあ」 
「いや、意地でもつなぐやろ」

あと一人、襷をつなげるかどうか、見守る観覧席は盛り上がった。みっちゃんは無事、最後の一人に襷をつなぎ、宣言通りアンカーにはならずに済んだ。

「ようつないだな」
「ドキドキしたな」

大人になってから襷がつながるかどうかでドキドキする機会て、なかなかないやん。

わが駅伝部チームは3時間で33キロ走ったらしい。わたしがあれだけごぼう抜かれたのに、順位も真ん中より上だった。

猛者部員が一人で走り続けたほうが記録が出た可能性はあるけど、「みんなで33キロも走れた」と喜んでくれた。自分との戦い、マラソンとは違うリレーの楽しさがあるのだろう。

1周しか走らなかったのはわたしだけで、他の8人は2周か3周走った。3周走った人は豚汁引き換えのピークアワーとぶつかり、長い行列を前に豚汁を諦めていた。

わたしは豚汁も食べたのに、まだおなかを空かせていた。

打ち上げを兼ねた新年会。いつも以上に油がおいしい。給食の揚げパンみたいなアメリカンドッグ揚げの油と甘さがしみる。

「語学と楽器とマラソンは練習した分上達するから、大人になってからはまる人が多い」説をわたしが唱え、自分は語学派だと名乗る。

「今からやるなら何語?」「今から行くならどこの国?」の話が弾む。

仕事でイタリアに住んでいたことのあるT君に「シエナがええよ」と勧められる。シエナ。聞いたことあるけど景色が思い浮かばない街。

景色が思い浮かばないといえば、高校のとき、マラソン大会があったらしいが、わたしはまったく覚えていない。浜寺公園を走る自分の姿も級友の姿も記憶にない。

2年の秋に行われたというが、わたしは2年の夏から1年留学して、戻ってから下の学年に入ったので、後の学年ではマラソン大会をやらなかったのかもしれない。

サボったから覚えていないか、消したい過去だから忘れた可能性もある。輝かしい思い出ではなかったことは確かだ。

「〆パフェ行くで」

居酒屋からカフェに移動し、お茶をした。

同じクラスになったことがある人もいるし、大人になってから知り合った人もいる。共通の友だち、共通の先生はなんぼでもいる。共通語は大阪弁。昔と今を行ったり来たり、何周も回る。

大人になっても部活して、、放課後の高校生みたいにパフェ食べて、思い出の襷つないで、こんなん、なかなかないやん。

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脚本家・今井雅子📚言葉遊びが好きな物書き 目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。