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幸せのバリエーションと私オーディション

7月21日、作曲家・ピアニストの窪田ミナさんのピアノリサイタルに行ってきた。

ARIA』20周年記念ベストアルバム「ARIA The BEST 2005-2025」発売を記念して開かれた、窪田ミナ Piano Works 【special edition】featuring “ARIA~Piano Collection

窪田ミナさんのYouTubeチャンネルで演奏が公開されているものはリンクを貼るので、楽曲とあわせてぜひ。


迷子じゃない音符たち

わたしにとって、窪田ミナさんと言えば、さすらい駅わすれもの室「迷子の音符たち」の人。

言葉と音楽のユニット「音due.」の2ndライブで読む作品を書きませんかと西村ちなみさんに声をかけられ、書き下ろしの「ギターがピアノに恋をした」の他にパソコンに眠っていた掌篇シリーズ「さすらい駅わすれもの室」を提案した。

そのうちの一篇が後に音due.関西ライブで上演された「迷子の音符たち」だった。

わすれものを探しに来るのは、リサイタルを控えたピアニスト。元々は「作曲した曲を書きつけた楽譜」をなくした設定だったのだが、「楽譜をなくしても、メロディは頭の中にあるので」とミナさんに指摘され、練習用の楽譜をなくした設定に書き直した。

「楽譜は見つからなかったけれど、新しい曲を作る前向きな気持ちと自信を取り戻す」話だったのが、「音楽を楽しむ気持ちを見失っていたピアニストが、その気持ちを取り戻す」話になった。

そんなミナさんのピアノリサイタル。迷子になることなく解き放たれた音符たちに、遠くへ連れて行ってもらった。

幸せありきのカタチ違い

天野こずえさん原作の漫画『ARIA』のテレビアニメが制作されたのが2005年。窪田ミナさんは第1期『ARIA The ANIMATION』のオープニング曲「ウンディーネ」と劇中曲「バルカローレ」を始め、8曲を提供。その演奏の間に制作過程を振り返る。

ステージに上がっても、マイクを通しても、普段の口調と変わらないミナさん。声が高くなったり大きくなったりしない。震えたりもしない。いい感じに力が抜けていて、客席とステージで離れているはずなのに、隣で話を聞いているような距離感。

『ARIA』の音楽は「幸せ」がテーマで、それは毎回変わらず、「どんな幸せか」が変わるという。

怒りや悲しみや苦しみや恐怖よりも幸せのバリエーションをつけるほうが難しいのではないだろうか。

脚本を書いていて思うのは、怒らせたり悲しませたり苦しませたり怖がらせたりするより幸せを描くほうが高度だということ。幸せを描くために、その手前に怒りや悲しみや苦しみや恐怖を持ってきて、高低差(落ち込みからのギャップ)を作ったりする。

だから、「ただただ幸せ」「ひたすら幸せ」というのは音楽でもハードルが高いのではと想像したのだ。

実際、「大変でした」とミナさんはいつもの淡々とした口調で語るのだが、ピアノで届けられたそれぞれの曲は、別々な幸せのカタチをしていた。曲を聴いて頭の中に広がる色や景色が違った。

滑舌の悪い天女

第1部の衣装は黒のドレス。休憩を挟んで第2部は白のドレス。いつだったかの音due.のライブで、ミナさんが「天女」と呼ばれ、「滑舌の悪い天女なんです」と自嘲気味に言って笑いを取ったのを思い出した。

『滑舌の悪い天女』

エッセイのタイトルになりそうだ。天女と滑舌というワードの組み合わせが強い。天女の滑舌って、なかなか気にしないし。

どうして滑舌の話題になったんだったっけと記憶を辿る。ミナさんに何かの役をやってもらおうとしたけど、本人が固辞した、みたいなことだったような気がする。

ミナさんは決して滑舌が悪いわけではないけれど、鍵盤の上で指を滑らせるほうが得意なのは確か。

ミナさんはピアノにしゃべらせる。ミナさんのピアノはセリフになる。

宮崎にあるストリートピアノから企画が生まれたFMシアター『きみを待つピアノ』の脚本を書くことになったとき、ミナさんに音楽をお願いし、脚本開発の段階からピアノの音をセリフとして取り込ませてもらった。

そして、天女のイメージは、確かにある。

わたしの席の斜め前の女性が胸の前で指を絡めて両手を組んで聴き入っていた。その姿がお祈りをしているように見え、音符たちが光の粒子になって天から降り注いでいるように思えた。

妄想をかき立てる楽曲解説

第2部の冒頭にはミナさんと『ARIA』総監督の佐藤順一さんと音楽演出の佐藤恭野さんのトークがあり、これもまた幸せで和やかな時間だった。

リサイタルに合わせて作られたブックレット「Mina Kubota "Songs for ARIA"」は、ミナさんが『ARIA』に提供した8曲を深掘り。楽曲解説を読むと、作曲家の思考回路を覗けるようで楽しい。こんなオーダーがあり、こう解釈し、ここを膨らせた、こんな工夫をしたという制作過程が言語化されている。

「Mina Kubota "Songs for ARIA"」表紙。ピアノを弾く黒いドレスのミナさんのイラストは、ARIA総作画監督の伊東葉子さん作。

バルカローレ」は、「天才的な歌い手であるウンディーネがゴンドラで歌う」という設定で、打ち合わせで「火星の開拓者たちの死後の天国」というキーワードが挙げられたという。

「火星の開拓者たちの死後の天国」は、物書きにとっても妄想をかき立てる魅力的なフレーズ。このテーマで短編を募ってアンソロジーを組めそうだ。

ユーフォリア」は「ウンディーネ』よりもポップな方向性で『多幸感』にあふれた曲」というリクエストだったという。「おまかせ、あとよろ」に聞こえるが、「ウンディーネ」で信頼されたからこその「この路線で、もっと幸せなのください」だったのだろう。

わたしだったら「もっとヒントください」となってしまいそうだが、ミナさんは頭を抱えることなく、思い浮かんだメロディを打ち合わせ帰りの地下鉄で早速メモしていた。「この世界のどこかに存在する幸せの場所をあえて地図上にない場所に感じさせることにも気を使いました」という作曲意図にしびれる。

同ブックレットのプロダクションノートを読むと、別角度から制作背景が語られ、それぞれの幸せのカタチが生まれた過程がさらに立体的になる。

ミナさんは『ARIA』に参加する前に佐藤順一監督と『カレイドスター』劇伴の作編曲で出会い、その後、『ケロロ軍曹』のクリスマス時期の挿入曲をオファーされた。「ケロロのクリスマスという"クリスマスソングの上質なパロディ"」というリクエストに答えて生まれた楽曲が「クリスマス・ケロル」。誰がつけたのか、タイトル最高。

造語詞と河井英里さん

このリサイタルで「造語詞」という言葉を初めて知った。

ウンディーネバルカローレ」「ユーフォリア」「コッコロ」「スピラーレ」などの作詞を担当された(「バルカローレ」と「コッコロ」はヴォーカルとコーラスも)河井英里さんが得意とされていたらしい。

造語詞の「造語」は「単語を造る」という意味だと思ったのだが、ブックレットのプロダクションノートを読むと、「造語詞」を「日本語詞」と区別しており、「造語=言語を造る」らしい。

リサイタルから帰った後に河井英里さんが手がけられた造語詞の楽曲を探してみたところ、「どこかの国の言語のように見えるけれど、何語だろう」と思わせる歌詞だった。歌い手として、自身が歌ったときの連なりや響きを吟味して、音を組まれていたのだろうか。

どんな風に言語を発想して紡いでいくのか、河井英里さんにお話をうかがってみたかったが、2008年に旅立たれていて、それは叶わない。リサイタルの中で、ミナさんは何度か「会場で見守ってくれていると思います」と話されていた。

エスペラント語で作詞

第3期『ARIA The ORIGINATION』挿入歌「ルーミス エテルネ」では、ミナさんは作詞も担当した。

「造語ではなく何かしら意味のある言葉にしたい、ただし日本語ではなく」とリクエストされ、ミナさんが提案したのはエスペラント語。

以前学んだエスペラント語を磨き直し、「原作から自分なりにピックアップしたキーワードをもとに英語で歌詞を書き、その後エスペラント語に訳しながらメロディに合わせてフレーズを調整」したそう。

当たり前のことだけど、メロディに乗ってこそ歌詞は生きる。ピアノを弾きながら歌詞を推敲するミナさんが目に浮かんだ。

エスペラント語といえば、はるか昔、確か小学生の頃に「エスペラント語というのがあって、それがしゃべれたら世界中の人としゃべれるねんて」と同級生が訳知り顔で教えてくれ、「何それ、魔法の言葉やんか!」と驚いたが、エベレストっぽい響きに「万能だけど習得が難しい、手の届かない遠い言語」という印象を持った。

その後、英語を学ぶようになり、どうやら英語が世界の共通語になっているらしいと知り、「エスペラント語の立場は?」となった。エスペラント語を開発した人の願いは、英語が叶えてしまったのだろうか。

気になっていたけれど手を伸ばしたことのなかったエスペラント語。Duolingoで扉を叩いてみた(英語で学ぶコース)。

"Saluton(こんにちは)"はフランス語の"Salut"を、"Mi estas Adamo(私はアダモです)"の"estas"(be動詞にあたるものらしい)はフランス語の"est"を、"Adamo laboras(アダモは働く)"の"labords"は英語の"labor"を想起させる。kun(〜と)は英語のwith。発音はカタカナ読みの「クン」と聞こえ、「一緒に」を意味するcomを連想させる。

いろんな言語の連想ゲームで、なんとなく意味の想像がついて、第一印象はとっつきやすい。

興味が募り、日本エスペラント協会のサイトを見つけた。

「エスペラント語?それって外国語なの?」
「どこの国の言葉ですか?」
エスペラントについて知らない方に説明すると、しばしばそう質問されます。
でも、エスペラントは、どこの国の言葉でもありません。
厳密に言えば、「外国語」ですらありません
1887年、ポーランドの眼科医ルドヴィコ・ザメンホフによって
「言葉の異なる人たちが、お互いを理解し、地球を平和にするために」
そんな願いをこめて生み出された計画言語、いわば「地球のことば」なのです。

「日本エスペラント協会」のサイト トップページの言葉

エスペラント語は、厳密に言えば「外国語」ですらない「地球のことば」。それって音楽にも言えることだ。

脳内オーディション

楽曲をオーダーされ、提案する前に、幾つかの候補をオーディションで戦わせているという話が興味深かった。

ミナさんは「私オーディション」と呼んでいるらしい。一人ブレストの作曲版といえるだろうか。

ミナさんが提案する曲は「すでに脳内でオーディションを勝ち抜いている」と言ったときに力がこもった(ミナさん比)のが印象に残った。提出した後で引き上げ、再オーディションで選び直した楽曲もあったという。

『ARIA』の楽曲の数々は、オーディションという試練を乗り越え、幸せのカタチにたどり着いたのか。

「私オーディション」で思い出したのは、わたしがコピーライターから脚本家になった頃のこと。広告代理店時代の名残で、プロットを求められると、3案出していた。「本命」がお買い上げになるかわからないので、保険をかけて「補欠の2案」を出すのだ。

あるとき、「やりたい1案だけ出せばいいんですよ」とプロデューサーに言われ、ハッとした。求められていたのは、幅ではなく、フォーカスだった。3案出すのは、「あれもこれもできます」ではなく、「1案に絞れませんでした」のアピールになってしまっていた。

以来、プロットで方向性を決めるときは、「幾つか思いついた中から一番やりたいもの」に絞って提案するようにしているが、「戦わせて勝ち残ったものを出す」という本気度で臨んでいるだろうかと背筋が伸びた。

楽譜は頭の中に

物販では楽譜も販売されていて、そのうちの一曲「コッコロ」を「楽譜を見ながら弾きます」とミナさんは言ったのだが、楽譜を持ってステージに出てくるのを忘れていたと気づき、舞台袖に引っ込み、取りに行った。

ということは、それまでの演奏は楽譜を見ていなかったのかと気づいた。

わたしの席は上手寄りだったので譜面台は見えなかったのだが、ミナさんは「楽譜を見ないで弾くと好きに弾いてしまうので、(コッコロは)楽譜を見て弾きます」というようなことも言っていた。

さすらい駅わすれもの室「迷子の音符たち」を読んだミナさんが教えてくれたように、ほんとに「楽譜は頭の中に」あるのだ。

アンコールの「シンデレラ」では、音due.ライブで上演してもらったさすらい駅わすれもの室「もう片方の靴」を思い出した。大原さやかさんがステージ用に購入したシンデレラのガラスの靴が、とてもシンデレラだった。

「シンデレラ」は『カレイドスター』の劇中劇のシンデレラ用の音楽として作られたそう。『ARIA』と同じく総監督は佐藤順一さん。オーダーの際に何も説明していなかったにも関わらず、名曲が誕生したことを「さなぎだった作品が、音楽の翼を得て蝶のように自由に羽ばたき始めるかのよう」とブックレットに寄せたメッセージで詩的に回想している。

この曲を聴いて、わたしは月明かりの下にいるシンデレラが思い浮かんだ。

遠くへ連れられて近くなる

ミナさんのピアノを浴びながら、いろんなことを思い浮かべたり、思い出したり、思いついたりした。楽屋で伝えきれなかった感想を書き記しておこうとしたら、どんどん膨らんで、リサイタルから1週間経ってしまった。

『ARIA』の多幸感だけでなく、イタリアもたっぷり浴びた。

『ARIA』の舞台はネオ・ヴェネツィア。テラフォーミングされた未来の火星「惑星アクア」に存在する町という設定。地球のヴェネツィアと同じく水上都市であり、実在のヴェネツィア、イタリアとの共通点も多いらしい。

会場はイタリア文化会館のアニェッリホール。「日本は祝日だけどイタリアは平日」という海の日に奇跡的に予約が取れたとか。

ピアノの側面には「FAZIOLI」の文字。イタリアのピアノメーカーらしい。ファツィオリジャパンのサイトには、「イタリアの誇り- ファツィオリ」の言葉が。

2020年1月15日付のイタリア文化会館にFazioliグランドピアノF212を納入の記事があり、「あまり知られていない現代のイタリアを紹介したい、という思いを持って多岐にわたるイベントを展開してきた」と当時のイタリア文化会館館長パオロ・カルヴェッティ氏が導入されたそう。

佐藤恭野さんはヴェネツィア旅帰りでイタリアの余韻冷めやらず、1000枚撮ったという写真から選りすぐりの数枚がパネルになって会場に展示されていた。さらに渋谷のバーで写真展も開かれる予定。

迷子にならなかった音符たちに遠くへ連れて行ってもらった後は、ミナさんが近くなっていた。知らなかったミナさんを知れて、親しみもリスペクトも大きくなった。またミナさんのピアノと響き合う物語を書きたいという気持ちも。

 窪田ミナ Piano Works [special edition]featuring "ARIA~Piano Collection Ill"

SETLIST

第1部
フェリチータ 〜「ARIA~Piano Collection Ill」
ユーフォリア 〜「ARIA~Piano Collection IIl」
ルーミス エテルネ〜「ARIA~Piano Collection III」
Rain〜album「Rain」
Reve〜album「Rain」
Eleven〜album「Rain」
Sky〜album「Rain」

第2部
【スペシャル・トークゲスト】
ウンディーネ〜「ARIA~Piano Collection III」
バルカローレ〜「ARIA~Piano Collection IIl」
スピラーレ~「ARIA~Piano Collection Ill」
コッコロ 〜「ARIA~Piano Collection IIl」
エスペーロ〜「ARIA~Piano Collection Ill」

Encore
Cinderella ~ anime「カレイドスター」
Echoing Silence ~ album Moments

ミナさんのXポストより




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脚本家・今井雅子📚言葉遊びが好きな物書き 目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。