見出し画像

たまたまの数珠つなぎが止まらない『29歳、今日から私が家長です。』読書会

11月の終わり、ある読書会に参加した。主催者も参加者も取り上げる本もその著者も何も知らないその読書会とわたしをつなげたのは、タイムラインに流れてきた10月29日のツイートだった。


青い鳥から猫町読書会へ

アプリをアップデートしていないわたしのスマホは今も青い鳥が住んでいるので、いまだに「(Xの)ポスト」ではなく「ツイート」と呼んでいる。

数か月前、渋谷の喫茶店で隣に座った女の子に英語で話しかけられ、その人は韓国から遊びに来ている大学生で、紫原さんが好きな韓国文学の著者の名を挙げたところ、大学生さんも好きな著者さんで、共通の話題ができて話が弾んだ。そのことが著者に届き、著者が来日にするタイミングで読書会を開くことになったというもの。

投稿主の紫原明子さんは定期的に読書会を開いている「猫町倶楽部」のメンバーらしい。

この読書会をつかまえたい!

すいすい読ませるツリーを辿り終えたときには、すっかりそんな気持ちになっていた。たまたま隣の席になった人と国も言語も超えて本の話題で盛り上がったというだけでもワクワクするのに、著者を巻き込んで読書会につなげてしまうミラクル。この流れのしっぽにつかまって、その先を見たいではないか。

読書会はすぐさま満席になったらしい。テツアツ(鉄は熱いうちに打て)で申し込んだおかげで定員に滑り込めた。

著者の名前はイスラ(李瑟娥)さん。1992年、ソウル生まれ。
読書会で取り上げる本は『29歳、今日から私が家長です』

親近感の数珠つなぎ

『29歳、今日から私が家長です』はこんな本。

韓国読者が選ぶ2023年 若い作家1位! 
2024年 韓国でドラマ化 決定!
凛々しい娘、美しいおじさん、珍妙なおばさん。
軽快な3人が送る、最高にイケてて、時々泣ける
”これから”のホームコメディ!


この小説は家父長でも家母長でもない娘が家長(家女長)で主人公。
厳しい祖父が統治する家で生まれた女の子・スラがすくすく育って家庭を統治する。
作文を家業に家を興した娘が、一家の経済権と主権を握る。
家父長の家では決してありえないような美しくて痛快な革命が続くかと思ったら、家父長が犯したミスを家女長も踏襲したりする。家女長が家の勢力を握ってから、家族メンバー1に転落した元家父長は、自ら権威を手放すことで可愛くて面白い中年男性として存在感を表す。この父は片腕にはモップを、もう片腕には掃除機を入れ墨にして、家のあちこちを熱心に掃除しながら家女長と妻を補佐する。だが、この小説は家父長制を廃止しようという扇動や家父長制への批判に満ちた話ではない。スラはどの家父長よりも合理的で立派な家長になりたいと思っているが、スラの母にも家女長の時代が家父長の時代より良いのだろうか。スラの家女長革命は果たして皆を幸せにすることができるだろうか。

『29歳、今日から私が家長です』出版社による紹介

日本以上に家父長制の価値観がどっしりと幅をきかせている韓国で、娘が出版社を立ち上げ、両親を雇い、家長を名乗る。家長であり社長でもある「凛々しい娘」スラは著者自身、家族であり従業員である「美しいおじさん」ウンイと「珍妙なおばさん」ボキは著者の両親がモデルになっている。

設定が面白いし、ドラマ化決定というのも興味深い。

韓国のテレビドラマといえば、去年の12月、能登(石川県七尾市)でのアジアドラマカンファレンスに参加した。講演されたパク・ヘヨンさん(『マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん』『私の解放日記』)をはじめ韓国から参加された脚本家の皆さんと交流する機会もあったのだが、自信にあふれた顔つきと力強い言葉の人たちで、コンテンツ業界の勢いがうかがえた。

『29歳、今日から私が家長です』。ドラマの前に原作を読めるチャンス。

注文した本が届いてみると、ブックデザインは広告代理店時代に机を並べていた名久井直子さん。先日購入した歌集『えーえんとくちから』の後書きにも名前が出ていたし(わたしが購入したのは文庫版だが、単行本の装丁を手掛けている)、書店で表紙に惹かれた『デザインのアトリエ 石版印刷』の帯にもコメントを寄せていて、あちこちで名前を見かけるので「ここにもいた」という感じなのだが、やっぱり縁があるんだと思えてうれしい。

わたしをフリーペーパー「buku」に紹介し、連載エッセイ「いまいまさこカフェ」につないでくれた人でもあり、bukuのデザインも手がけていた。

物書きの娘と同い年の母

読書会の参加条件は「課題の本を読んでくること」。読んでない人は参加できないし返金もされない。本について語る言葉のない人はテーブルに着く資格がないと明言している。

ちょこちょことスマホのメモに書き留めながら読んだ。

家女長
書くこと 食べること 教えること
母 娘 漂うわたし
映像的 
 ト書きが豊か キャラ付け
 好きなものと嫌いなもので紹介
温度低め さめてる
性格と年齢はボキ 職業はスラ
両親を社員 敬語
マガム マドレナリン
ウンイのタトゥー
寝室に入りそびれた両親
ハイシーズンのスラ
 愛情のリピート
朗読
小さい社長 大きい社長
撮影 裏紙300枚
監督ダウン
永遠ではないボキ 爪を切る
入浴する幼なじみのミランを見ながらタバコ吸うスラ
上司のように自分と付き合う
自撮り棒
家事の虚無感
1日2編
キッチンライター
甘くて苦いチョコレート
 ビターシュガー 大島真寿美
乳首 実話
掃除機とモップの刺青
シャツの裾をそっと下ろす
会社の飲み会と家族の外食の境界
上司がいない代わりに締め切りがある 自分が仲介
未来が思い出のように頭の中に描かれる

3週間経って見直すと、すでに意味がわからない箇所がいくつかある。もう一度読み返したら、ああここか、となるのだろう。

「マガム マドレナリン」とあるのは、締め切りを意味する「マガム」と「アドレナリン」を足した、締め切り前にハイになっている状態を指す「マドレナリン」という造語のこと。

主人公スラが物書きであること以上に、父ウンイと母ボキの本文での年齢がわたしと同じで、同世代の親として親しみを覚えた。特にボキの勘違いや言い間違いは他人とは思えない。

家事労働に給料を支払うのも画期的だし、社長と社員がお互いをリスペクトし、チームでビジネスと家庭を回しているスラの一家。それぞれが自分のできること、得意なことを遂行し、それが仕事となり、感謝され、自己肯定感が循環する。読み進むにつれて、この3人もその関係性もどんどん好きになってしまう。シリーズで続きを追いかけたい。サザエさんやちびまる子ちゃんみたいに。

馬車と神保町がつながった

読書会の前にamazon audibleで『古本食堂』(原田ひ香)を読み始めた。

原田ひ香さんの作品はいくつか聴いたことがあって、おすすめに挙がっていたのだが、『古本食堂』は神保町にある古本屋さんが舞台。「出会うべき本は向こうからやってくる」というセリフが出てきて、このタイミングで『古本食堂』を聴いたのも、『29歳、今日から私が家長です』との出会いも、まさにそうなのかもと思った。

『古本食堂』には実在するタイトルの古書が各章のキーアイテムとして登場するのだが、読書会当日、出発前に聴いていたのは『馬車が買いたい!』(鹿島茂)のくだりだった。

タイトルに「!」がついているが、わたしも「!」と反応した。和歌山県かつらぎ町で山羊を飼いながら古民家宿をやり、地元をじわじわ温めている(公式インスタはこちら)高校時代の同級生・ピヨの野望が「コミュニティバスならぬコミュニティ馬車を走らせる!」で、その計画を聞いて以来、「馬車」の2文字に「ピヨ!」と反応してしまう。

ほとばしるアイデアと実現プラン(食事しながら夢を語るうちにTEDのプレゼンテーション状態になる)を聞くたび、「ピヨが朝日新聞土曜版beのフロントランナーに取り上げられて、馬車をバックにニカッて笑う未来が見える!」とわたしは言っている。

そんなわけで「馬車が買いたいて、ピヨのことやん!」と思い出し、「後でピヨにこんな本あるでとLINEしよ」と思いながらaudibleを閉じ、向かうは神保町PASSAGE。共同書店らしい。地図を調べようとお店のサイトを開いたら、

「え? 鹿島茂さんが手がけてる!?」

馬車と神保町がつながった!

しかも、着いたそこは、何度か前を通りかかって気になっていたお店だった。

すべての点がびっくりするくらいつながっている。ドラマだったら運命の相手と出会う伏線のような流れ。

PASSAGE入口。読書会の案内が。

密度も濃度も高い

3階にあるカフェスペースが読書会会場。茶色いお酒が似合いそうな雰囲気。著者イスラさんや参加者の皆さんを写さないようにとカメラを外したら、天井しか撮れなくて、こんな写真。

人口密度が高く、イスラさんとの距離も近い。前のめりで申し込んだ人たちの熱気で会場はすでに温まっている。

イスラさんは、海外での読書会に呼んでもらうのは初めてとのこと。猫町倶楽部の会員に韓国語のできる方がいらして、その方が同時通訳。韓国語はわからないけれど時差も温度差も感じない自然すぎる日本語に訳されていて感心。

配られた名札には名前と「好きな本・映画」の記入欄が。その場でハングルを調べて併記にする。好きな映画は韓国作品を挙げようと思い、『マルモイ ことばあつめ』にした。他に『タクシードライバー』『大統領の理髪師』『猟奇的な彼女』『オアシス』などのタイトルが思い浮かんだが、読書会ということで「言葉」を扱った作品にした。

韓国作品で好きな本というと、そもそもタイトルが思い浮かばない。少なくとも記憶を辿れる範囲では読んでいない。『29歳、今日から私が家長です』は韓国文学との希少な接点。

感想も空気も分かち合う

5、6人ずつのテーブルに分かれて感想タイム。各テーブルに登場人物の名前がついていて、わたしたちのテーブルは「チョル」だった。スラの父ウンイと組んで配送の仕事をする青年で、母ボキを腕相撲で打ち負かしたいスラにコツを教える。恋愛が始まるかと思ったら全くその気配がなかった人。

まずはファシリテーター決め。「猫町倶楽部読書会に3回以上参加したことがあり、一番最近韓国に行った人? いなかったら一番最近韓国料理食べた人?」で、わたしの右隣の女性が選ばれた。常連の方が多く、進行はとてもスムーズ。

読書会に参加したきっかけを話して、ぐるっと一周。次に感想を話していく。父ウンイが掃除機とモップのタトゥーを左右の腕に入れたエピソードが人気。『日刊イ・スラ』も読んでいる人。自分と親との関係を重ねる人。エッセイだと思って読んでいて、途中で小説だと気づいた人。感想を話すうちに思い出したことがあったのか涙が込み上げて中断してしまった女性に、「今の涙、イスラさんに見せてあげたいね」と声をかけた人がいて、テーブル一同うなずき合った。そのイスラさんは各テーブルを回っていて、首を伸ばせば姿が見えるところにいるのだった。

同じ本だけでなく空気を分かち合えるのが読書会の醍醐味。

テーブルに回ってきたイスラさんを興奮と質問で迎えた。

「小説はどこまで実話なんですか?」と聞くと、
「両親が従業員という設定は本当」で、父ウンイは最近になって「社員に昇格」したそう。タトゥーは元々入っていて、掃除機とモップのタトゥーを入れたというのは創作とのこと。

「昼寝出版社」という名前も小説用につけたもので、実際は「水泳出版社」。由来について聞いたのに忘れてしまった。昼寝と水泳って真逆な気がしたのだが、イスラさんの説明を聞いて、なるほどと思った。ということだけ覚えている。

わたしたちのテーブルでは男性が一人だけで、その方が面白く読んだと聞いてイスラさんはとても喜んでいた。

「合わない人とどうやってうまく付き合いますか?」という質問をした人がいて、
「愛すべき人を愛するのは簡単ですが、そうでない人の場合は、その人の背景を考えるようにします。その人にどんなことがあって、そういう人になったのか」といったことを答えられていた。

作家を職業というより生き方そのものだとイスラさんはとらえていて、言葉の端々にも佇まいにもそれが現れていた。

会の最後に「皆さんにプレゼントを」とイスラさんはイムジン河の弾き語りを披露してくれた。読書会に著者が来てくれただけでなく歌まで聞かせてもらえるとは。この場に居合わせた幸運をしみじみ味わいながら透明感のある歌声に聴き入った。

連想ゲームは終わらない

会が終わると、さっと解散して、同じテーブルの人たちと連絡先を交換することもなかったが、さっきまで濃密に感想を言い合っていた人たちがもう目の前からいなくなっているというのも、パチンと指を鳴らされて夢から醒めたような魔法が解けたような面白さがあった。

名残惜しくてカフェスペースの手前の貸し本棚を見ていた。『古本食堂』に実名で登場していたカレーのボンディの棚に友人の水野仁輔さんの本が並んでいて、「水野君のカレー食べたい」と頭が反応し、ここにもご縁が。その近くの棚を見ると、そこは鹿島茂さんの書籍を集めた棚らしく、ちょうど目の高さのところに『馬車が買いたい!』があり、「おお!」と思わず声が出た。

日頃から書くものも行動も連想ゲームでできている自覚があるが、この読書会は最初から最後までご縁がどんどんつながって、連想ゲームを煮詰めたみたいだった。

紫原明子さんには帰り際に「ツイートを見て飛んできました」と声をかけた。その日のうちにvoicyをアップされていて、読書会を開くことになった経緯と当日の様子を伝えてくれている。さすが。

紫原さんのツイートを引用して読書会に行ってきたことをツイートしたら、「紫原さんの本を買いました」と友人から連絡があった。連想ゲームはまだ続いている。

韓国との接点まだあった

読書会から時間が経ち、あの日イスラさんや皆さんから聞いた言葉の多くは雪が溶けるように消えてしまったけれど、その場でしか味わえない、再現できない時間だったともいえる。

先日、神田の丸善に行ったら、「このミステリーがすごい」の棚の隣に「このミステリー以外がすごい」の棚があり、その中に『29歳、今日から私が家長です。』があり、うれしくなった。読んだ本という以上に愛着がある。特別な一冊になっているのを感じた。

本といえば、ブレストガール!〜女子高生、10億円の賭け!が韓国で出版されていたのを思い出した。韓国の読者に届いているのだろうか。初版の印税が支払われたきりなので、重版されていないことは確かだ。

「今井雅子」をハングルに翻訳し、「이마이 마사코」で検索してみると、あった。

우리는 마요네즈가 아니에요

韓国語のタイトルを翻訳にかけると、「私たちはマヨネーズではありません」

全然違うタイトルになってる。

「私たちマヨネーズじゃないんだから」という、たしか操のセリフだ。代案を出してと言われ、マヨネーズみたいに絞ったら出るなんて思わないでよと。これをセリフにするなんて、センスある。元のタイトルはビジネス小説っぽいけど、「マヨネーズじゃないんだから」はエンタメ小説っぽい。

通販サイトらしきものにもあった。

数は少ないけどレビューもついている。その一つ、「고등학생딸아이가 읽고싶다고해서 구입했어요」を翻訳にかけると、「高校生の娘が欲しいので買いました」と出た。

主人公たちと同世代の韓国の高校生、読んでくれただろうか。娘さんの感想を聞きたい。

そういえば、ドラマ「失恋めし」(原作は木丸みさきさん)も韓国で配信されていて、韓国から食べ歩き聖地巡りのお客さんが来られますよと劇中に登場するお好み焼き屋さんで聞いた。韓国語タイトルは「실연 밥」。

原語で感想を読んだり語り合ったりしたい!という夢ができた。

というわけで、今年duolingoでちょこっとかじって挫折した韓国語学習を再開することにした。

イスラさんよりはずっと確率が低いけど、喫茶店で隣の席になった韓国からの旅行者と「『私たちはマヨネーズではありません』、知ってる!」と盛り上がることがあるかもしれない。そしたら読書会に呼ばれるかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!

脚本家・今井雅子📚言葉遊びが好きな物書き 目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。

この記事が参加している募集