コロナ禍の住民票が意味していたこと。55歳、名山町で「人生の伏線」を回収する。
「人生に、無駄なことなんて一つもない」
50代半ばにして、今ほどこの言葉を実感していることはありません。
今、私は鹿児島・名山町を舞台にした映画制作を含めた総合的なプロデューサーとして、最高に刺激的な日々を過ごしています 。
鹿児島への恩返し
実は、コロナ禍の大変な時期、私は鹿児島に籍を置いていました 。あの時、温かく包み込んでくれたこの街に、何か恩返しがしたい。そんな想いが、50万円のトイレ修理の相談を「世界を目指す映画制作」へと大化けさせました 。
動き出した大きな波
今回のゴールデンウィーク、私は休みを返上して、監督や音響担当と共に鹿児島に入ります 。 「言い出しっぺ」としての責任を全うするために 。
SNSが繋ぐ熱量: 現地のSNS担当が届けてくれる写真や言葉が、離れていても名山町を身近に感じさせてくれる 。
追い風を感じる: 最高のチームが揃い、行政も期待を寄せてくれている。今、確かに大きな波が立っています 。
チャランポランだった過去さえも
自分ではチャランポランに生きてきたつもりでした(笑) 。けれど、その一つひとつの経験が、今この瞬間、パズルのピースがはまるように繋がっています 。
55歳。人生の後半戦で、こんなに夢中になれる「宴(UTAGE)」に出会えたことに感謝して。
名山町から世界へ。私たちの挑戦は、ここから加速します。
