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90年代の政界に詳しいと不思議な顔をされる理由が判明した

今日は近所の個人演説会に行っていました。

私は選挙それ自体も好きなんですが、それ以上に個人演説会の前後で応援弁士(県議や市議)と喋っているのが大好きなんです。

今回はそんな中で、長年の疑問に辻褄があったということを述べます。

政界に詳しい人扱いをされる

2026年の政界は、2025年までとは様変わりして、1990年代の政界に酷似してきました。

ゆえに今回の衆院選から、90年代の政界を事例にしながら県議や市議の人たちと喋っているのですが、ふと気づいたことがあります。

「あんた詳しいな」と言う人が一定数いること。

私からすれば「ああまあ調べましたんで」でしかないので、そこまで詳しくはありません。
うろ覚えになっている基礎基本を押さえなおしただけのことなんです。

けれども何故か、詳しいことになっていることがあるんです。
私にはそういう自負や自認はないのですが。

私はただの選挙好きですよ。
選挙芸人の山本期日前さんのようにです。

その理由がわかった

そんな中、その理由が分かりました。
政界に詳しい人扱いの理由がです。

「だいぶお若く見えるのにお詳しい。」
市議がそう仰ったからです。

はい?

そりゃ何々さん(市議)よりは若いけど、そこまでは何々さん(市議)と変わらねえよ。
私はすぐにそう思いました。

その市議とは10数歳程度しか違っていません。
けれども私は若者扱いだったんですね。

若者とは何か

私は予想外の扱いに対して、こう説明することにしました。

若者であるかどうかは政策ごとに異なっていて、私は若者であったりなかったりする。

都道府県知事が言う「若者」とは「概ね15歳から29歳まで」を指し、私は若者ではない。

そう説明しても、「でもかなりお若いんでね」と返ってきました。

私がそんなに若い?

どう見ても15歳から29歳には見えないはず。
29歳に見える可能性はありますが、そんなもんは可能性でしかなく、確率としては低いのです。

私は「など」である

私は若者ではないんです。
「など」なんですよ。

これは与野党を問わず、国会議員か地方議員かを問わず、政治家からすれば、私は「など」です。

市議は「など」がついているなら包摂性があると仰ってはいましたが、要点はそこじゃない。

主たる対象としては位置付けられていないということなんです。

政治が「など扱い」をしてきて、主たる対象とはしてこなかったのが、私ぐらいの人間です。

私は政治的に言えば、「非若年・非高齢」でしかないということなんですね。

もし私が若者だったら辻褄が合う

もし私が若者だったら辻褄が合ってきます。
15歳から29歳の「子ども・若者世代」ならば。

2000年生まれの人間が、細川内閣について流暢に喋り続けていたら、私ですら驚きです。

私が三角大福の頃の内閣を流暢に喋るようなものですからね。
(私自身が一定程度に喋ることを棚に上げて。)

私は自分自身が若く見えるか老けて見えるかには全く興味がなかったのですが、若く見られていることで、不思議がられていることもあったということなんですね。

今日はそんなことに気づいた一日でした。

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