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妖魔狩り 月光が君に降り注ぐ2

割引あり

プロローグ 

 夕暮れ時、少女は逃げていた。
 友だちと別れ、一人で歩いていたら男に追いかけられたのだ。最近よく見る男であり、彼女にとって最早ひたすら恐ろしい存在だ。
 何故か親しげに話してきたり、脅してきたり、連絡先を執拗に尋ねてくる。
 必死で断り続け、逃げていたが、相手には通じないどころか、余計に彼女に纏わり付くようになった。
 そんな時――声がした。
「あらあら、かわいそうに! どうしたの?」
 ずいぶん優しい声だ。恐る恐る振り返ってみれば綺麗な女性が一人立っていた。とってもとっても恐い思いをしていたから当に天使のように感じてしまう。
「え、あ……」
「んもう! すっごくすっごく恐い思いをしたわよねえ!!」
 まるで全部知っているかのような同情の言葉が少女に浸みていく。
「そうだ! ねえ、あなた、あたしのところにいらっしゃい!! そうしたら全部解決するから」
 あんな男から逃げられる?
 こんなにふわふわで素敵な人だ。信じていい。
 何故かそう思った。
 迷わず彼女の差し出した手に自分の手を載せてみる。何故かそれだけですべてが解決したような気がした。
「いい子、いい子。あたし、いい子は大好きよ」
 女性はそう微笑い、少女を愛おしそうに抱き締めた。
「さあ、一緒に行きましょう。素敵な、素敵な場所へ」
 甘い誘いがとても心地好い。
「うんうん、あんなのはもう近寄ってこないから」
 そう! もう恐い思いしなくていいんだ!
 それは途轍もない少女の救いだった。
 だから迷いもなく女性とともに歩き出していく――終わりのない夢の中へといざなわれるままに。

1 

「は? 住む場所がない?」
 一件が片付いた後、さて家に帰るかという話になったのだが、妖紅ヨーコはそんなものはないとこうに言い放ったのだ。
「必要か?」
 挙げ句にこの台詞ときた。
有生界ここで生きてくなら必須だね。特に妖紅は女の子だ」
 航は頭を抱えつつ、どう言うべきかを悩む。相手は普通ではない。妖貴だ。しかし女性、しかも女の子という部類に入るだろう年頃だ。
「女だと必要だと?」
「まあ、男でも必要だけど、君の外見なら尚更だ」
 実年齢は兎も角、妖紅の外見は十六歳ほどの少女、しかも美人と来る。
「よく分からないが、そう言うものなのか」
「そう。だから妖紅が住むところを作らないといけない」
「ふむ。だが、どうやって?」
 組織のホテルは一時的利用のみしか許可が出ない。事件後の後片付けに関することもあるからだ。
 故に普段の生活などについては狩人たちに完全個人任せであった。無論、金銭的に不自由が有るわけではないので困るものは少ない。
 そもそも本来は世話人たちがやるべきことのはずだが、あいつがやるわけもないか。
 自分に付いている男のことについて思案するが、その手のことについて一切合切説明はなかった。
 あいつはいつもそうだけどね。
 そんな結論に至り、つまり妖紅は現時点行く場所がないことだけが確かなことだった。
「んー、今日のところはどうやら僕の家に来るほかなさそうだね」
 幸い部屋は余っているし、航は軽く頭をかく。
「お前の部屋?」
「そう、僕らが会ったマンション。あれが僕の住まいだからね、一応」
「一応? 住まいであれば住まいと言うことではないのか?」
 彼の言っていることがよく分からないという雰囲気を見せる妖紅に航はそれ以上の説明はしないで話を逸らした。
「それにしても仮にも女の子を放置するあたり、何とも酷い話だな」
「女の子? 先ほどからお前は私のことそう呼ぶな。それは私のことなのか?」
「無論、君のことだけど?」
「意味が分からない」
「君の実際の年齢は知らないけど、ゆうしょうかいで言うなら君の姿は間違いなく女の子だよ」
「年齢? 年齢だけなら私は――」
「待った。今日はもう疲れている。僕は休みたい。しかしそれだけこちらの言葉を話せるのに変なところで物知らずなんだなあ」
「それは侮辱か?」
 思わずむっとしたらしく珍しく感情が表に出て来た。
 そんなも出来るわけだ。
 何となくそんなことに感心しながら航は歩き出す。
「素直な感想だよ。気にしないで。兎に角、僕の家に戻ろう」
 妖紅としても漠然と有生界にいるわけにはいかないことくらいは理解出来ていたので、航の申し出を受けるべきなのは承知していた。
 ただ今ひとつ相手の物言いに引っかかるだけで。
 私が物知らずだと?
 それ相応の知識がなければこちらの世界には来られない。逆もまた然りだが、それが必須なのだ。
 妖紅とてその資格を得るために努力はしてきた。それをまるで否定されたような気がして面白くはない。
 それに気が付いた航は少しばつが悪く思えた。
「……悪かった。妖紅のことを馬鹿にはしてないよ。ただこっちで生きるならもう少し学んでおいて損はないって話さ。僕でよければ教えるし」
「……お前は人の心でも読めるのか?」
「機微には聡いと言われるねえ」
 かつて師匠にもよく言われたことだ。それが航の生き残る術の一つであり、そうあらねばならなかっただけのこと。
 生き残るために、生き残らねばならないために。
「何故、そこまで人の目を気にするんだ?」
「浮かないで生きるようにしておいた方が楽なんだよ」
「浮く?」
「そう、妖紅はただでさえ目立つ風貌だからね」
「目立つのか?」
「かなり」
「なら顔でも潰せばいいか?」
 妖紅は低く呟いた。醜くあれば、そうすればいいのだろうと態度が語っていた。
「ちょっと待って、なんでそう極端なのさ」
「顔なぞ……」
 そう言う妖紅の顔は何処か苦しそうに見えた。
「あのね、綺麗なのが悪いとは思わないよ」
「? だが」
「僕の言い方が悪かったけど、妖紅はそのままでいいよ」
「そのまま……」
 妖紅はその言葉を言うと落ち着いたらしい。
「うん。とは言え、必要な物は明日に買いにいかないとね」
「必要な物?」
「そうだね、例えば服だの日用品かな。暫くはこちらにいるんだろう?」
「いるもの……分からない」
「明日考えようか」
 そんなこんなで話しながら歩いて行けば航のマンションまで辿り着いていた。
 築年数は二十年ほどであるが、なかなか綺麗な状態のものであり、今も人気はある物件だ。
 セピア色を基調とした壁にマホガニー色の窓枠たちが居並んでいる。妖紅にはよく分からないが、これが人間たちの住まう場所の一つなのだろうと判断した。
「こんな建物だったのか」
「そうそう、ここってわりといい物件なんだよ」
 住むところはこだわれとよく言われたものだ。もともとの持ち主がそう言って買った時はそんなものかと思ったが、本当にそうならいいと今は思うだけだ。
「さて、帰ろう」
「飛ぶのか?」
 確か記憶では航の部屋からは高さがあり、あの時は飛んで行った。
「いや、この時間じゃ目立つよ。昨日は夜だしね、君もいたから特別」
「ではどうやって?」
「エレベーターって言う便利な道具があるのさ」
「えれべーたー?」
 聞いたことのない単語に戸惑うが、乗ってみれば分かるよの言葉に従うことにした。
 入り口で航は手慣れた様子でロックナンバーを入力し、エントランスの解錠していく。中に入れば妖紅にはまるで見慣れない様子が広がった。
「郵便受けって言ってね、人間界の手紙を受け取ることが出来るんだよ」
 言いながら航は自分の家のものを確かめる。昨日まで動きもしなかった人間のために来る手紙などせいぜい請求書くらいだろう。
 これからは何が来るか分からないから気を付けないとね。
「手紙? そんなものを運ぶのは使い魔ではないのか?」
「あはは、使い魔を持ってる人間自体がそうそういないからねえ」
「そうなのか」
「妖紅はいるの?」
「……今はいない」
 それは何かを含んだ物言いだった。それ以上は突っ込むべきではないと感じ、航はあえて明るい口調で妖紅に答えた。
「ふうん、僕と一緒だね。さあ、エレベーターに乗ろう」
 いったいどういう意味だと問う間もなく航に案内され、妖紅はエレベーターに乗る。何となく狭い箱だと感じた。
「狭い?」
「そう思う」
「まあ、日本はそういう意味で広くないからね。でもそこが悪くないところだ」
 自分の家がある階数を押しながら航はニヤリと笑った。
「そう言うものなのか?」
「住めば都ってね」
 言っている間にエレベーターがぐんっと動き出し、妖紅は少し驚いたが、たじろぎはしなかった。それより航の言う言葉の方が遥かに気になった。
「? どういう意味だ?」
「住んでしまえば何処でも快適ってこと」
「へえ、面白い言葉だな」
「ほら、着いたよ」
 エレベーターの到着音が鳴り、扉が開いた。同じような扉が複数並んでおり、妖紅には区別が付かない。
「よく自分の家が分かるな」
「番号が書いてあるからね」
 言われてみれば各部屋の扉の横には番号が振られてはいる。
 なるほど、それで判別するのか。
 航は一一〇五と書かれた部屋の前に立ち、一枚のカードを取り出した。
「それは?」
「鍵さ。こんな風に電子ロックだからまあ、結構セキュリティはいいんだ、ここって」
「でんしろっく?」
「まあ、魔法の鍵とでも思って」
「有生界には魔法があるのか?」
「どっちかと言えば科学だけど、僕にそれを説明出来る頭は無いなあ」
 鍵を開けて、航は家に妖紅を招き入れていく。
「さて、客人が来る予定は無かったから買い置きがないな」
 朝はホテルで朝食を取ったものの、いろいろ後処理もあったので何だかんだで既に昼の時間は回っている。
「妖紅も腹減っただろ?」
「まあ、そうだな」
「一先ずカップメンで腹を満たそうかね」
 台所へ向かい、棚を空ければそれなりに買い溜めてあったものがある。尤も買ったのは航ではないので趣味ではないもののもあるが、この際、贅沢は言っていられない。
「かっぷめん? ぱんけーきではない?」
「カップラーメンが正式名称、ってのかな。お湯入れればすぐ食えるのがいいところ。悪いのは栄養面だなあ。パンケーキはまた今度ね。今日は疲れてるから」
「今度……分かった。それにしてもお湯で作れるのか。便利なのだな」
「妖紅、お湯を沸かせる?」
 一応、確認のために聞いてみる。どのくらい有生界の知識があるからどうか知りたかったからだ。
「それを燃やせばいいのか?」
 カップメンを指してそう言うが、勿論、盛大なる間違いである。
「燃やさない、燃やさない」
 苦笑しながら航はヤカンに水を入れて、それをコンロにかけた。いつもであればお湯はポットで沸かすのだが、今回は妖紅に見せるためにそうしたのである。
「こうやるの」
「……火が出た」
 何がどうなればこうなるのか不思議そうな表情をしている。その様子はどこか愛らしい。
「台所を知らない?」
「関わったことはない」
「なるほど、了解」
 妖紅の知っている知識は少なくとも生活面では皆無らしいことだけは航はよく理解したのだった。

2 

 妖紅が沢渡家に転がり込んで一週間ほど経ったころ、男は現れた。当然、用は一つしかない。
「ストーカー?」
 航は腕を組んで面倒くさそうに問うた。そんなものに何処が妖魔狩りが必要なんだと思ったのだろう。
「そう、そいつらが消えていくそうだ」
「それならめでたいんじゃないの?」
 からうように航はそう言った。押し並べて誰かをストーキングするヤツなど存在するだけで迷惑なだけだ。だから勝手に消えてくれてるなら面倒が省ける。
「それで終わればお前たちの前に俺がくるはずもないだろう。つまり依頼があるからそうもいかない」
 ことがそんな単純ではないことくらいは航も理解はしているが、それでも一言返しておかないと気が済まない。無駄なことなのだが、ささやかな抵抗だ。
「ふうん、依頼、ねえ」
「そうだ、消えたのはストーカーどもだけじゃない。被害者たちもだ。よってお前たちに指令が下されたわけだ」
「消えたのが被害者も? そりゃまたおかしいことがあるもんだ」
「軽口を叩くな。お前はいつも話を素直に聞かない悪い癖がある」
「ふん、あんたは命令があれば動くのが狩人、そう言いたいわけだ」
「妖魔狩りたるもの、それ以外に何がある? 自分の存在意義くらい分かっているだろうに」
「三年放置した挙げ句の仕打ちとは思えないけどね」
 完全なる嫌味だが、男には通じない。それも癪に障るが、これ以上はもう時間の無駄だ。
「――それで?」
「いつも素直だと助かるがね」
 男はそう言い、資料を航に見せ始める。これは仕事をする上で当然必須なことだ。
 まず航たち狩人は基本的に依頼人に会うことはない。それを行うのは別の人間の仕事になっているからだ。
 航は知識として請負人たちを知っているが、彼らとも接触することはほぼない。
 何故なら仲介人がその間を取り持つためだ。つまり今、航が会っている男がそれである。
 男から指令を受け、彼はそれを遂行するだけだ。
 その仕組みは今も昔も変わっていない。
 リスクを減らすためというのが理由らしいが、実際はどうだかと航は思っている。
 ただ依頼人に入れ込むということがない点では確かに感情の入る余地はないので、強ち間違いではないようだ。

 感情のままに動く、それは危険なことだ。
 そう、本当に――危険で馬鹿馬鹿しい。
 だから航も指令を受ける際には感情は出さない。そう務めてるわけでもないが、やはり直接依頼人から話を聞いていないせいもあって、何処か他人事なのだ。
「なるほどね、ストーカーされる方もしていた方も消える、か」
 どちらか一方なら話は簡単だ。それなのに消えたのが加害者被害者ともになのは確かに話としてもおかしい。
「何かが動いているのは間違いないけれど」
「そうだ。そして、それを探すのがお前たちの任務だ」
「へいへい、言われるまでもないね」
 妖紅はそれを黙って見ていた。どうやら航と男の遣り取りがどうにもよく分からないと思っているようだ。彼女から見れば同族同士なのだから当然かもしれない。
 まあ、いつまでもこいつに関わってる場合でもないしな。
 さっさと終わらせよう。
 だから妖紅の方に話を振った。
「ところでまた二人でというのなら妖紅にも説明が必要じゃないの?」
「それは当然だな。妖紅、こちらに資料がある」
 ちらりと視線を送るも動かず、離れた場所からやはり二人を眺めているだけだった。
「……航が聞けば十分」
 前回はその役目は彼女がやったのだから今回は彼がやるべき。そういう態度だった。
 割と無責任なところがあるな。いや、そうじゃない、他人任せと言うべきか。
 うん、信頼、とは違うな。
 そこは勘違いしない方がいいと航は思う。
 こっちだって似たようなものだし、お互い様だ。
 食べる姿は可愛いんだけどねえ。
 妖紅は家事全般、まったく出来ない。と言うかやったことが無いのだろう、勝手が掴めないようで何ごとにも破壊的だ。
 ホテルではどうしていたのか分からないが、自宅の風呂に入れるのも一苦労だった。流石に一緒に入るわけにはいかないのでその辺はネットにあった子供用入浴の入り方みたいなものを探して見せた。
 その際にはえらく真面目に見てはいたから学ぶ気はあるのだろう。
 実際、一応それで出来たのだからマシではある。
 流石にシャワーとか浴槽とか壊されたら堪らないからなあ。
 笑えないことに彼女にはそれだけの力が余裕である。
 そのため、現状、お陰様で極自然に航が妖紅の世話している羽目にはなっていた。教えるのも面倒であったし、そもそも当人にその気があるか分からない。
 まあ、僕が何かしらをしていると覗きには来るから、興味があるみたいだけどね。
「共有は大事だよ」
 航がそう言うと妖紅は少し考えてから納得をしたのか、彼らの側にやって来た。
「では聞く。ストーカーとは何だ?」
「そこからかい」
 航はどう説明したものか考えていると珍しく男がそれを代行してくれた。
「簡単に言えば特定の人物に付き纏いをしつこくするもののことだ。相手が拒否していてもお構いなしにな」
「有生界には警察とか言うものがあるのだろう?」
「あるよ。けど、それがそうも簡単にいかないんだ」
「何故?」
「証拠もいるし、対応する警官によってはまともに受け付けてくれないこともある。後ね、相手が一見まともに見える場合が一番厄介かな」
「まとも?」
「そう、周囲からは良い人と思われる人物が相手だとかなりね。その当人の前でだけ豹変するヤツもいるんだ」
「人間もいろいろ複雑というわけか」
「そう言うこと。で、今回の件はその狙われた人間と狙っていた人間が消えている話ってわけ」
「ふうん。それがおかしいことなのか?」
「人間にとっては普通じゃないね」
「なるほど」
「と言うわけでお前たちはこの妖魔を狩って欲しい。資料を見れば分かるだろうが、何件も同じような内容だからな」
 確かに男の言うとおりであまりにも似通っている。これだけを見れば同じものが犯人と考えるのが普通だ。
「……妖魔でなくて人の場合は?」
 果たして妖魔なのか、人のなのかという部分はそれはこの依頼の肝心なところだ。
「そうなれば警察の領分だろうさ」
 時折、そんな事件もある。何でもかんでも妖魔が犯している事件ばかりではないのだ。
「そんなのもあるのか? 航」
「あるんだよね、残念ながら」
 苦笑しながら航が答えると、直ぐさま男が強い口調で命じてきた。
「その場合、介入するな」
 言葉の裏では感情に流されるなと言う意味合いもある。被害者に同情、依頼者に同情して担当者の任務に支障を来すのはよくある話だからだ。
 人間だからね。
 そう言葉にならない言葉で航は呟いた。
「では任せた」
 男はその言葉を最後に踵を返していく。そうなれば、さっきまでいた痕跡すらない有様となり、いったいさっきまで誰と話していたのだろうとたまに思う。
「なあ、あいつは人間なのか?」
「多分ね」
 妖貴の妖紅に言われるくらいだ、男の神出鬼没具合は相当なものだろう。
「せめていつも玄関から出入りして欲しいものだけど」
「違うこともあるのか?」
「ここの階数、考えない行動はあるよ」
「ふうん」
「だからって妖紅も真似なくていい。ちゃんと玄関から出て、入ってきてね」
「お前が言うなら分かった」
 家の主が言うことだから従う、そう彼女は言った。
「有り難いよ」
 感謝をしつつ、資料を読み直す。
 被害者は今のところ、分かっているだけで三人から四人と思われる。全員血塗れの痕跡以外に残すものは無く、何かの取っ掛かりもない。
 そうしてもう一つの事件が隠れて起きている。
 そちらは逆に何も残されていないのだ。ただ煙のように消えた如く被害者の足取りが途絶え、誰もそれ以降見たものがないというものだ。
 こちらはあまりにも手がかりが少ないため、警察としては失踪と判断しているようだ。
「それにしても厄介そうだ」
「そうか? 単純明快だろう?」
 妖紅としては資料を見る限り、くだんの事件は妖魔が相手であり、それを狩ればいいと考える。それ以外の答えも浮かばない。
「違和感があってね」
「違和感?」
 よく分からないという表情を妖紅は見せた。軽く眉をひそめる程度だが、感情の揺らぎはやはりあるらしい。
「そう、たった一人の行動としては色々おかしい」
「この間の奴らみたいに群れているのではないか?」
 妖紅としてはその程度のことと捉えたようだ。
「それだと辻褄が合わないんだ」
「辻褄?」
「そう、この痕跡を見てもおかしいところが幾つもある」
「どれだ?」
 妖紅が覗き込んできたので、航は指摘の部分を指差した。
「一番おかしいのはここね。血痕が残っている場合と、そうでない場合がある」
「そんなのはたまたまでは?」
「それなら問題は少ないんだが」
「航はどう思ってるんだ?」
 相手の言いたいことが分からず少し苛ついている様子で妖紅は尋ねる。
「痕跡から考えて見ても、あまりに喰い方が違いすぎる」
「喰い方なんて分かるのか?」
「ある程度ならね。証拠を残しても何とも思ってないヤツほど大胆に喰い跡を残す」
 その場で喰い散らかすヤツ、獲物を持ち帰るヤツなど色々いるが、慎重なタイプであれば痕跡をなるべく残しはしない。
「まあ、自分に自信があるヤツとも言えるが、僕に言わせれば馬鹿でしかいない」
「それには同意する」
「つまりね、それが混在してるんだ。この資料だけを見ればの話ではあるんだけど」
 そう言いながら妖紅に資料を渡す。彼女が日本語を話せることも読めることも既に分かっているからだ。
「現場に血痕があるなしということか?」
「そう、それは結構重大な違いだ。こちらの選ぶ手が変わるから」
 航の解析に興味が湧いたのだろう、彼から資料を受け取ると真剣にそれを読んでいく。
「……確かにお前の言うとおりに違和感があるな」
 妖魔には人で言う性癖が必ずある。例えば力を誇示したがるもの、例えば隠れ住むことに特化したもの。
 それだけで当たり前だが、妖魔狩りたちの対応方法が変わる。
「一方は食欲を抑えきれず喰い散らかして、一方は隠しているとなるか」
「そう言うこと」
「そうなれば簡単に考えても二人相手か。確かに厄介な」
「タイプが違うと面倒さも増すってもんさ」
「ちっとも面倒と思っている風に見えないが」
「思ってるよ。途轍もなくね」
「お前というヤツは分からない」
「それはお互い様じゃない?」
「それもそうか」
 知り合って間もないのだ。それで何が分かろうというのか。
 それでも仕事の面では信頼していい。
 航はそう思っている。
「さて、行こうか」
「何処に?」
「一先ずは現場へ。他に手がかりが無いからね」
「分かった」
「それぞれの箇所までの地図は頭に入れておいてね。それ、持ってけないから」
「心配ない。もう入っている」
「流石だね」
 依頼関連の書類は外へ持ち出すどころか、読んだ後は基本的に消滅させることが義務になっている。つまりどんなに重要なものだとしても一度きりしか見られないものなのだ。
 狩人たちが失敗しても情報が漏れないように予防線を張ってあるわけだ。
「これ、燃やしていいのか?」
 その常識を理解している妖紅はそう航に尋ね、彼は頷いた。
「そうだね、妖紅が消す方が確実だ」
 航がそう答えると妖紅は己の手から炎を出して今までそこにあった書類たちを一瞬で灰燼に化していく。
「うーん、灰にもならないあたり、実に有り難い」
「そうか?」
「お陰様で部屋が汚れない」
「なるほど、それは悪くない」
 そう軽口を叩き合い、航と妖紅は家を出て行く――勿論、玄関からにしたのは言うまでもない。

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