佐々木くんと宮下さん#1
春の空気は、まだ少し冷たい。
校門の前に並ぶ新入生たちの列が、風に揺れる桜の花びらを背景にして、妙に現実味のない光景に見えた。
佐々木佑真は、少し緊張した顔のまま、自分の胸元につけられた名札を何度も見直した。
「一年A組 佐々木佑真」。
これから一年、いや三年間、この小さな紙切れの中に閉じ込められた自分の名前がどんな意味を持つのか、まだ想像もつかない。
「なあ、佐々木、あの先生めっちゃ怖そうじゃね?」
横から声をかけてきたのは、さっき式典で隣に座っていた男子だった。
「さあ。怒られなきゃ、どんな先生でも平気だろ」
佑真は肩をすくめながら答える。自分でも気づかぬうちに、軽く唇の端を噛んでいた。
「お、余裕っすね。進学校の空気にもう馴染んでる」
「まあ、慣れるしかないし」
軽口で返しつつも、内心は穏やかじゃなかった。
佑真は“社交的”に振る舞うことに慣れている。無難に、相手のノリを受け、笑いを返す。だが、笑いながら思う。この人たちの中で、本当に自分を知ってくれる人はいるのか?
教室の席順は出席番号順。佑真は窓際の中ほどだった。春の日差しが斜めに差し込み、机の上に光の粒を散らしている。
隣の席はまだ空いていた。
配られた資料をぱらぱらと眺めながら、早くも「クラスの中心」になりそうなグループが笑い声を上げるのを、斜めに眺めていた。
「……高校でも、結局こうなるんだよな」
ぽつりと呟いたその時――
「何が?」
突然、隣から声がした。
振り向くと、そこに宮下真央が立っていた。
栗色の髪をひとつにまとめ、整った制服の襟元。目が合うと、彼女は軽く首を傾げる。
「えっと……何が“こうなる”の?」
「いや、別に……入学式でも、もうグループができ始めてるなって」
「ふふ、観察が早いね」
彼女は笑った。
その笑い方が、どこか穏やかで、押しつけがましくなかった。
「宮下真央。隣の席だね。よろしく」
「佐々木佑真。……よろしく」
言葉を返した瞬間、胸の奥で小さなひっかかりを感じた。
たぶん、それは“この人は面倒だな”という警戒ではなく、“自分を見透かされそう”という感覚だった。
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佐々木くんと宮下さん
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