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授かる奇跡と儚き春の夢

桜が満開になる頃、
あの場所へ行きたくなるんだ。
僕らにとって大切な
想いの詰まったあの場所へ。


あの日あの時
いろんな想いが呼び起こされる


走るのが楽しかった。
あの日、僕ら夫婦ふたりは結婚して13年目を迎えようとしていた。

運動なんて全く好きじゃなかったのに。
ある日妻は僕にこう告げた。
「私走ってるの」
「え、そうなんだ!?」
妻は誰にも内緒でひとりで走っていたらしい。
「じゃあ、僕も一緒に走りたいな。」
その時僕は軽い気持ちでそう答えたんだ。


走り出した瞬間、僕らの世界は変わった。


僕たち夫婦は20代で結婚した。若かったな。
50代になる今思えば尚更だ。

新婚生活。甘くてスイートな、というのとは違うけど、日々楽しんでいた。自由を手にした子供たちみたいなものだ。何をするのも自分たちで決められる。叱る人も迷惑がる人もいない。共に控え目な性格ってのもあって、相手に深入りせず、いい距離感を保っていたのもよかったのかな。楽しいと時間はあっという間に過ぎるものだ。10年が経った。

子供はいなかった。傍から見たら仲良し夫婦。お互いの親たちも直ぐに孫の顔が見られるかと思っていただろう。でも、この辺りから諦めモードになっていった様に思える。
僕ら夫婦も子供はいらないという訳ではなかった。かといって絶対にほしい、という程でもなく。お互いにどこか身体に不具合でもあるのかな、と思ったりもしたが特別調べることもなかった。
二人でずっと過ごすのも悪くはないかな、とも感じていた。


家から緩く走って5分程。
全長3km位の走るのに最適な緑道がある。
緑道というだけあって、木々や花がたくさんある。
季節を感じる素敵な場所だ。
元々ここは小川が流れていたらしい。
埋め立てられた後はトロッコが走る線路が続いていたと聞く。
戦時中、物資を運ぶのに使われていたんだって。


君に出会うために   僕らは走ったんだ


今は散歩やらランニングをする人たちがすれ違う憩いの場だ。
緑道の終わりは銀杏並木になっていて、秋には黄金色の世界となる。
そこを走るのは本当に気持ちが良かった。絶景。
落ち葉が滑ってちょっと怖いのだけれど。


家から往復で7〜8km。
妻と一緒に走る日々。
初めて走った日、妻の走力に驚いた。
速い。まったく追いつかない。
自分の体力の無さにも愕然とした。
息が切れて身体が思い通りに動かない。
これはやばいぞ、そう思った。


走ったことで、身体に変化が起きた。
きっとそうなんだ。
季節が一巡する頃、僕たちは横に並んで緩く会話をしながら走っていた。
走るのが、堪らなく楽しかった。
風が気持ちよかった。


風を感じる  心が動き出す



旅ランを計画した。
旅先で走る、のが目的だ。
兼ねてから行きたかった京都へ行った。
ランと自転車、そしてパンとコーヒーの旅だ。


鴨川沿いを走った
もう12年も前の話だ


また行きたいな


飛び石を渡る  時を超える



京都は本当に楽しかった。
夫婦二人で行った素敵な思い出となった。
今度行く時は子供たちも一緒がいいな。


美味しいもの いっぱい食べた




そして珈琲に癒された



京都から帰って暫くすると、妻の身体に変化が起きた。
妊娠したんだ。
僕らは手と手を取り合って共に震えた。
これから起こるであろう、全ての事に心の底からブルブルとした。



妻のご両親に大事な話しがあるんです、と言った時
もしかして離婚か?と心配されたそうで。
子供が出来た、なんて微塵も思っていなくって。
義母は僕の手をギュッと握りしめて、おめでとうと言ってくれた。
義父は僕の両肩をバンと叩いて、でかしたな!と声を上げた。
お二人とも涙を浮かべて喜んでくれた。


お義母さんと一緒に出産に立会った。
産まれた瞬間から息子は可愛かった。
ちっちゃくて、でも目はまん丸くて大きい。
生命力に満ち溢れている。
眩い光に包まれていた。そう感じたんだ。


出産した産婦人科の病院は
都内でも有数の桜の名所に程近かった。
三月の終わりに生まれた君。
退院した日は、満開の桜が視界いっぱいに広がっていた。
生まれて初めて触れる外の世界は
淡い薄ピンク色の桜色に染まっていた。
時折吹く風に舞う桜の花びら。
まるで君のことを祝福しているようだった。



君の手は 僕らの宝物だ



春は暖かなその優しさと
油断のできない寒の戻り、その厳しさと
両方を併せ持つ。
生まれたばかりの君にも
可愛さと意思疎通の出来ない怖さと不安とが入り混じっていた。


実際、息子を育てるのは大変なことだった。
真面目で責任感の強い妻は背負い過ぎてしまった。
産後鬱となり、長い間不調が続いた。
今もまだその傷跡は癒やされていないように思える。



現在も鬱から抜け出せないでいる
波があって 闇に包まれることがある


とにかく光のある方へ
 進んでいこうと思うんだ



妻はもう走ってはいない。
僕も一人では走らないだろう。
自転車だけは好きで続けているけれど。
また走る日は来るだろうか。
その時は家族皆で一緒がいいな。


遅かったり早かったり。
その時期に多少のブレはあれど、
春が来て暖かくなれば花は開く。
そして君は一つまた一つと年を重ねる。


今年もまた桜の季節がやってきた。
コーヒーを片手に桜並木を歩く僕。
目の前はあの日と同じ
桜色で埋め尽くされていた。
綺麗だな。これてよかった。


JR中央線 国立駅前から続く大学通り
全長3キロある道の両脇を満開の桜が埋め尽くす


11歳になった君。
満開の桜を見るたびに
君の生まれた喜びを想う。
それと同時に君の未来を想うんだ。



毎年、誕生日には妻の手作りケーキが振る舞われる
我が子の成長、しあわせを願って



瞬き一つの間に散りゆく花びらの数々。
その儚さは、不確かな未来を連想させる。
子を想う親の気持ち。心配は絶えない。


どんな未来でもいい。ただひとつ、
しあわせだな、と思える君でいてくれたら。
桜の木の下で、未来の夢を思い描く。


春にして君を想う。

そこには、
しあわせのかけらが
花びらのように
きらきらと舞っていた。















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