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 「次は街、街ですね」ステージから歌手が次の歌の確認をしている。
 間に合った。コンサートは始まったばかりだ。嬉しい。彼女のファーストコンサートだ。随分と大きなコンサートホールだ。客は少ない。ステージの近くにスタッフと応援団が陣取っている。音響は良さそうだ。良かった。この日にぶつかって。
 隆行は今日、喫茶銀巴里に行った。階段を下りてゆくと、入口にポスターが張ってあった。ん!何と!今日!金子由香利のコンサートがあるというではないか。会場を確認すると、近い、間に合いそうだ。そして急いでここに来た。
 当時隆行はアルバイトのお金が入ると銀巴里に行った。目的は金子由香利だ。銀巴里にはステージがあり、歌手の歌を聴きながらコーヒーを飲むのだ。その日のメンバーは行ってみないと分からないが、彼女でなくても楽しめる嬉しい喫茶店だった。金子由香利に当たった日は幸せだった。それがなんと、ファーストコンサートに出会ったのだ。大きなホールで彼女の歌だけを聴いているのだ。


 南西工業団地の伊勢製作所にステンレスの流し台の製作を頼みに行った帰り道だった。道路の反対側の小高いところに水蕗を見つけ、車を停めて取って来て、車に戻ろうとしていたときだ。右側に工場が建ち並び、左側は少し離れて住宅が建ち並んでいる。目の前には疎らに灌木があり、すすきの原になっている。
ふと右隣りを見ると、カモシカがいて道路を渡ろうとしている。車の行き交うのを見ながら前足を踏みつつタイミングを計っていた。
この街に来て十年になる。隆行は今でいうパワハラを受けて退職し、姉の夫の世話でこの街に来た。カモシカは特別天然記念物だそうだが、この街ではよく出会う動物だった。


 この街に来て三十三年が経った。以前眼鏡を買っていた店が閉店し、今は車の板金塗装工場になっている。そこに熊が居座った。近頃はカモシカの影は薄れて、熊が隆盛である。専門家によると熊は人を恐れるというのだけれど、隆行が熊を見たときは、熊は悠然と道路を横断していった。回りを警戒などせず堂々と歩いていった。怖いものが無いのだろうと隆行は思ったものだ。警察や役場には電話はしなかった。熊の足は速いのだ。あっという間に遠くへ行ってしまう。
 熊を山に帰せと人は言う。山って遠いと思っているのだろうか、山はそこにある。山は近くにある。熊にとってなんてことない距離だ。人間が藪を掻き分けて進むのとは訳が違うのだ。
熊はもともと山の恵みで生きてきた。山の恵は多いときも少ないときもある。餌を取る場所は広いのだ。簡単に餌を獲る場所を覚えたら忘れはしないだろう。

 スーパーの道路の反対側と横側は住宅がぎっしり建ち並んでいて、交差点の角にスーパーがある。スーパーの駐車場は広い。信号を渡った紬ばあさんが広い駐車場を斜めに歩いている。スーパーを出て道路の交差点に向かって結ばあさんが駐車場を斜めに歩いてきた。駐車場の真ん中で二人はばったりでくわした。
「あれ、つぐさんでねえの」
「ゆいさんが、買ったが」
「んだ、キャベツたげ」
「キャベツたげが、やめだほえが、でごなんたもだ、…でごっていえばせぇ、そうぜんのほれ、畠山のばさま、熊に襲われだど、そんで鼻もげだど」
「あんぇ、鼻ねぐなたのが」
「んでね、ねぐなたのでね、鼻の骨おれだのだ。顔だば十文字に斬られだど、で、首咬まれだど」
「なんとなんと、いづ、どごで」
「きののあさま、えのめのはだげでだど」
「あんえまだ、にげられねがったべが」
「しらねうぢ、後ろがら襲われだらし、 でご抜いでだど」
「ほんでなに、熊、でごおえのもんだってが」  
「んだべぉ」
「ほんでばさま、なんとだのよ」
「大学病院で手術したど、なんとひでくて あいしぃゆだど」
「あんえまだ、大変だなや、じさまも病院げ」
「んだど思う、んだべしゃ」
「熊、おらえさも来べが」
「来べ、アーバンベアってゆそだ」
「何だアーバンベアって」
「わがねども、街で暮らしてる熊らし」
「外歩がえねだが」
「小学生だば、鈴鳴らして学校さ行ってるどもな」
「鈴ぐれでえんだが」
「熊スプレーちゅうのがえらしど」
「何だそれ」
「唐辛子のスプレーだど」
「熊さ出っくわしだどぎ、スプレー吹っかげでられんのげ、逃げねばねべ」
「逃げれば襲われるそだ」
「なんとせばえのよ」
「熊スプレーだ」
「どごで売ってる」
「ホームセンターだど」
「買ったが」
「まだだ」
「へば、一緒に買いに行ぐが」
「行ぐべ行ぐべ」
「買うめに襲われだらぁ、どす」
「死んだふりするしかねべ」
「死んだふりで済めばえどもな、はは」
「なんまいだーなんまいだ」
「なんまいだーなんまいだ」
 翌日、このスーパーに熊が無銭飲食した。

 ―そして熊は冬眠しなくなったという―


                                                       (終わり)


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