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🎭ZAI劇場🎭 短編『来ない人と、消えない煙突』



『来ない人と、消えない煙突』

第一章|約束は、16時30分



マッチングアプリでの約束なんて、
だいたいは軽い。

「名古屋だし、ノリタケの森とかどうですか?」
そう送ったのは、たしか三日前の夜だった。

すぐに返事が来た。
「いいですね!クリスマスっぽい✨」

その✨を、
僕は少しだけ信用した。

——だから今、ここに立っている。

16時15分
ノリタケの森。

赤レンガの建物の前に、人が集まり始めている。
手袋をはめたカップル。
スマホを構えた家族。
誰かの笑い声が、冷えた空気を軽く切った。

ポケットの中で、スマホが沈黙している。
通知はない。
既読も、未読も、ついていない。

「まあ、少し遅れるくらいだろ」

そう思うには、
僕はこの約束を、ほんの少しだけ
“大事にしすぎていた”。

煙突が、視界の端に立っている。
六本並んだ、低い円柱。

——昔は、あれ、すごく高かったらしい。

誰かが言っていた。
45メートル。
名古屋で一番高い建造物だった時代もあった、と。

今はもう、煙も出さない。
役目は終わった。
それでも、撤去されずに残された。

「……残るんだな」

誰に向けた言葉でもなく、
ただ、口からこぼれた。

16時30分。

イルミネーションは予定通り点灯した。
遅れも、迷いもなく。
スイッチが入ったみたいに。

光はきれいだった。
きれいすぎて、
待っている人間の都合なんて、
一切考えていないように見えた。

スマホを見る。
画面は、静かだ。

——来ないかもしれない。

その可能性を、
頭の中から追い出すには、
もう少し時間が必要だった。

煙突の下で、
僕は立ち尽くしている。

燃えなくなったものと、
まだ燃えると思っている自分。

その間に、
ちょうど、立っている気がした。



(第一章・了)

第二章|17時を、少し過ぎて



17時を過ぎても、
彼女は来なかった。

イルミネーションは、
相変わらず同じ明るさで点いている。
さっきよりも、人が増えた気がした。

子供の楽しそうな笑い声がやけに遠く聞こえる。

カップルが写真を撮っている。
「もう一枚!」
そんな声が、背中のほうから聞こえた。

スマホを出す。
画面をつける。
閉じる。
またポケットに戻す。

——まだ、見ない。

見てしまったら、
何かが決まってしまう気がした。

17時10分。

ベンチに腰を下ろす。
コートの内側に、冷たい空気が滑り込んできた。
思ったより、寒い。
呼吸をするたび、鼻を刺すような冷気の塊が肺を白く染める気がした。


「今日、来るって言ってたよな」

声に出すと、
それは確認じゃなくて、
言い訳みたいに聞こえた。

煙突を見る。
六本とも、黙っている。

昔は、
ここからずっと煙が出ていたらしい。
昼も夜も、
止まることなく。

——待つ、という概念は
なかったのかもしれない。

17時20分。

メッセージを送ろうか、迷う。

「今、着きました」
「少し遅れますか?」
「大丈夫ですか?」

どれも、
自分を小さくする文章に見えた。

結局、
何も送らなかった。

17時30分。

イルミネーションが、
さらに明るく見える。

さっきより、
ここにいる理由が
薄くなってきた気がした。

——来ない、かもしれない。

さっきよりも、その言葉は
現実に近づいていた。

でも、
立ち上がる理由も、
まだ見つからない。

煙突の下で、
僕はまた立っている。

燃えなくなったものは、
もう、何も主張しない。

それでも、
消えたわけじゃない。

それが、
少しだけ
救いに見えた。



(第二章・了)

第三章|帰らなかった理由



18時を過ぎた。

人の流れが、少し変わった。
写真を撮っていた人たちが、
どこかへ向かって歩き出す。

ここに“用事”がある人だけが、
残っている気がした。

僕には、
もう用事はなかった。

それでも、
帰らなかった。

スマホを見る。

未読。
既読もついていない。

——来なかった。

ようやく、
そう言える気がした。

理由は、分からない。
間違えたのかもしれない。
忘れたのかもしれない。
最初から、来るつもりがなかったのかもしれない。

どれでもよかった。

少なくとも、
今日ここに立っていた僕が
間違いだったわけじゃない。

煙突を見上げる。

六本とも、
相変わらず低いままだ。

でも、
不思議と小さくは見えなかった。

昔は、
高くそびえて、
ずっと煙を吐いていた。

燃えて、
役目を果たして、
そして、降ろされた。

それでも、
なくならなかった。

「……残ってるな」

今度は、
さっきよりも
はっきりした声だった。

来なかった夜。
誰にも選ばれなかった時間。

それでも、
ここにいた自分は、
ちゃんと存在していた。

イルミネーションは、
変わらず点いている。

きれいで、
無関係で、
それでも優しい。

帰ろう、と思った。

煙突の横を通り過ぎるとき、
一瞬だけ、足を止める。

「今日、
 俺は消えなかったよ」

誰に向けた言葉でもない。
答えを求める言葉でもない。

ただ、
そう在るための
確認だった。

背中で、
光が揺れている。

煙は出ない。
約束も果たされなかった。

それでも、
この夜は、
確かに
僕の中に残った。



(第三章・了)


おしまい



✨✨
(以下、作者メモ)

この物語は、
ICSさんの
「【ちょっと休息】名古屋の秘密の庭園で、いつもと違う自分に出会う。癒しの森へ」

という記事から発想を得て創作しました。

物語の舞台となったノリタケの森をとても魅力的に紹介されているので良かったらご覧になって下さい😊
今ならイルミネーションも物語のとおり16時30分から点灯してます🎄





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 こんなふうに言葉にしてもらえたら嬉しいな」
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