居合道歌七選〜第2首 四本目〜道を歩む者達の御伽話
居合道歌
あまたにて 勝たれざりしと聞きしかど 心明剱の太刀を楽しめ
この居合道歌「あまたにて 勝たれざりしと聞きしかど 心明剱の太刀を楽しめ」に込められた教訓。
数の多寡ではなく、心の明晰さが勝敗を決める
“あまたにて”(数が多いこと)に対し、“勝たれざりし”(勝てなかった)とあるように、単純な物量や力の大きさが勝敗を決めるのではない。むしろ”心明剱”(心が明晰であること、迷いなき剣)こそが本当の勝利へ導く。これは、現代においても、情報や資源が多ければ成功するわけではなく、本質を見極める力が大切であることを示唆している。
物事の本質を楽しむことが上達への道
“心明剱の太刀を楽しめ”は、剣を振ることそのものを楽しめという意味にも読める。これは、技術や知識を単なる競争や成果のために磨くのではなく、純粋にその道を楽しむことが最終的な成長につながるという教訓を示している。例えば、勉強や仕事も結果を求めるだけでなく、その過程自体に価値を見出すことが重要である。
真の勝利とは、自らの内にある
“勝たれざりし”とあるように、外的な勝敗にこだわる必要はない。真の勝利とは、“心明剱”を持つことであり、それを楽しめる境地に達することこそが武道の究極の目的である。これは、人生において他者との比較ではなく、自分自身の成長や心の在り方を大切にすべきだという普遍的な教えでもある。
この歌は、単に剣術の心得を示すだけでなく、現代に生きる人々、特に未来の子供たちに向けた人生哲学としても響くものがあります。
寓話『心明剱の太刀』
私の仕事
私は葬祭ディレクターだ。死者を送り出すこの仕事に、華やかさはない。だが、誰もがいつか迎える最期に寄り添うことは、私にとって誇りであり、使命でもある。
朝、静かな斎場の一室で、私は喪服の裾を整えながら深呼吸する。今日の葬儀は、五十代の男性。急性心筋梗塞で急逝された。遺族は突然の別れに涙をこらえきれない様子だった。
「故人様を、どうお送りしたいですか?」
私はゆっくりと問いかける。遺族の言葉を引き出すのも、私の大切な仕事だ。
故人は剣道を嗜み、居合も学んでいたという。喪主である奥様は、祭壇に竹刀と居合刀を飾ってほしいと希望された。
「最後に、夫の大切にしていたものをそばに置いてやりたいんです」
私は深く頷き、可能な限り希望を叶えようと決めた。
遺された刀
納棺の準備を進めながら、私は故人の居合刀を手に取った。鞘は黒漆塗りで、鍔には波紋のような意匠が刻まれている。思わず目を閉じる。
(この刀を、どんな気持ちで振っていたのだろう)
武道の心得はないが、この刀に込められた思いを感じることはできた。
ふと、ある居合道歌を思い出す。
あまたにて 勝たれざりしと聞きしかど 心明剱の太刀を楽しめ
数の多さが勝敗を決めるのではなく、迷いなく振るわれる一刀こそが真の勝利をもたらす。剣を楽しむ心こそが大切なのだ。
私はそっと居合刀を棺のそばに置いた。
迷いなき一刀
葬儀が始まる。私は喪主の近くに立ち、式の進行を見守る。親族の涙、友人たちの静かな祈り。
「夫は、居合を通じて心を磨いていたんです」
喪主の言葉が響く。
「数々の試合で負けることもありました。でも、最後はいつも『剣を振ることそのものが楽しいんだ』と言っていました」
私はふと、自分の仕事に思いを馳せた。
葬儀は完璧に進めることが求められる。遺族の悲しみに寄り添いながら、滞りなく進行しなければならない。だが、その中で私自身、心をどこまで尽くせているのかと考えることがある。
この仕事に「勝ち負け」はない。しかし、「心明剱」——迷いなき心で務めることができているだろうか。
喪主の言葉が胸に響く。
(私は、この仕事を心から楽しめているだろうか。)
ふと気づく。
葬儀は「正しく執り行う」ことが目的ではない。「心を尽くす」ことこそが、本当の意味での務めなのではないか。
居合の剣が、振るうことそのものに意味を持つように。
私は姿勢を正し、遺族に向き直る。
「奥様、最後のお別れの時間です。」
迷いなく、静かに、深く一礼する。
終わりと始まり
葬儀が終わり、夜の斎場にひとり残る。蝋燭の灯りが揺れる静寂の中で、私は自分の心を確かめる。
今日も私は、迷いなき一刀を振るえたのだろうか。
答えはない。ただ、一つだけ分かることがある。
——私は、この仕事が好きだ。
数をこなすことではなく、ただ一つひとつの葬儀に心を込めること。その道を、これからも歩み続けよう。
私は静かに目を閉じ、深く息を吐いた。
新たな旅立ち
葬儀が終わった翌朝、私は火葬場へ向かった。遺族と共に最後の別れを見届けるためだ。
「よろしくお願いします。」
係員に棺を託し、私は奥様のそばに立つ。
「こんなに早く逝ってしまうなんて……」
奥様の声が震える。火葬炉の扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。
喪主として気丈に振る舞っていた彼女の肩が、一瞬揺らいだ。
私はそっと、小さく頷く。
(ここでかける言葉は、ない。)
言葉で埋められない哀しみがある。ただ、静かに寄り添うこと。それだけが、今の私にできることだった。
炉の扉が閉まりきる瞬間、奥様はふっと息を吐いた。
「夫は、ちゃんと旅立てたでしょうか」
私は迷わず答える。
「ええ。きっと、剣を振るうように、軽やかに旅立たれたと思います」
奥様は涙をぬぐい、小さく微笑んだ。
「……夫らしいですね。」
その笑顔に、私は救われる思いがした。
研ぎ澄まされるもの
数日後。
次の葬儀の準備をしていると、ふと奥様からの手紙が届いた。
「夫を送るとき、あなたの所作がとても美しく、救われました。」
私はしばらく手紙を見つめる。
(私の所作……?)
葬儀の際、私は特別なことはしていない。ただ、居合刀を扱うように、ひとつひとつの動作を大切にしていただけだ。
居合道の心得には「形は心を映す」とある。私は剣を振るうわけではないが、動作ひとつひとつに迷いがあってはならない。
葬儀も同じなのかもしれない。
喪主に一礼する所作、棺に手を添える仕草、火葬の場で立ち尽くす姿勢——それらすべてが、遺族の心に映る。
あまたにて 勝たれざりしと聞きしかど 心明剱の太刀を楽しめ
勝ち負けではなく、心の明剱(めいけん)を持つこと。私は、剣の道ではなく、別れの道を歩む者だ。それでも、心を研ぎ澄まし、迷いなく振るう——それが私の「一刀」なのだろう。
私は手紙をそっと折りたたみ、胸にしまった。
(次の葬儀も、心を込めて迎えよう。)
静かに深呼吸をして、私は次の準備へと歩き出した。
迷いなき道
ある日のこと、私は一人の青年と向き合っていた。彼は二十代後半、故人となったのは彼の母親だった。
「母は、昔から強い人でした。僕が弱音を吐くと、いつも背中を押してくれたんです。」
彼は少し言葉を詰まらせ、続けた。
「でも、いざ母を見送るとなると……どうすればいいのか分からなくて。」
私はゆっくりと頷く。
「最後の別れは、突然やってきます。そして、正解はありません。」
彼は戸惑いながらも、静かに聞いていた。
「ですが、お母様はあなたが迷いながらでも前に進むことを願っていると思います。」
彼は目を伏せ、しばらく沈黙した。そして、ふっと息をつくと、小さく微笑んだ。
「……母らしいですね。」
その表情には、少しだけ迷いが晴れたような安堵があった。
私は彼に小さく一礼し、葬儀の準備へと戻った。
剣を振るうように生きる
葬儀の後、彼は私にこう言った。
「あなたの動作って、不思議なくらい落ち着くんです」
私は少し驚きながらも、微笑んだ。
「それは、心を込めているからかもしれません」
青年は私をまっすぐに見た。
「迷いがないんですね」
その言葉に、私はふと、かつての自分を思い出す。
葬祭ディレクターになりたての頃、私は何度も迷い、失敗した。遺族の前で言葉を詰まらせ、棺に花を添える手が震えたこともあった。
けれど、ある日気づいた。
この仕事に「正解」などない。ただ、迷いなく心を尽くせば、それが最善の一手になる。
居合道の教えと同じだった。
あまたにて 勝たれざりしと聞きしかど 心明剱の太刀を楽しめ
勝ち負けではなく、迷いなく振るうこと。その心こそが、大切なのだ。
青年は、すっきりとした表情で帰っていった。私はそっと見送りながら、思った。
(私はこの仕事を、心から楽しめている。)
そう思えた瞬間、心の奥で何かが澄み渡るような気がした。
新しい光
数ヶ月後。
ある日、仕事を終えた私のもとに、一通の手紙が届いた。差出人は、あの青年だった。
「母の葬儀を終えてから、しばらく心が空っぽになっていました。でも、あなたの言葉と所作が、僕の中に残り続けていたんです」
「迷ってもいい。ただ、迷いを抱えたままでも前へ進めば、それが最善の道になる。今ではそう思えるようになりました」
私は静かに手紙を読み終え、そっと目を閉じた。
彼は、きっと大丈夫だろう。迷いながらも、自分の道を歩んでいくはずだ。
私は小さく息をつき、夜の空を見上げた。
どこかで、また新しい旅立ちが始まっている。
(私も、迷いなき一刀を振るい続けよう。)
そう心に決め、私は静かに歩き出した。
