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生命の始まる所、梅の消毒、今年のバラ

今日はいい天気であった。予定していた仕事が入らなくなったので、前から手をつけようと思っていた仕事をすることにした。あまり金にはならないがとても面白い展開になるかもしれない仕事である
しかし、酒が止まん。

石の下には虫がいる。

摘んだ草木は敷いて石を載せておく。小さな虫が草木を食べて土に戻す。虫を気持ち悪いと思うのは勝手であるが、カビ(粘菌)や蟲(マイクロバイオーム)たちがいなければ生命は始まらない。
黄泉の国の風景でもあり、新たな生命の始まるところである。

もう少し暖かくなるとカナヘビがチョロリチョロリと目の端を歩き出す。

蕗を採って葉の方は集めて石の下に置く。乾燥するとバラバラになるが、こうしておくと生命が始まる。葉は土にもどり、植物の内に取り込まれる。植物は単純に水を吸い上げているのではない水とともに「蟲」を吸い上げて自分の一部にする。粘菌は「幹や根といった炭水化物(リグニン)」を代謝して「タンパク・脂質」を作り始める。よく見ると出来始めているのが分かる(嘘)。
欠けているブロック(50円均一)を買ってきて庭の雑草や枯れ木の上に乗せておくと大変良い。数年前から剪定した枝葉を捨てることはしなくなった。
こころなしか、元気に見える。母がどこからか摘んできたバラである。本人は居なくなったがバラの花はたくさん咲く。もう少し盛りになったら仏壇と墓に持っていく。
去年作ったバラのアーチを半分くらい登るだろうか。楽しみである。左からは白いバラである。庭のある家があると言うと、資産家だと言われるが金ばかりかかる贅沢な趣味である。

老後の生活に。年金だけではは足りないことが分かっている。退職金も蓄えもない。一生懸命働いて仕事が無くなったらコロリと死ぬほかない。

土地を売ってアパートを建てればいいなどという輩もいる。そんな事をしてもいいことなど無い。これから先は少子化でますます仕事は消える。まともに家賃を払えない「階級」が多くなる。既にこの辺でも空き室が多い。
「資産所得倍増計画」などという国家ぐるみの詐欺に騙されてはならない。「資産所得」とは『家賃』や『ヒトを安い時給で働かせてピンハネした金』(企業の社内留保・株式・金利)の所得である。
奴隷に働かせて得た金のことである。
大事なことは、「物を作り、買った人にとっての価値(付加価値)を作り出す」ことである。

ヒトに働かせて、自分はピンはねすることではない。
いつから、この社会は奴隷商人の国になってしまったのだろうか。


梅の木の消毒をした。

去年、赤紫蘇が高くて買えなかった。紫蘇無しで梅をつけたらあまり嬉しくなかったので今年はしないつもりになったのだが、葉陰になっている梅と地面に生えてきた赤紫蘇を見たら少し作ってみようかと思った。去年のものが壺一杯残っているので少し食べることとしよう。
青い梅は食べられないのだが、塩につけて発酵させると梅干しになる。調理は家庭という記憶する装置の内に維持される。この梅はこの家が作られた時に植えられたものである。4本梅はあるのだが、他の3本はこの木の子供である。毎年、種は多く地に腐る。もう一本くらい実生が出ても良いと思うのだが。
多く実がなる木には沢山虫がつく。樹液のこさが違う。根や幹からも呼び寄せる「物(生命)」が出る。この蟲たちはこの梅の木の一部であり、害虫など言うのは可愛そうである。しかし、良い梅のために死んでもらう(笑)。いずれ僕も死んだら蟲に頂いてもらう。
電動の噴霧器であっる。手でポンプしていた昔は疲れたものであった。

菊の花壇がある。


母が好きだった菊である。砂利が敷いてあったところなのだが、砂利を振るい、庭の端にあった菊を持ってきた。4年前のことである。

去年から、コーヒーのカスや野菜のクズはここに捨てることにした。コンポストもあるが、植物系のものだけならば路地に投げたほうがいい。コンポストは虫が湧いて家に入ってくるので怒られる。

コーヒーのカスは菊の花壇の端に捨てるようにしている。2年前は白一色の菊の花だったのだが、コーヒーのカスを捨て始めた去年から、面白いことにこちらの端から紅い菊になってきている。

庭作りは、土作りからである。
剪定した庭木は地面においてブロックなどで抑えておく。

ライラックをバッサリとやったのだが、キノコが出てきている。これは嬉しい。一等地においてやることにした。
何と言う木か分からないが、切って積んでおく。土に戻るには数年かかる。
細い枝がたくさん出たので切って寝かせておいた。石を載せて土に返していく。豊かな庭になっていくので嬉しい。菊が群生するようになった。

「土と内臓」と言う本を読んだのは2017年の事であった。

「ヒトがテッペンにいる医学のモデル」では腸内細菌を制御しろなどと言うが、愚かなことである。『「私」というマイクロバイオームのコロニー』は境界線がキッチリと引かれたものではない。「このコロニー」は食物連鎖という長いレンジの一つの終端である、同時に始まりの所である。

「蟲」と「受精卵由来の細胞」は同じレベルなのだ。身体というコロニーに蟲たちは集いダンスするのだ。
身体という客船の乗客が「蟲(マイクロバイオーム)」なのだ。この乗客は勝手であり、私たちの「生」を司るのだ。
常に外に代謝物を流して、蟲を呼び寄せる。動物が食べ物を見つけるように自分に必要な「生命(立体構造を維持したタンパク・脂質)」を呼び寄せるのである。
食事もセックスも「律」は同じである。


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幸運な病のレシピ 厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。