ドッグフードという「時短料理」はペットにも辛い人生の終わりを迎えさせる。
犬には食べ物をやってはいけないというが、いつもあげている。塩分が強いものはだめだと言うが人にとって丁度いいしょっぱさならば問題ないと思う。何よりも、ドッグフードは食べさせない。2019年9月からこちらマユのご飯も皆僕が作る。
キャベツをメインに鍋に8回分(4日)の食事を作る。ヒトが食べた余り物も入れる。肉や魚を十分摂るようにする。キュウリやトマトを切っている時に端は食べさせてあげる。

家族の食事を作ることはとても大事である。この50年で、食事は商品となり多くの人が買うようになった。僕は、その社会の変化こそが「病因のない症状だけの病」の原因だと思っている。どの専門家も言わないが、そんな事を言っても商売にならないからである。しかし、「生命=立体構造を維持したタンパク・脂質」に満ちた食事は、ピンコロの人生はやってきてくれる。
どれだけの人が専門家の言うことを聞いて、「ガンになったり致命的な組織や臓器の損傷、認知症と言われる心の状態、リュウマチや骨変形、歯槽膿漏や粘膜系のトラブル、若い頃から風邪を引きやすく冬になれば咳が止まらない。」難病や細胞レベルの不整合に苦しめられる。
医者に行けば一生止めることのできない薬(直しはしない)、破壊的な治療、いずれもメディカルキャピタリストに「富」をもたらすのだ。
可愛そうなのは臨床で苦しむ患者とそれに向き合う医師や看護婦である。
医療キャピタリストに富を与え、役人や研究者はそのオコボレに預かる。
患者や市民を苦しめて、医療費の高騰が財政を圧迫すると言うが、「商品化された食事」のサプライチェンに富を与えて、太鼓判押す研究者はオコボレに預かる。世界の津々浦々まで伸びたコンビニは腐らない弁当・サンドイッチのサプライチェンの末端である。
しかし、家庭で「生命」(=立体構造を維持したタンパク・脂質)に満ちた美味しい簡単なことではない。生命は「生」から切り離された瞬間から腐り始める。
多くの商品化された食事は腐らないのである。これは恐ろしいことである。時間がくると半額になる弁当に詰められた彩り溢れた野菜や
そんな物がまともに生きていく為の食事のはずがない。

レトルトにパスタというのも食事だし、切りたてのトマトを挟んだサンドイッチも食事である。ヒトは食事を満腹で測る。
じかし、一番満腹になるのもは炭水化物なのだ。身体の内なる海に取り込まれるといくつかの代謝系を通るが、炭水化物の貯蔵庫に蓄えられるか脂質に代謝される。ブドウ糖は全ての細胞生命にとって大切なものだから大事に使われる。糖尿病の僕が自分の体背実験して見つけた答えである。命がけである。
なにはともあれ、毎週のように獣医さんに行って薬盛られて生きるような死に方はさせたくない。
生き物は精一杯生きて、ある朝死んでいるのだ。年取って管だらけにされて生きるなど嫌なこった。
self-pity
I never saw a wild thing sorry for itself.
A small bird will drop frozen dead from a bough without ever having felt sorry for itself.
野性なるものが 自らをあわれむのを私はみたことがない。
小鳥は凍え死んで枝から落ちようとも自分を惨めだとは 決して思わない

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厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。