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大根ナッパの塩漬け、平野屋風パンチェッタを作った

今日、妻がスーパーで買物をしていたら大根菜葉を切り落としているオジサンに会ったという。捨てるんですかと言ったら頂けた。どうやら、契約農家の方が、「産直コーナー」に品物を搬入しているところだったようだ。
サプライチェーンが偽装する産直は好ましいとは思えないが、それも世の流れである。
嬉しそうに頂いたと持ってきた。今年は大根を買いそびれてタクワンは干していない、仕方ないからドブ漬けにするかどうしようか悩んでいた。しかし、大根菜葉が手に入らない、これは困ったことなのだ。

洗い桶、漬け樽、塩、菜切包丁雪が少し降った。
色の悪い葉を切って一回水で洗う。砂は落とされている。農家の方の頑張りをj感じる。大きななスーパーでしが売れなくなってしまった。土付きの野菜で分けてもらうのが好きだ。

かつて、家で食事を作ることが当たり前だった頃は、捨てることは「もったいない」と言われたものだ。食べ物は世界に「あたわった」ものである。
僕らは「食べ物」を作ることは出来ない。レンチンや時短で調理することやセンターキッチンで作られた商品を買うことは出来るかもしれないが、0から作ることなど出来はしないのである。
必ず、素材があり、調理のプロセスがある。そして問題は皿の上の栄養素ではない。皿の上に来るまでのプロセスなのだ。

一段おいては塩を振る。雪が降ったようである。4−5段に重ねていく。結構冷たい。
水は入れないで大根菜の水分だけで漬け込んでいく。
シッカリと重しをする。来春までちまちまと食べるのである。

冬になると大根を漬けて、葉は当たり前のように塩漬けにした。塩を抜いて味噌汁に入れたり薄揚げと炒め煮にしたりおいしおいしいものだ。
この味は何処にも売っていない。
伝統というのは博物館に飾られるものではない。生活のうちに現れる当たり前の生活の内にある。
すでに「それ伝統・文化」も買うほかがない時代ではあるが。

問題は、そんな生活が「病因のない症状だけの病」を生み、人生の終わりを小さな箱で管だらけにされて長生きさせられることにある。統計的に見て私達はガンや致命的な臓器の不全で死ななければ、めでたくメディカルキャピタリストの囲い者となるのだ。
ヒトの商売の邪魔をするつもりはないが、僕はそんな人生の終わりはまっぴらである。
食事の価値というものは、当たり前に私達が「家族というシェルターの内に」受け継いできた物なのだ。

冬支度である。

バラ肉のブロックを妻が買ってきたのでパンチャッタにすることにした。
20年前にベーコン作りを商売にしようとしたことがある。食肉加工業は困難で上手くは行かなかった。
しかし、その時に学んだことは多くある。美味しいものは手間を掛けなければ手に入れられないということである。
金儲けにするには自分で食えないようなものを大量に作り売らねばならないのだ。フードキャピタリズムは多くのものを殺しやがて自分をも殺す。

塩砂糖胡椒、ニンニク唐辛子でよく揉む。
肉に紐を通す。このマシンは僕の手製である(笑)。
バラ肉を美味しく食べる方法は多くある。漬け込みと乾燥の組み合わせである。
カラスがやってくると困るなあと思いながら記念撮影である。冬の空の下で肉は美味しい食材に変わる。
軒下にぶら下げた。薄く言って脂を出して炒め物にすると美味しいのである。
少し切って肉ジャガにした。今日は妻がパートなので弁当を作った。
朝は林檎今日は3個食べた
昨日の汁と、レバニラ、鶏の蒸し焼き、肉じゃがの夕食。
朝の体重、検査値は生活の影でしかない。ピンコロの人生の終わりを見つけたい。

今日のアトカタ

少し溜まった。妻がパーtの帰りに寿司を買ってきたがなんとか食べないですんだ。人生は誘惑が多い。閨には誘惑されないのであるが、半額になる寿司で僕を落とそうとする(笑)。
少し溜まっておる。フライパンは浸しておいてから洗う。

後片付けは高度な状況判断能力が要求される。何よりも、次に誰がどう使うかを考える必要があるのだ。
翌日の食事計画も必要だ。当然、マニュアル化など出来はしない。

鶏モモの蒸し焼きは美味しく出来た。娘もたっぷり食べてくれた。
大きさに分類して大まかに汚れを落とす。
沢山皿がある。小皿はリンゴを乗せて食べる。
混沌が整然となっていく。エントロピーの流れを逆光させる悪魔のようである。
生ゴミをまとめることには先が見えておる。
大きさに分けて汚れを落としておくとあとは食洗機に入れるだけである。


この状態ならば、次の調理が出来る。ここまでで一旦終わりにした。

人生は色々としたいこともある。しかし、厨房仕事は何よりも優先する。僕にとって、それは生きるということだから。


些細なことで、大喧嘩になった。気がつけば皿が割れておる。
還暦の喧嘩は、セックスのようなものだと思えば良いのだろう。喧嘩の後に仲直りできるならば、セックスより良いかもしれない。
何よりもベタベタヌルヌルしない、後片付けが楽である(笑)。

イカの酢漬けが売っていた。これは買うほかないなあ。自分じゃ作れない味である。
隣ではマユがスヤスヤと寝息を立てておる。たしかここは僕の寝床なのだが。






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幸運な病のレシピ 厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。